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2019年3月 3日 (日)

小説「死の川を越えて」第171話

 

電鉄会社は、これを受けて、軽井沢からのハンセン病患者の乗車を徹底的に拒むようになった。会社の営業規則は一般乗客の安全と快適な輸送を旨としていた。ハンセン病は恐いという当時の風潮からすれば、ハンセン病の感染は乗客の安全を脅かす事態であり、乗車拒否は会社としても当然と言えた。電鉄の社長川村銀治は、元来一般乗客の安全を会社の社会的使命と考えていたが、国や県から働きかけがあったため、不本意ながら「軽症者」については寛大な処置をしぶしぶ認めたのだ。

 

 ところが、草津までが全線開通になって事情が変わった。より多くの一般客が押し寄せることになった。そこで会社は、乗客の安全に関する社会的使命が格段に大きくなったと受け止めるようになった。これは、無理のないことであった。そこに、草津町からの乗車拒否を求める強い要請である。

 

 社長は、我が意を得たりと社員に命じた。

 

「営業規則を実行せよ。ハンセン病を乗せるな」

 

 しかし、湯の沢集落側の状況判断は、これと全く異なっていた。患者の受け止めは、自分たちは迷信、誤解、偏見、差別の犠牲者であった。遺伝病というのはとうの昔に医学的に否定されている事実である。伝染力も非常に弱い。この度、県と国が理解を示して軽症者に寛大な処置をとるに至ったのは、その証拠ではないか。なのに鉄道会社が約束を守らないのは何事か。人々の怒りは増すばかりであった。

 

 昭和2年5月、新たな状況に対して住民集会が開かれた。真宗の説教所は溢れる人の熱気で満ちていた。高田区長は、県と内務省に嘆願した経緯を改めて説明した。

 

 すると様々な意見が飛び出した。

 

「会社は約束を破った。それを黙って許すのか」

 

「我々の同病が軽井沢から歩いている。足に傷をつけ、凍傷に罹る者もいる。仲間を見捨てるのか」

 

 ここで区長が立ち上がって言った。

 

「私は、今、実行委員として県と国に行ったことを報告しました。ここにもう一人、若手の実行委員がいる。下村正助君です。県でも、内務省でも、実は正助君の働きが大きかったのです。正助君には、大陸の経験もあり、私たちにはない深い考えを持っているようです。正助君の意見を聞こうではないか」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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