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2019年5月20日 (月)

人生意気に感ず「東大寮の同窓会に。心愛(みあ)さん虐待死事件」

◇今日20日、駒場寮同室者の会に出席する。およそ55年ぶりの人もいる。元川崎市長Iさんの呼びかけで実現することになった。世の移りは誠に激しく、一面幻のようである。喧騒の駒場時代が甦る。北寮、明寮、中寮は取り壊された。大きな寮は自治制で絶えず何かが起きていた。私は寮委員をしていたが委員の仲間には後に国際刑事警察(ICPO)理事となったK君もいた。寮の習慣や行事には一高以来のものがあった。東大には、よく言われるように、東大「まで」の人と東大「から」の人があるようだ。社会の底辺から立ち上がった私は後者を自覚して生きてきた。今日の私の最大の関心事は半世紀の風雪をどのようにそれぞれの風貌に刻んでいるかということである。人生の終盤を迎える中で、「まで」と「から」のドラマが聞けるかもしれない。福井県からは元衆院議員のM君も出席する。私はいくつかの行事を整理して上京することにした。

◇話題となってきた女児虐待死事件で傷害ほう助罪に問われた母親の初公判が16日に行われた。現代社会の病根を窺わせるような事件は限りなく悲しい。心愛(みあ)さんと母親なぎさ被告の顔写真は事実は小説より奇なりを物語っているようだ。心愛という名前を付けた時の両親の心には溢れる愛情があったに違いない。人間の心は不思議なものだ。父親勇一郎被告に何があったのか。70席の傍聴券を約460人が求めたという。

 心愛さんは、「毎日地獄だった。夜中にずっと立たされた」と打ち明けている。父親の虐待がエスカレートする様は鬼気迫るもののようだ。妻・なぎさ被告に対する激しいDVもあった。それでも母はなぜ我が子を命懸けで助けようとしなかったのか。それが出来たのにしなかった。検事が被告に「傷害幇助罪」を求めるポイントはそこにある。この種の事件が繰り返し起きている。世の母親の中には胸に手を当ててこの事件と裁判の推移を見詰めている人も多いに違いない。裁判員たちはどのように受け止めるか。最大の関心事は執行猶予がつくかどうかである。

◇週一の「へいわ」の講義で、今アンクルトムの小屋を語っている。奴隷商人に売られようとする我が子を助けるため、母親は我が子を抱いて氷のオハイオ川に飛び込む。後を追う奴隷商人はそれを見て悪魔が乗り移っていると驚く。女は弱し、されど母は強しなのだ。母の生きる力が今問われている。(読者に感謝)

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