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2019年5月31日 (金)

人生意気に感ず「川崎事件の深淵。日中友好協会理事会。スポーツ協定と京劇の実現」

◇今回の川崎事件の根は深い。社会の病巣ともいうべき黒い淵につながっている。容疑者は51歳の男性で10年以上も引きこもりの状態だったと言われる。「死ぬなら一人で死ね」という声が起きている。当然のことであるが、この事件を表面的なことに目を向けて片づけるなら同種の事件が今後繰り返されるだろう。今求められるのは健全な「社会力」である。それは、友だちも恋人もなく孤独に狂うような人々を優しく包み込む力である。この力が社会から消えようとしている。それが人間の危機と社会の危機を生じている。

 内閣府の調査によれば40歳から64歳までの人で引きこもりは推計61万3千人と言われるが、ある専門家の分析では少なくとも100万人以上に達するらしい。この数字は高齢化が加速する中で今後更に増加するに違いない。

 引きこもりの人が犯罪を起こすとは限らない。しかし、引きこもり状態に陥った人は精神的に窮地にあるから社会への適応に苦しむことになる。周りを羨み、何のための人生かと生まれてきたことを呪う人も生じるだろう。

 人間の心には本来悪魔的なものが棲む。通常はそれを正常な倫理や道徳心が抑えるが、そういう要素が個人にも社会にも育っていない。日本は全体として活力を失いつつあり、社会への適応力を欠く社会的弱者が激増しつつある。社会福祉の目的は本来、こういう社会的弱者を優しく包み込む社会づくりではないか。

◇昨日、群馬県日中友好協会の理事会があった。令和元年度の第一回理事会である。私は会長として、米中の対立が激化する中で間に立つ日本の役割は非常に重要であることを訴えた。また平成25年嵐の中でスタートしたこの協会は試練に耐えて日中友好の絆を深めてきたことを話した。スタート時は尖閣諸島の問題で日中の国家間には一色即発ともいえる程緊張があった。現在はこれにかわって米中の「貿易戦争」があり、米中の間に立って日本は特別の役割を担うに至っている。

◇議題の一つに中国貴州省との「スポーツ友好協定の締結」があった。6月12日貴州省から体育局の責任者6名を迎えて協定に調印することが決まった。同省は人口4000万人。40%が少数民族で海抜1000mの高原地帯が広がる。群馬県日中友好協会の協力を得てスポーツと文化の発展を望んでいる。

◇同省と群日中が共同主催で8月24日に「京劇」を実演することになった。群馬会館で入場無料先着300名の方向で準備をすすめる。(読者に感謝)

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2019年5月30日 (木)

人生意気に感ず「留学生の授業とイエローカード。日中友好協会の理事会」

◇27日、月1回の留学生合同授業・「人間塾」を行った。受講生が多いこと、日本語の理解に差がある人々等で、これまで苦労してきた。前回あたりから変化がみられるようになったのは、イエローカードの効果である。おしゃべり、居眠り、スマホ等30数項目の注意事項及び数項目の「善行」を設けた。該当者には学籍番号と該当項目番号を記入してカードを切る。結果は登録されて就職や入管の資料に結び付けるシステムである。私は「善行」のカードを多く切った。

 27日の授業内容は、その前半は、「令和」の初めの儀式を材料にした。元号の由来、即位、退位、天皇、皇后、上皇等の紹介やエピソードをパワーポイントを使い、ホワイトボードに記載しながら語った。留学生は皇室関係に強い興味をもっていた。

 カードは、例えば次のように使った。「元号は今回初めて日本の古い書物の中から採用した。その主な書物とは、古事記・日本書紀・万葉集で、令和は万葉集の言葉でした」。これらはそれぞれどのような書物であるかを話し、暫くしてから「皆さん、元号を決める資料として、私は3つの国書を説明しました。それは何であったか、またそのうちのどれから令和は選ばれたでしょうか」

「ハイ」と手をあげて正解を示したのはネパールの女子留学生だった。私が笑顔で頷くと大きな拍手が起きた。彼女は私の手から嬉しそうにカードを受け取った。かつて、激怒して「国へ帰れ」と叫んだことが嘘と思えるような瞬間で私は疲れを忘れていた。

 後半は令和の時代に日本が直面する深刻な課題として、人口減少・高齢化・認知症について話した。認知症患者は近い将来700万人に達すること、認知症とは何かを私が身振りで苦労して説明すると留学生たちは真剣な表情で耳を傾けた。「これらの結果として、現在直面することは人手不足です。皆さんがアルバイトするコンビニも24時間の営業は難しくなってきました」。この話に頷く顔があちこちに見られた。私は高山村のセブンイレブンに出かけて行ってそこで働くスリランカの女性留学生に善行カードを切った話を紹介した。私の授業は歴史や文化を教え日本を深く理解させることを目的とする。

◇今日は、日中友好協会の理事会が行われる。トランプ大統領の余韻が残る中の会議である。(読者に感謝)

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2019年5月29日 (水)

人生意気に感ず「川崎の無差別惨劇の意味。トランプは去った」

◇またまた惨劇が。19人が差され2人が死亡し、他にも重傷者が伝えられる。事件は朝の登校中、スクールバスを待つ状況で起きた。容疑者は自らを刃物で刺し死亡。川崎市の登戸駅近くの出来事である。容疑者が死亡したので、動機の解明などに大きな障害が生じることになった。しかし、岩崎という51歳の容疑者の人間像などはやがて明らかになるだろう。

 なぜ、無抵抗の小学生を殺そうとするのか。複数の凶器を用意していたことから推察されるのは計画的犯行ということだ。令和の時代のスタートと共に、トランプ大統領の来日と重なる状況で起きた。アメリカでは、銃社会を背景に学校を巻き込んだ銃撃事件が起きている。のどかな宮廷の佇まいの近くで起きた衝撃事件。大統領は日本の社会につき何を感じたであろうか。

◇私はつい先日(5月20日)、元川崎市長阿部孝夫さんと駒場のキャンパスで会った。3期の市長の間で、行財政改革で大きな成果をあげた阿部さんは、川崎市の小中学校の全室冷暖房化を実現させた。猛暑に対して根性論で立ち向かうのは合理性科学性に欠けるというのが持論だった。「政治は芸術、行政は科学」という哲学をもって合理的科学的な川崎市政の運営を心掛けた人である。そして、人口密度の高い川崎市で、学校を地域社会に解放することを強く訴えていた。

 今回の事件は不可解であるが、「学校解放」という阿部さんの考えに対する問題点を提供するかも知れない。また、この種の事件に対する対策には地域社会の協力が不可欠である。学校解放と地域の協力をどう調整するかも問題である。阿部さんから近著「灰色のまちから音楽のまちへ」を頂いた。帯には「政治は芸術行政は科学」の大きな文字が躍る。

◇トランプ大統領が嵐のようにやってきて去っていった。空前の警備は言うまでもなく大統領がテロの時代の最重要人物であることを物語る。国技館の中も、鋭い目つきのアメリカ人が目についた。大統領を特別に警護する人々であろう。ひとまずほっとした。治安当局は、今回の川崎市の事件を参考にするに違いない。普通の市民と一見変わらない人が突然変化して凶行に及ぶことをどう防ぐのか。大きな行事が目白押しで、その先に来年の東京五輪がある。安全の国日本、そして平和の島国は隙だらけの国でもある。安全は国民一人一人の自覚にかかる。(読者に感謝)

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2019年5月28日 (火)

人生意気に感ず「大地震の前兆か。聖火リレーのルート。特殊詐欺。食品ロス法」

◇25日午後千葉県で震度5弱の地震があった。最近大小の地震が多発している。もう私たちは慣れっこになっているが、巨大地震の不気味な予感を禁じ得ない。平成時代は阪神及び東日本の二つの大地震が特に衝撃的だった。東日本大地震は巨大地震時代の始まりと見る専門家が多い。目前のオリンピック、ヒタヒタと忍び寄るテロの恐怖。令和は平和か、それが問われる歴史的瞬間に私たちは立っている。

◇東京五輪の聖火リレーのルートが発表された。注目される点は、東北の災害被災地の象徴的場面である。「奇跡の一本松」も入るといわれる。復興五輪と位置づけられる。聖火の動きは東北の人々にとって限りない声援となるだろう。また本県の富岡製糸場も含まれる。平和の祭典は文化の祭典でもあるから歴史的な世界遺産が含まれることには十分納得がいく。近代日本がシルクと共に世界の舞台に登場したことが五輪を機に世界に発信されることは私たちに勇気を与える。

◇特殊詐欺は社会に巣食うシロアリである。この度、タイを拠点とするグループ15人が逮捕された。あの手この手で手口を研究し、最近は国外から騙しの電話をかける手段が増えているようだ。今回の例はパタヤのプール付き高級住宅を使い、一つの企業活動のような観があったと言われる。二つのグループに分かれ詐欺を競い合い、壁には「絶対に稼ぐ!」の貼り紙があったという。最近、警察関係の人から日本国内の事情を聴く機会があったが、拠点はまるでコールセンターのようだという。大勢で電話をかけることで罪の意識も薄くなってしまうのだろうか。特殊詐欺は日本人の精神を蝕み、社会を根底から劣化させる面が著しい。どうしたら根絶させることができるのだろうか。既存の法定刑の枠内で厳罰を科すべきであるが、刑法を改正して、特別の刑を設けることもそろそろ検討されてもよいのではないか。

