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2019年2月28日 (木)

人生意気に感ず「巨大地震の兆しか。政府の発表の弱腰加減。トランプと金。パキスタンとインド」

 

◇北海道厚真市で21日、震度6弱の地震があったばかりである。政府はこの度太平洋の日本海溝沿いの大地震について公表した。このような重なる地震情報によって衝撃が走っている。誰もが8年前の巨大地震を想像して、「またか」あるいは「まさか」と動揺している。

 

 地震調査委員会は、岩手県沖、宮城県沖、福島県沖などの各地の発生率を東日本大震災後の調査と比べ大幅に引き上げた。0%から20%に、10%から50%にと。中でも驚くのは宮城県沖では「M7~M7.5」が起きる確率を90%としていることだ。

 

 これらの海溝一帯で、無気味で巨大な動きがあるに違いない。

 

◇更に、ここに記しておくべき注目点がある。それは11年の震源域の北と南での超巨大地震の可能性である。調査委は「可能性は否定できない」としながらデータ不足を理由に慎重な姿勢を示した。私の素人の想像からすれば、あれだけの史上稀な超巨大地震が隣接域に影響を及ぼさない筈はない。調査委が「可能性は否定できない」と言っていることから尚更心配である。当然ながら別の専門家は調査委の及び腰に批判的である。島崎東大名誉教授はデータ不足を理由に最悪の事態から目を背けてはならないと指摘し、「11年発生域の北と南で別の超巨大地震が発生しうることをもっと前面に出して伝えるべきだ」と訴える。

 

 この島崎氏の危機感にはある根拠がある。それは、11年の超巨大地震の前に大津波の危険を予測したが、「過去に確認されていない。根拠不足」として重視されず、対策をたてられないまま大事故を迎えてしまったことだ。

 

◇政府がパニックを恐れて慎重になるのは分かるが、あれだけの巨大災害を最大限教訓に活かすためにはもっと工夫があってしかるべきではないか。最悪事態の可能性を「警告」として国民に知らせることは、国の最小限の責任ではないかと思う。東日本大震災の福島第一原発事故については国会、民間の両事故調査委員会がいずれも「人災」と結論付けたが、その主な論拠は安全神話に胡座をかき、事故は想定可能であったにも拘わらず対策を怠ったという点にあった。二度と過ちを繰り返さないために私たちは自然のサインに対して謙虚でなくてはならない。

 

◇トランプと金正恩の会談が世界の注目を集めている。北の核放棄は実現するか。インドとパキスタンが危ない状況だ。両国は核保有国だから対応を間違うと大変だ。(読者に感謝)

 

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2019年2月27日 (水)

人生意気に感ず「県議選に新人か。スピーチコンテスト。藤田三四郎さんと」

 

◇県議選の季節である。県都前橋の無投票は避けられそうである。来月早々に大きなニュースとなるだろう。県都の県議選が無投票なんであり得ないと考えていた。私は8回の激しい選挙を戦った。振り返ると感慨深い。理想を単純に信じて飛び込んだ政治の世界であったが、議会活動には失望することが多かった。私は現実を前に民主主義とはこういうものと自分に言い聞かせた。民主主義は理想であるから現実と一致しないのは当然で、政治の役割はその距離を縮めることにある。

 

 しかし、選挙には熱い真実があって、これこそ民主主義の一端と思わせるものがあった。それは民衆との接触であった。有権者は打てば響く太鼓である。打たないから響かない、打ち方がまずいから響かない。県都の有権者は私の話に耳を傾けてくれた。虚像の世界ともいえる一面がある政治の世界で有権者に必死に接した。その中で様々な人に接し多くのことを経験した。

 

 過日私を訪ねた夫婦があった。奥さんの方は何と昔の中村塾の教え子であった。数十年の時の経過はたちまち消えて昔の寺子屋のような場面が甦った。県議選に出馬するというのだ。私は当選は難しいことを話し、現実は甘くないことを説明したがお二人の決意は固いようだ。県都の選挙が無投票となることを阻止したいという。その通りであるが、私としては何も出来ない。多くの有権者には選挙の意味を考える材料となるだろう。

