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2019年3月31日 (日)

小説「死の川を越えて」第178話

正助は続けた。

「それから、皆殺気立って何か起こるか分からなかった。長野原の警察署長はサーベルを抜いて今にも切りかからんばかりだった。大震災の時の朝鮮人の騒動を想像したんではないでしょうか。大勢が暴れなかったのはここにいる水野先生のお陰です。小学生のように列を組みましょうと言って、鉢巻姿で先頭に立ってくれました。学者先生のあの行動に、俺は涙を流しました。先生有難うございました」

 これを聞いて万場軍兵衛が言った。

「ほほー。目に浮かぶようじゃ。水野先生、これは凄いことじゃ。先生のお考えを話して下さい」

「ははー。これはえらいことになりましたわい」

 水野は前に進み出た。

「私はフランス革命など、人権の問題を研究してきました。人権、つまり人間の平等です。差別は人権の否定です。患者として、この部落で皆さんと生きて、人権のための闘いの渦中にいることを肌で感じておるのです。私たち1人1人は誠に弱い。集団で行動しなければ権利は守れない。しかし、集団は群集心理で暴走しがち。そこで私は、謙虚な気持ちで集団行動を行うことで心を伝えたいと願った。そこで、小学生のように列を作ってと提案しました。皆さん、その通りやってくれました。私は生涯でこんなに感動したことはありません」

 万場老人も感動した様子で言った。

「実によい勉強が出来ました。ハンセンの光が実を結んだ姿じゃな。小学生のようにとは実に妙案。大群衆が隊列を組んで進んだとは。学者のあなたが鉢巻して先頭に立った。それを見て、群衆はあなたを校長先生と信じ、素直に小学生の心になれたのじゃ。実に愉快。

 そして、わしが声を大にしたいのは、今回のことは湯の沢という自治の歴史があったればこそ実現出来たということ。消毒の対象として我々を汚物のように見ていた警察はさぞ驚いたに違いない。それ以上に、県と鉄道会社が驚いたのだ。県が自動車を出し、会社がわずかな期間とはいえ、患者専用車を用意すると言い出したのは、何よりの証拠じゃ。我々は、このことに驕(おご)ってはならぬ」

 万場老人はこう言って、人々の顔を見た。正助が応えた。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年3月30日 (土)

小説「死の川を越えて」第177話

 住民集会が終わった後のある日、湯川生生塾に人々が集まった。成人の部の授業ということで触書が回ったのだ。髭をつけた学者風の新顔が人々の注目を集めた。

 正助が紹介する。

「明星屋にいらっしゃる水野先生です。偉い法律の先生で、今回、県や国に出す嘆願書で大変お世話になりました。この塾のことを知って、是非参加したいというのでお連れしました」

 水野は万場老人に近づいて丁寧に頭を下げた。

「お噂は聞いておりました。明星屋の客水野と申します。この湯の沢で新たな生き甲斐を見つけました。以後、宜しくお願い致します」

「おお、あなたが水野先生ですか。正助が大変お世話になっております。又、この度は大変勇ましいご活躍をなされたそうで敬服致しておりますぞ」

「はは、もう伝わっておりますか、お恥ずかしい限りです。は、は、は」

「皆さん、今日の塾は特別のものですぞ。先日の大集会は大成功であった。ここには、勉強する大切なことがいっぱい詰まっておる。わしは集会には出られなかったが報告を受けて感動したのじゃ。先ず、正助から大切な点を話して欲しい」

「皆さん、集会の成功は先ず大勢の人が集まったことです。そして、今回は怒った人々であるにもかかわらず、警察の世話にならなかったことです。どちらもうまくいきました。半鐘が鳴ったので皆が駆け付けたと言っていますが、やったのは権太です」

「えー」

 驚きの声が上がった。まさかという視線が権太に向けられる。

「正助に言われていたんだ。嘆願が駄目になって集まれと紙が回ったらやることになっていた。後でまずいことにならねえかと言ったら、問題ねえと言うんでやった。高けえ火の見に登ったら興奮して、思いっきりぶっ叩いた」

 どっと笑いが起きた。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年3月29日 (金)

人生意気に感ず「決戦の火蓋は切られた。清水ますみは訴える」

◇今日、平成31年3月29日は記念すべき日となるだろう。私はいつものように午前1時30分に起床。昨日は激しく動いたが疲れは残っていない。県議選の告示日である。長い政治生活とその間の選挙を今振り返る。時代が大きく変わったなかで前代未聞の選挙になる。一目でそれと分かるエコカーが2台連なって走る姿は注目を集めるに違いない。必勝の儀式はしない。唯、候補者と私が利根河畔の小さな祠に礼拝する。前橋域唯一の遺構長壁神社である。前橋域の守り神とされる。利根の流れは静かに岸辺を洗っているが、かつて坂東太郎と言われた激流はしばしば前橋域を脅かした。長壁神社の役割とこれに寄せる人々の思いは大きかったのだ。

◇今朝8時過ぎ、市内全域700カ所の公設掲示板に清水ますみのポスターが貼られる。前橋市は大きい。最遠の掲示板は赤城山の大沼の辺である。住民は少ないが新緑に囲まれた大沼を訪れる人は多い。都会の雑踏を抜け出した人々は掲示板のポスターを見て改めて政治との出会いを意識し、この山奥に政治と結び付いた深刻な問題が存在することを考えるのではなかろうか。このあたりには放射性セシウムが降って沼のワカサギが汚染された。「森の住人」・鹿やイノシシは環境の変化に追われ、人里に現われようとしている。赤城の山々は地球温暖化と異常気象に立ち向かう砦に見える。

◇今日私は選挙カーに随伴して、約30カ所でマイクを握る。ミニ街頭演説は我が陣営の重要な戦略になるだろう。清水候補には易しい言葉を選ぶよう進言するつもりだ。選挙は民主主義の原点であるが、候補者の主張が有権者の心に届くことが民主主義の「絆」をつくる。今朝は7時半までに選挙事務所に行くので、日課のミニマラソンは少し早くスタートする。選挙期間中の一日一日が私にとってのマラソンになる。78歳の私にはまだ老骨という意識はない。「人は理想を失う時に初めて老いが来る」、「情熱を失う時に精神はしぼむ」、「人は自信と共に若く、恐怖と共に老ゆる」。ウルマンの詩を胸に刻みながらこのマラソンコースに挑戦しようと思う。ブログの愛読者にお願いする。理想をエネルギーとして、エコカーを走らせる新人に注目してほしい。奇妙な新人は本気である。政治に失望した人々が行動を起こせば「まさか」が起きる。さあ、出陣だ。(読者に感謝)

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2019年3月28日 (木)

人生意気に感ず「いよいよ決戦。法衣の怪僧。一揆の会は」

◇今、9日午前1時15分。草木も眠る丑三つ時というが、喧騒の社会は一時呼吸を止めたように静寂が私の書斎を覆っている。私の時間は一秒一秒過ぎる。いよいよ明日、県議選がスタートする。恐らく私が関わる人生最後の戦いは、異例ずくめの情況で全く見通しが立たない。蟷螂の斧で終わるのか。意外な展開の可能性もある。「義のよって」買って出た重責を複雑な思いでかみ締める。清水ますみという男は奇妙な人物である。周りの社会がおかしいから狂のように激しく純粋な人が奇妙に映るのかも知れない。バラバラで怒鳴り合う事務所がやっとまとまってきた。昨日は、清水氏と共に近所を挨拶に回り、ある町内で試験的にマイクを握った。ご近所とは小さなトラブルがあった。多くの留学生が住民に違和感を与え不安を生んでいる。昨日もタバコの投げ捨てについて苦情を言われた。アジアの若者たちは礼節を守ろうとしているが文化の違いで身につけたものはいかんともし難い。日本アカデミーは巨大化しつつある。その中で足下を固めないと巨体は脆くも崩れるだろう。私は名誉学院長として、この部分で大切な役割を担う。人間塾をやり、「平和の講義」を続けるのはそのためである。毎週水曜日の講義は約20分間ながら中味は濃い。昨日は第82回で、続けている「アンクルトム」の一場面を語った。原作者ストウ夫人は冷酷な奴隷商人に対して奴隷を助ける優しい白人を描き、白人女性の心を動かした。戦争を巻き起こした夫人と称されたゆえんである。奴隷解放の戦いは現代の私たちに様々なことを突きつける。清水ますみ氏が「知行合一」を訴えて突き進む姿には、南北戦争や維新の群像につながるものを連想する。戦いの火ぶたを前にして「計はわが方寸にあり」という古諺がよぎる。

◇「ウグイス嬢」の選定に苦労したが、法衣をまとった異形の人が加わった。ウグイスに対して男をカラスと呼ぶ。この甲賀の流れをくむこの修験者は滝業を行い「生と死のフォーラム」で長いこと説教・講義を続ける。法衣でマイクを握る姿は戦国の風雲を思わせる。

◇「一揆の会」が動き出した。百姓一揆・一向一揆の「一揆」である。一揆の発想は全くオリジナルと思っていたら、ネットで「群馬一揆」なるグループが注目を集めていると知った。惰性に流れる幻の社会に現実の歴史が甦る。(読者に感謝)

 

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2019年3月27日 (水)

