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2019年6月30日 (日)

小説「死の川を越えて」第205話

 

老人は続けた。

「鄭さんの手紙を機に、わしはいろいろ調べてみた。満州を日本の生命線と考える日本政府、特に軍部・関東軍は、中国の排日運動に強い危機感を募らせておる。そこで、満州の支配を狙って事を起こそうとしておる。鄭さんの手紙はこのことを知らせようとしておるのじゃ」

 万場老人が恐れたように、満州では重大事件が展開していた。関東軍は、満鉄線路爆破事件を起こし、中国の仕業だと発表して軍事行動を起こしたのだ。これが満州の大事件いわゆる満州事変の始まりであった。朝鮮駐屯軍も独断で国境・暢緑江(おおりょくこう)を超えて満州に入った。政府・若槻内閣は国際世論を考慮して戦争を広げない方針を声明したが、軍はこれを無視して次々と軍事行動を拡大し、満州各地を占領した。軍が文民統制、即ち政策を決める政府の方針に服することは立憲政治、つまり憲法に基づく政治の大原則である。軍はこれを無視した。満州事変は昭和六年九月十八日。これを機に満州全域に軍事行動を拡大する中で、群馬県議会の激励電報が届いたということであった。老人は満州の地図を指で指しながら激しく語った。

「実は特筆すべきことが他にもあった。余りに多い県税滞納者の対策である」

「県政の課題は山積しているのに、滞納のため税収入が伸びなければ県政は行き詰まりじゃ。県議会の最大の課題は、いかにして滞納問題を切り崩すかであった」

 万場老人が言葉を切ると、正助がすかさず口を挟んだ。

「湯の沢に補助金を出すどころでなくなりますね」

「そうじゃ、ここでこともあろうに、県会議員の中に巨額の滞納者が現れたのだ。佐藤金八県議の発言の光景は痛快じゃ。わしが読むのをよく聞くがよい。11月24日の開会冒頭、この県議は緊急動議を出したのじゃ」

 こう言って、万場老人は、議事録を声をあげて読み始めた。

「社会的地位の高い人の行動は極めて厳正でなくてはなりません。もし、我々議員の中に数年間にわたって、税金を滞納している者があるとすれば、県会の権威を保つことは出来ぬ。敢えて名前を申し上げる。この発言にとんでもないことが飛び出したものと皆度胆を抜かれたらしい」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年6月29日 (土)

小説「死の川を越えて」第203話

 

 昭和6年の群馬県議会は、時代を写して緊迫していた。安田内相と共に湯の沢を訪れた堀田巌(いわお)知事は去り、新知事平田紀介の時代になっていた。また、県会議長は金沢平太郎であった。

 万場老人は議会の資料を正助に渡して言った。

「我が県議会の重要な動きじゃ。声を出して読んでみよ」

信じ難いような驚くべきことが繰り広げられていた。正助は言われるままに声をあげて読んだ。

「えー、まず、議会開会の冒頭、議長の提案で皇軍慰問の電報を関東軍に発することになったとあります。電報の文面はですね、満州の皇軍の御辛苦(ごしんく)に対し、深甚の感謝の意を表すると共に、酷寒のみぎり、御健闘あらんことを祈るです。昭和6年11月16日付です。酷寒とありますが、満州の寒さは大変なものだと思います。俺はシベリアを知っているから分かるのです。すみません。横にそれました。続けます。

 宛名は関東軍司令官陸軍中将本庄繁です。次は御礼の電報を読みます。早くも同じ月の26日に届いたものです。

この度の関東軍の行動に対し各位より多大の御後援と御同情を頂き、心から感激にたえません。又、心のこもった御慰問並びに御激励を感謝致します。目下、全軍は士気極めて旺盛にして益々奮励努力して任務に向かってまい進し、奉公の至誠を全うすることを決意しており、ここに謹んで謝意を表します。関東軍司令官本庄繁です。士気極めて旺盛とあります。頭が下がりますね」

ここまで読んだ時、万場老人が強い口調で言った。

「そこまで」

 その続きは自ら語ると言うのだ。

「元より、県議会は日本軍の行動が国を誤らせる間違ったものであることを知らなかったのじゃ。侵略という重大犯罪行為に対し、全県民を代表して激励の言葉を贈ったことになる。 正に陸軍の暴走であり盲進であった。目先の勝利に目を奪われて国民を地獄の釜に踏み込ませる所業であるぞ。満州は正に酷寒の地。一人一人の兵士は、聖戦であることを信じて戦ったのじゃ。県議会の激励文は『軍司令部の浅慮(せんりょ)の下で無駄な血を流す兵士の皆さんに心から御同情申し上げる』と書くべきだとの声もあったと聞くぞ。は、は、は」

 それは、万場老人の意見でもあるに違いないと正助は思った。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年6月28日 (金)

人生意気に感ず「群大病院復活の意味。現代の医学が担うもの。人権の碑」

◇群大病院が「都道府県がん診療連携拠点病院」に指定された。4年ぶりの復活である・群大病院は腹腔鏡手術死問題で信じられないミスを犯した。私は昨年、前立腺の手術で短期間入院し群大病院の存在の大きさを痛感した。

 手術を受けて、この病院が挙げて信頼回復に努めていることを肌で感じた。それは病院廊下の貼り紙の合言葉などにも現われていたし、とかく大病院にありがちな患者に対する尊大な空気は姿を消していた。

 腹腔鏡に関して発生した多くのミスは医の原点を忘れたことから生じたに違いない。医の原点とは生命に対して畏敬の念を持つことであり、その意味の謙虚さである。医学の世界の進歩は驚くばかりである。精密にして高度な科学の世界に人間の生命と健康が委ねられる。それに伴って、つまり医学が高度になるにつれ、医というものが遠ざかっていくように感じられる。医療従事者は医療技術が高度化すればする程医の原点について謙虚にならねばならない。「医は仁」という諺は古くて新しい。群大病院は大事件を一過性のものにしてはならない。災い転じて福となさねばならない。県内医療拠点の要であるという誇りを堅持する改革を実現してほしい。

◇2人に1人が「がん」にかかり3人に1人が「がん」で死ぬ時代である。そして、人類が経験したことがない高齢社会に突入しつつある。寿命が延びると共に認知症が津波のように押し寄せている。命が限りなく軽くなるようなことは阻止しなければならない。医師の判断が安楽死と結びつく事態が生じている。医師に求められるものは、技術者としての力だけではない倫理的な洞察力である。「生きるに値しない命」として絶望的な病人をゴミのように扱う風潮が生まれつつある。これを食い止めるために社会の中で砦をつくらねばならない。それを担えるのは、群馬大学ではないか。群大の中の諸学科をそのために連携させることが重要である。群大病院はそのために狼煙をあげて欲しい。

◇草津楽泉園の人権の碑が完成に近づき、11月15日に除幕式が行われる運びである。差別と偏見はハンセン病に限らない。この碑を人権を学ぶ拠点にして欲しいという悲願がある。私は「死の川を越えて」で、「生きるに値しない命」について書いた。楽泉園の歴史は多くの無念の叫びと共にこの問題を世に問うている。(読者に感謝)

 

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2019年6月27日 (木)

人生意気に感ず「アンクルトムとリンカーン。天安門事件。参院選。若者の変化」

◇毎週水曜日朝の講義「へいわ845」は今週94回に達した。このところ「アンクルトムの小屋」を続けているが百回で区切り、次は「リンカーンと南北戦争」の予定。これらの流れは平和と人権の理解に不可欠である。ゲチスバークに於けるリンカーンの演説「人民の人民による人民のための政治」は日本国憲法を支える一つの理念になっている。

◇今月の「ふるさと塾(29日6時半)」は「天安門事件」に焦点を当てる。この事件は中国の実態を知る上で重要である。中国はこれによって国の方向を大きく変えた。人権と平和の上で世界の信用を失った。最近の香港の大規模デモと結びつけて考えたいと思う。

 合わせて注目すべきはアメリカの動きである。その傍若無人ぶりに世界が振り回されている。米中共に自国第一主義を掲げ世界は混乱の渦中にある。この中で日本の役割は増々重要である。7月11日には群馬県日中友好協会総会が開かれる。

◇激動の社会状況下で参院選が迫る。7月4日公示、21日投開票である。安倍首相は「安定した政治の下で新時代への改革を進めること」を掲げる。首相が訴える「安定した政治」と「新時代への改革」の意味を有権者は深く考える必要がある。日本が現在、世界政治の舞台で存在感を示しているのは、長期政権で政治が安定しているからだ。米中の対立は深刻である。間に入った日本は、東西文明の激突を調整するための極めて重要な役割と使命を担う。これに応えるのは安定した政治力である。今回の参院選でこの力を低下させてはならない。

 また、日本は高齢化問題を初め日本の浮沈がかかった難問を抱え、これには改革が不可欠である。主権者である国民は国政に対して意思表示しなければならない。元気を失ってしぼんでいく日本の現状を私は憂う。ムードに流されて一票を投じることは避けたい。