◇食品ロス削減推進法が成立した。膨大な食品が廃棄されている。その食品に費やされた経済的価値の損失は言うまでもなく、環境の汚染にも重大な影響を与えている。法は、ロスの削減の推進を「国民運動」と位置づけ、事業者や消費者に努力を求め、地方自治体には削減推進計画の作成を求めている。

 更に企業や家庭で余った食品を貧困過程に提供する「フードバンク」活動への支援を政府や自治体に求めている。戦後の復興期、「もったいない」が合言葉だった。死語を復活させる時が来た。(読者に感謝)

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2019年5月27日 (月)

人生意気に感ず「南波県議の辞職。トランプの来日。ふるさと未来塾」

◇25日、南波県議辞職の報が伝えられ、多くの人々に衝撃を与えた。先月の県議選で7期の当選を果たしたばかりである。辞職の理由は既に前日に私のところには入っていた。

 星名幹事長には、「関係者が選挙違反の疑いで県警の取り調べを受けていること」と説明していた。

 私は7期を全うしたが在職中は南波さんと親しかった。県会議員の中では教養人と目され文化に対する理解も深かった。色々な外国映画につき語り合ったことが懐かしく思い出される。最近は体調が悪く辛そうであった。選挙活動には耐え難い状態であることを知っていた私は、不出馬を予想していた。吾妻郡区は珍しく激戦であった。政治家にとって進退の決断は最重要事の一つであるが難しい。その判断を誤った為に家族と共に地獄のような苦しみを経験したに違いない例を多く見てきた。いつもは波乱の少ない吾妻選挙区がにわかに激戦となり、南波さんは病身で臨んだ。令和早々の重大事を残念に思う。

◇トランプ大統領が夫人と共に25日、来日した。令和初の国賓である。翌日、大相撲は千秋楽を観戦した。既に朝乃山が26日優勝を果たした。米大統領の大相撲観戦は前代未聞。前列の桝席近くに特別席を設けた。多くの関心が集まり熱烈歓迎だった。トランプ大統領についてはその評価が大きく分かれるが、アメリカ人特有の明るさが救いだ。西部劇に登場する悪役ボスを連想させる。これを狙うガンマンに警察はピリピリで、空前の警戒ぶりである。伝統の国技の場に登場し特注の大統領杯を渡す場面には全世界の目が集まったに違いない

 日本の伝統文化にどっぷりつかる大統領。この歓迎ムードは現実の厳しい日米の政治と経済にどういう影響を与えるのであろう。「政治は情だ」と私に言った人がいる。確かにその場面は否定できない。裸の力士と巨漢のトランプが土俵上で握手する姿は絵になる光景だ。謎が多いトランプの心に何らかの作用を及ぼすことだろう。この大相撲の場面と宮中での令和天皇との会見は、あわせて重要なインパクトを与えるのではなかろうか。

◇土曜日の「ふるさと未来塾」では、「滅亡に向かうのか?令和」と題して話した。日本の最大のピンチは「2042年問題」。団塊ジュニア全てが高齢者になる。既に700万に近い認知症患者はこの時どんな数に達しているか。人手不足は極限状況かも。今手を打たねばと語った。(読者に感謝)

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2019年5月26日 (日)

小説「死の川を越えて」第195話

 この年11月10日、キリスト教から仏教に至るハンセン病支援事業団体の関係者が、皇太后によって宮中に招かれた。ハンセン病者救済に貢献したことに対して労をねぎらうためであった。これらの人々の中にマーガレット・リー女史の姿があった。

 宮中の集いが終わったその夜、安田内務大臣が主催する晩餐会が開かれ、リー女史はここに招かれた。女子の席は安田大臣の隣りであった。

「湯の沢では良い経験が出来ました。ハンセン病救済にかけたあなたの熱い姿は、あそこに立ち寄ったが故に私の胸に伝わってきました。日本人がもっと真剣にならねばと深く反省させられました」

「そのようなお言葉を頂き、身に余る光栄でございます」

 大臣が歓迎の辞を述べた。その後のことである。会場を仕切っていた男がリー女史に歩み寄って登壇を促した。大臣の祝辞に応えて、全員を代表して挨拶することを求められていたのだった。リー女史は静かに立ち上がって壇上に向かった。その姿は臆する風もなく、優雅でどこか威厳が漂っているように見えた。リー女史の胸には、昔イギリスで暮らした頃、大邸宅の広間でよく繰り返された様々なパーティの光景が甦っていた。

「皆様、私はマーガレット・リーと申します。生れはイギリスでございますが、心はすっかり日本人でございます。神様のお導きで草津に参り、湯の沢というところで多くの人々の中で幸せに暮らしております。皆様は、かあ様と言ってくれます。こんな喜びはありません。そこは喜びの谷なのでございます。私は、日本の美しい自然が好きです。美しいのは自然ばかりではありません。細やかな人情、礼儀正しさ、そういう日本人の心が好きです。

 私は湯の沢で病める人々の中に入って、皆さんと心を一つにすることで、神の導きの真の意味を知ったのでございます。人間は神様の前で皆平等だということが理屈でなく分かったのでございます。国の違い、人種の違い、肌の色の違いも関係なく、人間は平等なのです」

 リー女史は、ここで言葉を切り、人々の表情を見た。大変な発言がどう受け取られているか気になったのだ。リー女史は頷く人々の表情に安心して続けた。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えてを連載しています。

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2019年5月25日 (土)

小説「死の川を越えて」第194話

「いえ、恐れ入ります。この湯の沢で日本人の助け合う心、美しい心に接して、神の恵だと感謝しております。どうか、この人々をお守り下さい」

「よくわかりました。あなたの国には日露戦争以来大変助けられました。あなたのような方がこの集落で活躍されておられることは、先程この生生塾で教えられた日本の文化の高さを示すものであろう。有り難いことです」

 こう言って安田謙岳は、リー女史の手を固く握った。

 一行は、正助の案内で湯の沢から麓の里に向かう一帯を視察した。正助は、森山県議等と共に滝窪原、水原窪のあたりを重点的に案内した。安田内相は歩きながら周囲の者に呟いた。

「この広い斜面は日当たりがいいな、空気も眺めも最高ではないか」

 湯の沢の区長吉田清は記者の質問を受けた。

「安田内相の視察をどう思いますか。湯の沢の移転には反対ですか、賛成ですか」

「安田内相の視察については無上の光栄と思っております」

 区長は、天下の内務大臣がこともあろうに湯の沢の集落に足を踏み入れようとは、当初思ってもみなかったのである。集落の人々は感激して熱狂した。更に区長が驚いたことには、自分も入ったことのない小さな塾に立ち入って、親しく話をした。区長は、これ程に礼を尽くされて、反対することが出来ようかと思った。そこで答えたのである。

「湯の沢としては、集落の移転に決して反対ではありません。今日視察された、滝窪原と、水原窪は非常に便利で、気候も飲料水も患者に適しております」

 吉田区長はこう答えて言葉を切ったが、思い詰めた表情で言った。

「しかし、後になって、品田方面が選ばれる様なことがあれば、私たちは一丸となって反対するでしょう。当局は、この問題を決めるにあたっては、集落の人々の意見を聞いてやって欲しいと思います」

 区長とすれば、住民の手前もあり精一杯の抵抗を示したつもりであった。実は、品田方面が選ばれれば、不便で困るという心配の声が上がっていたのだ。

 上毛新聞は、安田内相の視察を大きく取り上げ、国立療養所の設立は確実、水原窪、滝窪原が有力な候補地と書いた。 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年5月24日 (金)

人生意気に感ず「米中対立の行方と日本の役割。中国の認知症の現実」

◇米中の貿易をめぐる対立は長期化する様相を呈している。習主席は「我々は米国に屈しない」と国内に向け団結を呼び掛けているといわれる。トランプ大統領は露骨に「アメリカナンバー1」を掲げ強引な政策を推し進めているが、その前に立ちはだかる最大の相手が中国である。

 中国にも「中国ナンバー1」の思いは強い筈だ。中国はその長い歴史の過程で自分たちは世界の中心であるという中華思想を誇りにしてきた国である。中国近代の歴史は、この誇りを西欧によって踏みにじられたという屈辱を乗り越える過程であったと言える。

 変身した中国はたちまち日本を追い越し、世界第二の経済大国になった。今や最大の相手は米国のみという感すらある。中国は基本的に社会主義の国であるから「国家資本主義」を押し進めている。この点が中国にとって強みであると同時にネックでもあるに違いない。アメリカは、中国が国内企業を政策的に強く保護することがフェアでないと強く攻撃するが、中国の方針の基盤にはこの国家資本主義がある。中国として、この点は譲れないという思いは執念に近いに違いない。しかし、世界の仲間に入り更に大きく発展するためには修正と調整は避けがたい。中国は強かな国である。米中の「貿易戦争」は必ず遠からず落ち着くに違いない。それが米中にとって生き残る道であるからだ。

