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2019年6月16日 (日)

小説「死の川を越えて」第201話

人々の間にざわめきが起きた。この時、法学士水野高明が進み出て言った。

「昨年、内務大臣安田謙岳氏がこの集落に来たのもその為の布石に違いない。世の中が大きく動いています。激しい嵐が近づいているのです。今度は半鐘を鳴らして騒ぐのは得策ではない。国が相手なのだから。冷静に行動せねばなりません。そして、今まで積み重ねて来た、この湯の沢の歴史を守ることを考えねばなりません。私は昔、九州の大学で人権ということを講義していました。人権とは人間の権利のことで人間は皆平等で大切にされねばばらないという考えです。この湯の沢集落は正に人権の大学です。しかし、私は今度は、大学の先生にはなりません。小学校の校長先生です。皆さんが小学生だというのではありません。謙虚な心で行動する決意なんです。あの軽井沢の乗車拒否反対運動のように整列し隊列を組んで進みましょう」

 どっと拍手が起きた。

 万場老人が、待っていたように発言した。

「わしの考えは水野先生と同じじゃ。わしはこの湯の沢をハンセンの光が発するところと言ってきた。この光を消してはならん。国は新しい療養所の地を滝窪原、水原窪、栗美の辺りと決定したようじゃ。前知事の牛川さんが理想の療養村を作れと請願したことが基礎になっている。この湯の沢がそこに移らねばならぬとすれば、そこを新しいハンセンの光が発する所にしなければなるまい。その光が押し込められる結果にならぬかと心配しておる。今日、わしが皆さんに訴えたいことは、これじゃ。この老骨を捧げたいと思うのじゃ」

 水野法学士と同じような拍手が起きた。

生生塾で万場老人や水野が恐れたように、ハンセン病患者に対する国の取締りの強化が進んだ。これは「癩予防法」の実現を進める姿であった。社会のハンセン病患者を全て収容する目的からすれば、収容所の中も規律を強めて秩序あるものにしようと考えることは自然の流れである。「癩予防法」によって、これ迄以上に様々な分子が収容所に入ることが予想されたのである。各地の情報では、入所者の中には手におえない者、犯罪を犯す患者もあった。そこで、収容所側に秩序維持のための患者懲戒権、つまり患者の身柄を拘束する権利(検束権)が法的根拠をもって与えられることになった。それが、昭和6年1月の「国立癩療養所患者懲戒規定」であった。従来、「癩予防に関する件」の下では、「細則」として認められた検束権が「規定」の形で認められることになった。患者を管理する権限の強化である。秩序を乱す患者を懲戒として、検束することが正面から法的に認められることになったのだ。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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