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2019年2月 3日 (日)

小説「死の川を越えて」第162話

 

 鄭が軽井沢で乗車拒否に会い、こういう男に誘われて馬で来たと説明すると正助が苦々しげに言った。

 

「又八というダニのような男です。駅の乗車拒否を悪用しているのです。それにしても乗車拒否は酷すぎます。電車という公共の事業が公然と差別をしているのです。黙っていたら差別を認めたことになる。いずれ大きな反対運動が起きると思います」

 

「韓国で大衆運動を見ている正助君の意見ですね。同感です。私も日本へ来て、先程、初めて乗車拒否を経験しました。差別ですよ。権利は戦わなければ実現できぬ。弱い立場は、団結せねば何も出来ぬ」

 

 鄭はそう言って、鋭い視線を正助に投げた。これを聞いて万場老人が言った。

 

「その通りじゃ。日本でも富山の米騒動は大きな威力を示した大衆運動であった。新聞が越中女一揆と書いたので全国に広まった。正助が関わったシベリア出兵が始まる年で、その五年後に関東大震災が起きた」

 

「そうでありました。あの大震災では朝鮮人が大きな被害に遭って、皆さんに助けられました。心からお礼を申します」

 

「なんの、なんの。正助が朝鮮であなたに助けられたことに、先に礼を言わねばならぬ」

 

 馬車の中でお互いの話は尽きなかった。

 

 遠来の客の宿は、正助が働く山田屋と定めてあった。一行は先ず、万場老人の家に落ち着いた。

 

「湯川生生塾ですか」

 

 鄭はしげしげと看板を見て言った。それから湯川を覗き込み、いかにも感慨深げである。

 

「この流れがふもとの白砂川に合流しているのですね。明霞よ、よく見よ。私は、この先の白砂川の高い崖から落ちて、お前の母お藤に助けられた。前にも話したが、この川を見て実感が湧くであろう。この流れは、鉄も溶かす死の川なのだ。人間の一生はこの流れのように厳しいものだ。お藤の一生も実に激しかった。お藤の助けがなければ、私もお前もここにいない。人の縁は実に不思議です。いや、皆さん、つい昔を思い出しておしゃべりをしました」

 

 人々は、川の渕で不思議な話に身動きもせず聞き入っていた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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