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2019年6月24日 (月)

人生意気に感ず「東アジアチュックボール大会終わる。カスリン台風の再来か」

◇22日(土)、前橋市民体育会館(ヤマト体育館)で第4回東日本チュックボール大会が行われた。土日2日間の日程で、6か国・地域が参加した。私は全日本チュックボール協会の会長で前任の会長は東大名誉教授の故江橋慎四郎氏であった。私は開会の挨拶に臨んで、かつて江橋さんがふと呟いた言葉を思い出していた。後に後任を託した時の会話で、「チュックボールは小さな存在だが重要だ。いつかアジアの世界大会を日本が主催してできれば素晴らしい」と話されたのである。やっとその時が来たと思いつつマイクを握り次のように述べた。

「激動の社会が続いています。大きな時代の転換期です。日本は令和という時代を迎えました。来年は東京オリンピックを迎えます。スポーツの重要さが増しています。チュックボールは平和的スポーツの典型と言われます。このスポーツを通して皆様との絆を深め、世界の平和に貢献したいと思います」

◇一日目が終わって、各国・地域の代表が集まって会議を行った。重要な議案の第一は、来年の世界大会をどこで行うかという事であった。韓国とモンゴルが手を挙げた。それぞれの国が企画書を作り本部に提出することになった。そこでは何故自国が開催を希望するか、及び宿泊や交通の状況も説明することが求められた。また、チュックボールを発展させるために、現在は男子チーム、女子チームは別個のチームとなっているが、これからはミックスチームや少年チームも実現させたいとの提案がなされた。また、世界の生涯スポーツ連盟(タピサ)にニュースポーツとしてチュックボールを加盟させる動きがあること、これを将来オリンピックに参加させる可能性があることが報告された。

◇22日未明、赤城山麓に異常な程の猛烈な雨が降り、一時ある地域に避難勧告が出された。富士見町赤城山では降り始めから24時間で198ミリを観測した。

 前橋市は富士見や宮城の公民館で避難所を設置し、一時避難する人々が出た。私は地域の川で赤い濁流が渦巻く状況を見て昭和22年のカスリン台風を思い出した。私は小学校一年生、旧宮城村小学校に入学したばかりだった。登校時荒砥川は濁流が逆巻き恐いようであった。学校は早くおわり、私は逃げるように家路を急いだ。家までの二つの橋は流され、歴史的な台風は大きな被害を生んだ。今回の豪雨は「群馬は大丈夫」という安全神話に冷水を浴びせるようなものであった。(読者に感謝)

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