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2019年4月 6日 (土)

小説「死の川を越えて」第179話

「勝って兜の緒を締めよですね、先生」

「そうじゃ正助。今回の出来事を通じて、お前は大きく成長した。お前の責任は今後大きくなるぞ。謙虚に学ぶことを続けることじゃ。水野先生、宜しくお願い申しますぞ。そうじゃ、あなたにも、この湯川生生塾の講師をお願いしたい。宜しいかな」

「はい。喜んでお引き受け致します。ここは、大学の教室にはない生きた学問の場ということに気付きましたのでな」

 人々の間に一斉に拍手が起きた。

 

  1. 正太郎、草津小学校に

 

 昭和の初めの頃、湯の川地区の患者の子どもが草津小学校へ通い始めた。湯の沢の人口は増え、健康な子どもたちも増えていた。一方、国民に等しく教育を施すことは、明治以来の国の一大方針であったから、県及び草津町としても湯の沢集落の子どもたちを放置出来なかった。

 湯の沢の健康児童を受け入れるといっても、ことは簡単ではなかった。ハンセン病の菌が隠されていて、感染する心配はないのか。そいう町民の不安をなくして、受け入れるためには、健康診断を整え、一般の生徒と父母の理解を進める等の準備が必要であった。それにしても湯の沢の子どもが草津の町立小学校に通えることは革命的な出来事であった。

 ある日、万場老人は正助、さや夫婦と話した。

「正太郎君を草津小学校に通わせることをどう考えるか、お前たちの考えを聞きたい」

 正助が口を開いた。

「素晴らしいことで、名誉ですが不安もあります。マーガレット先生、そしてこの塾にもお世話になっています。どうしたらよいのでしょうか。先生教えて下さい」

「うむ。よいか。一つは正太郎君のため。正太郎君は賢い子じゃ。広い競争の世界で才能を伸ばすことが大切なのだ。もう一つは、より重要なことで、この湯の沢のため、そして我々ハンセンの患者のためなのじゃ」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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