 このような時代の先を託せそうな候補者が見られそうにないのは悲しいことだ。年金、憲法は重要である。中国・米国はこの選挙の行方に重大な関心を寄せている。

◇高崎の女子生徒監禁事件に衝撃を受けた。若者の心に地殻変動に似た変化が起きているのか。容疑者は一見するとまともな教員である。実態には謎の部分がある。容疑者につき知人は冷静で真面目と語る。病が広がる社会で人間の生き方が問われ、若者の生きる力が問われている。(読者に感謝)

 

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2019年6月26日 (水)

人生意気に感ず「不動の滝は何を語る。フンドシの少女。警鐘はこれでもかと響く」

◇赤城山深夜の豪雨は災害の時代に於ける深刻な事態であるが、私個人の問題にもつながった。この夏、7月28日の「滝業」が実現不能になったのだ。私は修行僧浅川熙信さんに誘われて棚下不動滝にチャレンジすることを決意し毎日水をかぶり備えていた。

 異常な豪雨により滝に至る遊歩道が落ちた。滝は信仰の場であり霊場であった。8年前の東日本大震災の際巨大な岩が落ち通れなくなり新設された遊歩道であった。不気味なものを感じた。昨夜電話で滝業のことを訊くと他の場所を検討しているとのことであった。褌(フンドシ)をつけて滝に打たれる私のイメージは惜しくも消えた。

◇24日、多くの留学生に「日本の大災害」と題して話をした。天災に限らず日本人が被った不幸という意味で話した。「歴史上最大の災害は何ですか」という問いかけにネパールの若者が「原爆です」と答えた。私は頷いて、原爆による敗戦から東日本大震災を説明し、そして近づく大地震に及んだ。

 沖縄戦での「白旗の少女」の話には皆が大いに関心を示した。杖に白い布をつけて歩く少女の写真はアメリカで話題になった。「この布はフンドシというものです」と言って私は裸の男性が「褌」を付けた絵を描いた。少女は地獄の戦場を逃げる中で小さな穴を見つけて潜り込むとそこには傷ついた老夫婦がいた。おじいさんは褌をはずし杖につけ少女に持たせると、「これを掲げれば敵は打たない、お前は生きなさい」と説得した。白旗の少女は実はフンドシの少女であった。戦争の悲惨さと平和の尊さを戦争を知らない世代に伝えたかった。この年、私は4歳で、8月5日前橋大空襲を母に手を引かれて逃げた。原爆投下は翌6日であった。

◇東日本大震災では、宮城県の大川小と岩手県の船越小の出来事を話した。一方は74人が津波にのまれ、他方は全員が助かった。大川小は校庭で40分も迷っていたが船越小では用務員が必死で裏山に登ることを訴えて助かったのだ。「首都直下型と南海トラフ型が刻々と近づいています。日本は地震の巣の上にいます」と説いて普段からの備えが必要であることを訴え。

◇私たちは忘却の達人である。東日本から8年、先日の新潟が地震は大きな警鐘であるに違いない。災害は忘れた頃にやってくる。安全神話にあぐらをかく私たちにこれでもかと警鐘は響く。(読者に感謝)

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2019年6月25日 (火)

人生意気に感ず「ゲリラ豪雨が示すこと。チュックボールのパーティは燃えた」

◇22日・23日のチュックボール大会が無事に終わりホッとしている。22日未明の赤城山周辺の集中豪雨の状況を後に知り、もしこのような異常な雨が選手たちを襲ったら落ち着いて試合できなかったであろうと思った。このゲリラ豪雨はこの夏の異常気象を予想させ、先日の新潟大地震と共に災害の時代の幕開けを暗示するようだ。

◇23日の夜、前橋テルサでチュックボール大会の表彰式及びパーティが行われた。私は日本チュックボール協会会長であるが、今回の大会を実行することによってこのスポーツの将来性について手応えを感じることができた。実行委員の人たちは必死で頑張ってくれた。私は開会式及び表彰式で多くの人たちの温かい協賛で実現出来たことに感謝した。一千万円を超える予算を工夫することは最大の課題だったのだ。

 大会を振り返って特筆すべきことはボランティア通訳の存在であった。敢えて「ボランティア」と表明して募集した。二つの大学と一つの留学生の集団にお願いしたが、日本の大学生の参加は期待に反して皆無で、英語と中国語の通訳を支えたのは日本語を学ぶアジアの留学生であった。この人たちの姿はおもてなしの精神をよく実践してくれた。この一事だけでもこの大会には意義があったと思い感謝した。

◇表彰式の後のパーティは賑やかだった。次々に壇上に登り歌い踊る姿は、このスポーツの明るい未来を予想させた。世界の若者は手を振り足をあげて表現することが得意である。会場が熱気で包まれた時、そこには国境はない。心が一つになった時、言葉の壁も消えていた。台湾・香港・マカオ・中国の若者たちも笑顔一色になっていた。

 私は最近の香港の民主化のデモを想像して胸を熱くした。米中がいかに対立しても、彼らに銃を握らせることは出来ないだろうと確信した。

◇パーティが盛り上がっている時、私は著書を持ってテーブルをまわった。「望郷の叫び」・「炎の山河」・「楫取素彦読本」である。各国の代表者は土産を持参していたがそれに対するささやかなお返しという意味があった。たとえわずかな人であっても読んでくれる人があれば本望である。サインを求める人たちもいた。私は心を込めて「謹呈」と記し令和元年六月二十三日と書いた。(読者に感謝)

 

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2019年6月24日 (月)

人生意気に感ず「東アジアチュックボール大会終わる。カスリン台風の再来か」

◇22日(土)、前橋市民体育会館(ヤマト体育館)で第4回東日本チュックボール大会が行われた。土日2日間の日程で、6か国・地域が参加した。私は全日本チュックボール協会の会長で前任の会長は東大名誉教授の故江橋慎四郎氏であった。私は開会の挨拶に臨んで、かつて江橋さんがふと呟いた言葉を思い出していた。後に後任を託した時の会話で、「チュックボールは小さな存在だが重要だ。いつかアジアの世界大会を日本が主催してできれば素晴らしい」と話されたのである。やっとその時が来たと思いつつマイクを握り次のように述べた。

「激動の社会が続いています。大きな時代の転換期です。日本は令和という時代を迎えました。来年は東京オリンピックを迎えます。スポーツの重要さが増しています。チュックボールは平和的スポーツの典型と言われます。このスポーツを通して皆様との絆を深め、世界の平和に貢献したいと思います」

◇一日目が終わって、各国・地域の代表が集まって会議を行った。重要な議案の第一は、来年の世界大会をどこで行うかという事であった。韓国とモンゴルが手を挙げた。それぞれの国が企画書を作り本部に提出することになった。そこでは何故自国が開催を希望するか、及び宿泊や交通の状況も説明することが求められた。また、チュックボールを発展させるために、現在は男子チーム、女子チームは別個のチームとなっているが、これからはミックスチームや少年チームも実現させたいとの提案がなされた。また、世界の生涯スポーツ連盟(タピサ)にニュースポーツとしてチュックボールを加盟させる動きがあること、これを将来オリンピックに参加させる可能性があることが報告された。

◇22日未明、赤城山麓に異常な程の猛烈な雨が降り、一時ある地域に避難勧告が出された。富士見町赤城山では降り始めから24時間で198ミリを観測した。

 前橋市は富士見や宮城の公民館で避難所を設置し、一時避難する人々が出た。私は地域の川で赤い濁流が渦巻く状況を見て昭和22年のカスリン台風を思い出した。私は小学校一年生、旧宮城村小学校に入学したばかりだった。登校時荒砥川は濁流が逆巻き恐いようであった。学校は早くおわり、私は逃げるように家路を急いだ。家までの二つの橋は流され、歴史的な台風は大きな被害を生んだ。今回の豪雨は「群馬は大丈夫」という安全神話に冷水を浴びせるようなものであった。(読者に感謝)

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2019年6月23日 (日)

小説「死の川を越えて」第202話

 ある時、正助は万場老人に尋ねた。

「先生、世の中はどうなるのですか。俺は不安です。去年の暮には総理大臣が東京駅で撃たれて重傷を負ったんだそうですね。俺が経験した朝鮮も心配です。朝鮮も大変な不景気なんでしょうね。大陸の日本の兵隊は何か始めるんですかね。明霞さんたちは大丈夫でしょうか」

