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2019年4月21日 (日)

小説「死の川を越えて」第184話

「純子さんの担任の萩野と申します」

「ああ先生ですか、娘がいつもお世話になっています。今日は一体何の御用ですか」

 市川巡査は笑顔で迎えた。想像していた厳めしい警察官の雰囲気はない。萩野はひとまず安心して言った。

「下村正太郎君のことで相談に伺いました。湯の沢地区から編入した児童です。一部のお母さん方の間に動揺があるようなのです。それに純子さんが大変立派なお子さんなので、正太郎君を隣りの席にしました。お父様の御意見も聞かず私の独断で決めました。申し訳なかったと思っております」

「おお、下村正太郎君のことは、よく承知しております。県からも役場からも報告を受けております。大変賢い子で、病気のことも心配ないそうです。それに、湯の沢には立派な歴史があることも勉強しております。それを無視してはならないことを肝に銘じています。うちの純子を隣りの席にしたことは純子にとって良い勉強になります。先生の立派な御判断です。全くご心配なさらないで下さい」

 この言葉を聞いて萩野は肩の荷がすっかり下りた気分になった。さき程の表情は一変して美しい萩野花子に戻っていた。

「実は、普通の小学校に入ったモデルケースとして、県も注目しているのです。私の上司が、こんなことを言っています。これから警察は、時にはハンセン病の人たちに厳しい態度をとらねばならないこともある。そんな時、警察が情け知らずと思われては困る。そのためにも湯の沢のことは重視しなければならぬと言うのです」

「はあー、そういうことなんですか」

「一部のお母さんに動揺があるというのも無理からぬこと。それを抑えるのも本官の務めです。私も出来ることは協力したい。娘を隣りに座らせたことは正解です。気の強いやんちゃな子ですが、正太郎君に協力するように私からも話します」

 何と嬉しいことか。萩野は幸せな気持ちに包まれていた。純子がクラスの男の子の悪ふざけを注意したことを知った時、純子の行動は父の気持ちが伝わったからに違いないと思った。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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