◇米中の対立が激化する中で日本の役割は増々大きくなっている。その中心は二つの文明に属する日本の強みを生かすことである。東洋文明と西洋文明はそれぞれ問題を抱えている。両者の媒介と相互補完は世界文明史上の課題である。それを果たす上で貢献することが日本の生き残る道である。トランプも習近平もこのことを十分に分かっているに違いない。間もなくトランプ大統領が大相撲の場に登場し、皇居で新天皇に会う。習近平も日本を訪問する。日本はその真の存在感を世界に示す時である。

◇中国が抱える最大の課題の一つは高齢化である。認知症が増えているがその対策はほとんど進んでいない。日本に習おうとしているが日本のノウハウを利用できるのは一部の富裕層だけである。日本は近く認知症700万人時代を迎える。認知症対策の根幹は人間の尊厳である。この点、先進国として中国を助ける意義は大きいのだ。(読者に感謝)

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2019年5月23日 (木)

人生意気に感ず「即位パレードの危機。狂気の自爆テロ。ふるさと塾で令和を」

◇天皇即位パレードのコースが発表された。即位は10月22日。皇居から赤坂御所までの4.6キロを約30分でオープンカーは走行する。両陛下は、新調のトヨタのセンチュリーに乗られる。当日は特別に休日になる。

 沿道は空前の人出になるに違いない。無事に済むことを神に祈るばかりである。テロが心配である。隙だらけの日本に、これまでテロが発生しないことが不思議に思われる。

 4.6キロ、30分を守るための対策に警察など治安当局は最大限神経を使っているはず。一個の爆竹が鳴らされただけで、一本のいたずら電話で、大混乱に陥る可能性がある。この行事は、治安対策の上で来年のオリンピックの前哨戦ともいえるが、平和国家日本を象徴する行事であることを考えると、その重大性は測り知れない。正に日本が試されている。世界の注目が注がれている。

◇スリランカの同時多発テロから1か月が過ぎた。250人以上が犠牲となった悲惨な事件は何を意味するのか。犯行は「イスラム国」の仕業とされる。シリアとイラクで勢力を誇っていた「イスラム国」は今年3月壊滅したがそのメンバーは世界に散って再起を期していると言われる。彼らは現在、世界の各地に支配地域である「州」の設立を図っている。彼らの脳髄に迄食い込んだ狂気の思想は自爆テロを平然とやってのけるのだから、恐ろしい。「イスラム国」の最大の敵はアメリカだった。同盟国日本もアメリカと同一視して標的にすると表明していた。「イスラム国」の残党が日本を狙うのは当然と見なくてはならない。

 アメリカの大統領トランプが間もなくやってくる。大相撲の千秋楽に国技館に登場し、27日には天皇に会見する予定だ。「イスラム国」の残党にとって、天皇即位のパレード、そしてトランプの動きは最大にして絶好のチャンスと思うだろう。「令和」には格調のある平和という意味が込められている。令和のスタートに当たり令和が試練の時を迎えている。

◇今月の「ふるさと未来塾」は「滅亡に向かうのか令和」をテーマにする。25日(土)6時半、いつも通り市の総合福祉会館である。人口減少は止まらず人手不足は加速し、認知症患者700万人の時代が迫る。このまま有効な手を打てなければ、日本は底なし沼に沈み込んでいく。明治の人口は今より遥かに少なかったという人がいるが、人間の質が違う。心の無い若者が支配的となり日本は内部崩壊の危機にある。(読者に感謝)

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2019年5月22日 (水)

人生意気に感ず「駒場同窓会の話題。青春の熱き思い出」

◇20日、駒場寮同室者の会に出た。キャンパスの一角「かんらん」というレストラン。昔は構内にこういうハイカラはなかった。バンカラの象徴ともいうべき二つの寮が姿を消すと共に構内の雰囲気も一変していた。かつては学生運動のメッカで、スピーカーから流れる激しいアジ演説の声が飛び交っていた。林立する立て看板を書く学生は看板を書くために入学してきたのかと思わせる程その筆さばきは巧みであった。今はその面影はかげを潜めてこじんまりした看板が定められた位置にお行儀よく立っている。政治色のものは見当たらない。その光景は活力を失った現代の東大を物語るようであった。

 少し早く着いたので時計塔の本館に入った。今は一号館という表示があった。かつて寮は不夜城のように騒然として、特に私のいた部屋は落ち着いて勉強できる所ではなかったので、秘かにここで本を読んだ。古い建物は昔のままで、私が夜窓から入った部屋も昔の姿を保っていた。60数年前にタイムスリップしたような不思議な感覚にひたって、時が止まったような状況にしばし我を忘れていた。

◇かんらんに集まったのは10人。全員が老境を迎えた人々で一瞬戸惑ったがすぐに昔の顔に戻って話が弾んだ。亡くなった人の話、ガンを克服したこと、妻を失った悲しみなど、それぞれが人生の歴史を語って尽きなかった。

 国会議員の選挙に出て敗れた人が3人いた。N君は私の結婚式に出てとんでもないことを発言した。「何か寮の思い出を」と求められて話し出したが、何かを話そうとして一瞬口をつぐみ「これを話すと差し障りがあるのでやめます」と発言、会場は水を打ったように静かになった。「あれは何だったの」と訊くと、何のことはない「いや中村さんがいつものろけていたのでそれをばらそうと思った」と振り返っていた。この妻は40歳で世を去った。妻の兄は妹の死に際し「限りなく 熱き墓なり 妹よ」と歌を詠んだ。炎のような人生の一瞬を共にした女性であった。

◇貴重な情報交換もこの日の収穫であった。このままでは日本は危ないというのが共通の認識だった。役人志望の学生が少なくなっていること、安倍首相はかつて婚外子を設けたなどの話も話題になった。関東国税局長官をやったS君は、ある時押入れの中に3億円余りの札束が隠されているのを発見し肝を潰したと語った。(読者に感謝)

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2019年5月21日 (火)

人生意気に感ず「やがて来る認知症社会の地獄。令和の先に待つもの。田中正造の文明観」

◇政府は16日、認知症対策の原案を明らかにした。70代の認知症の割合を2025年までに6%減らす目標である。高齢化が進む日本で、最大の課題の一つは認知症問題である。認知症患者数100万人の時代に入りつつある。人間にとって脳の劣化という生物的変化は避けがたい。人口減少が同時に進む。日本は滅亡の淵に立っている。正に国難の時である。認知症を避けて健康寿命を実現していくことは個人の願いであると同時に社会全体にとっても最大の課題である。

◇2042年問題は迫りくる大問題である。団塊ジュニア世代がすべて高齢者になる。そして、高齢者人口は4000万人のピークに達する。現在人生百歳時代ということが盛んに言われ出した。2042年頃は恐らく本格的な人生百歳の流れの中にあるかもしれない。その頃の認知症状況を想像すると空恐ろしい。

 人生百年の時代は人生認知症の時代かもしれないのだ。統計によれば、そこに至るまでに次のことが予想されている。令和6年、団塊世代が全て75歳以上になる。3人に1人が65歳という超高齢社会である。そして令和7年には認知症患者は700万人に達するという。また、驚くべきことは、令和17年には男性は3人に1人、女性は5人に1人が生涯未婚になるという。

 人間のエネルギー、野生のパワーが落ちている。男性については特に草食系ということが言われ、オスの能力が失われているといわれる。子どもが生まれない原因の一つとして精子に力がないことが指摘されている。原因は複雑に絡み合っている。環境の悪化、有害物質の氾濫等々。これらは哲学のない現代文明の結果なのか、だとすれば、人類は全体として破滅に向かっているのかもしれない。

◇私は今、田中正造を研究しているが、この人は百年も前に文明を痛烈に批判した。「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」と。ところが現実はどうかと正造は次のように叫んだ。「今、文明は虚偽虚飾なり、私欲なり、露骨的強盗なり」と。現代人が今、文明に害されているという目から見れば、田中正造のこの言葉は今日的問題として私の胸に突き刺さる。福島第一原発事故は現代文明の負の側面を物語る。今日の社会の最大の課題の一つは田中のような「狂人」が存在しないことであろう。(読者に感謝)

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2019年5月20日 (月)

人生意気に感ず「東大寮の同窓会に。心愛(みあ)さん虐待死事件」

◇今日20日、駒場寮同室者の会に出席する。およそ55年ぶりの人もいる。元川崎市長Iさんの呼びかけで実現することになった。世の移りは誠に激しく、一面幻のようである。喧騒の駒場時代が甦る。北寮、明寮、中寮は取り壊された。大きな寮は自治制で絶えず何かが起きていた。私は寮委員をしていたが委員の仲間には後に国際刑事警察(ICPO)理事となったK君もいた。寮の習慣や行事には一高以来のものがあった。東大には、よく言われるように、東大「まで」の人と東大「から」の人があるようだ。社会の底辺から立ち上がった私は後者を自覚して生きてきた。今日の私の最大の関心事は半世紀の風雪をどのようにそれぞれの風貌に刻んでいるかということである。人生の終盤を迎える中で、「まで」と「から」のドラマが聞けるかもしれない。福井県からは元衆院議員のM君も出席する。私はいくつかの行事を整理して上京することにした。

