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2019年3月24日 (日)

小説「死の川を越えて」第177話

 県に連絡すると、県は心配していたとみえすぐに応じた。県から会社に連絡し、草津で会議がもたれることになった。県からは社会課長の他、保安課長も出席、会社からは社長の代理という役付きの者が参加していた。

 実は保安課長の出席には次のような訳があった。駅前の大会のとき半鐘の音と共に集まった群衆の勢いに、長野原署の署長は何事が起こるかと慌てふためき、抜刀して臨んだのだ。しかし、群衆は大声の割には整然としており、抵抗もないので、署長は拍子抜けしたのである。日頃、権力を笠に着てハンセン病の患者を見下していた巡査の姿が人々には滑稽に映った。

「ふん、ざまあ見やがれ」

という声が聞こえた。署長は決まり悪そうに刀を鞘に納めた。逮捕者は一人も出なかったのだ。これは、正助が、逮捕者を出さない大衆運動の重要さを強く訴えた効果であった。保安課長は、署長から整然と動く群衆の姿を報告されていたので、底知れぬ不気味さを感じ、対応を誤ると大変なことになると恐れたのであった。

 何度か会議がもたれた。湯の沢側は乗車拒否の廃止と患者専用車の配備を主張し、会社側と激しく対立した。正助は姿勢を正し静かな口調で主張した。

「駅前の集会で、人々は大切なことを学びました。それは自分たちの主張と行動は間違っていないということです。学者先生が暴力はいけない、逮捕者は出すなと訴え、自ら鉢巻で先頭に立ちました。湯の沢地区が長い間、村をつくり、税金まで払い、助け合って生きてきた意味を人々は実感したのです。次は、他の地区の半鐘も鳴らし、もっと大きな集会をと話しを広げている状況です」

これを聞いた会社側及び県の人々の顔に動揺の色が走った。遂に県は次のような調停案をまとめた。

  1. 患者輸送用の自動車一台を県より貸与する。
  2. 会社は、冬、雪のため自動車の運行が不可能の間、短い区間、限られた日に、患者専用車を配備する。

 患者専用車については、高い料金を払わねばならない等の条件がついたが、会社とすればぎりぎりの譲歩だった。

 また、県が出した車が警察本部長の乗用車であったことも面白い。窮余の策だったことを物語る。

※土日祝日は中村紀雄・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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