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2019年2月25日 (月)

人生意気に感ず「多胡碑書展・碑は語る。ふるさと未来塾で人生の最期を」

 

◇23日(土)は極めて多忙な一日だった。朝10時開会の多胡碑群馬書作家展の開会式と夜の「ふるさと未来塾」。その間にいくつかの重要な会議等があった。多胡碑記念館には少し早く着いたので改めて碑文を味わった。「弁官符す。上野国の、片岡の郡、緑野の郡、甘楽の郡、併せて三郡の内、三百戸を郡と成し、羊に給いて多胡の郡と成せ」朝廷は三つの郡から三百戸をさいて多胡碑をつくれと命じた。すり減った石文の陰に壮大な古代史の世界が想像される。私は挨拶で述べた。「今年は間もなく元号が変わります。一層の激変の時代となりますが、伝統の書の文化は守らねばなりません。この記念館で書道展が開かれる意義は誠に大きいと思います」

 

 初代県令楫取素彦は碑に刻まれた書を高く評価した。碑亭の前に県令の歌があった。「深草のうちに埋もれし石文の世にめずらるる時は来にけり」

 

◇「ふるさと未来塾」は、テーマ「最良の介護、最良の最期」に力を入れた。いつもと違ったテーマに40人以上の人が熱心に耳を傾けた。誰にとっても自分と直結する課題なのだ。

 

 私は、最近厚労省が出した「人生の最終段階に於ける決定のガイド」を説明した。これは人がどのように最期を迎えるかに関することで、具体的には延命治療を中止できるかということである。もちろん医師が重要な関わりをもち、医師は一歩間違えれば殺人罪に問われる。殺人の定義は故意に人の死期を早めることだからである。私はかつて富山県の医師が末期がん患者等7人の呼吸器を取り外した事件を紹介した。医師等は不起訴となったが、厚労省のガイドラインはこの種の問題と繋がるのである。

 

 この改訂ガイドラインは驚くべきものである。なぜなら一定の要件の下で、本人の意思が確認できない場の延命治療を明文化したからである。つまり、本人の意思が確認できる場合、あるいは本人の意思が確認できない場合でも。家族らの話などから本人の意思が推測できる場合には医師側との合意で延命治療を中止できる旨を明文化したというもの。

 

 前記のように「殺人」との境界に関わる問題が「推定できる場合」というあいまいなラインに任せてよいものか。解釈によって広がってしまう恐れがないか。人間の尊厳に関わる問題だけに大いに心配だ。研究しようと思う。(読者に感謝)

 

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