« 人生意気に感ず「天下騒乱の中、人権の碑は進む。リンカーンを読む」 | トップページ | 小説「死の川を越えて」第207話 »

2019年7月 6日 (土)

小説「死の川を越えて」第206話

 ここで万場老人は、言葉を切って正助を見据えた。

「この時、ざわざわしていた傍聴席は水を打ったように静かになったというぞ。よいかな。佐藤議員は次のように実名をあげて迫った。

勝田豪太郎君は、昭和3年、4年、5年、6年にわたって、市税3834円、県税1030円15銭を滞納している事実がある。県当局は如何なる手段で執行してきたのかと。

この追及に役人が答弁した。市税は調べていないから申し上げられませんが、県税は遺憾ながら事実であります。細かい事は答弁を控えたいと存じますと。この役人の答えに傍聴人の激しい野次が飛んだのだ。

これは、議事録にない。わしが聞いたことだ。傍聴人はこう言ったそうだ。不公平だぞ、俺など女房を質に入れて税金を納めたんだ。県会議員ならそういうことが許されるのか。税金など払わねえぞとな。面白いことではないか。

傍聴席は笑いと怒りで騒然となった。静粛にと叫ぶ議長の声もかき消されたという。佐藤県議は続けた。

この問題は、県会議員が県民代表に値するかという政治道徳上の問題だ。私とは長い交際がある人なので誠に忍びないが、大義親を滅すの信念から申し上げた。大きな道義のためには私情は捨てねばならない。どうか御諒承願いたいと。

これが佐藤議員の発言じゃ。中々骨がある。指摘された議員は製糸業を営む実業家である。問題となった昭和3年から6年といえば、世界大恐慌の中にあって、会社は次々と倒産していた時じゃ。勝田議員は糸の町前橋の発展に尽くそうとした人で、情熱的事業家と言われた男。大義のことは痛い程分かる筈。議会の追及を断腸の思いでじっと耐えていたに違いないぞ」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

|

« 人生意気に感ず「天下騒乱の中、人権の碑は進む。リンカーンを読む」 | トップページ | 小説「死の川を越えて」第207話 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 人生意気に感ず「天下騒乱の中、人権の碑は進む。リンカーンを読む」 | トップページ | 小説「死の川を越えて」第207話 »