◇話題となってきた女児虐待死事件で傷害ほう助罪に問われた母親の初公判が16日に行われた。現代社会の病根を窺わせるような事件は限りなく悲しい。心愛(みあ)さんと母親なぎさ被告の顔写真は事実は小説より奇なりを物語っているようだ。心愛という名前を付けた時の両親の心には溢れる愛情があったに違いない。人間の心は不思議なものだ。父親勇一郎被告に何があったのか。70席の傍聴券を約460人が求めたという。

 心愛さんは、「毎日地獄だった。夜中にずっと立たされた」と打ち明けている。父親の虐待がエスカレートする様は鬼気迫るもののようだ。妻・なぎさ被告に対する激しいDVもあった。それでも母はなぜ我が子を命懸けで助けようとしなかったのか。それが出来たのにしなかった。検事が被告に「傷害幇助罪」を求めるポイントはそこにある。この種の事件が繰り返し起きている。世の母親の中には胸に手を当ててこの事件と裁判の推移を見詰めている人も多いに違いない。裁判員たちはどのように受け止めるか。最大の関心事は執行猶予がつくかどうかである。

◇週一の「へいわ」の講義で、今アンクルトムの小屋を語っている。奴隷商人に売られようとする我が子を助けるため、母親は我が子を抱いて氷のオハイオ川に飛び込む。後を追う奴隷商人はそれを見て悪魔が乗り移っていると驚く。女は弱し、されど母は強しなのだ。母の生きる力が今問われている。(読者に感謝)

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2019年5月19日 (日)

小説「死の川を越えて」第193話

 

「この方は万場先生です。私は、下村正助といいます」

「お邪魔しますぞ。私は内務大臣の安田謙岳です」

「万場軍兵衛と申します。こんな所に高名な大臣に足を踏み入れて頂き、誠に恐縮でございます」

「凄い書物。正に松下村塾ですな。今、木檜先生が湯の沢の文化を示すと言われたが、その意味が分かりましたここでは何を教えますかな」

「ちと大げさになりますが、生きる力です。身近かな例をあげて、人間の自由などを話すこともあります。政治問題、社会問題も取り上げます。難しいことを易しく易しく話すことを心掛けております。最近は、前知事がこの湯の沢の移転に関する請願を国に出しましたが、その勉強会を致しました」

「ほほー、それは、今日、私が視察する目的ではないか」

 これを受けて木檜が言った。

「実は大臣、私とこの森山県議は、この塾の特別講師であります。は、は、は」

「おお、それは立派、名誉なことです。この松下村塾の名に恥じない講義をお願いしますぞ。は、は、は。いや、この湯の沢の実態が実によく分かりました。御老人、松下村塾はしっかり頑張って下さい」(月火掲載)

 安田内相が生生塾を出た時、森山県議がすっと進み出て恭(うやうや)しく頭を下げて言った。

「大臣、是非、目通り願いたい者がおります」

 森山の合図でそっと進み出て会釈する女がいた。白いドレスをまとった姿は一見して西洋人である。安田内相は非常に驚いた表情である。

「この湯の沢で、ハンセンの人たちの救済に当たっているマーガレット・リーさんです」

「おお、あなたがイギリス人の。噂は聞いておりました。英国の貴族の出で、大変な私財を投げ打って患者救済に当たっておられるとか。見上げた志です。一昨年昭和天皇即位式の時の国の褒章授与に名を連ねられたのを私も承知しております。こちらからお訪ねすべきであった」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年5月18日 (土)

小説「死の川を越えて」第192話

安田大臣の一行は湯の沢集落に入った。大臣にはハンセン病の人たちが暮らす集落の実態を見たいという決意があった。安田の胸には故郷熊本本妙寺のハンセン病の集落の姿があった。

「こんなに多くの家々があるのですか。商店も旅館もある。あれは郵便局ではないか。これら一帯がみなハンセン病の人々の町なのか。整然として、無法地帯ではない」

 これを聞いて待っていたとばかりに木檜は説明する。

「はい大臣。選挙で区長を選びます。税金も納めているのです。かなりの識者が集まっていまして意識も高いのです。世界広しと言えど、このような所はありません。日本の文化の高さ、文明の高さを示す象徴です。更に大臣が驚かれることがございます」

「ほほー。それは何か」

「すぐに分かります」

 しばらく進んで内務大臣は一点に目を止めた。

「何じゃ、これは。湯川生生塾とある」

 直ちに木檜は言った。

「驚かれることとはこれです。現代の松下村塾でございます。子どもを教え、志ある大人たちに先生が難しい政治や歴史を易しく説いて教えているのです」

「驚きであるな。立ち寄っても構わんであろうか」

「現職の大臣がここに立ち寄ったとなれば、末代までの語り草となります。ところで、周りの役人の皆さんが心配の目付きですがそれは無用です。この塾に集まる人は、今、病気は出ておりません」

「は、は。見損なうでない。これでも私は、済々黌(せいせいこう)で学んだ肥後もっこすだ。恐いものなどあるものか」

「いや恐れ入りました。正助君、それでは」

 木檜は後方にいた正助を招いて何やら囁いた。正助は走り込んで行ったがすぐに現われて大臣を招き入れた。

 

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2019年5月17日 (金)

人生意気に感ず「トランプ大統領が大相撲に。そして令和天皇に会う意味」

◇トランプ大統領が25日、大統領専用機で到着する。この来日には特別の注目が集まっている。まず、令和天皇に即位後、外国首脳として初めて会見することだ。両陛下は即位後の大仕事として緊張されるだろう。トランプは新しい象徴天皇に接しどのような感慨を抱くであろうか。

 また、大統領は今行われている大相撲の千秋楽を観戦する。ここでは米国政府特注の賞杯を優勝力士に自ら授与する。巨漢である大統領が土俵に上がる姿に注目が集まるだろう。相撲界にとって前代未聞の出来事は力士たちに刺激を与えているのではないか。

 アメリカ人が日本に来て力士を見た出来事として1854年(安政1)のペリー来航時の記録がある。幕府は日本人の力を少しでも誇示するために裸の巨漢力士に俵をかつがせたりした。あれから165年が経過して、大統領が自ら土俵に立って優勝杯を与える。この間両国は太平洋戦で多くの命を失った。それを乗り越えて日米同盟がある。大統領の大相撲観戦は日米の絆の健在さを示す意味もある。

◇天皇制も大相撲も日本の伝統文化である。トランプ大統領は宮中で天皇と会い、大相撲の土俵に立って日本の伝統文化について何を感ずるであろうか。中国が超大国として米国と覇権を争う時代になった。その間に立つ日本の役割は増々重要である。そして日本の役割を支える重要な柱の一つは伝統文化である。日本は中国との間で有史以来の絆を育んできた。日中を結ぶものは脈々とそして連綿と続く東洋文明であり伝統の文化である。明治以来日本は西洋の仲間入りをしたが、このことは変わらない。今世界の平和の上で重要なことは東西両文明の共存である。一方の文明が世界を支配することはあり得ない。日本は両文明の間にあって特異な立場に立つ。両文明を媒介し補完させることは日本のみが成し得ることだ。トランプ大統領は宮城に入り天皇に接し、日本の伝統文化の意味を肌で感じるに違いない。

◇安倍首相とは拉致問題が話し合われ拉致被害者の家族とも会うという。拉致問題は人権侵害の極致である。人権の国アメリカは拉致を自らの問題と考えるべきだ。北朝鮮は今、歴史的な干ばつに襲われ多くの国民は飢えに直面しているといわれる。拉致問題を解決する正に正念場である。安倍政権にとっても正念場なのだ。(読者に感謝)

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2019年5月16日 (木)

人生意気に感ず「無思慮な国会議員の発言。平和憲法は北方領土交渉の援軍。大麻問題が問うもの」

◇新聞の記事に刺激されて「望郷の叫び」の中の一場面を書いたら反響があった。やはり多くの日本人にとってシベリアは深刻な課題になっていることを窺わせる。ロシアは恐い国なのだ。日本の敗戦に際し、当時のソ連は北海道の半分を要求したと言われる。もしそれが実現していたら、北方領土の現状からして想像するだけでも大変な事態が続いていたに違いない。

◇丸山衆議院の発言が波紋を引き起こしている。丸山氏は、北方領土の国後島交流に参加して、北方領土問題に関し「戦争しないとどうしようもない」と発言した。国会議員としていかにも配慮を欠いた発言である。日本としては、ロシアという国の実態を冷静に見詰めた上で外交交渉によって忍耐強く解決の道を探るほかはない。現在、複雑な国際情勢の下で、交渉は微妙な段階にあると思われる。政治の舞台では火消に躍起になっている。この議員が所属する維新の党は除名処分を決定し、菅官房長官は「誠に遺憾」と不快感をあらわにした。

 丸山衆院議員の発言は、国会議員の質を窺わせるものである。この人は日本国憲法の本質をどのように理解しているのであろうか。平和憲法の存在は北方領土問題に関して重要なポイントになっている筈だ。なぜなら米ロの対立構造の中で、北方領土の返還がアメリカに有利に働き、ロシアの不利になることをロシアは懸念しているからだ。戦争をしない平和国家日本への返還ということがロシア政府が国民を説得する上で重要なのである。