 万場老人は頷いて静かに語り始めた。

「わしも、この社会、どこへ向かうのか不安じゃ。去年東京駅で撃たれたのは浜口雄幸(おさち)さんだ。実は、朝鮮の鄭東順さんから手紙があってな。満州で関東軍の不穏な動きがあったそうじゃ。手紙は検閲されるから注意深くわしにしか分からぬ書き方じゃ。兵隊さんのお陰ですとか、兵隊に感謝する表現の中に、急に風が吹いてとか、風邪が流行って中国人が苦しんでいるとかある。この前草津に来たとき、重要な変化を知らせる方法を打ち合わせたのじゃ。兵隊さんのお陰は、関東軍の重大事の発生、急の風は特に満州の大事件を指す。風邪が流行る、中国人が苦しむなど、みな暗号でな、わしには満州で重大事件が起きたこと、そして激しい反日運動が起きていることが分かるのじゃ。関東軍の暴走のことだ。韓国もハンセンの取り締まりが格段に厳しくなったとある。韓国も日本の一部じゃから当然じゃが、中国と戦う場合には、最前線になるのだから、厳しさが違うのじゃろう。朝鮮人に対する差別と偏見が強く行われているだけに心配なのじゃ。鄭東順さんの病気は治っている。明霞さんはもともと病気に罹っていない。この点だけはほっとするが、鄭さんはハンセンを束ねる立場なので辛いと申しておる」

 正助は朝鮮で助けられた時の、明霞が住む屋敷と集落の光景を思い出していた。

「それからな、この大不況、韓国の人々を無慈悲に痛めつけておる。いずれにせよ、戦争の空気と大不況は社会の弱者に容赦なく襲いかかっている。わしは、日本がアメリカとの本格的な対立に向かうことを心配しておる。このような社会の動き、世界の動きが我々の上に、そして、この湯の沢集落に迫っているのじゃ。それに、情報によれば県議会にも激しい動きがあるようじゃ」

 万場老人が言う県議会の動きはどうなっていたか。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年6月22日 (土)

小説「死の川を越えて」第201話

 ハンセン病患者に対する規制は特別の問題を伴っていた。とにかく伝染する恐い病気という偏見の下で、司法関係も扱いに手を焼いたからだ。通常なら、犯罪容疑の場合、警察の取締りから始まって、裁判の過程を経、刑務所に入ることになるが、関係者はハンセンの患者に接する適切な術を持たなかった。「ハンセンのための刑務所が欲しい」という声すら聞かれたのである。

 このような状況下で、ハンセン病患者なるが故に何をやっても見逃されていると言われる事態が生じていた。そこで、収容所側に自律による秩序維持の手段として「検束権」が認められるようになったという訳である。しかし、これは閉ざされた世界の支配者に与えられた権力である。人間にとって権力は悪魔の誘惑となる。ましてや対象は虐げられた人々である。そして、人権感覚と教養の乏しい者がこの権力を握れば、大変なことになるのは明らかだ。この問題が後の「重監房」の悲惨な事実に繋がっていく。

 国会はこの年草津の国立療養所の設置を可決し、内務省は直ちに行動に移った。

その結果、建設予定地が選定されると、6月にはいよいよ測量が開始された。

 この状況を見て湯の川地区の人々は複雑な気持ちに駆られていた。槌音は希望の音に聞こえると同時に言い知れぬ不安の種であった。世界大恐慌の影響は益々深刻となり、湯の沢という閉ざされた社会にも黒雲が覆うように押し寄せていた。故郷からの送金に頼る者は、送金が途絶えると生きる術がなくなる。どこでも、生活にあえぐ状態だから送金どころではないのだ。湯の沢には元々貧しい人たちが多くいたが、そういう人たちは大不況の中で、生きることが益々苦しくなっていた。物乞いに歩く姿が以前にも増して多くなった。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年6月21日 (金)

人生意気に感ず「ハンセン病のパネル展。新中国大使の信念。トランプの出馬表明」

◇ハンセン病のパネル展が19日から県庁で行われている。誤解や迷信が深い人権侵害に結び付いたことを知る機会である。そのことを雄弁に語る金属製の箱が置かれている。かつて楽泉園にあった郵便箱で、中にはホルマリンの容器があった。そこで気化するホルマリンにより郵便物を消毒することが目的であった。私の小説「死の川を越えて」の中で、ある村でハンセン病が発生すると警察を中心にした消毒が徹底的に行われ、そこから嫁に行った娘は離縁され、ハンセンを出した一家は地獄におちることが描かれている。全国的に「無らい県運動」が展開された。郵便箱はこれらの出来事の象徴である。会場の一角に藤田三四郎さんの歌が置かれている。「定位置にルーペとペンと春炬燵」。この句が盲人文芸大会で一位になったとき、三四郎さんはまだルーペで文字を見ることが出来た。現在93歳で、ルーペでも文字は見えない。過酷な人生をこの句は静かに語っている。現在草津の楽泉園では「人権の碑」の建立が進められている。私はこの碑の建設委員会の委員長としてパネル展の展示物を一つ一つ見詰めた。

◇7月11日、群馬県日中友好協会の総会が開かれる。また7月2日には都内のホテルで孔鉉佑駐日中国大使の着任パーティが行われる。米中の対立が激化している最中、孔大使が何を語るか注目される。当然米中の貿易摩擦が主に語られ「一帯一路」も触れられるだろう。大使は既に「河海は細流れを択ばず故に深きを成す」と信念を新聞上で発表し、一帯一路については「中国経済は一つの大海であって暴風豪雨に見舞われても大海は依然としてそこにある」と信念を述べる。私には「中国ナンバーワン」の表明と見てとれる。世界の覇権を競う米中の対立は激化している。

◇一方で「アメリカナンバーワン」を掲げるトランプ大統領の意気は、大統領選を前に増々高揚している。18日フロリダの集会で大統領選出馬を正式表明した。前回の標語「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン(米国を再び偉大にする)」を踏まえて今回は「キープ・アメリカ・グレート(米国の偉大さを維持する)」の新標語を打ちあげた。民主党を左翼ギャングと攻撃するなど派手な演出がアメリカ人の好みに合って受けているようだ。米中の間に立って日本は冷静に役割を果たさねばならない。群馬日中友好協会もこの状況を重視しなければならない。(読者に感謝)

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2019年6月20日 (木)

人生意気に感ず「震度6強の意味するもの。認知症対策が動き出した。孔大使の着任」

◇遂にという気持ちで受け止めた。18日午後22時22分。震度6強である。私は寝ていたが娘のメール「テレビみてる?こわいね」に気付いて直ぐにテレビをつけると騒然としている。大地震近しの報道には慣れっこになっていた。それでも6強を伝える隣県新潟の出来事は「遂に」の感を生じさせた。日本列島を包むように東西南北で大きな地震が起きている。素人の感覚でも次は東京か南海トラフか、新潟の6強はその前兆かと思ってしまうのだ。

 来年のオリンピック・パラリンピックが着実にに近づいている。もし巨大地震と重なったらと想像してしまう。その混乱は想像を絶するものだ。しかもそこにはテロの黒い影が重なる。

 今回の大地震の報は、刈羽原発のことも報じた。8年前の福島第一原発の光景が甦る。大災害と原発は現代社会の課題であり、我々が個々に絶えず向き合うべき難問なのだ。

◇ついに政府は認知症対策の大綱を決定した。日本最大の課題の一つ、高齢社会の難問は認知症対策である。間もなく認知症患者は700万人規模に達する。これは通過点であり、すぐに1000万人の時代になるだろう。自分の回りの人が、あの人もこの人もと空虚(うつろ)な目で徘徊する姿は恐ろしい。国家が官民力を合わせ必死で取り組まなければ日本は沈没してしまう。

 大綱は「予防」に力を入れる。そして、予防とは認知症になるのを遅らせること、及び認知症になっても進行を穏やかにすることだとする。予防を実現するための重点施策として「通いの場」の拡充を掲げる。これを全国の市町村で取り組む方針である。高齢者の問題は国だけでは進まない。地方と歯車を合わせねばならない。地方がその特色を生かして人間の交流の機会を生かし、生活習慣の改正に取り組む必要がある。私は、認知症予防の要は「社会力」の復活にあると思う。バラバラとなった社会が果てしなく広がっている。その中で孤立して引きこもる中高年が雪だるまのように増えていく。官民協力しての認知症対策はこの流れに一石を投ずるものでなければならない。認知症対策は認知症だけの問題ではないのだ。

◇7月11日、私が会長を務める群馬県日中友好協会の総会が行われる。日中の問題は米中の問題と不可分であり、日本の役割は極めて重要である。長かった程永華氏にかわり孔鉉佑氏が着任した。群日中の役割と使命も米中対立の中で増大している。(読者に感謝)

 

 

 

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2019年6月19日 (水)

人生意気に感ず「香港のデモと中国の行方。トランプの手腕は何を意味するか」

◇トランプ大統領の支持率が驚く程高い。米国全体では45%程度だが彼の出身母体の共和党支持者の中では91%にものぼる。当選当初多くの人はこのような支持率が定着することを予想しなかったと思う。最近の世界情勢はこの人物が当初意図したか否かは定かでないがその政策が現実とマッチしているように見える。高支持率はそれを物語るものかも知れない。

