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2019年3月 9日 (土)

小説「死の川を越えて」第172話

 

「それがいい」 

 

 大きな声が上がった。前回、正助を実行委員に推薦した男であった。

 

「賛成」

 

 この声と同時に大きな拍手が起きた。正助は意を決して演壇に進み出た。正助は、大勢の人々を前にして、今や、大きな戦いの渦中にいることに身震いを覚えるのであった。その時、シベリアの恐ろしい海底洞窟の光景が頭をよぎった。すると不思議に心が落ち着き、身内に力が湧くのを覚えた。

 

「皆さん、冷静に情勢を分析して作戦を立てるべきです。俺はいろいろ調べてみたんです。会社が約束を破ったのは、温泉街が望んだからなんだ。町は、1人でも多くの客が欲しいだけなんだ。俺たちハンセン病患者に同情する人なんていないと思って頑張らなければならない。同情をあてにしたら増々みじめになるからだ。ハンセン病は恐いという世間の無知と偏見を商売のために利用しているんだ。俺たちの前には、こういう厚い壁がある。力を合わせてこれを破らなければならない」

 

「そうだ」

 

 あちこちで声が上がった。

 

「俺たちには、自治会という組織がある。税金まで納めている。こういうところは、世界中ないそうだ。この組織の力で戦うべきです」

 

「この組織の力で、差別と偏見を打ち破るのです。俺たち患者は、1人1人では弱い。しかし、団結すれば世間を動かす力を出せる」

 

正助はきっぱりと言った。

 

「俺は朝鮮で、逮捕者を出さない大衆運動の凄さを見ました。こういう運動は、この集落だから出来ます」

 

 正助の話し方は次第に演説になっていた。朝鮮の話をした時、正助は人々の目の色が変わったことに気付いた。正助は既に闘いが始まっていることを意識した。

 

「皆さん、俺たちは金が目的ではない。遠くからやって来る哀れな同病を助けるためだ。これは差別との闘いです。人間は平等だということを獲得するための闘いです」

 

 正助の胸には、生生塾で万場老人が人間の平等ということを熱心に説いた姿が甦っていた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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