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2019年2月17日 (日)

小説「死の川を越えて」第167話

 

 これを聞いてある男が言った。

 

「正助さんは、県議会に呼ばれて、この湯の沢集落のことを説明したそうですね。また山田屋に県会議員が来たことも聞いている。どういうことになっているんですか。そういう筋は、この際助けてくれるんですかね」

 

 正助は、ここが大事なところと決意して語った。

 

「みんなに説明する機会がなかったのですが、俺はある県会議員に呼ばれて議会に行きました。そして、県会議員の中には、俺たち湯の沢の患者に同情している人が多いことを知ったんです。そして、湯の沢は、自治会があって選挙で役員を選び患者は助け合って生きている、税金も払っていると言ったら驚いていました」

 

 人々の間に驚きの空気が広がった。正助は人々の表情を見て気付いた。それは、この集落にとって非常に重要なことを部落の人に知らせないできたことだ。隠すつもりは少しもなかったが、何か新しい突出したことは理解してもらいずらいという村の伝統的な空気を知っていたからである。また、自分の手柄話をすると受け取られるのも嫌だった、自治会の役員でもないのに生意気だという人もいるだろう。そんな思いもあった。今日は良い機会で自然に話すことが出来たし、素直に受け止めてもらえたらしい。そう思うと正助は嬉しかった。

 

 会議は正助の発言を容れて動いた。改めて住民集会が呼びかけられた。集会は、日頃住民の集会所としても使われていた真宗大谷派説教所で行われた。ここで、県当局及び内務省に嘆願書を提出することが決議された。

 

 実行委員には区長の高田仙蔵等が先ず選ばれたが、会場から声が上がった。

 

「県や内務省に行くのなら、若いけど正助君を実行委員に入れるべきです。強く推薦します」

 

 異論はなかった。正助は、ここまで来れば遠慮せず、集落のために役立つことをしようと決意を固めた。嘆願書起草委員を選ぶことになった時、明星屋の主人が手を上げて言った。

 

「うちの客に偉い法律の先生がいます。水野高明さんを推薦します」

 

 こうして起草委員には水野という学者が選ばれた。湯之沢には、このような異色の人物が珍しくなかったのである。正助の頭には万場軍兵衛のことが浮かんだが、先生は表に立つことを望まないだろう。また、明星屋の主人がわざわざ推薦した以上は、それに従うべきだと考え異を唱えなかった。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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