 6月4日の天安門記念日が大きく騒がれた直後だけに民主派デモが非常に注目される。9日の民主派のデモは103万に達した。彼らが恐れるのは「条例改正」により民主運動に参加したことが犯罪とされ中国本土に引き渡されることである。彼らの頭には天安門の弾圧があったに違いない。香港政府はついに条例改正を無期限に延期すると発表した。北京政府が延期を支持したことも明らかになった。民主勢力はこの勝利に勢いづくに違いない。

 天安門事件から30年が過ぎ世界情勢も大きく変化した。アメリカと覇を競う超大国は世界の世論に耳を傾けなくてはならない。人権弾圧の国と評価されることはアメリカに負けることを意味する。G20に参加する習近平の胸には香港のデモを収拾しなければという計算が働いたに違いない。この民主化の動きが中国の今後の民主化運動にどう影響するかは極めて重要である。中国は今後30年前のような弾圧は出来ない。西欧の民主主義とは異なった道を歩むと表明しているがその前途は多難が予想される。

◇先日(12日)、私は中国貴州省体育局とスポーツ友好協定に調印した。今、この貴州省の変化が中国の重要な変化を示すものとして注目されている。16日のある全国紙は一面でそれを大きく報じた。先日のブログで書いたが貴州省は内陸の省で、山地が大部分を占め少数民族が40%にも達する。

 かつて中国の最貧地域の一つと言われたこの省の省都に今先端企業が猛烈な勢いで進展していると全国紙は報じる。その注目点は米中の貿易摩擦と関係する。先端企業の進展には中国政府の測り知れない援助があると見る。世界の経済は自由競争を基本とするのに、中国の実態からすれば他の国は中国政府と競争するかの如くで、これはフェアな競争ではない。しかも、先端技術は先進国から巧みに盗みとっているとの批判が向けられる。トランプ大統領の強い姿勢が支持される理由の一つが分かる気がする。来年の再選を確実視する声もある。(読者に感謝)

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2019年6月18日 (火)

人生意気に感ず「ホルムズ海峡の緊張。拉致家族にトランプの手紙」

◇ホルムズ海峡のタンカー攻撃事件はかつてのオイルショックの悪夢を連想させる。日本の産業も日本国民の日常生活も同海峡を通る原油や天然ガスに依存している。正に、ホルムズ海峡は日本の生命線。日本だけでなく世界の安定と直結する問題である。それ故に、日本の首相が一触即発の米・イランの仲介のために乗り出す意義があった。最高指導者のハメネイ師が安倍首相と握手する裏で、「日本に恥をかかせるため」に攻撃を仕組んだとは思えない。では何者の仕業なのか。イラン国内の反対勢力なのか、米とイランが交渉することを妨害したいイラン国内の勢力なのか。謎は深まっている。一方で、トランプ大統領の怒りは高まり「ホルムズの封鎖は断固許さない」と決意を述べている。

 ホルムズ海峡の緊張の高まりは米中対立にも影響することは明らかである。米中の軍事力の配分から、対中国への比重が変化することが考えられるからだ。いずれにしても日本が自国のエネルギーをホルムズ海峡に頼り過ぎることは許されない。今回のタンカー攻撃事件はこのことを日本に突きつけている。

◇東アジアの緊張が高まる中で私たちが最も心配なのは拉致問題である。被害者家族は「時間がない」としばしば訴えている。余りにも長い時間が過ぎている。私はこの問題につき、私たち国民が知らない水面下で大きな変化が生じているに違いないと思っている。

 それはまず安倍首相が条件なしで金委員長と会うと表明していることだ。問題が差し迫っているだけではないだろう。また、今年5月に行われた米朝首脳会談で金委員長は「いずれ安倍首相に会う」と発言したと言われる。このような状況に加えて15日驚くべきことが報じられた。拉致被害者の家族へのトランプ大統領の手紙である。拉致被害者有本恵子さんの父が大統領に救いを求めたことへ応えたものである。大統領の直筆の手紙の内容は解決に向け尽力することを誓うものであったという。思いつきでツィートすることで知られる大統領であるが、いやしくも一国の大統領が拉致という人権上の最重要課題に関して無責任な手紙を書く筈がない。大きな岩盤が動き出したと思われる。

◇あきれ返る事件だ。特殊詐欺対策に当たった巡査長がその際の情報を悪用して高齢男性から1180万円をだまし取ったとされる。警察官お前もか、嘆くと共に世も末かと思ってしまう。(読者に感謝)

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2019年6月17日 (月)

人生意気に感ず「高齢者の新運転免許。ホルムズ海峡は生命線」

◇高齢社会が加速する中で高齢者の運転問題は今後増々深刻化することは確実である。私は後期高齢者の一人としてこれを真剣に受け止めている。高齢者は加害者となり、また被害者となる。高齢者に関しては認知症の問題が結び付く。近い将来認知症患者一千万人時代を迎える。高齢者の交通問題は正に国民的課題である。娘が私の心中を察するように「パパ、安全機能付きの車を考えた方がいいよ」と言った。

◇政府は高齢ドライバー専用の新しい運転免許をつくる方針と言われる。それは、自動ブレーキなどがついた車種のみ運転できる免許で、2020年以降の早期の実現を目指す。これは、まったなしの社会情勢を反映している。

 75歳以上のドライバーは2018年末で563万人、高齢者による死亡事故は全体の約15%。この数字は不気味である。

◇選択制にしたのは、強制となると影響が大きいからだ。生活が出来ない人が多く出る。車は身体の一部というべき高齢者も多い。海外では高齢ドライバーに運転の時間帯や場所を制限する「限定免許制」を導入している国もあるという。

 ある高齢運転問題の研究家は、自分だけの「限定免許」を創ることを提案する。自分の状況に応じて、例えば「昼間だけ」、「雨の日は乗らない」、「遠距離は運転しない」、「高速はなし」などだ。事故が起きてからでは遅い。国は対策を急いでいるようであるが、自分として自己防衛の策を立てるのが第一である。群馬は公共交通が少ない。それだけに自己防止策は焦眉の急である。

◇日本などのタンカーがホルムズ海峡で攻撃された事件は何を意味するのか。安倍首相のイラン訪問と同時に起きたのは偶然か、何かの狙いがあってのことか。

 ホルムズ海峡は日本の生命線だ。日本が使う石油や原油の多くがここを通らねばならないからだ。米国はイランの責任だと明言し、攻撃された船の乗組員は飛来物を目撃したとして、アメリカの主張と異なっている。イランの革命防衛隊がタンカーに付着した爆発物を取り除く映像が公開され、トランプは証拠を隠すためだろうと主張し、イランのホルムズ海峡封鎖を断固として許さないと述べた。私たちが日常使うエネルギー問題と直結し生命線の意味が迫る。(読者に感謝)

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2019年6月16日 (日)

小説「死の川を越えて」第201話

人々の間にざわめきが起きた。この時、法学士水野高明が進み出て言った。

「昨年、内務大臣安田謙岳氏がこの集落に来たのもその為の布石に違いない。世の中が大きく動いています。激しい嵐が近づいているのです。今度は半鐘を鳴らして騒ぐのは得策ではない。国が相手なのだから。冷静に行動せねばなりません。そして、今まで積み重ねて来た、この湯の沢の歴史を守ることを考えねばなりません。私は昔、九州の大学で人権ということを講義していました。人権とは人間の権利のことで人間は皆平等で大切にされねばばらないという考えです。この湯の沢集落は正に人権の大学です。しかし、私は今度は、大学の先生にはなりません。小学校の校長先生です。皆さんが小学生だというのではありません。謙虚な心で行動する決意なんです。あの軽井沢の乗車拒否反対運動のように整列し隊列を組んで進みましょう」

 どっと拍手が起きた。

 万場老人が、待っていたように発言した。

「わしの考えは水野先生と同じじゃ。わしはこの湯の沢をハンセンの光が発するところと言ってきた。この光を消してはならん。国は新しい療養所の地を滝窪原、水原窪、栗美の辺りと決定したようじゃ。前知事の牛川さんが理想の療養村を作れと請願したことが基礎になっている。この湯の沢がそこに移らねばならぬとすれば、そこを新しいハンセンの光が発する所にしなければなるまい。その光が押し込められる結果にならぬかと心配しておる。今日、わしが皆さんに訴えたいことは、これじゃ。この老骨を捧げたいと思うのじゃ」

 水野法学士と同じような拍手が起きた。

生生塾で万場老人や水野が恐れたように、ハンセン病患者に対する国の取締りの強化が進んだ。これは「癩予防法」の実現を進める姿であった。社会のハンセン病患者を全て収容する目的からすれば、収容所の中も規律を強めて秩序あるものにしようと考えることは自然の流れである。「癩予防法」によって、これ迄以上に様々な分子が収容所に入ることが予想されたのである。各地の情報では、入所者の中には手におえない者、犯罪を犯す患者もあった。そこで、収容所側に秩序維持のための患者懲戒権、つまり患者の身柄を拘束する権利(検束権)が法的根拠をもって与えられることになった。それが、昭和6年1月の「国立癩療養所患者懲戒規定」であった。従来、「癩予防に関する件」の下では、「細則」として認められた検束権が「規定」の形で認められることになった。患者を管理する権限の強化である。秩序を乱す患者を懲戒として、検束することが正面から法的に認められることになったのだ。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年6月15日 (土)