 私たちは、平和を高く掲げる日本国憲法の存在が北方領土交渉に於いて大きな援軍となっていることを知るべきである。仮に日本が憲法を改正して昔の軍国主義の方向に戻るという誤解を与えるなら、ロシアの態度は硬化するに違いない。

◇大麻の問題が若者の間で深刻になっている。享楽の世相が広がる中で、亡国の薬物を食い止めなければならない。最近の摘発者の特徴はその半数以上が29歳以下の若者であることである。摘発数の下に暗黒の世界が広がっている不気味さを感じる。「他人に迷惑をかければ薬物使用は個人の自由」という考えが広がっていると言われる。個人は社会と繋がっている。個人が依存症になっていくことは他人の迷惑に結びついている。他人に迷惑をかけない薬物使用など有り得ないのだ。(読者に感謝)

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2019年5月15日 (水)

人生意気に感ず「シベリア強制抑留の記事から学ぶべきこと」

◇久々にシベリア強制抑留の記事が新聞に載った。厚労省がカザフスタンから日本人抑留者2万人分の資料を入手した。同記事にはカザフでの抑留経験者のこともあり、この人は現在91歳で「思い出すのが辛い」と語る。

 私は平成16年に元抑留者たちとシベリア強制抑留地跡を訪ねて「望郷の叫び」を書いた。シベリア抑留の記事が載るたびに訪問で受けた衝撃が甦る。2人の元抑留者はこの世を去ったが生きていれば100歳に近い。このことは強制抑留の事実が歴史の彼方に遠ざかろうとしていることを意味する。私は「怨みの大地」の「望郷の叫び」を少しでも伝えなければという苛立ちに駆られる。

 元抑留者のTさんはやっとナホトカの港を去る時、大地を蹴って「こんな所に二度と来るものか」と心の中で叫んだ。また、夏草の中に立つ「日本人よ静かに眠れ」と書かれた白い墓標の前で「先に帰って悪かった」と大声で泣いた。また、もう一人のOさんは黒パンを分ける時の凄まじさを語った。「飢えの前で人間は動物になってしまうのです」。パンを分ける時1ミリでも大きいか小さいかを決して見逃さない、また隣りのベッドの男が死に近づいた時その手に握られた黒パンが手から落ちるのをまわりの者は今か今かと待受けたという。

 旧ソ連軍が終戦後旧満州で暴虐の限りを尽くしたことを私は一人の女性の姿を通して「炎の山河」で書いた。シベリアでは、同じ頃旧満州を中心とした地域から約60万人の男たちが騙されて運ばれ飢えと酷寒と重労働のために約6万人が死んだ。孤独に弱い日本人は故郷の妻や子を思い収容所で作った歌を歌って耐えた。「故郷は遥かな雲のかげ、いつの日に妻や子とあえるやら、男泣きする夢ばかり」(ハバロフスク小唄)、「今日もくれゆく異国の丘で、友よつらかろ切なかろ、がまんだ待ってろ嵐が過ぎりゃ帰る日も来る春も来る」(異国の丘)。私はシベリアの大地に立って地の底からこの歌声が聞こえて来るような気がした。もう一つここで記すことがある。著書の中で前年に小泉首相がシベリアの慰霊碑を訪ねたことを書いた。私たちを案内した人は「小泉さんは零下35度の中でコートを脱ぎ大地に手をついて祈った。ロシア人も涙を流しました」と語った。令和になった。北方領土が交渉されているが、その陰には多くの抑留者の怨みの声がある。この過酷な現実を踏まえて日本の平和を考えねばならない。(読者に感謝)

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2019年5月14日 (火)

人生意気に感ず「憂うべき戦争の変化。北の挑発は何を。象徴天皇の姿」

◇11日、高崎音楽センターで前防衛大臣の講演を聴いた。その中で驚くべきことが語られた。前大臣が「腰を抜かすようなこと」と表現したことは、2014年ロシアのクリミア侵略の状況である。宇宙、サイバー、電磁波という用語で語られたことは近代戦を一変させるもので、アメリカのマクマスター氏が「このままではアメリカは勝てない」と証言した事実と共に、聴く者の肝を冷やすような話で、私はSFの世界かと思い、千数百の聴衆は水を打ったように静まり返っていた。

 要点は次のようであった。ロシアの電磁波攻撃により、停電が起き、ドローンは落ち、レーダーは真っ白になって機能しなくなった。また砲弾の信管が働かなくなることまで生じたという。「ハイブリッド戦」という表現が使われた。今、アメリカ議会を中心にして大きな問題になっているトランプ大統領に対するサイバー攻撃を連想しながら私はこの話を聞いた。このような現代の戦争の様相は日本の安全保障にも大きく関わる。

◇この講演は戦争の現実がますます機械化していることを窺わせる。事実、戦争のAI(人口知能)化が進んでいると言われる。戦争から心の要素が失われ、指先一つで重大事が動く冷たい戦争の世界が広がっている。戦争の恐怖、平和の尊さは、このような冷酷な事実を踏まえて考えなければならない。

 北朝鮮がまたミサイルで挑発行為を行っている。講演で「シビリアンコントロール」という言葉が使われたが、この民主的抑制が効かない独裁国のミサイルと核は「何とかの刃物」の刃物、凶器である。経済制裁によって北朝鮮の国内経済は、私が想像する以上に追い詰められているらしい。ミサイルの発射はそのあがきを示すものかもしれない。「窮鼠猫を噛む」という諺を思い出す。トランプ大統領を思慮を欠いた猫と評する人もいる。間に立つ令和の日本の存在を脅かす世界情勢である。

◇「水運史から世界の水へ」の主要部を読んだ。令和天皇の皇太子時代の講演録である。私が感じたことは「象徴制」を担う天皇にふさわしい姿である。「日本国民統合の象徴(憲法第一条)」として文化の面は非常に重要である。水の惑星といわれる地球の水は全ての命を支えるもの。天皇は水を汲むネパールの女性の光景を水に取り組む原点と語る。私たちは陛下と共に水の大切さをこれからかみ締めていかねばならない。(読者に感謝)

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2019年5月13日 (月)

人生意気に感ず「アルバイト留学生に花丸。真面目な勤務ぶりに驚く」

◇、私は中之条のコンビニを訪ねそこで働くスリランカの2人の留学生に花丸の黄色いカードを切った。ディラン君とランギカさん。私が名誉学院長を務める日本アカデミーでは現在1500人程の留学生が学ぶ。私はここで月一度の合同授業及び週一度の職員を対照にした平和の講義を行っている。カードのシステムはこの合同授業での出来事が発端となって始まった。様々な国出身の数百名の若者の心を捉えて話すことは容易ではない。私の授業は日本語を教えることだけでなく日本の歴史や文化を理解させることを目的としているので、興味を抱かせるテーマ、話題を選び工夫を凝らすがそれでも大変である。大きな声で「国へ帰れ」と叫ぶこともあった。

 こんな中で考えだされたのが「カード」である。居眠り、おしゃべり、携帯使用など30数項目が決められ、イエローカードを切るルールであるが、善行に与える「花丸」の項目がいくつか設けられている。これらの成績は学籍番号と共に記録され、留学生の先々に影響を与えることになる。今や、私の合同授業だけでなく全ての授業でこのシステムが動き出した。

◇コンビニなどで働く留学生の好評ぶりはかねてより耳にしていたが、前記のスリランカの留学生のことは高山村の温泉につかりながら聞き、カードに結びつけることを思い立った。

 お客になってそれとなく観察していると「いらっしゃいませ」、「ありがとうございます」などの仕事に心が感じられ、学校で教えている「おもてなし」「礼節」が実施されていることを知った。店長に名刺を渡し、「実は」と事情を説明すると、店長は回りの客に気を遣うかのように声を潜め「日本の若者よりずっと良いのです。うちは大助かりです」と、例を挙げて説明した。怒鳴った授業の光景を思い出し、嬉しさが込み上げた。私は花丸のカードを切り、ランギガさんとツーショットの写真を撮った。

◇日本は少子化の中で外国人と共生する時代に進もうとしているが、新しい時代の扉の前で戸惑っているのが現実である。外国人を宗教や文化を超えて理解することは焦眉の急である。一方で日本人の道徳心は地に落ちようとしている。一枚のカードが小さな扉を開くことに通じる予感がする。花丸カードを受け取る二人はいかにも嬉しそうであった。この2人は高山校(パース短大あと)の生徒たちである。(読者に感謝)

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2019年5月12日 (日)

小説「死の川を越えて」第191話

 木檜泰山は開口一番言った。

「近く草津に安田謙岳内務大臣が来る。この湯の沢にも入る予定です。目的は、この湯の沢の移転の適地を見ることです。下村正助君は森山議員を案内して歩いてくれたそうですね」

 それに森山が応じた。

「いや、大変良い所を見せてもらいましたぞ。水原窪、滝窪原、沼神原、芳花窪とか言ったな。安田大臣には私も同道することになるようだが、自分ではあそこへ行けぬ。正助君に案内してもらいたい」

