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2019年3月 2日 (土)

小説「死の川を越えて」第170話

 

 内務省へ行くと話が届いていて、担当の係長が応待した。本省の役人と言えば大変なものだと聞いていた区長はこちこちになっている。しかし、役人の印象は意外に気さくそうである。

 

「ああ、皆さん、湯の沢から大変遠いところを御苦労様です。どうぞ、どうぞ。私が担当の係長です。皆さんの所からは木檜泰山先生が出ておられ、私は大変お世話になっています。嘆願は上にあげ、よく検討致します」

 

 一同は、役人の温かい対応にほっとした。このように、県と国に対する陳情は予想外にうまく進むように見えた。ハンセン病の患者が世間から差別され、居場所もなく、彷徨う時代なのである。それが、ハンセン病の自治組織の仕事として、県や国に対して直接に行動を起こして嘆願書を届けたのであるから、正に前代未聞の出来事であった。効果は直ぐに現われた。会社側から「軽症者の乗車については寛大な処置を執る」との回答がなされたのだ。湯の沢部落に歓声が湧き起った。

 

 しかし、事は、予想した通りには進まなかった。

 

 大正15年(1926)9月19日、軽井沢、草津間の電鉄は、遂に全線開通した。草津は上信越線を活かすことも可能となり、町の発展にとり画期的な出来事であるから、町をあげての祝賀会が行われた。

 

「天皇陛下が重体なのに、こんな祝いをやってよいのかのお」

 

 祝賀会を見る人山の中からこんな声も聞かれた。 

 

 事実、大正天皇は長いこと重体で、1124日の県議会では、森山抱月の提案で、一日も早い平癒を願う決議がなされた。しかし、その甲斐もなく、天皇は間もなく大正151225日、世を去る。大正は終わり、昭和元年となった。交通は人体の血管に等しい。草軽鉄道は正に動脈である。新たな血液が流れ込む。閉ざされた秘境が一変することが予想された。ところで、人の流れの変化、町の発展は、ハンセン病の人々に大なる影響を及ぼさずにはおかなかった。

 

 温泉街の人々は、新たな動脈が汚れることを恐れた。つまり、ハンセン病の患者の乗車が一般乗客に恐怖感を与え、ひいては草津町の発展を妨げると考えた。そこで、草津の温泉業者が中心となって、草軽電鉄に患者の乗車拒否を強化するよう働きかけた。このような状況の下、

 

「よその人間は、ハンセン病を見るともう来なくなる。電車にも乗らなくなる」

 

 こんな声が多く聞かれるようになったのだ。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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