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2019年6月25日 (火)

人生意気に感ず「ゲリラ豪雨が示すこと。チュックボールのパーティは燃えた」

◇22日・23日のチュックボール大会が無事に終わりホッとしている。22日未明の赤城山周辺の集中豪雨の状況を後に知り、もしこのような異常な雨が選手たちを襲ったら落ち着いて試合できなかったであろうと思った。このゲリラ豪雨はこの夏の異常気象を予想させ、先日の新潟大地震と共に災害の時代の幕開けを暗示するようだ。

◇23日の夜、前橋テルサでチュックボール大会の表彰式及びパーティが行われた。私は日本チュックボール協会会長であるが、今回の大会を実行することによってこのスポーツの将来性について手応えを感じることができた。実行委員の人たちは必死で頑張ってくれた。私は開会式及び表彰式で多くの人たちの温かい協賛で実現出来たことに感謝した。一千万円を超える予算を工夫することは最大の課題だったのだ。

 大会を振り返って特筆すべきことはボランティア通訳の存在であった。敢えて「ボランティア」と表明して募集した。二つの大学と一つの留学生の集団にお願いしたが、日本の大学生の参加は期待に反して皆無で、英語と中国語の通訳を支えたのは日本語を学ぶアジアの留学生であった。この人たちの姿はおもてなしの精神をよく実践してくれた。この一事だけでもこの大会には意義があったと思い感謝した。

◇表彰式の後のパーティは賑やかだった。次々に壇上に登り歌い踊る姿は、このスポーツの明るい未来を予想させた。世界の若者は手を振り足をあげて表現することが得意である。会場が熱気で包まれた時、そこには国境はない。心が一つになった時、言葉の壁も消えていた。台湾・香港・マカオ・中国の若者たちも笑顔一色になっていた。

 私は最近の香港の民主化のデモを想像して胸を熱くした。米中がいかに対立しても、彼らに銃を握らせることは出来ないだろうと確信した。

◇パーティが盛り上がっている時、私は著書を持ってテーブルをまわった。「望郷の叫び」・「炎の山河」・「楫取素彦読本」である。各国の代表者は土産を持参していたがそれに対するささやかなお返しという意味があった。たとえわずかな人であっても読んでくれる人があれば本望である。サインを求める人たちもいた。私は心を込めて「謹呈」と記し令和元年六月二十三日と書いた。(読者に感謝)

 

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