人生意気に感ず「マララさんの来橋は不可能に。少年の自殺増加は何を意味するのか」

◇23日の「ふるさと未来塾」で、マララさんの前橋招聘が不可能になったことを説明した。NIPPONアカデミーが8月5日にマララさんを招く計画は、会場も市民文化会館を予約し、前橋市・広島市・福田元総理等の協力を得ながら進めてきた。実現不可能の主な理由は、マララさんが突然23日の国際女性会議に出席することになったからである。今月23日に来日した上。8月5日の前橋の会場への参加は困難になった。残された選択肢は23日の女性会議に合わせて前橋に招くことで、そのための折衝をマララ財団等と重ねたが、マララさんの日程上不可能となった。福田康夫元総理には大変お世話になった。パキスタン大使館も実現に向けて尽力してくれた。私はパキスタンの駐日大使の協力を得ながら、松井広島市長と会った。松井市長は、8月6日の広島平和式典へのマララさん招待を約束してくれた。それはマララさんが8月5日に前橋に来られる理由の一つになることを望んだからである。
 マララさんは「女性会議」及び、安倍首相と会って女性の権利について発言した。もし、前橋に来られることが実現したら大きな反響を呼んだことであろう。前橋市長には既に経過を説明した。松井広島市長には近く説明するつもりである。そもそも、私たちのこの企画の発端は、私の平和の講義でマララさんを取り上げたことである。毎週水曜日朝のこの講義は今朝第82回となった。今回は前回に続き「アンクルトム」である。原作者のストウ夫人は、この小説によって戦争を巻き起こした女性と呼ばれた。奴隷を物として売買する描写が白人女性の心に衝撃を与えたのである。差別と偏見は今日的課題であることを私はこの講義で訴えている。
◇自殺問題は極めて深刻である。この状況に対し国会に新たな動きがみられる。与野党の国会議員が自殺対策を強化するための新法案をまとめた。豊かで平和な国日本で自殺が多いことは世界が注目するところであった。かつて年間の自殺者数は3万人を超えた。最近は減少傾向にあるとはいえ、未成年者の自殺が増加していることは異常である。厚労省の統計によれば、10歳から14歳の死因で自殺が1位となった。若者の世界に何が起きているのか。若者に焦点を絞った対策は焦眉の急である。社会の不気味な深淵に何かがうごめいていることを暗示しているのではないか。小手先の対策では駄目で、原因の究明こそが求められる。(読者に感謝)


 

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2019年3月26日 (火)

人生意気に感ず「火蓋が切られる選挙。故清水知事の知行合一とは」

◇県議選の火蓋が切られようとしている。県都前橋は「まさかの無投票」かと思われた。これを回避させることが確実の状況であるが、一石を投じた新人は清水ますみさんである。先日の私の「ふるさと未来塾」で、この人は熱い思いを語っておられた。70歳の高齢であるが胸の内には若者のような熱い炎が感じられる。風車に立ち向かうドン・キホーテ、あるいは「蟷螂の斧」という声も聞こえてきそうであるが、私は大胆不敵な「狂気」を買っている。日本全体が破局に向かって流されている時、これに逆らう勇気は常識に求めることはできない。清水さんが普段語っておられる信念を行動で示さねば嘘になるとして「知行合一」を訴える。

 私はこの日、「ふるさと未来塾」で、故清水一郎知事のあるエピソードを指摘した。一郎氏はますみさんの父君であった。エピソードとは、白根開善学校がその創立に際し、極めて困難な状況に陥った時、当時の清水知事が「こういう学校は必要だから実現させたい」と決意を示したことである。このような知事の姿勢が行政を動かし白根開善学校は誕生した。創立者である本吉氏の無謀ともいえる情熱も清水知事がいなければ実を結ばなかったに違いない。この学校は入学金返還を巡って訴えられていたが、この訴訟も有利な条件で和解ができた。裁判長は、砂川事件判決で有名な伊達裁判官であった。この裁判官は当時の東京地裁で自衛隊が憲法9条に違反することを示した人である。伊達裁判官は「良い学校なのだから頑張るように」と本吉氏を励ました。開善学校の創立時のトラブルについて私は著書「遥かなる白根」で詳しく書いた。私は「ふるさと未来塾」で、官僚政治家の知事には期待できないことであったと語った。現在求められることは「知行合一」による大胆な政治の改革である。清水ますみさんは、今回の選挙で「知行合一」を掲げて教育と行政の改革につき斬新な提案を行おうとしている。

◇この清水さんの選挙を助ける目的で、「一揆の会」が結成された。一揆は百姓一揆に通じる一揆である。かつての歴史で、「一揆」は草の根の民衆の力として大きな権力に対抗した。現代の日本人は、魂を失ったかの感があり、政治は信頼を失い、危機に立ち向かう政治家は少ない。かつての一揆を甦らせる時なのである。支援の輪に加わる若者も増えてきた。(読者に感謝)

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2019年3月25日 (月)

人生意気に感ず「引退するイチロー。日本人の心意気を示した男。ひろばに載った私のこと」

◇スタンドが総立ちとなって声援を送った。イチローが引退する歴史的瞬間であった。27歳で渡米、全人未踏とも言うべき数々の記録を打ち立てた。私は、この人の精神力に脱帽してきた。孤独に弱い日本人である。イチローを支えたものは一歩一歩積み重ねた実績だったに違いない。私はイチローにかつて武士が孤剣を腰にして武者修行した姿を重ねた。国際化時代、21世紀の世界を股にかけた日本人武芸者であった。引退のインタビューで語る一語一語に厳しい修行に裏付けられた重みがあった。「イチロー、さよなら。ありがとう」私は心からの声援を送った。陰で支えた妻の存在は大きかったに違いない。

◇政府はイチローに国民栄誉賞を与える方向だ。真にこの賞に値すると思う。菅官房長官は「子どもたちに夢と希望を与え続けてきたスーパースターだ」と評して授賞の考えを語った。私は日頃、多くのアジアの留学生と接する中で、彼らの勇気を讃えると共に日本人の若者が気力を失っている姿に落胆してきた。イチローの姿はそんな日本人に限りない刺激剤になる。道徳教育のお手本である。イチローが今後、その体験を生かしてどんな人生を送るのか楽しみだ。福島の原発被災地の人々、特に子どもたちは大きな励ましと勇気を得たことだろう。

◇24日の上毛新聞の「ひろば」の欄で私のことを語る記事を発見して驚いた。投稿者は7年前の原発反対集会に出た私のことを記述する。自民党現職の県会議員として登壇して、激しい野次を浴び、私が「黙れ」と応酬した場面である。投稿の主桂一郎さんは自民党政権の国策を批判して「ヤジを飛ばした人たちの気持ちも理解出来ます」と語る。この人の深みのある記述に私は心を打たれ、その時の野次を許す気持ちを深めた。桂さんは私のことを「敵陣のような集会でスピーチした勇気には今も敬意を表します」と語っておられる。私はあの時、赤い旗が炎のように揺れるあたりに激怒の声を投げかけたが、冷静にかえった時、野次の声も私と同じことを目的にしている同志と気付き自分の短気を反省していた。7年前の反原発集会は千人とも思える盛り上がりであったが、今年は200人足らずに見えた。これは何を意味するのか。原発事故の風化は防がねばならない。冷静になった底辺から真の国民の声が芽生えることを期待する。(読者に感謝)

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2019年3月24日 (日)

小説「死の川を越えて」第177話

 県に連絡すると、県は心配していたとみえすぐに応じた。県から会社に連絡し、草津で会議がもたれることになった。県からは社会課長の他、保安課長も出席、会社からは社長の代理という役付きの者が参加していた。

 実は保安課長の出席には次のような訳があった。駅前の大会のとき半鐘の音と共に集まった群衆の勢いに、長野原署の署長は何事が起こるかと慌てふためき、抜刀して臨んだのだ。しかし、群衆は大声の割には整然としており、抵抗もないので、署長は拍子抜けしたのである。日頃、権力を笠に着てハンセン病の患者を見下していた巡査の姿が人々には滑稽に映った。

「ふん、ざまあ見やがれ」

という声が聞こえた。署長は決まり悪そうに刀を鞘に納めた。逮捕者は一人も出なかったのだ。これは、正助が、逮捕者を出さない大衆運動の重要さを強く訴えた効果であった。保安課長は、署長から整然と動く群衆の姿を報告されていたので、底知れぬ不気味さを感じ、対応を誤ると大変なことになると恐れたのであった。

 何度か会議がもたれた。湯の沢側は乗車拒否の廃止と患者専用車の配備を主張し、会社側と激しく対立した。正助は姿勢を正し静かな口調で主張した。

「駅前の集会で、人々は大切なことを学びました。それは自分たちの主張と行動は間違っていないということです。学者先生が暴力はいけない、逮捕者は出すなと訴え、自ら鉢巻で先頭に立ちました。湯の沢地区が長い間、村をつくり、税金まで払い、助け合って生きてきた意味を人々は実感したのです。次は、他の地区の半鐘も鳴らし、もっと大きな集会をと話しを広げている状況です」

これを聞いた会社側及び県の人々の顔に動揺の色が走った。遂に県は次のような調停案をまとめた。

  1. 患者輸送用の自動車一台を県より貸与する。
  2. 会社は、冬、雪のため自動車の運行が不可能の間、短い区間、限られた日に、患者専用車を配備する。

 患者専用車については、高い料金を払わねばならない等の条件がついたが、会社とすればぎりぎりの譲歩だった。

 また、県が出した車が警察本部長の乗用車であったことも面白い。窮余の策だったことを物語る。

※土日祝日は中村紀雄・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年3月23日 (土)