小説「死の川を越えて」第200話

こずえは、大きな紙を広げ、筆をとって一気に文字を書いた。それには鮮やかに、「癩予防に関する件 明治40年」とあった。こずえが紙を向けにっこりして人々に示すとどっと拍手が起きた。文字の意味する重大性よりも、先ず美女の技に心を奪われたらしい。

「これは放浪するハンセン病患者の収容が目的だった。ふる里を追われ、生きる術のない哀れな患者を捕える網であった。その上に今年、癩予防法が制定された。これが我々にとって直接に実に重大なのじゃ」

 ここで、また、こずえは癩予防法と大書して掲げた。今度は拍手はなく、人々は黙って文字を見詰め、万場老人の説明を待った。

「これはさまよう患者だけでなく全てのハンセン病患者を強制的に収用する絶対隔離政策じゃ。国はそのための施設を各地に作る。この近くに作ろうとしているのは湯の沢集落の我々も対象になるものじゃ。私に寄せられたある情報によれば、全国各県のハンセン病を絶滅させる運動を国は押し進めようとしている。無らい県運動じゃ。癩予防法はこの運動を押し進める恐ろしい手段じゃ。大変なことになるとわしは心配しとる」

 その時、ある男が手をあげて質問した。

「その法律には、いったいどんなことが書かれているんですかね」

 万場老人は頷いて、傍から書類を取り出して語り出した。

「うむ。恐ろしいことが2点ある。消毒と、患者を療養所に入所させることじゃ。法律が役所に消毒を命じている物とはな、古着、古布団、古本、紙屑、ぼろ、飲食物、その他の物件とある。古着から、古布団に始まって、こまごまとあげているが、最後にその他の物件とある。これは生活上の身の回りの全てを意味する」

「へえー。それを一体誰がやるのですか」

「知事が警察に命じて行わせることになっておる」

「そんなことをされたら、村でも町でも暮らしていけませんね」

「そうじゃ、このようにして、ハンセンの患者を追い出し、療養所に入れ社会から患者を一掃させることが目的じゃ」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年6月14日 (金)

人生意気に感ず「今年のぐんまマラソンは面白い。トランプの謎と安倍首相」

◇今年のぐんまマラソン(10キロコース)は昨年より少ししっかり走れる気がする。昨年は、その前年に設けられた制限次官を辛くもクリアーした。前立腺手術の影響があった。今、体調は良好で朝の短いコースを全力で走れるようになった。今年は一つの楽しみがある。先日「調印」した貴州省の人々がぐんまマラソンに参加する可能性がある。私は、急がないと満員になってしまうと彼らに話し、県のスポーツ局の人にも協力してくれるように頼んだ。海抜1000メートルの高地の人々はマラソンに強いかもしれない。私は自分の人生を振り返って金銭的な財産は作らなかったが、79歳で10キロを走れる健康こそ私の大切な財産だと思っている。

◇安倍首相がイランを訪ね一定の成果をあげたようだ。アメリカの世界戦略に協力する姿である。イランはかつてのペルシャ。ギリシャがペルシャを破ったマラトンの戦いの名称は、その故事と共にオリンピックのマラソンの起源になった。ペルシャ帝国はその後、アレクサンダー大王によって滅ぼされた。昨日、日本へ石油を運ぶホルムズ海峡を通る船が砲撃され大騒ぎになっている。このことは、イランとの良好な関係は日本の生死に関わることを示す。イランはアメリカと長いこと対立関係にある。安倍首相はトランプ大統領と綿密な打ち合わせの下で、緊張緩和のために動いた。イランもアメリカも本音では最悪の事態は避けたいのだ。トランプは「シンゾウしかいない」という思いで間に立つことを要請した。日本の存在感を示す機会であると同時に日本の国益にも結び付く問題である。

◇トランプは謎の存在である。初め史上最低の大統領で長く続かないと思っていたが、あれよあれよという間にアメリカで不動の地位を占めるに至った。トランプ株の上昇と共に安倍首相の株も上がっているから不思議である。安倍はトランプと個人的に馬が合うと言われる。「政治は情だ」と先輩政治家から言われたことを思い出す。しかし、「情」だけで動くものではないのは当然である。トランプ大統領が日本を重視するのは中国に対する世界戦略上日本の存在が重要だからである。米中の対立は永続するだろう。アメリカとの同盟を堅持し中国との絆を深める。これは日本が生きる道であり、日中の良好な関係をアメリカは認め、その上で日本を利用している。目前の参院選では自民党はこのような状況も踏まえて勝利を見込んでいるのだろう。(読者に感謝)

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2019年6月13日 (木)

人生意気に感ず「貴州省との調印式。貴重な少数民族。高齢ドライバーの免許」

◇中国貴州省スポーツ総会と群馬県日中友好協会は12日、スポーツ友好協定を締結した。貴州省からは体育局長以下6名が来県。協定の目的はスポーツ交流活動の展開であり、力を合わせて文化の交流発展を進める。調印はロイヤルホテルで行われたが、これに先立って県庁を表敬訪問し文化スポーツ部スポーツ局長等と会談した。

 会談の中で私は11月に行われる群馬マラソンへの参加を勧めた。「同マラソンへは伝統の行事で毎年多くの参加者があり、今年は29回で、私も10キロコースに参加します。皆さんがこれに参加することには大きな意義があると思います」。私の提案に貴州省体育総会幹部の人たちは大いに賛成し、早速人選の作業を進めると言った。

 中国はトップダウンの国である。共産党の対日感情改善は直ちに隅々に影響を及ぼす。数年前、上海市対外友好協会との間で文化交流の覚書を締結したときを振り返ってそう感じた。あの時は日中国家間は尖閣問題で緊張関係にあり最悪であった。そういう状況の中で、私たちは民間交流の大切さを学んできた。その流れの中に今回貴州省との交流があることを感じる。

◇貴州省は中国内陸部に位置する。人口は約4000万人で海抜1000mの高原地帯にある。約80%が山地で人口のおよそ40%は少数民族である。私はこのような状況から群馬県との親近性を感じた。隅々まで開発され尽くした中国はあまり想像したくない、それは地球環境の末期を意味するかも知れないからだ。少数民族が多いことにも興味が湧く。少数民族がそれぞれの文化を守って生きている姿こそ中国悠久の歴史を今日に伝えると思えるからだ。人々は、私に貴州省訪問を強く勧めた。私も是非実現させたいと思った。彼らは同省ではマラソンが盛んであると語った。私は少数民族が住む街並みを走る自分の姿を想像した。これまで、世界の色々な街を走ってきたが、最も楽しい走りになるかも知れない。

◇高齢者の交通事故が連日のように報じられる。事は、高齢者の人権にも関わる問題である。政府は高齢ドライバー専用の運転免許をつくる方針だという。75歳以上が対象で安全機能付きの車に限定し、強制はせず、普通免許からの移行は選択制にするという。私は賛成である。高齢ドライバーの問題は社会にとって焦眉の急である。(読者に感謝)

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2019年6月12日 (水)

人生意気に感ず「札幌の驚くべき虐待、畜生にも劣る所業。池田小を振り返る」

◇札幌市の女児虐待の真相は何なのか。池田詩梨ちゃんの衰弱事件は、私の黒い想像をかき立てる。母とその愛人らしい男が逮捕された。男性の容疑は十分には明らかにされていないが、首からのぞく入れ墨がおどろおどろしい。21歳の飲食店従業員だという。女児の母はどういう女なのか。入れ墨の男は鋭い目付きでカメラを睨んだ。3人が同居していた空間に詩梨ちゃんを包む愛情の欠片はあったのか。2人の逮捕容疑は傷害罪である。「子どもの泣き声がする」と通報を受けたことから捜査は始まった。顔、肩、腕に複数のあざのようなものがあり、足の裏にはタバコの火を押し付けたとみられる火傷痕があった。今、注目される点は足の裏の絆創膏である。母親ははがして見せることを拒み「ヘアアイロンを間違えて踏んだ」と説明している。事実はやがて明らかになるだろう。この種の事件が稀ではなくなっている。かつて、幼児を残して遊びに出た若い母親の事件があった。幼児は冷蔵庫の物を食べ尽くして飢えて死んだ。母親は声が漏れないようにと戸の隙間をテープでふさいだ。これらの事件の予備軍的なものが今日の社会には無数にあるのではなかろうか。あるお婆さんが私に言った。「昔は子どもをとったのに、今は男なんだねえ」と。享楽の波に逆らって生きる力は人間としての精神の力である。これがなければ動物と変わらなくなってしまう。いや、ある面動物にも劣ることになるだろう。動物は本能のままに生きるが、子を守る本能も生来のものとして持っているからだ。人間にとって子を守る力は本能というより後天的な倫理的要素が強い。

