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2019年4月20日 (土)

小説「死の川を越えて」第183話

萩野先生はじっと耳を傾けていたが、正助を正視してきっぱりと言った。

「分かりましたわ。正太郎君を守ります。私にとっても教師として最大の試練です。未熟な人生経験の私にとって責任が重すぎますが全力を尽くします」

そう言ってほほ笑む女性教師の口元に静かな決意が表れていた。

それから幾日か過ぎたある日、正太郎が息せききって駆け込んで来た。さやが驚いて言った。

「学校で何か嬉しいことがあったの」

「うん、あったよ。武君がまた、移る―をやったんだ。そしたらね、隣りの市川純子さんが、正太郎君の嫌がることは止めてよって強く言ったんだ。そしたら止めたんだ。女の子なのに市川さんは凄いよ。お母さん、まだあるんだよ」

 正太郎は宝物を出し惜しみするように言った。

「早く聞かせてよ」

「武君が僕の所へ来てね、ごめんなと言って手を伸ばすんだ。握手したんだよ。僕泣いちゃった。僕の顔を見て武君も泣いたんだ。僕たちもう親友だよ」

「よかったねえ、お前」

 さやも涙をぬぐっている。母の涙を見て、正太郎もこみ上げるものを押さえられぬ様子で言った。

「もっと話してやる。このことを知って、萩野先生が、市川さんと武君を皆の前で誉めたんだ。そしたら大きな拍手が起きたよ」

「そうなの。お前、よかったねえ。お前が辛抱したからだよ。お母さん、本当に嬉しい」

 母子は抱き合って泣いた。

 この出来事の背景には萩野花子の並々ならぬ努力があった。萩野は校長に相談して動いた。校長は萩野の純粋な決意に感動して任せることにしたのだ。

 萩野は市川巡査を訪ねた。他県の噂では巡査がハンセン病の患者を激しく取り締まっているということだ。湯の沢と草津は特別の所と聞いているが警察のことは分からない。娘の純子を正太郎の隣りに座らせたのは、純子を買ってのことだが軽率だったかもしれない。萩野はいろいろ思いを巡らせながら、警察に出頭する容疑者のような思いで派出署の扉を開いた。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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