小説「死の川を越えて」第176話

この時、鉢巻をした一人の紳士が興奮した様子で飛び出して来た。明星屋の浴客、法学士の水野高明ではないか。目の色が変わっている。

「皆さん、ここが正念場です。小学生のように列を作って進みましょう。正しい行進が私たちの心を伝えるのです。私も先頭に立ちますぞ」

「いいぞー。鉢巻が似合うぞー」

 どっと拍手が湧いた。

 人々は隊列を組み、気勢を上げながら温泉街を練り歩いた。先頭に立つ学者風の鉢巻姿が、群集にただならぬ意味を添えているようであった。この光景の一部始終を物陰からじっと見ている人物がいた。帽子を目深にかぶった男は傍らの連れらしい人に言った。

「あれが湯の沢の団結か。暴徒とは違うな。組織の力は大したもの。正助という若者も大したものだ」

 この人物こそ、吾妻出身の国会議員、木檜泰山で、連れの男は、従者であった。

 川村社長に嘆願書を突きつけて交渉したこと及び草津駅前の大集会は波紋を広げていた。半鐘を鳴らして湯の沢を挙げて人々が集まったことは警察や県当局も大いに注目するところとなった。また、草津駅の駅長は仰天して嬬恋駅に逃げる始末であった。これらの住民運動は詳しく本社にも伝えられたので、川村社長は、相手がハンセン病の患者のことであるから、対応を誤るとまずいことになると恐れた。

 一方湯の沢では、実行委員を中心とした会議がもたれた。

 高田区長が口を開いた。

「このままでは住民は治まらない。正助君が言うように、この大会を第一歩として今後に生かすためにはどうしたらよいか。正助君に何か名案はあるかね」

 正助は答えた。

「はい、県当局、会社、警察を入れて、打開策を話し合ったらどうでしょう。その際、住民は、次はもっと大きな集会を予定していることを知らせることが戦略として重要だと思います」

「なるほど、君は若いが中々の軍師だ。それも、朝鮮やシベリアで身につけたことかね」

区長の言葉にどっと笑いが起きた。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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小説「死の川を越えて」第176話

この時、鉢巻をした一人の紳士が興奮した様子で飛び出して来た。明星屋の浴客、法学士の水野高明ではないか。目の色が変わっている。

「皆さん、ここが正念場です。小学生のように列を作って進みましょう。正しい行進が私たちの心を伝えるのです。私も先頭に立ちますぞ」

「いいぞー。鉢巻が似合うぞー」

 どっと拍手が湧いた。

 人々は隊列を組み、気勢を上げながら温泉街を練り歩いた。先頭に立つ学者風の鉢巻姿が、群集にただならぬ意味を添えているようであった。この光景の一部始終を物陰からじっと見ている人物がいた。帽子を目深にかぶった男は傍らの連れらしい人に言った。

「あれが湯の沢の団結か。暴徒とは違うな。組織の力は大したもの。正助という若者も大したものだ」

 この人物こそ、吾妻出身の国会議員、木檜泰山で、連れの男は、従者であった。

 川村社長に嘆願書を突きつけて交渉したこと及び草津駅前の大集会は波紋を広げていた。半鐘を鳴らして湯の沢を挙げて人々が集まったことは警察や県当局も大いに注目するところとなった。また、草津駅の駅長は仰天して嬬恋駅に逃げる始末であった。これらの住民運動は詳しく本社にも伝えられたので、川村社長は、相手がハンセン病の患者のことであるから、対応を誤るとまずいことになると恐れた。

 一方湯の沢では、実行委員を中心とした会議がもたれた。

 高田区長が口を開いた。

「このままでは住民は治まらない。正助君が言うように、この大会を第一歩として今後に生かすためにはどうしたらよいか。正助君に何か名案はあるかね」

 正助は答えた。

「はい、県当局、会社、警察を入れて、打開策を話し合ったらどうでしょう。その際、住民は、次はもっと大きな集会を予定していることを知らせることが戦略として重要だと思います」

「なるほど、君は若いが中々の軍師だ。それも、朝鮮やシベリアで身につけたことかね」

区長の言葉にどっと笑いが起きた。

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2019年3月22日 (金)

人生意気に感ず「清水ますみの決意。平和と人権と教育で」

◇清水ますみ陣営は今日午後6時、事務所開きを行う。清水氏は当初事務所は作らないと表明していた。ロイヤルホテル南の国道沿いの建物である。選挙には「ウグイス嬢」がつきものである。3人の女性が決まりかけたが採用の条件が折り合わず契約には至らなかった。私の選挙で声を張り上げたウグイスも高齢となってしまった。急きょ見つけたウグイスは素人だが輝いて見える。電気のエコカーで声をあげるウグイスたち。珍しさで注目されるだろう。
◇今回の県都の県議選で多くの有権者は白けていると思う。注目をひく質の高い候補者が現われそうにないからだ。その中で関心が集まるのは2人の新人である。泡沫の域を脱してどこまで変身するか見ものなのだ。
 清水氏は、狂といえる程純粋で本気である。無投票を回避させた功績は大である。年齢は70歳であるが、少年の心意気に燃える。エコカー(電気自動車)を走らせることは、地球温暖化に対して危機を表明するためである。「知行合一」を訴えているが、底にあるものは教育改革である。この人は、多くの日本人が道徳心を失うことに社会崩壊の危機感を募らせている。道徳教育といえば、教育勅語と結びつける人が多いが、それは時代錯誤である。新しい時代を支える普遍的価値と日本の伝統を結びつけねばならない。清水氏の主張する信念で光るものとして「平和」がある。その決意は、清水氏が営む学園の一角で、毎週水曜日に私が「平和」の講義を続けていることに示されている。私は、ここで選挙と関係なく「平和と人権」を熱く語り、既に81回を数えた。パキスタンの少女マララさんの招聘はあと一歩で実現不能となったが清水氏がその実現に示した決意は評価できるのだ。国際化時代の人権と教育は差し迫った課題なのである。現在、社会、国家を揺るがす様々な難題が山積するが、解決の基本となる座標軸は日本国憲法である。そこで示される人間尊重、基本的人権、平和主義を地方で実現しようと狼煙を上げた。その姿は巨大な風車に立ち向かうドン・キホーテにも見えるが、こういう奇人こそ時代が求める人と私は信じる。明日土曜日は私の「ふるさと未来塾」で清水氏は塾生として信念を語る。塾のテーマは「元号」。元号の初めは「大化」。今、大化の改新が求められている。(読者に感謝)


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2019年3月21日 (木)

小説「死の川を越えて」第175話

 実行委員の電車が着く時刻が近づくと、火の見櫓に登る男がいた。男は半鐘を打ち始めた。櫓に必死にしがみつく男は何と権太であった。

―ジャン、ジャーン、ジャン、ジャーン

 黒く低く垂れ込めた雲の下で、半鐘の音は風に乗って木々を揺すって遠くまで流れた。

 人間は燃え盛る炎に興奮する。半鐘は火事の連想と結びついて、人々の中に眠っている野生の本能を刺激した。

―ジャン、ジャン、ジャン、ジャン

「駅に行け」

「会社を許すな」

 伝え聞く噂によって、会社は情を知らない悪者になっていた。包帯を巻き、眼帯をつけた異形の人々もいた。群集は200人程にふくらんで続々と駅の広場に終結した。実行委員が着くと人々は万歳を叫んで出迎えた。

 高田区長は言った。

「皆さん、既にご承知と思いますが、私たちの嘆願は聞き入れられませんでした。残念です。期待に応えられず申し訳ありません」

「そんなことはないぞ。会社が悪いんだ」

「このままでは済まねえぞ。湯の沢の力を見せてやれ」

 人々は拳を突き上げて叫んだ。高田に促されて正助が進み出て言った。

「皆さん、嘆願は駄目でしたが、私たちの考えはきちんと伝えました。第一歩です。これから発展させる第一歩にしなければなりません」

「そうだ」

「負けねえぞ。裏切った奴らをぶっ殺せ」

 興奮する人々に向かって正助は叫んだ。

「暴力はいけません。人を傷つけたり、物を壊したりしたらこの運動は負けです。これは、湯の沢の自治会の行動です。湯の沢の誇りがかかっているのです。警察の世話になるようなら、第一歩になりません」

「その通りだ」

「警察は消毒屋だ。ここでは用はねえ」

 様々な声が聞こえた。群集は殺気立っていた。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年3月20日 (水)

