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2019年2月22日 (金)

人生意気に感ず「ある日の中国大使館・友情の絆。ふるさと塾は『理想の最期』」

 

◇21日午後、群馬県日中友好協会は会長の私を含め数名で中国大使館を訪ねた。協会のこれからの事業の中で大使館と協力するものがいくつかあり、その打ち合わせである。汪婉大使夫人が対応された。私は近況を説明する中で、近著「死の川を越えて」を贈呈し、小説の中味であるハンセン病の歴史を語った。小説の背景は満州事変から太平洋戦争に至る戦争の時代である。ハンセン病患者は戦争遂行の妨げとされ強制隔離された。今、草津ではハンセンの元患者の慰霊のため「人権の碑」の建設が進められている。このような私の説明に汪婉さんは熱心に耳を傾けておられた。小説の中に、福田元総理をモデルにした人物が登場することには特に興味を示しておられた。会談が終わると大使夫人は先に立って私たちを五葉松へと案内した。中庭の広い芝生の一画に私たちが植えた松はしっかりと根付いていた。その根元に据えられた石には「友情の絆を」の文字が刻まれている。文は私が選び文字は福田康夫元総理が揮毫した。

 

 日中の絆は長い歴史の過程が育んできた。今、日中は大きく変貌しつつある。絆の真価が問われる時がきた。「友情」には、それへの思いが込められている。真の友情は対等で互恵でなければならず、緊張に耐えるものでなければならない。米中の対立が激化する中で日本の役割は格段に大きくなった。友情の絆は真価が問われると同時に試練の時を迎えている。松と石は、無言でそのことを訴えている。

 

◇今月の「ふるさと未来塾」が明日に迫った。テーマは「理想の最期」。私の死生観も語ることになる。厚労省は人生最終段階の医療及び介護をいかに決定するかについてのガイドラインを改定した。それは驚くべき重さをもって私の胸に迫る。死とは何か。理想の介護とは何か。そして、理想の最期はどうあるべきか。人間の尊厳が凝縮された形で「死」に懸っている。私は78歳で毎日走ってほとんど疲れを感じないが、いつ何が起こるか分からない。そういう状況の中で人生100年の流れに飛び込もうとしている。待受けるのは冒険の世界である。良い介護、良い医療は100年の森を進む手段である。何を選択するかは自分の情報力に懸る。医療技術の進歩には目を見張る。それをながめるだけか、有効に利用し得るか。それを死生観につなげたい。(読者に感謝)

 

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