 

◇今日は、私が名誉学院長を務めるNIPPPONアカデミーでスピーチコンテストがある。私はここで挨拶をした後、平和の講義をする。毎週の「へいわ845」を舞台を移してここで行うのだ。人種差別の問題を「アンクルトムの小屋」を材料にして語るつもりである。

 

◇この平和の講義の後、草津へ飛ぶ。「人権の碑」建立の問題がかなり煮詰まってきた。今日の会議では碑文の最終確認や募金の状況その他が議題となる。会議を仕切る藤田三四郎さんは先日93歳の誕生日を迎えた。重要な場面で的確な判断を示す。認知症は、この人の場合無縁に見える。ハンセン病と闘った激しい人生がこの人の心を支えている。人間は精神の動物。人間とはかくなるものと思わせる。「人権の碑」はこの人のライフワークとなることだろう。(読者に感謝)

 

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2019年2月26日 (火)

人生意気に感ず「シベリア女性抑留者の新たな資料。近づく大地震」

 

◇シベリア抑留に関し女性抑留者の名簿が発見され注目を集めている。資料はモスクワの公文書館にあった。私は平成17年、シベリア強制抑留に関し「望郷の叫び」を書き上毛新聞から出版した。前年2名の元抑留者と共にシベリアの強制収容所跡地等を訪ねて取材した。前橋市出身の元抑留者のSさんは、夏草が繁る中で「俺だけ帰って悪かった」と号泣した。Sさんの前には「日本人よ静かに眠れ」と書かれた白い墓標が建っていた。Sさんは数年前に亡くなり、私はこの光景を胸に描きながら弔辞を読んだ。

 

 私はハバロフスクの国立文書館で貴重な資料を手にすることが出来た。「スターリン大元師への感謝状」である。帰りたい一心でスターリンを歯が浮くような言葉で讃え、逆に日本を強盗とおとしめた文章である。自虐の極致、私は奴隷の心だと思った。この文書はいくつかの好運が重なり、そのコピーを得ることが出来た。上層部の判断を仰ぎ、中村紀雄が国外に持ち出すことを許可するという印が押された。私はこの資料を元に、一つの書を書いた。この「望郷の叫び」は多くの人に読まれ、現在靖国神社の文庫に永久保存となっている。

 

◇この書を書く為に多くの資料にあたったが女性に関するものはなかった。敗戦の混乱の中で特に地獄を見るのは女性である。ソ連兵の侵入により多くの満州移民の女性が死線をさまよった姿を私は「炎の山河」の中で描いた。今回発見された資料は強制抑留の事実を正しく伝える上で貴重である。私の著書を含め多くは男性に関する事実を書いている。

 

◇21日夜、北海道で強い地震があった。厚真町で震度6弱を記録。これは何を意味するのであろうか。日本各地で頻繁に起きる大きな地震に私たちは慣れっこになっている。しかし、深い地下では確実に何かが動いているに違いない。今度の地震もその警鐘と捉えるべきだと思う。古来、ナマズの変化が伝えられるが、自然界の動物は人間より遥かに敏感に地中のサインをキャッチする。各地で深海魚の異変などが伝えられている。「災害は忘れた頃にやってくる」と諺はいうが、忘れなくても感覚が麻痺して心が油断した頃に、それは必ずやってくる。平成が終わる。平成は災害の時代であった。阪神、東日本、九州熊本等。その次なる大地震が新元号と共に来るのではないか。(読者に感謝)

 

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2019年2月25日 (月)

人生意気に感ず「多胡碑書展・碑は語る。ふるさと未来塾で人生の最期を」

 