人生意気に感ず「清水氏の事務長に。清水氏の大義。ふるさと未来塾で」

四角人生で選挙は精一杯やった。7期およそ28年間に行った選挙には私の人生の凝縮された部分がぎっしり詰まっている。少し大げさになるが、多くの同志と共に戦った姿は一つ一つが人生のドラマだった。もう選挙はしない、自分は別の世界で新たなフロンティアに挑戦しているのだと満足の気持ちであった。
 ところが、またもや選挙戦の渦中に飛び込むことになった。県議選を目前にして世間が注目する選挙区は県都前橋である。注目の理由は先ず激戦の歴史を辿った選挙区が今回は無投票であるらしいということであった。どこでも立候補者がいないという異常な事態が進む中で、「まさかお前もか、前橋よ」という状況に多くの人々はやり切れない気持ちであったに違いない。「選挙は民主主義の基盤、無投票はその危機」と叫んでも、世の中は白けている。「無駄な金がかからなくていい」「どうせ形だけの下らない、意味のない選挙ではないか」そんな声が聞こえてくる。
 しかし、状況は一転し、全県の人々は意外な新人候補に注目することになった。ロイヤルホテルの社長でNIPPOアカデミーの理事長でもある清水ますみ氏である。独特のキャラクターで変人と評する人も多い。私は、この選挙で事務長として陣頭に立つ決意をした。
 なぜあえて「火中の栗を拾うのか」。その理由をここで書きたい。清水氏は多くの留学生を抱えるNIPPONアカデミーで常に「知行合一」を叫んでいる。それは今回の選挙でこの人が訴える「教育改革」の理念の一つなのである。国際化が進む中の教育はいかにあるべきか。世界に通用する価値観であって、日本が守り誇るべき精神文化。それを清水氏はこの「知行合一」に込めた。奇妙な新人の狂気とも見える純粋な勇気に私は共鳴した。国難、日本の危機は日本人の心の崩壊にあるという認識を私と清水氏は共有している。今日は、朝「へいわの講義」を行う。第81回のテーマは「アンクルトムの小屋」の続きであるが、ここで時間を割いて清水氏を応援する大義を話そうと思う。今、午前3時である。
◇今月の「ふるさと未来塾」は23日土曜日で、テーマは元号である。大化の改新の「大化」で始まる元号は連綿と続き新元号が目前にある。今回の塾で2人の人物が短い発言を申し出た。塾の幹部と相談した結果認めることにした。この塾を貫く理念とも合致するからである。(読者に感謝)

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2019年3月19日 (火)

人生意気に感ず「多胡碑が問うもの。楫取素彦の法要。清水氏の県議選」

 

◇16日、多胡碑書作家展の祝賀・懇親会に出た。私は群馬県書道協会の顧問であるが、群馬県日中友好協会会長として祝辞を述べた。書の会に出ると、書道という伝統文化と歴史の結びつきを強く感じる。多胡碑については殊更である。

 

 碑文の書体は素朴であるが、その風化しかけた漢字の一画一線に書家たちは舌を巻き畏敬の念を隠そうとしない。この日も挨拶に於いて、私は多胡碑が時を超えて訴えているものを自問しつつ言葉を選んだ。私はスマホの普及が子どもたちを害していることを語った。私の胸には多胡碑が文明の危機を訴えているという思いがあった。

 

 私は現在、田中正造に打ち込んでいる。正造が叫んだ「真の文明は」の問いかけは極めて今日的である。人類は闇雲に便利さを求めているが、それは集団自殺に向かう光景にも思える。楫取素彦は多胡碑について歌った。

 

「深草のうちに埋もれし石文の世にめずらるる時は来にけり」。百年を遥かに過ぎたこの歌は、現在の歌人の作としても通じる。世界の記憶遺産が何を意味するかを私たちは多胡碑を通してかみ締めるべきである。

 

◇来月4月6日、楫取素彦の追悼法要及び楫取素彦顕彰会を行うことになった。5代目当主の楫取能彦氏も出席される。初代県令の楫取は近代群馬の基礎を据えた。その真の業績を理解する人は少ない。NHKの大河ドラマは茶番劇であったが、楫取に目を向ける一つのきっかけにはなった。嵐が去った今、改めてその真価を考える時だと思う。

 

◇県議選が近づく中、県都前橋の動きが注目を集めている。国難ともいえる激浪にもまれながら「選挙」とは何かを問う時がきた。政治不信は極限に達した感があり、地方の選挙は民主主義の根幹を支えるものでありながら茶番劇の様相を呈している。

 

 清水氏の出馬をドン・キホーテの出馬の如く見る人も多いに違いない。しかし、狂にも通じる純粋な一途さは胸を打つものがある。私心のない政策を訴える姿を私は応援することにした。選挙戦を戦国時代の戦いに例えるなら、最も面白いのは清水陣営なのである。有権者のおよそ半分は投票しない。現代のドン・キホーテは巨大な風車に立ち向かう。(読者に感謝)

 

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2019年3月18日 (月)

人生意気に感ず「児童虐待・衝撃の実態。性の事件は今。無差別テロ。アポ電」

 

◇児童虐待の現状は衝撃的である。増え続けとどまるところを知らぬ事件の数を警察庁は14日発表した。過去最多で、この先を想像すると正に日本の危機である。背景には欲望に魂を奪われた人々がのたうつ享楽の地獄の社会がある。

 

 若い母親が遊びのために幼児を閉じ込め餓死させた数年前の事件を思い出す。幼児は冷蔵庫のものを食べ尽くして死んだ。悪夢から醒めたあの女性は今どうしているだろうか。

 

 核家族化が進み孫を叱るおじいちゃんおばあちゃんは発言権を失ってしまった。地域社会の連帯も崩壊の危機にある。社会の変化の弊害は弱者を叩く。一番の弱者は子どもである。

 

◇昨年の摘発された児童虐待件数は1,380件で被害児童は1,394人という。加害者は実父が最多で、加害の内容は身体的虐待が大半で、性的虐待も多い。注意すべきは摘発は全てではないことだ。陰の存在は無数にあるだろう。

 

◇最近の刑事事件、特に「性」に関する事件を見ると、日本の社会の暗部に地すべり的変化が生じている不気味さを感じる。日本人全体が大津波に呑みこまれるような危機感を覚える。

 

 先日の報道によれば、前橋地裁で幼女にみだらな行為をした男に検察側は懲役10年を求刑した。検察が追及しているものは正に鬼畜の所業。中学生の養女が妊娠し流産したことを明らかにしている。このような事件は特異な例外中の例外と思いたいが、実際はどうか。私たち一般には見られない闇の世界があるのかも知れない。

 

◇衝撃の無差別テロで50人が死に、11人が重体と言われる。移民に寛容な国ニュージーランドのモスクで起きた。同国の首相は最悪のテロと断定した。近づくオリンピックが心配だ。すきだらけ、そして無防備の国日本にとって他人事ではない。日本はどう防ぐのか。東京五輪・パラリンピックの成功失敗はテロにかかっている。一発の銃弾によって平和の祭典は一挙に吹き飛んでしまう。テロを水際で防ぐために万全の備えをしなければならない。

 

◇社会の変化の実態が新たな犯罪を生む。オレオレ詐欺が始まったのは恐らく10年以上前のこと。意外な成功を収めた犯罪は燎原の火のように広まり進化しつつある。そして、今話題の「アポ電強盗」も特殊詐欺との関連が言われている。白アリのように社会の土台を食い荒らし高齢者を貪る犯罪を撲滅せねばならない。(読者に感謝)

 

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小説「死の川を越えて」第174話

 

 正助は発言した。

 

「ハンセン病は遺伝病ではありません。感染力も非常に弱い。世の中には誤解と偏見があります。草津の湯はハンセン病に効く。患者にとっては天の恵です。草津の発展のために草津まで鉄道を伸ばして下さった精神で、患者を助けて頂けませんか、それが草津の発展に通じ、鉄道会社の評判が高まり、それは会社の発展のためになると信じますが」

 

「君、それは理想論だよ。現実はそんなに甘いものではない。会社は多くの社員を抱えているのです。慈善事業をやっているのではない。また、会社の経営が安定することが草津温泉の発展の基礎ではありませんか」

 

 川村社長は、生意気な青二才とばかりに不快感をあらわし、頑として要求を聞こうとしなかった。

 

 町の役場は重大な関心を寄せていたので、実行委員たちの交渉が気になり、電話で会社に問い合わせた。会社は、全く問題にならないと答えた。これが住民に伝わったので人々は激昂し叫んだ。

 

「このままでは済まされないぞ。草津駅に実行委員を出迎えよう。それを利用して大きな大会にするんだ。報告を聞いた上で、次の戦に立ち上がろう」

 

 さやが万場老人の所へ走った。

 

「先生、皆が騒いでいます。大変なことになりそうなの。正さんは大丈夫でしょうか」

 

「うむ、正助は心配ない。しかし、群集は、火がつくと止まらなくなるから、ちと気になるぞ。さやさんは正助の動きをしっかり見届けて報告しておくれ」

 

 さやの表情には悲壮なものが漂っている。それを見て、老人は呟いた。

 

「これは荒れた大会になるぞ。群集のエネルギーを上手く導かねば大変なことになる」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年3月16日 (土)

小説「死の川を越えて」第173話

 

 ある日、万場軍兵衛は正助たちを集めて言った。

 

「正助、良い話が出来たらしいな。わしは、この生生塾が役に立っていることを感じて嬉しいぞ。お前は住民運動の流れに加わったのじゃ。我々患者のためという大義を信じて謙虚に、そして堂々とやるがいい。お前の行動と発言はこの塾に報告せよ。生生塾にとって素晴らしい成果であり、生生塾がお前を支える基礎になるからな。この小さな塾が天下の大問題を支えると思うと痛快ではないか」

 

「先生、有り難うございます。俺は、初めて大勢の前に立った時、足が竦(すく)む思いでしたが、シベリアの海底洞窟のことを思ったら気持ちが落ち着きました。しかし、もっともっと大切なことがあると気付いたんです。それは正しい知識、そして俺がやっているのは正しいことだという自信です。それを湯川生生塾が支えてくれることがよく分かりました。先生、俺頑張ります」

