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2019年3月10日 (日)

小説「死の川を越えて」第173話

 

「皆さん、この湯の沢集落は、俺たちハンセン病の患者が助け合うために生まれ、助け合う歴史を重ねてきました。ある人は、この集落をハンセン病の光が出る所と申しています。ハンセン病の光とは人間の光だと思います。この乗車拒否は湯の沢集落が試されている問題です」

 

「そうだ。若いの、よく言ってくれた」

 

 この声と共に、どっと拍手が起きた。あちこちで賛成する叫びが上がった。それは、日頃、差別に苦しみ、世を恨む人々の声であり、また、正助の言葉に勇気付けられた人々の希望の叫びであった。

 

 正助が壇から下り、再び高田区長が議事を進めた。熱気に包まれた空気の中で議事は一直線に進んだ。「難渋している罪のない同病者を救うために一命を賭して解決に当たろう」と決議し、会社に改めて乗車拒否を止めること、そのために患者専用車の配備を求めること、これらを嘆願書にまとめて会社に訴える等が決められた。

 

 集会が終わって外に出ようとした時、正助の耳に突き刺さるような言葉が飛び込んだ。数人が興奮して話している。

 

「おい、嘆願書が駄目な時は、乗車拒否をたきつけた奴らを生かしちゃおけねえな」

 

「その通りだ。今、命を賭けてと決めたんだ。こっちが命を賭けるんだから、あっちの命ももらわなくちゃなんねえ。俺たちをなめるとどうなるか見せてやるべえ」

 

 誠に物騒な話である。正助は先程話した逮捕者を出さない運動のことを噛み締めながらその場を離れた。

 

 建物を一歩出た時、一人の紳士が正助に近づいた。驚いたことに明星屋の浴客であの嘆願書を作った水野という法学士であった。

 

「君の話は素晴らしかった。私は、人権ということを長いこと研究していますが、いや、生きた勉強になりました。これからも協力させて下さい」

 

 意外な言葉に正助は胸を熱くして水野の手を握りしめた。

 

 その時、人々をかき分けるようにして、さやとこずえが進み出た。

 

 さやが興奮した表情で言った。

 

「正さん、じんときたわ。涙が止まらなかった」

 

 さやがこう言うと、こずえが涙を拭いながら言った。

 

「私たちの心を皆に伝えてくれたのね。今日のこと、ご隠居様に詳しく話しますわ」

 

 正助は、人生の新しい道に踏み込んだことを感じた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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