◇23日(土)は極めて多忙な一日だった。朝10時開会の多胡碑群馬書作家展の開会式と夜の「ふるさと未来塾」。その間にいくつかの重要な会議等があった。多胡碑記念館には少し早く着いたので改めて碑文を味わった。「弁官符す。上野国の、片岡の郡、緑野の郡、甘楽の郡、併せて三郡の内、三百戸を郡と成し、羊に給いて多胡の郡と成せ」朝廷は三つの郡から三百戸をさいて多胡碑をつくれと命じた。すり減った石文の陰に壮大な古代史の世界が想像される。私は挨拶で述べた。「今年は間もなく元号が変わります。一層の激変の時代となりますが、伝統の書の文化は守らねばなりません。この記念館で書道展が開かれる意義は誠に大きいと思います」

 

 初代県令楫取素彦は碑に刻まれた書を高く評価した。碑亭の前に県令の歌があった。「深草のうちに埋もれし石文の世にめずらるる時は来にけり」

 

◇「ふるさと未来塾」は、テーマ「最良の介護、最良の最期」に力を入れた。いつもと違ったテーマに40人以上の人が熱心に耳を傾けた。誰にとっても自分と直結する課題なのだ。

 

 私は、最近厚労省が出した「人生の最終段階に於ける決定のガイド」を説明した。これは人がどのように最期を迎えるかに関することで、具体的には延命治療を中止できるかということである。もちろん医師が重要な関わりをもち、医師は一歩間違えれば殺人罪に問われる。殺人の定義は故意に人の死期を早めることだからである。私はかつて富山県の医師が末期がん患者等7人の呼吸器を取り外した事件を紹介した。医師等は不起訴となったが、厚労省のガイドラインはこの種の問題と繋がるのである。

 

 この改訂ガイドラインは驚くべきものである。なぜなら一定の要件の下で、本人の意思が確認できない場の延命治療を明文化したからである。つまり、本人の意思が確認できる場合、あるいは本人の意思が確認できない場合でも。家族らの話などから本人の意思が推測できる場合には医師側との合意で延命治療を中止できる旨を明文化したというもの。

 

 前記のように「殺人」との境界に関わる問題が「推定できる場合」というあいまいなラインに任せてよいものか。解釈によって広がってしまう恐れがないか。人間の尊厳に関わる問題だけに大いに心配だ。研究しようと思う。(読者に感謝)

 

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2019年2月24日 (日)

小説「死の川を越えて」第169話

 

万場老人は、これらを材料にして、一気に嘆願文の内容の骨子を書いた。正助は、万場老人から説明を受け、さすがは東京帝大と内心舌を巻いたのである。

 

 正助がこれらを水野に渡すと、この学者は、じっと紙面に目を走らせていたがやがてにっこりして言った。

 

「君、最高の資料です。私はこれに肉付けするだけ。良い嘆願書が書けますよ。有り難う」

 

 水野が驚いているのを見て正助は、自分の先生の助けで作ったことを打ち明けた。水野高明は嘆願書を作り、実行委員の区長に読んで聞かせると区長は感心して言った。

 

「さすが法学の先生です。素晴らしい出来だと思います。ところで、最新の群馬県議会の動きをこのように的確に掴むとは不思議な位でございます」

 

「いや。実は、あの正助君という若者のお陰なのです。彼が県議会に行ったことは、形だけではなかった。県もあの若者を評価していることが分かりました。あの若者は志の高い、頭のいい本物ですよ」

 

 水野という学者も中々の人物で、正助のことをこのように評価したのであった。水野は、湯の沢集落の役に立ち、学者として誉められたことが、いかにも嬉しそうであった。

 

 実行委員たちは、直ちに行動を起こし、県と国に向かった。この時の県会議長は森山抱月であった。高田区長は嘆願書を説明して議長に渡した。そして、振り向いて少し離れた所に控えていた正助を招いた。

 

「おお、正助君ではないか」

 

 区長の紹介より先に議長が声をかけたことに区長は驚いている。

 

「この嘆願文作成に当たって、この正助君に大変助けられました」

 

