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2019年4月29日 (月)

小説「死の川を越えて」第187話

 戦争に向かうこのような激しい動きは、ハンセン病の政策を決定する要因の一つとなった。中国への進出は聖戦と謳(うた)われた。それは、中国の動きは日本の正当な権利を不当に奪おうとしているものと解釈するからだ。「天に代わりて不義を討つ」と軍歌まで作って国民を煽った。戦いには大義が要る。正義がなければ国民に犠牲を強いることは出来ないからだ。聖なる戦いのために国民は身も心も正して、一致結束しなければならない。ハンセン病は聖戦を汚す国辱と言われた。

こういう世の風潮には、国民を戦争に向かわせるための国策が大きな影響を与えていた。そして、この国策を完成させるためには、ハンセン病患者を隔離収容することが必要であった。国がこの目的に向かって大きく動き出していることは明らかであった。この事態は、ハンセンの光を目指して、自由と自治の歴史を積み重ねてきた湯の沢集落の前に立ちはだかる大きな障壁であった。

万場老人は、湯川生生塾でこの問題を取り上げる。

 ある日の生生塾には、十数人の人々が参加した。万場老人はいつになく緊張の様子である。

「戦争の足音が近づいてきたのじゃ。戦争になれば、この湯の沢も巻き込まれる。勉強して心の準備をしなければならぬ。前に、山田屋に集まって、森山先生も出席して、牛川知事の請願を問題にしたことがあった。皆さん覚えているかな」

 正助を初めとして頷く顔があった。

「あの時、森山さんは、牛川知事の国への請願は、この湯の沢集落移転に関することだと説明した。わしは、この問題が近く現実になって我々に迫ると感じるのじゃ。そこで、今日は、この請願文をしっかり勉強するのが目的じゃ」

 そう言って、老人は傍らのこずえに合図した。こずえは、黒々と大書した大きな紙を広げた。それには次のようにあった。

<草津温泉を慕いて全国より集まる患者は多い。しかし地域は狭隘(きょうあい)。すみやかに国費をもって草津温泉を利用しうる地域に患者を収容すべき理想的集落を建設せられたし>

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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