 我が家には、トコという猫がいる。もう老猫になってしまったが、かつて子を産んだ時、犬などが近づこうものなら猛然と向かっていって、その勢いは驚くべきものであった。「犬畜生に劣る」という言葉があるが、それがあてはまるような実態が今日の社会の深淵に横たわっているように思えてならない。現代社会の病巣でありガンである。日本は今、亡国の淵に立たされている。

◇あの池田小事件から早くも18年が経った。10人が殺され13人が重軽傷を負った。死者のうち8人が生徒だった。犯人は死刑になった。あの驚くべき惨事は突発的な稀な事件では決してないということが今振り返って実感される。あれ以来、無差別の殺傷事件が次々と起きている。約1,400人が黙祷を捧げた。(読者に感謝)

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2019年6月11日 (火)

人生意気に感ず「人口減の意味。日本が沈む。革命の狼煙は地方から」

◇厚労省が2018年の人口動態統計を発表した。自然減は初めて40万人を超えた。特殊出生率も3年連続低下した。この動きは群馬県でもほぼ同様で、18年の本県赤ちゃん出生数は過去最少を更新した。これは何を意味するのか。日本が元気を失っていく。草食系といわれる男性が増え、生涯結婚を望まないという若者が60%を超えるという報道がある。このまま有効な対策を打たなければ大変なことになりそうだ。私の机の上に専門家による令和の予測表がある。統計上の数字を中心にした分析である。それは高齢少子化が刻々と深刻の度を加えることを警告している。

 令和2年には女性の2人に1人が50歳以上に、そして令和17年になると男性の3人に1人が、女性の5人に1人が生涯未婚になるという。高齢化に関する問題はもっと差し迫っている。令和6年あたりで、3人に1人が65歳以上の超高齢者社会となり認知症者は700万人の規模に達するというのだ。日本全体が雪だるまとなって奈落に向かって斜面を落ちる姿を想像してしまう。

◇ある人が私に言った。「人口が減ることは悪いことではないでしょう。昔の日本は半分くらいだった」と。しかし、人口減少の中味を見れば国の滅亡に結び付くような事態に向かっているのである。かつては人口構造が今と逆で若者が多く高齢者は少なかった。また、1人1人の国民の意識も違う。昔は、社会公共のために尽くすという考えをもつ若者が多かったが、今の若者は享楽に溺れ刹那的である。一朝ことがあった時、先を争って逃げる若者が圧倒的に多いに違いない。今必要なことは国家の軸をきちんと踏まえ、国民が自覚を深めることだと思う。国家の軸とは日本国憲法である。人間尊重の平和憲法の本質は世界に冠たるもので日本が誇るべき理念である。人間尊重を支える柱は家族である。家族こそ健全な社会国家の基盤である。人生100歳時代はどういう社会なのか。唯息をしてうろつくだけの人生でよい筈はない。長寿社会を支えるものは人間の絆であり、それは家族を原点として発展する。人口減を食い止める対策として子ども二人目を助ける経済支援は急務であるが、同時に家族の大切さを自覚する社会の気運を育てることが大切である。東日本大震災の後、一時的に結婚する若者が増えたという現象は重要なシグナルである。今や社会の革命が求められている。血を流さない革命が。その狼煙は地方から上げるべきだ。(読者に感謝)

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2019年6月10日 (月)

人生意気に感ず「新しい群馬の起爆剤。新しい誇りに向けて一太は叫ぶ」

◇低迷する群馬のイメージ、誇りを持てない県民、その一方で様々な課題を抱える群馬。そんな群馬を一挙に変える最大の要素の一つは知事の存在である。過去に例を見ない面白い知事選の火蓋が切られようとしている。知事選立候補予定者の説明会が18日県庁内で開かれる。投開票は7月21日である。

 山本一太さんのライブに何度か出て感じたことがある。その一つは都内の狭い会場であった。そこは若い人たちで立錐の余地もなく、壇上の一太さんの動きは刺激的であった。これだけのエネルギーを発する源は何かと不思議に思った。まだ知事選のことは公式には表明されていない段階であったが本人の胸は100%固まっていたに違いない。私はそう見ていたし、もし山本知事が実現すれば、群馬県を包むモヤモヤを吹き飛ばす起爆剤になるだろう。私はライブ会場の熱狂の中、醒めた意識でそう思った。

◇その後、山本さんが知事選への意志を表明した時、様々な反応が生まれその中には批判的な声もあった。そのような状況が進む中で、ある時本人から電話があり、出馬につきどう思うかと聞かれ、私は「賛成です。群馬を甦らせるために頑張ってください」と答えた。

 時局は急速に動き、知事選を巡る大きな歯車が動き出した。私の目の前に「山本一太政策集」がある。表紙には「世界はまだ、群馬を知らない!!群馬発信拳、発射準備完了!!」とある。発信拳というが拳(こぶし)に握られているものは何か。突き出すこぶしが打ち破ろうとするものは何か。私はライブの場面を思い出しながらページを繰った。

◇出馬の宣言とも言うべき言葉が躍る。「私の目標は世界に一人しかいない知事になることです!」、「新時代の地方創生を牽引するのは群馬県だと信じている」、「世界に一人しかいない個性と魅力をもった知事になってみせる!」。県民に向けたこの決意の表明は県民に向けて切った約束手形である。知事選での勝利は、この手形が県民の手に渡されることを意味する。

◇私は山本知事に期待したい。それは数多くあるが、最大のものは県民の心にプライドを育てることである。この日の夜、別のある会合で山本さんは叫んだ。「私は県民の幸福度を上げる。若者がもっと輝く社会をつくります。女性がもっと輝く社会をつくります。そして、県民の新しいプライドをつくります」この声に群馬の未来がかかっている。(読者に感謝)

 

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2019年6月 9日 (日)

小説「死の川を越えて」第199話

 水野が開会の挨拶のようなことを始めると会場がざわざわした。

「見ろよ、あの時の鉢巻の学者先生でねえか」

「違えねえ、小学生のように列を作れと言って先頭に立った人だ。なんだか面白えことになりそうじゃねえか」

 水野は自分のことと気付いて、エヘンと髭を指でしごく仕草をした。

「あの時の水野です。鉢巻姿を覚えていますかな。は、は、は。明星屋でお世話になっています。実は、私は、湯川生生塾の講師です。小さな寺子屋ですが現職の内務大臣が訪れた寺子屋など、天下広しといえどありませんぞ。この湯の沢の誇りです。昨年大臣が、生生塾に入る時、肥後もっこすだと胸をはったそうです。実は、私も何を隠そう肥後もっこすなのです。皆さんご存知だと思いますが、肥後は熊本県、もっこすとはつむじ曲りの頑固者のことです。まあ、意地っ張りのことです。おっと、話が横にそれました。この塾が今、吹き飛ばされる危機にある。嵐が近づいています。さて、本題は万場先生が話します。私の出番があれば又話すことに致します」

 万場老人が登壇した。その時、人々の視線が一斉に一角に注がれた。一人の若い美しい女性が入ってきたからだ。

「皆さん、塾の助手を務めているこずえです」

 老人の紹介にこずえは表情を僅かに崩して微笑んだ。緊張の中に見せる控え目な笑顔が人々を惹きつけているようであった。

「水野先生が言われた、近づく嵐とは、この度帝国議会で作られた癩予防法という法律のことじゃ。これから話すことは、難しい法律、そして県と国の政策じゃ。難しいが我々の運命に直接関わること。何としても踏み込んで食いつかねばならん。皆さん、先ず、これまで我々患者を縛った法律はですな」

 ここで万場老人は言葉を止めてこずえに目をやった。こずえは、用意された机に進み出て、赤い紐を取り出し、巧みに胸元で交差させて襷(たすき)にかけ、袂(たもと)を押し込んだ。人々の目はこずえの白い二の腕に集まる。何か手品でも始まるのかと好奇の目の色である。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年6月 8日 (土)

小説「死の川を越えて」第198話

 

  1. 昭和の嵐
  2.  