「おお、そうか。正助君は奥さんと坊やを連れて来て、この議会で湯の沢のことを立派に説明した。有望な若者なので大事にして下さい。私からも頼みますぞ。嘆願はしっかりと受理したので、担当の方に伝えます。それから本省にも行くのだな、県から内務省の担当課に伝えさせる」

 

 区長は喜び、正助は大いに面目を施したのであった。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年2月23日 (土)

小説「死の川を越えて」第168話

 

 明星屋の主人がうちの法学士の先生をと言って推薦した水野高明は、かつて九州帝大で法律を講義していた人物であった。もとより本名ではない。明星屋の主人は逗留の日々が過ぎる中で、この浴客の素性を知り、又篤実な人柄に接し、自分の所にこういう客がいることを自慢に思うようになっていたのだ。

 

 湯の沢で、患者と主人の結びつきは特別である。それは、一種の家族のような関係であるが主人は大事な客を特に大切に扱うので自然と信頼関係が生まれるのだった。

 

 水野は熊本藩の元士族の出で、相当の資産のある一族であった。ハンセンの病を得た水野は一族の名誉を考えて、大学を辞め、資産を分けてもらって熊本を去る決意を固めた。自分の悲運を嘆いた水野は、どこへ行くかと迷った末、大学在職時代の本妙寺集落の研究から、自由があり、自治を育んでいるという湯の沢の事を思い出し、逃げるようにしてやってきたのだった。落ち込んだ水野の心に光をあて望みを繋いだものは、ここには自分の研究の課題である人間の自由や人権の問題があって、水野から見れば生きた大学ともいえる状況が感じられることであった。自由に書を読み、ものを書くことが出来る環境ということも水野は気に入っていた。

 

 法学士水野は早速嘆願書に取り組んだがいざ文章をまとめるとなると、湯の沢集落の歴史や県、国の動きを知らなければ書けない。ある夜、水野は秘かに正助を訪ねて来た。

 

「聞くところによると、君は県議会へ行き、湯の沢集落のことを説明したそうですね。ついては何か資料があれば見せて欲しいのだが」

 

「先生、分かりました。目的は、この湯の沢のため、俺たち患者のためですからね。先生の御協力に俺は感謝しているので、資料を捜します。心当たりがあるので少し時間を下さい。明星屋にそっと連絡しますよ」

 

 正助は、学者先生の面子もあると思い気を遣うつもりでいたのだ。正助は、万場老人に事情を話し、資料作りを手伝ってもらった。老人は言った。

 

「その学者に良い嘆願文を作ってもらうことは、この集落のため、そして、お前の今後のためだ。わしも力を貸そう」

 

 老人はこう言って、正助が語る県議会を訪ねたときの状況を詳しく書き取った。それから、議会から取り寄せて研究していた県議会の資料を読んだ。 

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年2月22日 (金)

人生意気に感ず「ある日の中国大使館・友情の絆。ふるさと塾は『理想の最期』」

 

◇21日午後、群馬県日中友好協会は会長の私を含め数名で中国大使館を訪ねた。協会のこれからの事業の中で大使館と協力するものがいくつかあり、その打ち合わせである。汪婉大使夫人が対応された。私は近況を説明する中で、近著「死の川を越えて」を贈呈し、小説の中味であるハンセン病の歴史を語った。小説の背景は満州事変から太平洋戦争に至る戦争の時代である。ハンセン病患者は戦争遂行の妨げとされ強制隔離された。今、草津ではハンセンの元患者の慰霊のため「人権の碑」の建設が進められている。このような私の説明に汪婉さんは熱心に耳を傾けておられた。小説の中に、福田元総理をモデルにした人物が登場することには特に興味を示しておられた。会談が終わると大使夫人は先に立って私たちを五葉松へと案内した。中庭の広い芝生の一画に私たちが植えた松はしっかりと根付いていた。その根元に据えられた石には「友情の絆を」の文字が刻まれている。文は私が選び文字は福田康夫元総理が揮毫した。

 