 

 正助は、励まされて外に出ると、改めて湯川生生塾の文字を見詰めた。ごんごんと流れる湯川の音も正助を励ましているようであった。正助は立ち止まってじっと考え込んでいる。正助の胸に韓国で経験した激しい反日運動の光景が甦っていた。<中途半端は逆効果だ>。正助はそう呟いて何か考えていたが、ある事を決意し、権太の所へ走った。正助は嘆願が簡単に通るとは思わなかった。その時は住民の騒ぎになるだろう。それを予想して権太にある策を授けたのだ。

 

 実行委員たちは、嘆願書を持って上京した。一行の中には正助の姿もあった。

 

 川村社長は頑として引かなかった。

 

「当社は経営上の無理を承知の上で、草津の発展を願って電車を通しました。患者専用車の配備などとんでもない。余裕が全くない。無い袖は振れませんな」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年3月15日 (金)

人生意気に感ず「いじめ自殺。新里小の明子さんを振り返る。清水氏の出馬は」

 

◇いじめが原因と疑われる死が跡を絶たない。勢多農の17歳女子、そして愛知では2人の女児の飛び降り。私は県議会で自分が関わった明子さんの事件をこの種の死が発生する度に思い出す。

 

 平成22年12月2日、私は県議会の一般質問で登壇し、新里小の上村明子さんの自殺問題を取り上げて訴えた。「このような問題を再発させてはなりません。事件が起きると大騒ぎし、冷めるとまた繰り返される。この連鎖を群馬で食い止めることが明子さんの死をいかす唯一の道だと信じます」。これに対して大澤知事は次のように答えた。「中村議員が指摘したようにその子どもは色々なサインを発信していたのではないかと思います。そのサインを学校現場がしっかりと受け止められたかどうかが最も肝要ではないかと思っております」

 

 振り返れば、いじめによる子どもの自殺を群馬で食い止めることは出来なかった。勢多農林の伊藤有紀さんの死に関しては、いじめに悩んでいたことを窺わせるメモ20数枚が見つかった。有紀さんから担任教諭に「クラスメイトから死ねと言われたと相談していた」とのこと。このサインをなぜ生かせなかったのか。

 

 愛知県の事件は小6女児2人の飛び降りで、その一人は校長あてに手紙を書いている。友人関係で悩み「ばか」、「あほ」などの暴言を吐かれ、「これはいじめですか」と校長に問いかける記述もあった。校長あての手紙を書くこと自体、女児にとって大変なこと。その内容と合わせて重大なサインであったと思う。

 

◇今回の勢多農生の死について、県議会ではこれから取上げられるのであろうか。誰がどのように切り込むのであろうか。県会議員の「劣化」を指摘する声がある。議会の活性化は一つには有権者の厳しい目にかかっている。有権者の視線が重要な役割を発揮する場面が選挙である。議会が形骸化し、選挙も空回りし、悪循環に陥っている。その極限の姿が無投票である。県都前橋が無投票かと一時は思われた。その「まさか」が避けられそうである。昨日このブログで「S氏が県議選に出馬」と書いたが、S氏とは清水澄氏のこと。激浪を漂う社会に危機感を募らせその思いを政策で訴える。外柔内剛の人で、若者に負けない一途さは過激にも思える。従来にない選挙で一石を投じる決意。私はここで毎週平和のミニ講義を続け第80回を数えた。清水氏とは政策で共鳴し意気に通ずるものがある。(読者に感謝)

 

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2019年3月14日 (木)

人生意気に感ず「前橋から更なる県議選候補者が。現職裁判官の政治活動。近づく南海トラフ」

 

◇地方統一選の季節が近づく中、連日県議選の記事が躍る。議員になり手不足という異常事態が進む状況下、県都前橋に新しい動きが起きている。一時は史上初の無投票かと思われたが、最近無名の新人が名乗りを上げ選挙戦が確実となった。各陣営が色めき立っていたところに、更に大きな波が起きようとしている。

 

 S氏は、今日記者会見をするから明日の各紙の記事を見て多くの人はアッと驚くことだろう。外柔内剛で信念の人は、国難県難の時にあたり政策を発信して一石を投じたいと燃えている。知行合一を信条とする過激な純粋さがどこまで県民に通じるか見ものである。

 

◇選挙は民主主義を支える柱である。政治への不信と無関心は極度に達している感がある。新聞が報じる数字の凄さにぞっとする。関東の県議選に限っても、三分の一超えの選挙区で無投票となる恐れが出ている。政治によって解決しなければならない課題は余りに多い。高齢化に伴う問題、近づく大災害等々。一票を投じたくても投じられない多くの人が足下が崩れていく恐怖を感じないとすれば、それこそ国難であり県難である。このような時、純粋な志で行動を起こそうとする数少ない人々の勇気を讃えたい。

 

◇天皇陛下の譲位が近づく中、現職裁判官の政治活動が波紋を広げている。裁判官とて一市民として政治活動の権利と自由を有する。しかし、特殊の立場からの一定の制約は免れない。その立場とは公平に裁判官の職務を遂行する職責である。それを妨げる、またはその恐れを一般に与える言動は慎まねばならない。

 

 名古屋家裁の男性判事は「反天皇制」をうたう団体の集会に参加していた。報道によればこの裁判官は、自らの身分を明かした行動もしていたらしい。それは、裁判所法が禁じる「裁判官の積極的政治活動」に触れる恐れがある。天皇制は日本国憲法が正面から認める国家統治構造の一環である。これに反対する信条を表に出し、行動する裁判官が国や自治体が当事者となる訴訟を公平、中立に裁けるか。この判事は過去に自治体が当事者となる訴訟を複数担当していた。

 

◇昨日、和歌山・徳島両県を中心に震度4、M5・2の地震があった。余りに多い最近の地震と異常現象の中で、この地震は南海トラフ型との関連を想起させる。当局はそれを否定したが、いよいよの感を抱かせる出来事である。(読者に感謝)

 

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2019年3月13日 (水)

人生意気に感ず「マララ招聘不可能に。上海師範大学教授団、東大に」

 

◇マララを前橋に招くことは不可能になった。予定は8月5日で、会場も確保し各方面の協力の下全力を尽くしてきた。パキスタン大使館、前橋市、広島市等。広島市は8月6日の原爆慰霊式に招待状を出すことも決めていた。広島市からの要請がマララさん来日にプラスに働くだろうというパキスタン大使のアドバイスであった。私は昨年、これを受けて前橋市の協力を得て広島の松井市長に会って協力の約束を頂くという経緯があった。特にお世話になったのは福田康夫元総理大臣で、私はその真摯な姿勢に接し感謝し、同時に学ぶところが大であった。

 

 マララさんが8月5日に前橋に来られなくなった最大の理由は、今月23日外務省主催の国際女性に急きょ出席になったことである。3月の来日に続け8月に来日することは不可能ということで、残された選択肢は今月の国際会議出席を利用して前橋まで来てもらうといことであった。福田さんは外務省を通してマララ財団に問い合わせてくださった。その回答は、不可能と分かった。マララさん滞在は2日間のみで、この間地方へは行けないことを外務省が確認したのである。

 

◇マララさん招聘は実現できなかったがマララさんへの思いと彼女の行動に対する理解を深めることができた。この企画のきっかけは、私が日本アカデミーで毎週行っている平和の講義で取り上げたことである。この事業は日本アカデミーの企画で、日本アカデミーと前橋市は包括連携協定を結んでいる関係で、マララさんの企画は前橋市の協力を得て進めていた。先日、私は山本市長にこの企画の経緯と結果を報告した。

 

◇上海師範大学の教授団が群馬県日中友好協会の関係で来月群馬県を訪問するが、その計画の一環として東京大学を視察したいという。東大を見たいという単純な動機が中心であるが、私の母校ということもあって、私の関連の所という要望になった。私がいた西洋史の研究室に連絡して承諾を得た。私は更に、中国の教授たちの本命は中国文化だろうということで、中国文化研究室にも連絡して話がついた。かくして、4月18日午前、私は王海陽教授を代表とする20人の教授団を案内することになった。せっかくの機会なので、更に工夫を重ねて充実した機会にしたいと思っている。安田講堂を前に東大紛争が質問されるかも知れない。(読者に感謝)

 

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2019年3月12日 (火)

人生意気に感ず「透析中止が意味するもの。怪奇な犯罪は。甦る大震災」

 

◇透析中止の女性患者死亡が報じられたばかりだが、都の同病院で透析をしないために死亡した人が20人も存在するということが分かった。殺人罪か否かという際どいことを病院の方針として行っていたとすれば驚くべきことだ。透析の問題に限定しなければ、医療が関わる生死すれすれのケースは無数にあるに違いない。人生百年時代に入りつつある現在、長い寿命を持てあます人が出ているのも事実である。しかし、天から与えられた命の重さは変わらない。新しい時代の死生観とその社会を支える哲学が求められている。それらと結び付いて社会を支える法制度も追いついていない。医は生命に直接関わるだけに、医療従事者の役割は増々重大となっている。私は医療従事者に生命、倫理の根本を教えることの必要性を痛感する。

 