 昭和6年(1931)という年は、日本にとってハンセン病患者にとって、特別の年であった。アメリカ、ニューヨークで1929年(昭和4年)の暮れに始まった世界大恐慌の波は年を追ってひどくなり、本格的に日本の社会を打ちのめした。国民の生活は悲惨であった。当時の新聞は、東京都の小学校でも弁当を持って来ない子どもが非常に多かったことを報じている。また、農村の窮状は更に酷く「娘身売りの場合は当相談所へお出でください」という掲示が村役場の前に張り出された。群馬県渋川町の小学校では、ある日欠席児童が多いのを調査したところ、食うに困った農家の子どもが親と共にわらび取りに行っていたことが分かった。

 このような状態であるから湯の沢集落の貧しい人たちの窮状は察するに余りある。きれいごとを言っていられないという本音があったに違いない。

 こういう社会状況の中、中国は日本に奪われていた権益の回復に乗り出した。満州こそ日本の生命線と考える政治家や軍部は強い危機感を募らせた。軍部は増々独走し、政府の拡大方針を無視して満州各地を武力で占領した。これが昭和6年9月に始まる満州事変であった。このように、戦争の足音は高まるばかりであった。

 この年、満州事変に先立つ4月、癩予防法が公布された。このことをいち早く知った明星屋の浴客、例の水野高明は、早速万場軍兵衛を訪ねた。

「万場先生、大変なことになりますな」

「癩予防法であろう。いよいよじゃな」

「我々に直接関わることです。生生塾で勉強しなければならんでしょうが」

「その通りじゃ。わしも考えておった。ここでは狭い。山田屋か真宗の説教所を利用してはいかがであろうか」

 正助に話すと、山田屋は都合が悪いということで真宗の説教所が会場に決まった。

 生生塾は、内務大臣が立ち寄った塾ということで、湯の沢ではすっかり注目の存在になっていた。区長が湯の沢の運命に関わることを生生塾で勉強すると言って住民に声をかけたので、説教所は住民集会のような観を呈した。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年6月 7日 (金)

人生意気に感ず「元次官の殺人が問うもの。天国と地獄。国の使命は」

◇謹厳実直な元高級官僚が実の子を包丁で何十カ所も刺して殺した。修羅の場面を想像して慄然とした。無差別大量殺傷の川崎事件との連動性が問題視されている。特異な一家の境遇と共に社会の暗部に繋がる出来事という点から犯罪史に残る事件なるだろう。先日、私は東大駒場時代の仲間と会食したが、この中にはこの元次官を知る人が何人かいた。事件後に電話で聞いたところ、BSE(いわゆる狂牛病問題)でミスがあったほかは役人として模範的人物だと感想を語っていた。

 殺された44歳の息子は実母のことを愚母と呼んで怨み暴力を加え続けたという。そして、この母をなぐり倒した快感のことを語っている。この英一郎氏は都内随一と言われる進学校に進んだ。この駒場東邦は毎年数十人の東大合格者を出すことで有名である。この学校にも何年かに一人大学に進学しない子がいて、彼はその一人だったらしい。超エリート校の中の落ちこぼれだったというのか。家庭内暴力の対象となった母への憎悪は大事な玩具を壊されたことが原因らしい。玩具を許さない程教育ママだったのか。しかし、普通の常識からすれば乗り越えられる家庭の事情ではないか。母とうまくいかないこともあって別に暮らしていたが、最近一緒に暮らすようになった直後の惨劇だった。すぐ近くに小学校があり「うるせえ、ぶっ殺してやる」と叫んでいた。例の川崎事件の直後のことである。父親は小学生たちに危害が加えられることを極度に恐れたようだ。この父親自身も暴力を受け傷を負っている。父との関係は良かったらしいのに、この暴力沙汰は何を物語るのか。狂うところまで事態は深刻になっていたのか。

◇5月28日の川崎事件の影響は測り知れないと私は考える。殺された英一郎氏は引きこもり状態だった。引きこもりは今や百万人を超える。このような状態の人を犯罪予備軍と見ることが間違っているのは当然である。しかし、仕事も友だちも恋人もなく、生きる意味を見出せず、堪えることに限界を感じている人は非常に多いに違いない。この状況を救うことは国家の最大の義務であり使命である。元次官は我が子を手にかけた事に対して、今獄中でどんな心境であろうか。この事件の公判が大いに気にかかる。全国民が息を止めて注目する瞬間が続くに違いない。教訓として活かせるか否かに日本の浮沈がかかると思う。(読者に感謝)

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2019年6月 6日 (木)

人生意気に感ず「79歳でぐんまマラソンに挑戦。人権の碑。チュックボール世界大会。京劇会」

◇今年もぐんまマラソンが日程の中に位置付けられる時が来た。3日、登録を済ませた。私は誕生日が10月30日なのでその4日後のマラソン当日は満79歳となっている。毎朝の走りにもおのずと力が入る。およそ4~5キロのコースを登録後、私のペースで全速で走る。長年本番では10キロコースを完走しているが脚力は少しずつ確実に低下している。昨年は、直前に前立腺の手術をしたこともあって、完走は果たしたものの、制限時間内でラストから2番の成績であった。年々参加者は増えている。マラソンはブームとなっているが、これは多くの人が健康長寿をいかに大切にしているかを物語る。

 振り返れば「人生50年」と言われた時代もあったし、大戦時は多くの若者が20代でこの世を去った。平和が健康長寿の大前提であることを痛感する。人生は長くなり100歳時代が現実のものになりつつある。一方で新たな難関が立ちはだかっている。認知症患者700万人の時代が近づき中高年齢者の引きこもり数が激増。これらは深刻な社会問題となり、人間の尊厳と生きることの意味を私たち一人一人に問いかけている。

◇「人権の碑」の完成が近づき、除幕式が11月8日とほぼ決まった。私はこの碑の建設委員長を勤めることから草津の栗生楽泉園を訪れることが多い。苦難の人生を闘った人々は皆、大変な高齢期を迎え、人々の代表者藤田三四郎さんは93歳で毅然とした精神を堅持されている。人間という存在の素晴らしさを教えられると同時に限りない勇気を頂いている。

 人権の碑は納骨堂を前にして、既に設置されている強制堕胎児の碑と並ぶ位置に建てられる。近くには重監房資料館がある。このあたりが人権のふるさととして甦ることが期待されている。近くには地獄谷と呼ばれる深い谷があるが、かつてのハンセン病の暗いイメージと結びつけられた名称かもしれない。先日ここを訪れると初夏の明るい陽光が降り注いでいた。多くの小中学生が訪れて人権の碑文を読む姿を想像した。

◇今月22、23日は東日本チュックボール大会が行われ、準備に大詰めを迎えている。この大会の意義を受け止め大会会長として決意を固めている。

◇8月24日は日中友好協会が中国と共同で開催する京劇鑑賞会が行われる。会場は群馬会館で入場無料。先着300名を予定。(読者に感謝)

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2019年6月 5日 (水)

人生意気に感ず「日中友好協会理事会で。元次官の犯罪は悲し。人権の碑」

◇30日の群馬県日中友好協会の理事会で、私は前駐日大使夫妻には特にお世話になったことに触れた。程永華前大使は異例な在任期間であったが、それには汪婉夫人の支えも大きかったと思われる。夫妻は大変な親日家で、日中間に厳しい波風が立った時によくその任務を果たされた。汪婉夫人は東大の大学院で歴史を研究したことからも窺える深い教養をもって日中の文化交流に力を入れておられた。私が企画・原作をし、櫻井顕さんが監督をした楫取素彦の映画を中国大使館で上映したことは懐かしい思い出になったが、これも汪婉さんの計らいで実現出来たのである。これら夫妻が築いた日中の絆を大切にして今後に繋げたいということも私は強調した。

 程永華氏の後を継いだ新大使孔鉉佑(こうげんゆう)氏は、30日に着任した。前大使の時の成果を今後に活かすためにも新大使と会わなければならない。事務局が調整することになっている。

◇元農水省次官の長男刺殺容疑事件は悲しいことだ。長男は引きこもり状態だったと言われる。家庭内暴力のことが報じられ、父親である元次官の背にも暴行を受けたあざがあるとか。事実は小説より奇なりという。ここに至るまでに親子それぞれに大変なドラマがあったに違いない。川崎の無差別大量殺傷事件がきっかけで、いわゆる「引きこもり問題」が噴出した。孤独でひっそり暮らしている人に罪はない。中高年の引きこもりは、政府の発表では61万人と言われるが、専門家によれば200万人を超えるらしい。憲法は、全ての人が幸福を追及する権利を有し、健康で文化的な生活を営む権利を有すると定める。高齢化が増々加速し、認知症患者が増えることと合わせ、日本は全体として滅亡に向かっているのだろうかと考えてします。政治は無策に見える。豊かな社会に於いて格差が広がっている。豊かな社会の格差は妬みを生む原因である。物の豊かさは人の心を貧しくする。

◇3日、草津の栗生楽泉園で「人権の碑」建設委員会があった。会を重ねて大詰めに近づいている。この日は碑を設置する場所と除幕式の日程を決めた。碑は納骨堂の前に、除幕式は11月8日の予定である。簡単な冊子を作ることも決まった。地獄のような中でもがいた人々の姿は私たちに無限の勇気を与えてくれる。孤独で苦しむ人々にハンセンの事実を伝えたい。(読者に感謝)

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2019年6月 4日 (火)

人生意気に感ず「天安門事件は生々しく甦る。中国の現在と未来は」

◇天安門事件から30年という節目(6月4日)を迎え、各紙が弾圧の記録を報じている。あれだけの大弾圧が天安門広場という正に世界の舞台で繰り広げられたのである。当時の新聞テレビは衝撃の映像を多く報じたが、報道機関以外でも例えば多くの民間人などがそれぞれの立場で撮影したものが残っているのは間違いない。デモに参加した学生が至近距離で撮影した写真2000枚もアメリカで公開された。武器を持たない学生が命がけで写したに違いない。生々しい光景を現場で写し、後に公開することは武器を持って抵抗する以上の意味がある。公開された何枚かの写真を見て私は戦場カメラマンの姿を連想した。