 日中の絆は長い歴史の過程が育んできた。今、日中は大きく変貌しつつある。絆の真価が問われる時がきた。「友情」には、それへの思いが込められている。真の友情は対等で互恵でなければならず、緊張に耐えるものでなければならない。米中の対立が激化する中で日本の役割は格段に大きくなった。友情の絆は真価が問われると同時に試練の時を迎えている。松と石は、無言でそのことを訴えている。

 

◇今月の「ふるさと未来塾」が明日に迫った。テーマは「理想の最期」。私の死生観も語ることになる。厚労省は人生最終段階の医療及び介護をいかに決定するかについてのガイドラインを改定した。それは驚くべき重さをもって私の胸に迫る。死とは何か。理想の介護とは何か。そして、理想の最期はどうあるべきか。人間の尊厳が凝縮された形で「死」に懸っている。私は78歳で毎日走ってほとんど疲れを感じないが、いつ何が起こるか分からない。そういう状況の中で人生100年の流れに飛び込もうとしている。待受けるのは冒険の世界である。良い介護、良い医療は100年の森を進む手段である。何を選択するかは自分の情報力に懸る。医療技術の進歩には目を見張る。それをながめるだけか、有効に利用し得るか。それを死生観につなげたい。(読者に感謝)

 

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2019年2月21日 (木)

人生意気に感ず「私にとってのマララ来日。中国大使館へ。大津いじめ自殺。原発判決」

 

◇19日、東京の某氏からマララ・ユスフザイさんの来日の件で連絡があった。マララは政府主催の国際女性会議への出席につきなかなか態度を明らかにしなかった。外務省も可能性をつかみながらも確実な情報は掴めていなかったようだ。私たちは昨年からマララ来日に取り組み、前橋・広島両市、パキスタン大使館と連携して努力を重ねてきた。ノーベル平和賞受賞の若い女性の存在は、世界的に注目されている。その中で、イスラム武装勢力から銃撃されたことが示すように治安上の問題が重要なのである。私たちの計画は8月の実施である。来月の来日となれば、8月に再度来日することは難しくなることが予想される。残された選択肢は今回の女性会議を利用して前橋まで来てもらうことだ。私はそれに向けて行動を起こす決意を固めた。

 

◇今日(21日)、群馬県日中友好協会の事業の件で中国大使館を訪ねる。会員企業の中国での事業展開についても話し合われる予定。大使館側は大使夫人汪婉さん等が対応される。

 

 世界情勢は米中をめぐり激しく動いている。日本の役割は米中の間に立って増々重要となっている。米中の国際関係に関して生の空気を感じられるかも知れない。大使館の中庭に植えた群馬の五葉松に再会するのも楽しみだ。

 

◇大津のいじめ加害に判決が下った。当時の中二男子が自殺し、元同級生二人に賠償命令が行われた。大津地裁は元同級生といじめの間に因果関係があることを認め、この元同級生2人に対して約3700万円の賠償を命じた。

 

 私は県会議員の時、しばしばいじめ問題を取り上げた。特に記憶に残るのは小学生明子ちゃんの自殺である。私は議会壇上で明子ちゃんの死を最後にしなければならないと訴えたが、その後も跡を絶たない。大津の事件を機に「いじめ防止対策推進法」ができた。この法律は学校に対していじめ防止のための報告義務等を課している。文科省によればいじめの認知件数は増加している。教育界は事態の深刻さと教育の役割の重大さを謙虚に受け止めるべきである。

 

◇福島第一原発事故に関し横浜地裁は国及び東電に対し賠償責任を認めた。東電に対しては8件目、全てにつき認めた。貞観地震の資料を根拠に津波の到来と全電源喪失を予見できたこと及び事故は回避可能だったことを認定した。判決文で貞観地震が語られた。科学は地層から過去を知り未来を予測できるのだ。(読者に感謝)

 

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2019年2月20日 (水)

人生意気に感ず「県都前橋の無風の意味。ある不思議な夫婦の来訪」

 