 透析中止による「死者20人」は、この数字が氷山の一角であることを暗示しているかも知れない。そう思うとぞっとする。表に出して議論しないと山が崩れるような現象が生じる恐れがある。この問題の背景には医療界に於ける生命軽視の傾向があるのではないか。

 

◇今回の20人は終末期ではないと言われる。私の周辺にも透析の人はいる。大変らしい。そういう苦しい状態の人に「透析しない」ことを選ばせそれを貫いてしまうことに問題がある。揺れる心なのだから「撤回」も認めねばならない。「透析しない」の選択も家族を入れて慎重にしなければならないのは当然だ。福生病院の44歳女性は「透析しない」を撤回し、夫に助けを求めた可能性がある。夫はそれを示すメールに気付かなかったことを悔いている。

 

◇最近奇怪な犯罪が多い。世の中が狂い出している中での犯罪現象である。59歳の会社役員と若い女性の死が報じられている。致死量を遥かに超える薬物を飲まされたらしい女性は全裸で死んでいた。大量の薬物を男はどのようにして入手したか。薬物の世界は闇の中で果てしなく広がっているのであろうか。若い女性は騙されて飲まされたのか。享楽のために薬物を使用する流れが一般市民の間に及んでいるのか。

 

◇8年目の3月11日。東日本大震災、福島第一原発事故の思い出と共に。未曾有の原発事故は未だ終息していない。しかし、人々の関心は急速に薄れつつある。しかし大災害の足音が確実に近づいている。8年前の大災害を心新たにして見詰める時である。(読者に感謝)

 

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2019年3月11日 (月)

人生意気に感ず「7年前、原発反対集会の出来事。8年が過ぎた」

 

◇2011年3月11日14時46分のことであった。私は現職の県議会で、最後となる県議選の直前であった。鉛色の雲がたれこめていた。忘れもしない。突然天地を揺るがす轟音がとどろき、大地が鳴動を始めたのだ。一瞬、大地震ということは意識したが何が起きたのかは分からなかった。やがて全貌が明らかになった。振り返れば千年に一度とも言われる瞬間であった。東日本大震災と命名されたが、より深刻な事態は福島第一原発の事故であった。74年前の原爆投下にも匹敵する巨大事故であることがやがて明らかになった。

 

◇翌2012年、私は7期目の県会議員であった。この年の3月12日、高崎市の城址公園で「原発反対千人集会」が開かれ、私は自民党現職県議として参加した。翌日の赤旗は勇気ある保守系議員と小さく報じたが、その時の会場は私の登壇で騒然となった。赤い旗が燃えるように林立するあたりから大きな野次が湧いた。その声は「なぜ自民党の県会議員が。下りろ」と叫んでいる。覚悟していたが、私には千人の聴衆が皆敵に思えた。「黙れ」私はありったけの声で叫んでいた。「私は一人、文句があるならここに上がって来い、腰抜けめ」揺らめく旗に刺激されたか、私は激高していた。

 

 静かになった聴衆に向かって私は自分の原発についての考えを話した。意外にもどっと拍手が起きた。

 

◇後のある日、私は県立図書館のある職員にあの日の光景を載せたインターネットの動画を見せてもらった。タイトルは「中村議員に脱帽、ストックヤード、止めよう原発、群馬ネットウォッチ」である。それには次のような文が添えられているではないか。「勇気と潔さを心より讃えたいと思います。野次を消そうとしましたが、真摯な中村議員の姿勢の方が勝ります。卑劣で愚かな野次をあえて残しました」。私は長い県議生活で、勇気ある行動をとれなかったという思いがあるので、この「事件」は私にとって重要なのである。

 

 10日、また高崎の城址公園で原発反対集会が行われる。私は一般市民として参加するつもりだ。尚、今回はハンセン病の「人権の碑」建立の募金のピーアールも行う予定である。今、私の胸に7年前のあの光景が甦っている。福島に田中正造がいたらどう行動するかも関心事である。原発事故は21世紀の一大公害なのだ。(読者に感謝)

 

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2019年3月10日 (日)

小説「死の川を越えて」第173話

 

「皆さん、この湯の沢集落は、俺たちハンセン病の患者が助け合うために生まれ、助け合う歴史を重ねてきました。ある人は、この集落をハンセン病の光が出る所と申しています。ハンセン病の光とは人間の光だと思います。この乗車拒否は湯の沢集落が試されている問題です」

 

「そうだ。若いの、よく言ってくれた」

 

 この声と共に、どっと拍手が起きた。あちこちで賛成する叫びが上がった。それは、日頃、差別に苦しみ、世を恨む人々の声であり、また、正助の言葉に勇気付けられた人々の希望の叫びであった。

 

 正助が壇から下り、再び高田区長が議事を進めた。熱気に包まれた空気の中で議事は一直線に進んだ。「難渋している罪のない同病者を救うために一命を賭して解決に当たろう」と決議し、会社に改めて乗車拒否を止めること、そのために患者専用車の配備を求めること、これらを嘆願書にまとめて会社に訴える等が決められた。

 

 集会が終わって外に出ようとした時、正助の耳に突き刺さるような言葉が飛び込んだ。数人が興奮して話している。

 

「おい、嘆願書が駄目な時は、乗車拒否をたきつけた奴らを生かしちゃおけねえな」

 

「その通りだ。今、命を賭けてと決めたんだ。こっちが命を賭けるんだから、あっちの命ももらわなくちゃなんねえ。俺たちをなめるとどうなるか見せてやるべえ」

 

 誠に物騒な話である。正助は先程話した逮捕者を出さない運動のことを噛み締めながらその場を離れた。

 

 建物を一歩出た時、一人の紳士が正助に近づいた。驚いたことに明星屋の浴客であの嘆願書を作った水野という法学士であった。

 

「君の話は素晴らしかった。私は、人権ということを長いこと研究していますが、いや、生きた勉強になりました。これからも協力させて下さい」

 

 意外な言葉に正助は胸を熱くして水野の手を握りしめた。

 

 その時、人々をかき分けるようにして、さやとこずえが進み出た。

 

 さやが興奮した表情で言った。

 

「正さん、じんときたわ。涙が止まらなかった」

 

 さやがこう言うと、こずえが涙を拭いながら言った。

 

「私たちの心を皆に伝えてくれたのね。今日のこと、ご隠居様に詳しく話しますわ」

 

 正助は、人生の新しい道に踏み込んだことを感じた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年3月 9日 (土)

小説「死の川を越えて」第172話

 

「それがいい」 

 

 大きな声が上がった。前回、正助を実行委員に推薦した男であった。

 

「賛成」

 

 この声と同時に大きな拍手が起きた。正助は意を決して演壇に進み出た。正助は、大勢の人々を前にして、今や、大きな戦いの渦中にいることに身震いを覚えるのであった。その時、シベリアの恐ろしい海底洞窟の光景が頭をよぎった。すると不思議に心が落ち着き、身内に力が湧くのを覚えた。

 

「皆さん、冷静に情勢を分析して作戦を立てるべきです。俺はいろいろ調べてみたんです。会社が約束を破ったのは、温泉街が望んだからなんだ。町は、1人でも多くの客が欲しいだけなんだ。俺たちハンセン病患者に同情する人なんていないと思って頑張らなければならない。同情をあてにしたら増々みじめになるからだ。ハンセン病は恐いという世間の無知と偏見を商売のために利用しているんだ。俺たちの前には、こういう厚い壁がある。力を合わせてこれを破らなければならない」

 

「そうだ」

 

 あちこちで声が上がった。

 

「俺たちには、自治会という組織がある。税金まで納めている。こういうところは、世界中ないそうだ。この組織の力で戦うべきです」

 

「この組織の力で、差別と偏見を打ち破るのです。俺たち患者は、1人1人では弱い。しかし、団結すれば世間を動かす力を出せる」

 

正助はきっぱりと言った。

 

「俺は朝鮮で、逮捕者を出さない大衆運動の凄さを見ました。こういう運動は、この集落だから出来ます」

 

 正助の話し方は次第に演説になっていた。朝鮮の話をした時、正助は人々の目の色が変わったことに気付いた。正助は既に闘いが始まっていることを意識した。

 

「皆さん、俺たちは金が目的ではない。遠くからやって来る哀れな同病を助けるためだ。これは差別との闘いです。人間は平等だということを獲得するための闘いです」

 

 正助の胸には、生生塾で万場老人が人間の平等ということを熱心に説いた姿が甦っていた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年3月 8日 (金)

人生意気に感ず「留学生の卒業式、スピーチに感激。透析を外した医師の責任」

 

◇NIPPONアカデミー内、3学院合同の卒業式は民族躍動の舞台であった。3学院はNIPPON語学院・NIPPON文化学院・NIPPON平和学院である。およそ400人の若者がぎっしり詰めた情況がいやが上にも雰囲気を盛り上げていた。西はアフリカのカメルーン、東の果てはブラジルとほぼ地球的規模である。

 

 カメルーンのグループが私の視線を惹きつけた。真黒い肌の人たち。現在「平和の講義」で「アンクルトムの小屋」をやっていることもあって、失礼なことがあるが、かつての黒人奴隷を想像してしまった。しかし、私のその連想は直ぐに吹き飛んだ。女性を含めたこの若者たちの姿は魅力的なのだ。知性と誇りが滲み出ていた。しかるべき環境で育った人々で、将来故郷で指導者になる人々であろう。私は自分の偏見を恥じながら遠いアフリカの光景を想像した。カメルーンはかつてフランス領であった。