◇私の前に一枚のカラー写真がある。戦車の列の前に立つ一人の若者である。あの若者はその後どうなったであろうか。当時の報道はこの若者をワン・ウェリン(19)と伝える。この決定的瞬間をとらえたのはカメラマンのチューリー・コール。この写真はニューズウィーク誌を飾り、世界報道写真賞を受賞した。この写真はテレフォンカードにされ資金カンパにも使われたのである。

 清華大学の学生は当時証言した。「兵の包囲を突破して逃げた3000人余りのうち逃げられたのは1000人足らず。自動小銃が背後から逃げる学生を打ち殺した。学生たちは死体の山を踏みつけて進んだ」

 歴史の歯車を逆転させた事件であった。単なる市民でなく進歩的な大学生が多く存在したことが特徴である。学生たちは世界に散って中国の民主化のために闘ってきた。この動きはその後の中国の民主化の大きな礎になっている。中国はこの30年で一変し大変豊かな国になった。物が豊になると人間の心は変化する。この点は日本と同様な気がする。現在の中国の若者は権力に対する批判の精神が薄くなっているようだ。その点ばかりでなく、自分の利益を求めることに汲々とし社会の不正義に憤ることを忘れているようだ。

 今、中国は急速に高齢化が進んでいる。一人っ子政策は改められたが多くの若者は二人以上の子どもを持とうとしない。14億人の中国は少子高齢化の課題にどのように向き合うのか。日本と同じ道を歩もうとしている。認知症については深刻な実態にも拘わらず手がつけられていない。日中友好を進める上で人間尊重の先進国日本が中国に協力すべきことは多い。(読者に感謝)

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2019年6月 3日 (月)

人生意気に感ず「天安門事件は問う。日本の役割。松井かずさんのこと」

人生意気に感ず「天安門事件は問う。日本の役割。松井かずさんのこと」

◇6月4日は天安門事件から30年目にあたる。私は著書「炎の山河」の中で、この事件から受けた衝撃を描いた。この書で書いた主な出来事の一つに松井かずさんの数奇な運命がある。この人は終戦直前に満州に渡り、地獄のような苦しみを経験した。生死の境をさまよう中で炭坑で働く中国人男性と結婚し5人の子どもを育てた。

 時代は変わり、日中間の関係改善と共に夢にまで見た日本に帰れる日がきた。彼女は既に文化大革命を経験していたが、一先ず帰国して家族を呼び寄せる準備をしている時に起きたのがこの天安門事件であった。文化大革命を初め中国の動乱を知っている彼女は家族がこの事件に巻き込まれることを恐れた。

◇昭和64年(1989)は日中両国にとって大変な年であった。1月昭和天皇は世を去り、この月平成の元号と共に新しい時代が始まった。そして6月、天安門事件である。民主化を求める学生は天安門広場にあふれ、日本の新聞はその数百万と報じた。6月4日未明、息を詰めて見守る私たちにテレビは衝撃の光景を伝えた。軍隊の戦車が突入したのである。パンパンと銃声が起り、光が走った。逃げ惑う群集と絶叫。戦車の列の前に立つ若者の姿。自由主義陣営が特に注目する点は国家権力が国民に銃を発砲したことである。不合理な封建社会を倒して自由と平等を建前とする社会主義の国を建てた中国である。1949年、毛沢東が天安門上で新しい国家を宣言したことは偽であったのか。

 天安門事件は中国が一党独裁の体制で経済大国となる道を決定した。あれから30年、中国の変貌は目を見張るばかりである。あれよあれよという間に経済に於いてもアメリカと覇権を競うまでになった。独裁国の動きは誠に速い。しかし、その速さの陰に大きな危険が潜むことは幾多の歴史的事実が示すところである。天安門事件に対して歴史はどのような裁断を下すであろうか。

◇日本は独裁主義が招いた失敗を乗り越えて今日を迎えている。中国を侵略して傀儡国家(かいらいこっか)満州国をつくり太平洋戦争突入という自滅の道を辿った。この失敗の過程を歴史の教訓として活かさねばならない。米中両国がきな臭くなっている。この間に立って世界を破局から救うことが日本の役割である。世界が日本を信用するよりどころが日本国憲法であることを私たちは自覚しなくてはならない。(読者に感謝)

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2019年6月 2日 (日)

小説「死の川を越えて」第197話

それを見て代議士は言った。

「万場先生、今の正助君の考えはどうですか。あなたは賛成の顔色とお見受けしたが」

「はい、もう言ってもよいじゃろう。わしと同意見であるにしても、正助が先ず発言することに大きな意味がありました。わしは、正助の意見に賛成でございます。今、この湯の川集落は千人を超える。貧しくて、その日の暮らしに事欠く人が多い。医者もいないに等しい。だから国が理想的な施設をつくることが必要なのじゃ。しかし、これまで湯の沢が守ってきた歴史を国に認めてもらわねばならぬ。それが条件じゃ」

 それを聞いて、森山抱月が口を開いた。

「私も発言してよいですかな、木檜先生。これは牛川前知事が請願した方向ですぞ。草津温泉を引ける所に理想の療養所です。群馬県議会も関わっています。理想の実現に私は力を合わせたい。木檜先生、さあ、あなたの番ですよ。帝国議会で、この湯の沢のことを熱く訴え、この度は、内務大臣をこの湯の沢までも案内したあなたです。是非、お聞きしたいですな」

「うむ。私は原町の出身。皆さんに支えられて政治を続けております。草津も湯の沢も、私が愛する地元であります。命をかけて守りますぞ。私は、帝国議会では、湯の沢を移転せずして、この場所を理想の療養所とすることを訴えた。しかし、国政は大きな背景があって動いております。思うようにいくとは限りません。現実を踏まえねばならない。そういうわけで、私は今回の国の方針に賛成なのです。帝国議会で大見栄を切った手前もある。森山さんと目的は同じと考えておる。森山さんは我が同志だ。一緒に頑張りましょう」

 湯の沢集落の人々の善意の力で、集落移転の問題は大きく順調に動き出すように見えた。しかし、事態は意外な展開を示すことになる。人々の前に重監房という巨大な怪物が現われ人々の心が大きく裏切られることを誰もが予想できなかった。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年6月 1日 (土)

小説「死の川を越えて」第196話

「ハンセン病には、誤解や偏見が結びついています。これを乗り越えるには、病める人の中に入ることが必要です。私は神様の与えた試練を有り難く受け止めております。この度、皇太后様が温かい御寄附を下されたことは、患者に対するこの上ない励ましでございます。また、安田大臣様がこのように私たちを歓迎して下さったことに心から感謝申し上げます。安田様は、先日、草津に来られ、私たちの湯の沢に深く入られ、人々を励まして下さいました。皇太后様、そして、安田大臣様に対して、私はこの胸のうちを現す言葉を知りません。病める人々のために、皆様と一層力を合わせることによって、感謝の気持ちを現したいと存じます」

 静かな語り口の中に、威風あたりを払う品格があった。話し終わった時、どっと拍手が湧いた。リー女史はにっこり微笑みながら段を下りた。

 安田内務大臣の視察後、木檜泰山と森山抱月が湯川生生塾を訪ねるとの連絡があった。予定の日、生生塾の主な仲間が集まっていた。木檜が口を開いた。

「正助君、先日は御苦労でした。万場先生、大臣が突然この塾に立ち寄ると申した時は正直驚きました。本当にご苦労様でした。大臣のあの行動は大変な誠意を示したことを意味します。集落の人たちも皆感動していましたな」

「今日は、あの事態を受けて、この集落の移転についての皆さんの意見を聞きたい。今後の行動の参考にしなければと思っています。先ず万場先生はどうお考えか」

「はい、わしは考えを持っとりますが、わしが先に言わん方が良いと思います。皆がわしに合わせると困るでな」

 その時、黙って聞いていた森山抱月が言った。

「正助君の意見を聞きたい。君は夜、広い一帯を歩いた。そして、私や大臣を案内もした。そして、何よりもこの湯の沢の将来を担う若い力だからな」

「俺の意見を言っていいのですか。前に一晩かけて麓の里まで歩き、戻って来て、滝窪原、水原窪のあたりで朝日を迎えた時の感動が忘れられません。あれは、万場先生が言っていたハンセンの光、それも新しい光ではないかと思います。偉い大臣が来て、あのあたりがいいと言うのなら、良い機会ではないかと思います。俺たちの新しい光を実現するために力を合わせるべきではないでしょうか。光がなくなってしまうのでは困りますが、光が更に発展するなら素晴らしいと思います」

万場老人が、うむと頷いた。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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