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2019年3月31日 (日)

小説「死の川を越えて」第178話

正助は続けた。

「それから、皆殺気立って何か起こるか分からなかった。長野原の警察署長はサーベルを抜いて今にも切りかからんばかりだった。大震災の時の朝鮮人の騒動を想像したんではないでしょうか。大勢が暴れなかったのはここにいる水野先生のお陰です。小学生のように列を組みましょうと言って、鉢巻姿で先頭に立ってくれました。学者先生のあの行動に、俺は涙を流しました。先生有難うございました」

 これを聞いて万場軍兵衛が言った。

「ほほー。目に浮かぶようじゃ。水野先生、これは凄いことじゃ。先生のお考えを話して下さい」

「ははー。これはえらいことになりましたわい」

 水野は前に進み出た。

「私はフランス革命など、人権の問題を研究してきました。人権、つまり人間の平等です。差別は人権の否定です。患者として、この部落で皆さんと生きて、人権のための闘いの渦中にいることを肌で感じておるのです。私たち1人1人は誠に弱い。集団で行動しなければ権利は守れない。しかし、集団は群集心理で暴走しがち。そこで私は、謙虚な気持ちで集団行動を行うことで心を伝えたいと願った。そこで、小学生のように列を作ってと提案しました。皆さん、その通りやってくれました。私は生涯でこんなに感動したことはありません」

 万場老人も感動した様子で言った。

「実によい勉強が出来ました。ハンセンの光が実を結んだ姿じゃな。小学生のようにとは実に妙案。大群衆が隊列を組んで進んだとは。学者のあなたが鉢巻して先頭に立った。それを見て、群衆はあなたを校長先生と信じ、素直に小学生の心になれたのじゃ。実に愉快。

 そして、わしが声を大にしたいのは、今回のことは湯の沢という自治の歴史があったればこそ実現出来たということ。消毒の対象として我々を汚物のように見ていた警察はさぞ驚いたに違いない。それ以上に、県と鉄道会社が驚いたのだ。県が自動車を出し、会社がわずかな期間とはいえ、患者専用車を用意すると言い出したのは、何よりの証拠じゃ。我々は、このことに驕(おご)ってはならぬ」

 万場老人はこう言って、人々の顔を見た。正助が応えた。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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