 

◇3学院の代表の挨拶が立派だった。ある若者はコンビニのアルバイトの経験で母国との文化の違いを知ったと語った。またある者は日本人は親切で礼儀正しいと振り返った。インドネシアの巨漢留学生には度胆を抜かれた。ノー原稿で簡潔に話し始めたが、突然「皆さん宣言します。ここでの勉強を生かして人生を全力で・・・」と大音声で訴えたのだ。隣の役員が「将来の政治家ですね」。激化する国際化の中で、外国人との共生、追われる日本、しぼむ日本の若者。様々な思いがよぎった。

 

◇東京都の公立病院で透析を患者の意思に反して医師が中止したと取れる事態が発生。先日、私が触れた厚労省のガイドラインにも反する可能性が高く、厳密には殺人罪にも当たる行為だ。「とうさんたすけて」ととれるメールを残していた。夫は「気づけば助けてやれた」と悔やむ。小説のような展開で、生命に関する深い洞察力を欠いた医師の生命を軽視する姿を想像してしまう。複数の死期が迫った患者の延命措置を外した医師の行為が殺人罪として問題になったことが甦る。厚労省は最終段階の決定に関しガイドラインを示したが、その根本は人間の尊厳を尊重する点にあった。

 

 今回の事件で医師は透析中止の確認書に署名させていた。女性患者はその意思を撤回しようとしていた。混乱する情況で患者の真意を確かめることは難しい。この事件は大きな社会問題に発展するに違いない。(読者に感謝)

 

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2019年3月 7日 (木)

人生意気に感ず「外に出るゴーンのみじめさ。中国全人代。元号の歴史」

 

◇ゴーン前会長が保釈された。逮捕から108日、保証金10億円。工事作業員のような上着と帽子、マスクで変装。私の周辺からは「まるで凶悪犯のようにコソコソしている」という声が聞かれた。保釈の条件は厳しい。住居は東京都内に限られ、その出入口には監視カメラがつけられ、携帯電話、メールも禁止、パスポートは弁護士が保管するという。

 

「地獄の沙汰も金次第」という諺が日本にはあるが、司法の沙汰も金次第とならぬよう、厳正な裁判が行われることを願う。無罪請負人といわれる弘中一郎弁護士が弁護団に加わった直後の裁判所の変化である。「日本はゴーンになめられていた」という声がある。日産を私物化して金をむさぼり放題という感があった。これを放置してきた株主の在り方にも大きな問題があると思う。日本人が草食動物とすれば、ゴーンのあの悪人面は凶悪な肉食獣を思わせる。企業のグローバル化が進む中、ゴーンの事件は余りに多くの課題を日本人に突きつけることになるだろう。

 

◇中国の全国人民代表大会(全人代)が開幕した。中国は今、内憂外患の危機にある。既に打ち出している中国の特色を活かした社会主義の行方はどうなるのか。共産党の一党独裁を支えるものは経済の発展であるが、それが現在厳しい局面に立たされている。これが「内憂」である。そして、「外患」とはアメリカとの対決である。独裁国家の対応は速い。中国の変化はただちに日本に変化を及ぼすだけに全人代から目が離せない。

 

 壇上の季克強首相の表情は厳しかった。内憂の経済に対しては「景気対策」に並々ならぬ重点を置くことを訴え、外患である米中対立については「約束したことは真摯に履行する」と強調した。日本の頭上で米中の綱引きが行われている。中国の「内憂外患」は米国にとっての内憂外患でもある。米中の対立は両国にとって限界にきている。米中対立の微妙な変化はただちに米中の株価、そして日本の株価に影響を与えている。私は群馬県日中友好協会会長として全人代の動きに注目し、それが群馬の経済文化に直結していることを痛感する。

 

◇今月の「ふるさと未来塾」は「元号の歴史」を話す。最初の「元号」は大化だった。大きな出来事を元号に結び付けて振り返ると実に面白い。蒙古襲来の「文永・弘安」、戦国時代が始まった「応仁」、浅間の大噴火の「天明」など、全て中国の古典からだった。目前の新元号は。(読者に感謝)

 

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2019年3月 6日 (水)

人生意気に感ず「東京医大不正入試の意味。大震災は序曲。楫取素彦顕彰会」

 

◇東京医科大の不正入試問題で第三者委員会の調査結果が公表された。この問題が発覚した時、「まさか」とか「やはり」という大きな衝撃が社会全体に走った。今回の「公表」は薄れかけていた衝撃を甦らせるものだった。私は、医に対する信頼を根底から揺るがす重大事件だという認識を新たにした。

 

 臼井前理事長のメモに記された10人が全員合格し、これらは多額の寄付をしていた。合格発表前に特定の受験生の保護者にこの理事長は多額の寄付金を要求していた。「入学したらドカンと追加して下さい」、メールでこう要求したという。

 

 なぜこの問題が大変なのか。命を預ける医師への信頼に関わるからだ。手術に際し「この医師は裏口入学か」という疑念が生まれたらたまったものではない。今日の社会は全てが偽物で、騙し合いだという声があふれる中、「医師よお前もか」ということをこの事件は突きつけている。

 

◇東日本大震災から間もなく8年となる。史上空前の大災害が風化の危機にある。このような状況では最大限の教訓を引き出すという課題も期待できない。社会全体が激流に流される中、私たちは今こそ踏みとどまってあの時を頭に甦らせねばならない。

 

 あの災害が至上空前なのは「原発事故」を伴ったからだ。それはまだ終息していない。大震災直後、これは来るべき更なる大災害の序曲だと言われた。その後の各地の地震状況は序曲であることの真実性を思わせる。

 

 本県は最も安全という認識が広く支配している。「安全神話にあぐら」という表現にも人々は関心を示さなくなっている。私は県会にいた頃、弘仁9年の赤城山麓の歴史的地震を例に挙げて度々警鐘を鳴らした。また、このブログを利用して貞観の巨大地震に触れ、原発事故が人災であることを訴えてきた。

 

 平成が終わる。新元号と共に目前に迫った新時代は巨大災害の時代として歴史に刻まれるかもしれない。警鐘を鳴らすべき鐘の一つは県議会であるが、巨大な鐘は打つべき人がいない状態である。目前の県議選からはテーマが聞こえてこない。近づく災害に身を挺するサムライはいないのか。

 

◇4月6日に楫取素彦顕彰会を行うことになった。地下で初代県令楫取素彦は今日の群馬県の状況を憂えているだろう。今こそ、歴史の原点を見詰める時である。(読者に感謝)

 

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2019年3月 5日 (火)

人生意気に感ず「人権の碑の共感広がる。セブン1円の借金返す。日中友好協会の臨時理事会」

 

◇草津楽泉園に建てる「ハンセン・人権の碑」への共感が広がっている。連日、事務局に温かい励ましの言葉や募金が寄せられている。殺伐さが感じられる昨今の世相の中で救いを覚える。碑文の最終チェックの段階で次の一文を加えることを提案した。国を相手にした訴訟で勝利したことに続く部分である。「この勝利を私たちだけのものにすることは許されません。社会に存在する不当な人権侵害を克服するための大切な一歩にしなくてはなりません」。全体の文は小学生にも理解できる平易さを心掛けた。3日、楽泉園で最終的な会議があり、九州からも重要な役割の方が参加される予定である。

 

◇コンビニ最大のセブンが営業時間短縮を検討する方向である。背景は深刻な人手不足である。この現象は今後加速するに違いない。私が関わる日本アカデミーの生徒も各地のコンビニでアルバイトをしている。「いらっしゃいませ」、「またおいで下さい」という挨拶言葉も7板についてきて微笑ましい。ネパール出身のO君は私の家の近くのコンビニで深夜に働いている。早朝、女性2人だけの対応を見て強盗に襲われたらと心配することもある。

 

◇最近一円を借金するという貴重な体験をした。私の毎朝の日課の一つは走ることであるが、コースのコンビニによく立ち寄るのである。店員の女性ともなじみになっている。先日2・3の買い物をしたら1円不足である。品物を減らそうとしたらこの店員さんは「私が」という。「では貸しておいてください」ということで借金契約が成立した。異例なことで、店員は就業規約違いになるのだろう。私は翌日御礼を言って1円を返済した。1円の重要性と市民に身近なコンビニの温かさを体験した出来事であった。

 

◇1日、群馬県日中友好協会の臨時理事会が開かれた。中国大使館が重視している中国視察などが議題であった。米朝会談が劇的に行われた直後である。中国はしたたかに世界戦略を進めている。トランプ、金正恩、習近平、プーチン等の権謀渦巻く様は三国志の世界を連想させる。私は会長として「日中の役割、特に日本の役割は増々重要となりました」と述べた。

 

 群日中は、両国が尖閣で火花を散らす最悪の状況下で船出して、民間交流の実を上げてきた。理事会には県書道会代表も出席した。最近の書道を通した交流は大きな成果だった。(読者に感謝)

 

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2019年3月 4日 (月)

人生意気に感ず「県議選の行方。しつけにも体罰禁止。中国人口減少」

 