◇県議会第一回定例会が18日開会した。時代が大きく変化する中の節目の県会となる。大沢知事が今期限りで引退する。大沢さんは「7月までの任期いっぱい全力を尽くして職責を果たしたい」と決意を語った。引退する政治家の胸中は複雑だろう。大沢さんの胸には様々な出来事が去来しているに違いない。

 

 4月には県議選、7月は知事選である。私は自分の7期、およそ28年を重ねて振り返る。県都前橋の県議選は常に激戦だった。初陣の時、元東大総長林健太郎先生が応援に駆け付けてくれ、「歴史を活かした政治家になれ」と励ましてくれたことが昨日のように思い出される。恩師林先生はゼミ生のために県民会館の演壇に立たれた。以来、「歴史を活かした政治家像」は常に私の目標であり、同時に課題となった。

 

 今、改めて7期の県政を振り返れば、地方の政治の根底には常に民主主義及び憲法の基盤があった。これらの理念は歴史の視点なしには空理空論になる。地方に於いてこそ、これらの原理は重要である。これを踏まえた論戦が熱く行われないことが地方に於ける民主主義の危機である。

 

 選挙は民主主義を支える柱である。その意味で県都前橋の激しい選挙戦はやりがいのある戦いであった。4月の県議選が迫っているが、このままだと前橋は無投票になりそうだ。正に民主主義の危機である。県民の中には、選挙の意義を認めない人も多い。投票率の低さはそれを物語る。しかし、この無関心さこそ民主主義の危機の根幹に違いない。本当に県都の8議席は無風の中で存続するのか。息を呑む瞬間が近づいている。

 

◇先月21日、不思議な御夫婦が相談に訪れた。県議選への出馬を考えておられた。女性は昔、学習塾をしていた頃の塾生である。半世紀以上前の光景が時と空間を超えて甦った。この女性は私の手を握って涙を流していた。私はお二人の勇気を称えつつも、選挙の現実とその厳しさを語った。私の対応は彼らの熱い心に水をさすことになってしまったであろうか。

 

◇草津の楽泉園に春が訪れようとしている。重監房に象徴されるハンセン病施設の春は「人権の碑」と共に訪れる。多くの期待の声と寄付金が寄せられている。冷たく漂う世相の中での救いの姿である。差別と偏見は尽きないが、この碑が新たな芽となって役割を果たそうとしている。(読者に感謝)

 

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2019年2月19日 (火)

人生意気に感ず「入管法改正が問うもの。ガッツに欠ける若者。トランプにノーベル平和賞の価値はない」

 

◇入管法改定による社会のうねりが起ろうとしている。国際化が叫ばれて久しいが、今起きようとしている変化は、これまでとは異質な怒涛のような大波で日本の社会を根底から変えようとしている。最大の社会的背景は人口減少による人手不足である。入管法改定が結果として引き起こす事態は外国人との共生社会の実現である。長い伝統をもつ、世界に誇る日本文化は「共生」と両立させて守らねばならない。軟弱な日本の若者の精神力が真に問われる時が来た。私は多くの外国人留学生と毎日接するが、彼らの瞳は輝いている。そして彼らの姿にはガッツが感じられる。私たちの若い時代、ハングリーであった頃の若者の姿が懐かしい。

 

◇日本の若者は途上国の若者と比べパワーがないと言われる。男性に限って言えば、ハングリー精神に欠けている。人類は森から出て、ひたすら便利さを求めた。文明を求めた結果が今日の矛盾を抱えた社会であり、地球の現状である。今日、真の文明は何かが問われている。人類は進化を続けているのか、それとも退化しているのか。物質的に、また科学技術が豊になるにつれ、人間のパワーは落ちている。物質的豊かさをコントロールする哲学がないのだ。アジアの発展途上国を見ると日本の後を追っているように見える。日本は危機を脱出して、日本の歴史的役割を果たさねばならない。日本の進むべき方向を示す羅針盤は日本国憲法である。外国人との共生の時代の課題は、日本の羅針盤は何かを突きつけている。