 木檜代議士はすかさず言った。

「森山さんから、そのことは詳しく聞きました。私も、そこを大臣に見せたい。下村君、私からも案内を頼みます。役場には君のことを話しておく」

 昭和5年8月9日、安田内相一行は、草津にやって来た。木檜代議士、堀川群馬県知事、森山県議、警察部長、県衛生課長等が同道していた。

 一行は吾妻渓谷を通り草津に向かった。安田は、天を覆う奇観に圧倒され、故郷熊本の隣県を走る耶馬渓と重ねて胸を躍らせた。温泉街は大歓迎だった。温泉業者は、その発展のため湯の沢集落の移転を強く望んでいたからである。驚くべきことは湯の沢の患者たちの多くが沿道に出て土下座までして喜んだことだ。土下座の姿は、無知で卑屈な民衆の実態を語っているといえるが、止むを得ないことであった。

 この人たちの中からこんな声が聞こえた。

「俺たちのために大臣様がお出でになった。選挙の神様だと聞いたが、それどころか救世主の神様だ」

この人物は、大隈内閣の総選挙で、参政官として辣腕(らつわん)を振るい選挙の神様のニックネームを得ていた。それが湯の沢まで響いていたと見える。

人々は偉い大臣が虐げられた自分たちのためにわざわざ来てくれたということが、それだけで嬉しいのであった。また、湯の川地区の生活が貧しくてあえいでいる人たちの中には、この地区の運命が厳しい方向に動くらしいことを肌で感じつつも新しい所で生活が保障されることをむしろ期待している向きもあったのだ。

 

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2019年5月11日 (土)

小説「死の川を越えて」第190話

「そういうことだったのか。正助よ、お前は我々の運命に関わる大きな流れの中にいるのだ。もちろん、森山さんもわしも同じ流れの中にいる。頑張らねばならぬな」

「時には、君と対決するかも知れん。しかし、基本的には同じ目的を目指していると信じています。人間の尊重ということです。頑張りましょう」

 三人は、櫟の下で手を握り合っていた。

 

  1. 安田内相の来県

 

 昭和4年の幕が開けた時、万場軍兵衛は深刻な表情で言った。

「わしの予感では、今年は大変な年になりそうじゃ」

 万場老人の予感は的中した。

 昭和4年(1929)という年は、内外共に大変な年であった。それは新たな怒涛の時代の幕開けとも言えた。

世界の大事件としては、ニューヨークに於ける株式の大暴落に端を発した世界大恐慌の始まりがある。この未曽有の大不況の大波は世界に押し寄せ、日本もそれに容赦なく呑み込まれていく。

会社は次々に倒産し、失業者が巷にあふれるようになった。国内の政治の変化としては、この年7月、田中義一内閣が瓦解した。前年の満州に於ける張作霖爆殺事件の責任に絡む政変である。万場老人はこのことについて語気を強めて語った。

「恐れ多くも天皇陛下は田中首相を強く非難されたという。それは事件の責任者を厳しく処分すると天皇に約束しながら守らなかったかららしい。それで田中内閣は倒れたと聞く」

内外の出来事は影響し合って大きな社会不安を生み、国を窮地に追い込んでいく。社会の窮状は社会的弱者を第一に打ちのめす。ハンセン病の人々に黒い影が忍び寄っていた。

 明けて、昭和5年7月のある日、木檜代議士の秘書が万場老人を訪ねた。湯の沢の重要な問題に関わることで代議士が訪ねたいと言っている。同志の森山県議も一緒になるだろう。下村正助さんも同席することを望んでいる、というものであった。万場老人は、深く頷いた。要件は予想出来た。そして期するところがあったのだ。

 予定していた日がやって来た。木檜代議士は森山県議と同道した。万場老人は正助と共に待ち受けていた。接待役としてこずえも茶を用意して待った。

 

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2019年5月10日 (金)

人生意気に感ず「宇宙時代だ。チュックボウル世界大会と私。令和天皇の著書」

◇宇宙に日本が現実に突き進む時代となった。今年に入ってはやぶさ2が3・4億キロ離れた小惑星リュウグウへの着陸に成功。つい最近は、小さな民間企業が宇宙へのロケット打ち上げに成功した。また、今度は大阪万博で火星を生中継する企画が報じられている。この企画は探査機を火星の衛星「フォボス」に着陸させ、火星を撮影し生中継する。JAXAの所長は、「日本がいよいよ火星への布石を打つことを是非知ってほしい」と話している。

 火星は太陽系の中で地球の隣りを回る外惑星。水の存在が期待され、生命の可能性もある。宇宙への夢は果てしなく広がる。それを子どもたちの心の世界につなげたいものだ。

◇昨日、東アジアチュックボウル大会第9回実行委員会が前橋市庁舎内で開かれた。

 実施は6月22日、23日で一ケ月余に迫った。実行委の人たちにも緊張感があった。協賛金の最終報告、ポスターの最終確認等が行われた。私は会長の挨拶文を提出した。その中で、チュックボウルというスポーツの存在意義に触れた。その要点は次のようなもの。オリンピックが目前に迫った。記録を命懸けで競う舞台がオリンピックである。それとは別に、チュックボウルのような平和的スポーツがあってもよい。スポーツは教育の一環である。この時期のチュックボウル大会それ故に意義がある、というものである。

 オリンピックには批判もある。平和の祭典で参加することに意味があると言いながら余りに勝利至上主義になっている。それはあらゆるスポーツに影響を与え、スポーツ嫌いを生んでいる。

 日本のチュックボウルは東大名誉教授であった故江橋慎四郎さんの後を私が継いで会長となった。江橋さんは昭和19年、神宮外苑の学徒出陣の舞台で学生を代表して「もとより生還を期せず」と叫んだ人である。江橋先生は、この青春の出来事を私に語りたがらなかった。多くの友人が戦陣に散ったことへの辛い思いと平和への強い願いがあったに違いない。チュックボウルには江橋先生の平和への思いが流れている。「私のあとは中村君が」という先生の言葉を思い出す。令和の幕開け勅語に重なったこの歴史的大会を是非成功させたいと思う。

◇私の書斎に一冊の本が加わった。徳仁親王(現令和天皇)の「水運史から世界の水へ」。ネパールの体験を水の原点と考えておられる。じっくり読むつもりだ。(読者に感謝)

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2019年5月 9日 (木)

人生意気に感ず「迫る五輪は累卵の危うきに。米中交渉の虚実」

◇五輪チケット申し込みが今日から始まる。振り返ると時の経過は速いものだ。東京五輪決定の時はまだ先の話と受け止めたが、チケットの申し込み開始の報道に五輪が急に目前に迫った感を受ける。一般チケットの最高価格は開会式が30万円、競技の最高価格は男子100m決勝などが13万円といわれる。申込みは28日まで受け付け、6月20日に結果が発表される。6月20日の状況は今回の五輪の人気などを占う一つの要素となるだろう。

 五輪が近づくにつけ、大丈夫だろうかという不安が募る。前回の東京五輪は昭和39年だった。五輪はその時の社会状況の下で行われ、社会に大きな影響を与え社会を変えもする。前回は東海道新幹線の開通をはじめ、日本社会を大きく変え敗戦から立ち上がった日本が世界の先進国に仲間入りしたことを世界に示すことになった。あれから55年、世の中は驚く程変わった。新たな不安要素の中で行われる東京五輪は成功裏に終わることができるか私は不安でならない。未曾有の人が世界から押し寄せる上に、大災害とテロの危険がつきまとうからだ。首都直下型や南海トラフ型の巨大地震の足音は不気味に確実に近づいている。そして、イスラム過激派のテロである。テロ分子とすれば、東京五輪こそ絶好のターゲットである。専門家は防ぎようがないと言っている。神に祈るばかりであるが、現実を考えるなら神頼みであってはならない。日本の真の国力が試されているのだ。群馬の役割は実に大きいと言わざるを得ない。

◇米中の通商交渉の状況に世界が振り回されている。トランプ大統領は中国からの輸入品に高額の追加関税を課すことを表明。その一言によって世界の株価が大きく揺れる。アメリカが業を煮やす点の一つは「産業補助金政策」である。貿易は自由競争に立脚するがそれは公正な競争でなければならない。ところが中国は輸出を促進するために国が企業に多くの補助金を出している。これは市場の競争原理をゆがめるというのだ。世界第二の経済大国には世界のルールを守る義務がある。しかし、アメリカの追加関税も現実を無視した感が。

 この原稿を書いているのは9日午前3時。今日から始まる貿易協議に中国は劉鶴副首相が参加すると発表した。これは中国の譲歩の姿勢を示すものかも知れない。北朝鮮のミサイル発射も含め腹の探り合い合戦が行われている。虚が現実を動かしていく恐怖を感じる。(読者に感謝)

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2019年5月 8日 (水)

人生意気に感ず「らい患者護送中を語る藤田さん。難病の女性が首席で卒業」

◇7日、車イスの藤田三四郎さん等と県庁を訪ねた。10連休明けの第一の仕事だった。「人権の碑」が完成に近づいたので、その報告及びいくつかの要望を伝えるためであった。知事及び教育長に要望書を提出した。

