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2019年4月 3日 (水)

人生意気に感ず「新元号と万葉集。選挙戦中盤、清水ますみ氏の戦い」

◇1日午前11時半過ぎ、石倉町の利根川端に数人の女性たちが一様にかがみこんでスマホを見詰める光景があった。老女たちの頭上では桜が満開を迎えていた。気付くと異様なグループがあちこちで見られた。言うまでもなく元号の発表を待つ人々。全国の縮図に違いない。政府が国民へのピーアールの効果を狙っているとすれば大成功に思えた。

 午前11時半ごろの発表という予告は大幅に遅れた。11時50分頃か。私の車の中のケータイで「令和」を知った。友人の女性の第一報である。「令和よ。万葉集!」興奮が伝わってくる。万葉集とは、予想が当たったことに私の胸は躍った。私は万葉集を望み、かつ予想していた。日本の国書から元号を、という声は世論になりつつあった。何故、中国の古典に頼るのか、日本の文化に誇りを持つべきだという声が次第に大きくなっていた。それは当然と思えた。そういう中で、古事記・日本書紀・万葉集が考えられたが、神話や国家権力から離れた万民の声を移す「万葉集」こそ、日本の伝統を映すものとして最適であった。

◇「令和」の引用元の一節は大伴旅人(たびと)が書いたとされる。旅人は安麻呂の長男で大宰府長官であった。万葉集には、梅や桜の中で春を喜ぶ歌は多い。万葉人の姿が目に浮かぶ。「梅の花咲きて散りなば桜花継ぎて咲くべくなりにてあらずや」。この歌は梅についで桜が咲いた感動を歌う。私たちにも共通する心があるが古代人は強烈に強烈に梅や桜を喜んだ。心の原点である。

 令和の元号と共に万葉集が国民の間に一層注目されるだろう。学校現場で万葉集が教材として取り上げられることを望む。

◇現代人の心は砂漠化し、機械化しているのだ。新元号はこのような不毛の現代人の胸に梅や桜の花びらと共に春風を吹き込み生き返らせる効果が期待される。

◇選挙戦は中盤に入った。私は足を棒にして、昔の私の支援者を訪ねる。私との絆は生きていて例外なく再会を喜んでくれる。しかし、私と清水候補の繋がりを知らなかった人は非常に多い。清水ますみ候補支援の余地は非常に多いが、開拓しきれずに選挙は終わるだろう。「人事を尽くして天命を待つ」のみである。今、午前2時。私は激しい選挙戦の中でもこの静寂を楽しむ。そして、この静けさを自分の財産であり宝と感じるのだ。清水ますみの一途の思いはどれだけ有権者に届くのか。(読者に感謝)

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