◇四月の県議選の姿が浮かび上がってきた。混乱、激動の時代にあって、地方は社会安定の要である。イギリスの諺に「地方は民主主義の学校」というのがあるが、それを深刻に実感する昨今である。「地方の時代」、「地方創生」などと言われて久しい。それにも拘わらず地方は活力を失い続けている。その原因の一つは地方議会の形骸化である。市・町・村議会のレベルでは立候補者が少なく、中には選挙が成立しない所もある。これは民主主義の危機である。「県議選よ、お前もか」と恐れていたが、主要都市は選挙が行われる様相となっている。県都前橋市も選挙戦の公算である。昨日、渦中の人大畠氏と偶然に会ったら改めて決意を示し、「24年間の公立小の経験から次代を担う教育こそ最重要事、一石を投じたい」と語っていた。

 

◇保護者による体罰禁止が法に明記される。親のしつけが大きく変わることに世の中の変化を感じる。児童虐待防止法が改定されるのだ。きっかけは最近の信じ難いような虐待が契機である。船戸結愛ちゃん、栗原心愛さんなどの悲惨な死は国会でも激しく議論された。「しつけでやった」と供述する事件は続発し跡を絶たない。改正案は「児童のしつけに際し、体罰をもって懲戒してはならない」とする。

 

 どういう行為が体罰に当たるのかは難しい。親は萎縮してあらゆるしつけができなくなる恐れがある。若い両親が子どもをしっかりしつけることが増々難しくなる。核家族が進み、地域の連帯が薄くなっている。一方で、混乱と激動の社会で強く逞しい子どもを育てる必要は急務である。社会全体で子どもを育てるという自覚を社会が深めていかねばならない。

 

◇超人口大国の中国に巨大な変化が生じている。一人っ子政策は完全に廃止されたが出生数は増えない。受験社会でもある中国では教育に金がかかる。私の周辺の中国人の話でも、2人以上の子どもを作ろうとしないらしい。日本の少子化が大変な状態だが、中国はそれ以上らしい。子どもを産んで育てることは、特に女性にとって負担が大きい。楽な生き方に慣れてしまった女性の姿であろうか。日本も中国も女性の姿は細く美しい、子どもを産む逞しさは感じられない。中国には高齢化の波が迫っている。巨大国家は小回りがきかない。日本がアドバイスできることは多い。米中の間に立って日本はしたたかに生き延びねばならない。

 

 

 

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2019年3月 3日 (日)

小説「死の川を越えて」第171話

 

電鉄会社は、これを受けて、軽井沢からのハンセン病患者の乗車を徹底的に拒むようになった。会社の営業規則は一般乗客の安全と快適な輸送を旨としていた。ハンセン病は恐いという当時の風潮からすれば、ハンセン病の感染は乗客の安全を脅かす事態であり、乗車拒否は会社としても当然と言えた。電鉄の社長川村銀治は、元来一般乗客の安全を会社の社会的使命と考えていたが、国や県から働きかけがあったため、不本意ながら「軽症者」については寛大な処置をしぶしぶ認めたのだ。

 

 ところが、草津までが全線開通になって事情が変わった。より多くの一般客が押し寄せることになった。そこで会社は、乗客の安全に関する社会的使命が格段に大きくなったと受け止めるようになった。これは、無理のないことであった。そこに、草津町からの乗車拒否を求める強い要請である。

 

 社長は、我が意を得たりと社員に命じた。

 

「営業規則を実行せよ。ハンセン病を乗せるな」

 

 しかし、湯の沢集落側の状況判断は、これと全く異なっていた。患者の受け止めは、自分たちは迷信、誤解、偏見、差別の犠牲者であった。遺伝病というのはとうの昔に医学的に否定されている事実である。伝染力も非常に弱い。この度、県と国が理解を示して軽症者に寛大な処置をとるに至ったのは、その証拠ではないか。なのに鉄道会社が約束を守らないのは何事か。人々の怒りは増すばかりであった。

 

 昭和2年5月、新たな状況に対して住民集会が開かれた。真宗の説教所は溢れる人の熱気で満ちていた。高田区長は、県と内務省に嘆願した経緯を改めて説明した。

 

 すると様々な意見が飛び出した。

 

「会社は約束を破った。それを黙って許すのか」

 

「我々の同病が軽井沢から歩いている。足に傷をつけ、凍傷に罹る者もいる。仲間を見捨てるのか」

 

 ここで区長が立ち上がって言った。

 

「私は、今、実行委員として県と国に行ったことを報告しました。ここにもう一人、若手の実行委員がいる。下村正助君です。県でも、内務省でも、実は正助君の働きが大きかったのです。正助君には、大陸の経験もあり、私たちにはない深い考えを持っているようです。正助君の意見を聞こうではないか」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年3月 2日 (土)

小説「死の川を越えて」第170話

 

 内務省へ行くと話が届いていて、担当の係長が応待した。本省の役人と言えば大変なものだと聞いていた区長はこちこちになっている。しかし、役人の印象は意外に気さくそうである。

 

「ああ、皆さん、湯の沢から大変遠いところを御苦労様です。どうぞ、どうぞ。私が担当の係長です。皆さんの所からは木檜泰山先生が出ておられ、私は大変お世話になっています。嘆願は上にあげ、よく検討致します」

 

 一同は、役人の温かい対応にほっとした。このように、県と国に対する陳情は予想外にうまく進むように見えた。ハンセン病の患者が世間から差別され、居場所もなく、彷徨う時代なのである。それが、ハンセン病の自治組織の仕事として、県や国に対して直接に行動を起こして嘆願書を届けたのであるから、正に前代未聞の出来事であった。効果は直ぐに現われた。会社側から「軽症者の乗車については寛大な処置を執る」との回答がなされたのだ。湯の沢部落に歓声が湧き起った。

 

 しかし、事は、予想した通りには進まなかった。

 

 大正15年(1926)9月19日、軽井沢、草津間の電鉄は、遂に全線開通した。草津は上信越線を活かすことも可能となり、町の発展にとり画期的な出来事であるから、町をあげての祝賀会が行われた。

 

「天皇陛下が重体なのに、こんな祝いをやってよいのかのお」

 

 祝賀会を見る人山の中からこんな声も聞かれた。 

 

 事実、大正天皇は長いこと重体で、1124日の県議会では、森山抱月の提案で、一日も早い平癒を願う決議がなされた。しかし、その甲斐もなく、天皇は間もなく大正151225日、世を去る。大正は終わり、昭和元年となった。交通は人体の血管に等しい。草軽鉄道は正に動脈である。新たな血液が流れ込む。閉ざされた秘境が一変することが予想された。ところで、人の流れの変化、町の発展は、ハンセン病の人々に大なる影響を及ぼさずにはおかなかった。

 

 温泉街の人々は、新たな動脈が汚れることを恐れた。つまり、ハンセン病の患者の乗車が一般乗客に恐怖感を与え、ひいては草津町の発展を妨げると考えた。そこで、草津の温泉業者が中心となって、草軽電鉄に患者の乗車拒否を強化するよう働きかけた。このような状況の下、

 

「よその人間は、ハンセン病を見るともう来なくなる。電車にも乗らなくなる」

 

 こんな声が多く聞かれるようになったのだ。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年3月 1日 (金)

人生意気に感ず「米朝会議の怪。窮地に立つトランプ。県議選の行方」

 

◇昨日(28日)は、日本も含め世界の目がベトナムのハノイに釘付けになった一日であった。ベトナムはかつて激しい戦場であった。アメリカはアジアのこの小国に勝てなかった。その前はフランスが敗れた。私の幼い頃はベトナムの地図は仏領インドシナとあった。今、ここで北朝鮮の金正恩とトランプがテレビの画面上、対等の姿に映しだされている。このような光景は、一般の目には小国にして非道の国に対して、民主主義の超大国が大きく歩み寄ろうとしているかのように見える。アメリカが大きな成果を掴めなければ、アメリカは外交上大きな敗北になる。私はそう思って米朝会談の動きを注目した。時を同じくしてアメリカではトランプ大統領を窮地に追い詰める事態が展開していた。

 

◇米朝会談は予定した成果をあげることができなかった。非核化の実現等を約束した署名文の作成も共同記者会見もなく、両首脳は去って行った。不明の部分は多いが、私の目にはアメリカ敗北と映る。

 

◇トランプ大統領の10年来の腹心だった元顧問弁護士コーエンが議会で行った証言は衝撃的だった。「2016年の大統領選出馬は自分のブランドを高め、富と権力を得ることが目的で、国を率いる意志はなく勝利もまったく予期していなかった」と証言し、「人種差別主義者、詐欺師、謀略家だ」と事実を挙げて非難した。全てが真実とすれば信じ難いが権威ある議会の公聴会に於ける証言である。私はかつてニクソンを失脚させたウォーターゲート事件を想像した。この証言が今後どのように発展するか、それはアメリカの民主主義が問われる姿である。巨大な歴史の歯車が回る瞬間ではなかろうか。

 

◇昨日(28日)、自民党控室へ行った。本会議中の昼休みであった。間もなく始まろうとしている県議選の緊張は感じられない。ある幹部議員は「前橋は選挙になりますか」と訊いた。私に訊くのもおかしなことだが、「ブログを見ました」と言う。この日は候補予定者の県議選説明会の日で、O氏も出席した。無風と言われた前橋が一転して選挙戦の風が吹こうとしている。その風はどんな意味をもつのか。どんな効果と結びつくのか私は見守るだけである。

 

◇今日はある私立校の卒業式に出て、その後日中友好協会の臨時理事会を行う。日中の関係は増々重要である。(読者に感謝)

 

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