 碑の建設費の予定額は500万円であるが、広く寄付を求めた結果、予定までおよそ130万円まできた。県への要望の一つは財政援助であった。教育長への要望には私の特別の思いがあった。

 人権の碑は子どもたちが読み易いようにと計画が進められている。平易な碑の文面、碑を低く作るなどである。この教育効果を進めるには教育界の協力が不可欠である。そこで人権の碑建設の目的、ハンセン病のこと、差別と偏見等につき「読本」等をつくり、それを教育界の協力で子どもたちの胸に届けたい。教育長も趣旨に賛同しておられた。

 その後、議長及び県議会各会派を回り同じ要望書を渡した後、総勢12人は近くのホテルで昼食をとりながら懇談した。ここでは藤田三四郎さんの自分の生涯を振り返った話に皆が身を乗り出すようにして聴いた。藤田さんはこの中で本名を明し、徴兵先でハンセン病と診断された後、「らい患者護送中」と貼られた列車で運ばれ草津の楽泉園に入ったことを語った。間もなく93歳というこの老人は驚くべき記憶力と明快な口調で語り、付添の介護の女性に気配りする余裕を示した。私は乾杯の挨拶の中で、「私の人生の目標ですから一層の長寿を祈ります」と述べた。外では利根川を伝って吹く赤城おろしが激しかったが、それは車イスの姿になぜかふさわしく感じられた。

◇この日、県庁ロビーである難病の女性を藤田さんに紹介した。その車いすの姿は女性に生きる力を与えると思ったからである。この女性はこの時、一冊のノートを私に渡した。びっしりと自分の苦難の歩みが綴られていた。ふとした縁でこの女性から相談を受けた私は、その身の上を聞いた時、自伝を書くことを強く勧めたのである。世間に向かって自らの病を語ることには勇気が要る。開き直って世間に立ち向かうことで生きる力が生まれるに違いないと思った。ノートに書かれたことは私の思いを裏付けるに十分であった。21歳で地獄を見たこの人は難病に耐えながら看護学校に学び、首席で卒業する時答辞を読んだ。人生至る所清山あり。この人はハンセンの碑に3千円の寄付をしてくれた。(読者に感謝)

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2019年5月 7日 (火)

人生意気に感ず「宇宙時代へ。糸川博士、フォンブラウン博士」

◇今や宇宙時代が進む中で、ロケットの時代である。4日、民間ロケット打ち上げが成功した。令和の幕開けと共になされたことが、新時代の方向を思わせる。元ライブドア社長堀江貴文氏が深く関わっていることも私が注目した一つであった。ロケットといえば、その開発の父と云われた糸川博士を思い出す。戦後間もない頃ペンシルロケットの研究で注目された。あのあたりが日本のロケットの一つの原点だったのだろう。私が県議の現職だった頃、鹿児島のロケット打ち上げ場を視察した時、糸川博士の胸像が敷地内にあるのが目についた。

◇ロケットは戦争と共に発達した。そこで直ぐに思い浮かべるのが、ナチスの下でV2号ロケットを開発したフォン・ブラウン博士である。この人は少年の頃からロケットに夢を馳せた。第二次大戦中、この人が初めて開発した長距離ミサイルV2号は、大陸から発射されてロンドンを恐怖に陥れた。ドイツが敗れた時、ソ連・アメリカはこの人を奪い合った。ブラウンはソ連の手におちることを嫌い進んでアメリカ軍の捕虜になった。彼は33歳の若さであった。その後、アポロ計画の指導者となり1969年7月、人類初の月着陸船アポロ11号を生み出した。

 あの月面着陸の興奮は忘れられない。宇宙はまだおとぎの国の存在だったのだ。アームストロング船長は左足から着地して地球に向けて第一声を放った。「1人の人間にとっては小さな一歩だが人類にとっては大きな飛躍だ」と。この快挙を誰よりも喜んだのはブラウン博士であったに違いない。このおよそ8年後博士はガンでこの世を去った。死の床で彼は友人に言った。「子どもの時の夢を生きているうちに実現できた人間が世界に何人いるだろう。私はもし明日この世を去っても最高の人生だと満足できるよ」。彼は死が迫ったとき娘のアイリスに語った。「宇宙への飛行は生命の起源を探るためだ。宇宙は生命の故郷なのだよ。生命の起源を知ればがんの治療も可能になる」。彼は息をひきとる時「私は今、銀河系を脱出しようとしている」と呟き、「ノバ(新星)」が最期の言葉だったという。彼は今頃、宇宙の果てで生命の起源に遭遇しているであろうか。日本も民間ロケット打ち上げ成功により本格的に宇宙時代に入ろうとしている。その実現は宇宙に夢を抱く子どもたちにかかっている。更にそれは子どもの力を育む教育が負っている。(読者に感謝)

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2019年5月 6日 (月)

人生意気に感ず「10連休に読む恩師。両文明と日本の役割」

◇10連休が終わる。振り返って、私は連休中一つの大切な作業を行った。それは私の人生で久しぶりに満足感を伴うものであった。恩師林健太郎の著4冊を読み返したのである。「世界の歩み」(上下・岩波新書)、「歴史の流れ」(新潮文庫)・そして「歴史からの警告」(中公文庫)である。簡潔に平易な文章で、しかも深い思索が感じられる。至る所にかつて引いた朱線がある。その箇所も新たな意味をもって私に迫る。年月が私に考える力を培ったのだ。世の中は天皇に関する退位と即位で沸き返っていた。この世紀の出来事も私の読書の心を刺激した。ある時は、私は草津の秘湯の宿で読書にふけった。それは恩師との久しぶりの対話であり、青春の思いに浸ったことは心をふくらませる収穫であった。10連休とは何だと疑問に思ったこともあったが、今では激しい流れに身を任せ考えるゆとりのない私たちに貴重な機会を与えたと思っている。

 林先生のこれらの著書は世界の文明論を歴史の史実を材料にしながら展開している点に一つの特色がある。この点に関し、私は今回思いを新たにしたことがある。それは中国の新たな変化に関して、この数年私が考えてきたことである。私はかねて日本には米中の間にあって担うべき独自でかつ重要な役割があると強調してきた。日本は中国との間で有史以来の関係を築き、それは今も変わらない。一方で明治以来方向を大きく変え、西洋文明のグループに入り今日に至り、特にアメリカとの絆を深めている。ところで両文明には長所と短所があり、その調整と連携が日本及び人類の発展にとって不可欠である。両文明に深く関わる日本の役割と使命はそこにある。

 このことに関し、林先生は次のように述べる。「日本はアメリカとの同盟を固くし、同時に今後更に向上するであろう東アジア経済圏との提携を図っていくことにのみその生きる途がある。そうすることによって東西両文明の媒介と相互補完という世界文明史上の課題を日本が果たしていくことができると私は信じている」と。この記述を私は忘れていたが、私の胸の底に定着していたことを今思う。

 私はこのことを令和天皇の即位のお言葉に重ねて考えた。「常に国民を思い、国民に寄添いながら憲法にのっとり、日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓う」天皇の胸には世界文明史上の日本の役割があるに違いない。(読者に感謝)

 

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2019年5月 5日 (日)

小説「死の川を越えて」第189話

 木々の間から響く音に耳を傾けて森山抱月は言った。そこで正助は車を止めさせて、外に出た。

「細い道になるので歩きますが、大丈夫でしょうか」

 正助は万場老人を気遣って目をやる。

「は、は、老体じゃがこの位は何でもない」

 正助は先に立ってゆっくりと森の道に入って行く。細い道の前方はなめらかに谷に落ち込んでいた。

「足もとに気を付けて下さい。このあたりが沼神原、この先が芳花窪です」

「大変な広さですな。ここに草津の温泉を引くのですね」

 森山は遠くに目を走らせて

「森山さん、国の力をもってすれば何でもないことではありませんか。県も力を出すでしょうからな」

「その通りですが、厳しい時勢です。国も金がないなどと言うでしょう。その時は、木檜代議士に動いてもらわねばならぬ」

 この時、正助は大きな櫟(くぬぎ)の下に立ち止まって言った。

「森山先生、湯の沢が動くとか、無くなるなんてことは、俺には考えられない事ですが、もしそういう事になれば、あの請願を出した牛川知事の責任は重大ではありませんか。つい先日、生生塾で万場先生がこの請願について詳しく説明して下さいました。それは、国費をもって、草津温泉を利用出来る所に理想的集落を建設すべしというのです。理想の集落といっても国に金がないとなれば請願は実現出来ませんね」

「その通りです。あの請願を出すについて牛川知事は我々議会の幹部に相談した経緯がある。ですから私も多いに責任を感じとる。それにな正助君、あの請願書には、君の熱意がうつされているのですぞ。だから君にも責任があると言わねばならぬ。は、は、は」

「え、そんなことが言えるのですか」

「君が県議会に来て、私と一緒に牛川知事に会った時のことを覚えているであろう。あの時、君は知事に、確か湯の沢を守って下さい、湯の沢は私たちの宝ですと言った。そしたら、知事は群馬の誇りですなと言った。大切な点なので、私はよくこの胸に刻んでおる。あの請願には、理想的集落をつくってくれと書いてあるが、この理想的という文句には、君に動かされた知事の思いが込められているに違いない。県民の代表たる知事がこの湯の沢のことを群馬の誇りと言った意味を噛み締めねばなりません。それは理想的集落と結びつけて考えねばならぬことです」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年5月 4日 (土)

