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2019年6月22日 (土)

小説「死の川を越えて」第201話

 ハンセン病患者に対する規制は特別の問題を伴っていた。とにかく伝染する恐い病気という偏見の下で、司法関係も扱いに手を焼いたからだ。通常なら、犯罪容疑の場合、警察の取締りから始まって、裁判の過程を経、刑務所に入ることになるが、関係者はハンセンの患者に接する適切な術を持たなかった。「ハンセンのための刑務所が欲しい」という声すら聞かれたのである。

 このような状況下で、ハンセン病患者なるが故に何をやっても見逃されていると言われる事態が生じていた。そこで、収容所側に自律による秩序維持の手段として「検束権」が認められるようになったという訳である。しかし、これは閉ざされた世界の支配者に与えられた権力である。人間にとって権力は悪魔の誘惑となる。ましてや対象は虐げられた人々である。そして、人権感覚と教養の乏しい者がこの権力を握れば、大変なことになるのは明らかだ。この問題が後の「重監房」の悲惨な事実に繋がっていく。

 国会はこの年草津の国立療養所の設置を可決し、内務省は直ちに行動に移った。

その結果、建設予定地が選定されると、6月にはいよいよ測量が開始された。

 この状況を見て湯の川地区の人々は複雑な気持ちに駆られていた。槌音は希望の音に聞こえると同時に言い知れぬ不安の種であった。世界大恐慌の影響は益々深刻となり、湯の沢という閉ざされた社会にも黒雲が覆うように押し寄せていた。故郷からの送金に頼る者は、送金が途絶えると生きる術がなくなる。どこでも、生活にあえぐ状態だから送金どころではないのだ。湯の沢には元々貧しい人たちが多くいたが、そういう人たちは大不況の中で、生きることが益々苦しくなっていた。物乞いに歩く姿が以前にも増して多くなった。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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