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2019年6月 2日 (日)

小説「死の川を越えて」第197話

それを見て代議士は言った。

「万場先生、今の正助君の考えはどうですか。あなたは賛成の顔色とお見受けしたが」

「はい、もう言ってもよいじゃろう。わしと同意見であるにしても、正助が先ず発言することに大きな意味がありました。わしは、正助の意見に賛成でございます。今、この湯の川集落は千人を超える。貧しくて、その日の暮らしに事欠く人が多い。医者もいないに等しい。だから国が理想的な施設をつくることが必要なのじゃ。しかし、これまで湯の沢が守ってきた歴史を国に認めてもらわねばならぬ。それが条件じゃ」

 それを聞いて、森山抱月が口を開いた。

「私も発言してよいですかな、木檜先生。これは牛川前知事が請願した方向ですぞ。草津温泉を引ける所に理想の療養所です。群馬県議会も関わっています。理想の実現に私は力を合わせたい。木檜先生、さあ、あなたの番ですよ。帝国議会で、この湯の沢のことを熱く訴え、この度は、内務大臣をこの湯の沢までも案内したあなたです。是非、お聞きしたいですな」

「うむ。私は原町の出身。皆さんに支えられて政治を続けております。草津も湯の沢も、私が愛する地元であります。命をかけて守りますぞ。私は、帝国議会では、湯の沢を移転せずして、この場所を理想の療養所とすることを訴えた。しかし、国政は大きな背景があって動いております。思うようにいくとは限りません。現実を踏まえねばならない。そういうわけで、私は今回の国の方針に賛成なのです。帝国議会で大見栄を切った手前もある。森山さんと目的は同じと考えておる。森山さんは我が同志だ。一緒に頑張りましょう」

 湯の沢集落の人々の善意の力で、集落移転の問題は大きく順調に動き出すように見えた。しかし、事態は意外な展開を示すことになる。人々の前に重監房という巨大な怪物が現われ人々の心が大きく裏切られることを誰もが予想できなかった。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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