小説「死の川を越えて」第188話

「ここにあることは、我々の運命に関わる。衆議院は、この趣旨を採択すべきものと議決したのじゃ。問題はその地域がどこかであるぞ。温泉が引ける広い地域といえば、自ら決まってくる。その上で更に重要なことは、そこへの集落の移転に我々が同意するかどうかじゃ。先日のように半鐘を鳴らして反対するのか。それとも時代の大きな流れを睨みながら考えるか。我々は、腰を据えて取り組まねばならん」

 万場老人の声に人々は頷いた。

 ある日、万場老人のもとに一通の封書が届いた。書の主は、県会議員の森山抱月である。内容は湯の沢集落問題が本格的に動き出す気配であること、基本は牛川知事の請願書で、それは草津温泉が利用できる所に理想の集落をつくることである。ついては、正助君が歩いたあたりを実際に自分で歩きたいので正助君に頼んでもらいたいこと、その時は万場さんもどうか同道願いたい、というものであった。

「とうとう来たか」

 老人は呟くと、正助を呼んで森山議員の頼みを知らせた。

「先生、湯の沢の将来は不安ですが、森山先生にこの一帯を知ってもらうことは非常に重要だと思うので、俺、喜んで案内します」

「その通りじゃ。わしも同行するので、宜しく頼むぞ」

 かくして、日程が決まった。その日、森山は運転手に命じた。

「細い道らしいから、気を付けてくれたまえ。車が無理なところは歩くからな」

 森山議員と万場老人は後ろの席に座り、正助は前の席で、あちらこちらと指をさしながら進む。

「このあたりが滝窪原、そしてあのあたりが水原窪といいます」

 正助は、木々で覆われた広い一帯を案内する。

「あの音が湯川ですか」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年5月 3日 (金)

人生意気に感ず「憲法改正を考える時」

◇令和の幕開けと共に憲法の議論が盛んになった。そして今日は憲法記念日である。施行以来72年が経過した。日本国憲法が施行された昭和22年、私は小学校に入学した。一年生の教科書は、新憲法の民主主義の息吹を感じさせるものであった。前年までのカタカナの文字はひらがなにかわり、そこには次のような詩が載った。「おはなをかざる みんないいこ、きれいなことば みんないいこ・・・」。物はなく大変な状況ながら私たちは皆元気にこの詩を声を合わせて読んだ。あの光景がありありと甦る。思えばあの教科書が私の学問生活の一つの原点であった。あれから72年。世の中の変化は驚くばかりである。この間、一度も変えられない憲法である。憲法は国の最高の法規であり、現実とかけ離れたものであってはならない。世の中の現実が激変したのに、長い間憲法が全く変わらない。これで不都合は生じないのか。これが今問われている最大の課題である。

 日本国憲法は「不磨の大典」ではない。改正手続きが定められていることは、改正すべき時には改正することが前提になっている。さて、日本国憲法には変えてはならないものがある。それは国民主権、基本的人権の尊重、平和主義などだ。特に「基本的人権」については、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は過去幾多の試練に堪え現在及び将来の国民に対し侵すことのできない永久の権利として信託されたものである(97条)。改正というと、全てがその対象となると考え、昔の軍国主義に戻ることを恐れる人がいるがそれは誤りである。自民党といえどもそれは考えていない。現在の憲法を支える理念はアメリカの独立革命やフランス革命を支えたロックやルソーの思想である。人類は、多くの血を流して普遍の価値をつくり、そして守ってきた。「過去幾多の試練に堪え」はこの歴史を物語る。アメリカから押し付けられたとしても、押し付けられた内容は素晴らしいものであった。このことをしっかり踏まえねばならない。その上で憲法の文言と現実との乖離をなくすために、変えるものを考えねばならない。国民の間に憲法の理解につき混乱があるのは、一つには教育の責任である。憲法を踏まえた人権教育を十分になさなかったことはその現われである。今、改正について一番問題となっているのは9条である。どう変えるか、変えないかは国民の運命にかかわる。国際情勢は極めて厳しい。私は戦争を体験した者として国民の命、そしてこの山河は命をかけても守らねばならないと思う。今日はこれを考える時である。(読者に感謝)

 

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2019年5月 2日 (木)

人生意気に感ず「令和始まる。新天皇のお言葉。象徴の意味。」

◇令和の時代が始まった。日本中が沸き返っている。それは新聞やテレビが天皇の報道一色になっていることに現われている。私は主な新聞を全て買った。それぞれの新聞の取り上げ方は大方一致して祝意を述べ新しい時代の希望を語り、中には平成を振り返っている記事も多くあった。

 祝意一色で暗いイメージがないのは生前退位の故である。これまでの退位は天皇の崩御に伴うものであったためその悲しみが同時に全国を覆った。

 新天皇の初めのおことばを聞いた。「常に国民を思い、国民に寄添いながら憲法にのっとり日本国及び日本国統合の象徴としての責務を果たすことを誓います」。その表情は自然体で気張るところがなく威厳が感じられてよかった。この場面を見て、安心感を抱いた国民は非常に多かったに違いない。私はこのおことばによって、新天皇は憲法で定める「日本国の象徴」と「日本国民統合の象徴」という役目の一歩を果たされたと感じた。

 憲法には象徴とはこれこれという、その内容についての定義はない。それは平和憲法、人間尊重の理念を天皇御自身がしっかり踏まえて行動で現していくことになる。その決意が「常に国民を思い」、「国民に寄添い」、「憲法にのっとり」の文言の中に現われていた。それは平成天皇が長い間、各地の国民に触れてきた姿に如実に示されていた。このことを新天皇がしっかりと受け止めておられることが、おことばの次の部分から見られた。「上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます」である。

◇生前退位は江戸時代の光格天皇以来である。光格天皇については「ふるさと未来塾」で語ったことがあるが、質素を好み飾ることを嫌い、民に寄添ったといえる天皇である。平成天皇も令和天皇も手本とすべき天皇として胸の中にあるのではないかと私は思う。あの浅間の大噴火、そして大飢饉の時に即位した。人民の惨状は人肉までむさぼる程で、天皇は敢えて幕府に民の救済を申し入れ、幕府もこれを容れて動いた。朝廷の権威を天下に示したのである。伝えられる肖像はいかにも優しく感じられ、平成、令和の天皇にどこか似ておられる。その表情の下には民を思う強い決意があったのである。私は、光格天皇は国民統合の象徴としての役割を果たされたと信じている。(読者に感謝)

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2019年5月 1日 (水)

人生意気に感ず「平成が終わる。“象徴”の意味は深い。令和の象徴とは」

◇令和が始まった。昨日4月30日、平成天皇としての最期のおとこばを聞いた。「象徴としての私を受け入れてくれた国民に心から感謝します」だった。また、次のように語られた。「明日から始まる新しい令和の時代が平和で実り多くあることを皇后と共に心から願い、ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります」。平成天皇の胸中には万感の思いがあったにちがいない。憲法第一条は「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である」と定める。平成天皇の人生の原点には憲法がつくられた時の日本の状況があったに違いない。太平洋戦争では何百万という国民が命を落とした。廃墟の中から立ち上がった日本であった。そして、そこから生まれた日本国憲法であり、象徴天皇制であった。象徴は単なる形式や名目ではないことを少年時代の歴史的事実を通して骨身で感じておられたに違いない。象徴の役割を「全身全霊」で果たすことを自らの使命と考えられていたことはそのことを物語る。平成天皇が沖縄や南方の戦地を慰霊する姿に、災害の被災地を巡る行動にそれはよく現われていた。

◇退位の決意を語ることは憲法上許されない。象徴天皇は「国政に関する権能を有しない」(憲法第4条)からである。それを承知で敢えて口にされたのは象徴としての役割の大きさを誰よりも重く受け止め、それを全身全霊で果たせなくなった時のことを憂えるからであったに違いない。人生百年時代に入り、認知症の時代でもある。平成天皇は自らの衰えを自覚する中で決断されたものと思う。仮にこの先長く象徴天皇を続けられた場合、象徴は形式と化し「日本国民統合」の役割を果たせない。それを熟慮された天皇の見識に私は感謝したい。国民の統合には、文化の面、日本人の心の面を支える意味がある。

◇平成天皇は道徳が地に落ち家族像が混乱する時代にあって、良く手本を示された。この一つをとっても素晴らしい象徴像であった。美智子さんとご婚約の時「しっかり守る」と申されたが、それは天皇としての最期のおことばを話され、その場面を去る時美智子さんを気遣う姿勢にも現われていた。平成は終わったが平成の精神は生き続ける。それは、令和の時代の象徴に受け継がれその中で生き続けるに違いない。昨日は小雨の中、秘湯の宿を出て草津の一帯を走った。走りながら令和の皇居を一周しようと決意した。皇居が違った姿に映るに違いない。(読者に感謝)

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