 

◇人口減と高齢化が外国人を必要とする社会的背景である。改正入管法の実施を前にした世論調査によれば、大半が同法の改正を評価し、そして外国人受け入れを望む業種の1位は介護業である。動けなくなり社会の生産の場から引退した高齢者をゴミのように扱う今日の風潮は深刻な社会の病理を作り出していると思う。汚い高齢者を正面から人間と認めない意識の根底には教育の問題が横たわる。基本的人権、人間尊重の理念を重視する憲法教育の欠如が私たちに突きつけられている。

 

◇安倍首相がトランプ大統領をノーベル平和賞に推薦していたという。史上初の米朝会談を実現させたことが主な理由だろう。しかし、トランプはアメリカ第一を掲げ危険なナショナリズムの風潮を作り出している。これは民主主義と平和を否定する方向ではないか。(読者に感謝)

 

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2019年2月18日 (月)

人生意気に感ず「非常事態宣言とは。アメリカの民主主義が問われる」

 

◇アメリカの民主主義が試されている。トランプ大統領が非常事態宣言を出す事態となったからだ。トランプの暴走なのか。下院を支配する野党(民主党)の怒りの声が聞こえる。

 

 改めて、メキシコ国境の壁問題、そして非常事態宣言の意味とその歴史を知る必要がある。

 

 メキシコ以南は貧しく政治社会も混乱している。アメリカとの格差は歴然としている。豊かさを求めて不法に国境を侵す人々の流れは水が低きに動くようだ。それは、かつて豊かさを求めて侵入する北方民族に苦しめられた中国と似ている。中国はこの事態に対して始皇帝以来、万里の長城を築き続けた。トランプが国境の壁問題を打ち上げた時、「長城を築く」と世界に衝撃を与えたが、それは一つには中国に於けるこの故事と対比されるからである。壁を超えて持ち込まれる膨大な麻薬類、犯罪を起こす人々の流入。これらはアメリカ社会が抱える深刻な課題である。だからこそ西部劇の保安官のように登場したトランプが単純な大衆をあっと言わせる公約として長城建築を打ち出したのだ。メキシコ国境の壁はトランプの象徴的な公約である。

 

◇非常事態宣言とは文字通り非常事態への対応策である。民主主義では手続きに従わねばならない。手続きとは反対意見との調整が中心になるから、容易にまとまらない。異常な緊急時の政治の使命である国民を守ることができない。それに備える超法規的措置である。アメリカでは、社会の存立に関わる異常時に議会の承認なしで大統領の権力が動く。トランプは本来議会の承認なくしてはできない予算措置をこの「宣言」で行おうとしている。国家的、社会存立の危機かについて議論が分かれる事態である。「濫用だ」との声が湧き上がっている。民主主義の砦である議会が無視されることになる恐れがある。独裁国家では不要の制度である。

 

◇すぐに思い出されるのは2001年9月のニューヨーク同時多発テロの時の宣言である。アメリカ国内は熱湯のように沸きかえった。これまでウィルソン、ルーズベルト、カーター、ブッシュが行った。最初は1917年、ウィルソンはナチスの潜水艦攻撃に対抗するために宣言を行い、この年ドイツに宣戦を布告した。やがて大統領の暴走を抑えるために「国家非常事態法」が制定された。宣言は180日後に失効する。壁建設には今後法廷闘争が待ち構えるだろう。(読者に感謝)

 

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2019年2月17日 (日)

小説「死の川を越えて」第167話

 

 これを聞いてある男が言った。

 

「正助さんは、県議会に呼ばれて、この湯の沢集落のことを説明したそうですね。また山田屋に県会議員が来たことも聞いている。どういうことになっているんですか。そういう筋は、この際助けてくれるんですかね」

 

 正助は、ここが大事なところと決意して語った。

 

「みんなに説明する機会がなかったのですが、俺はある県会議員に呼ばれて議会に行きました。そして、県会議員の中には、俺たち湯の沢の患者に同情している人が多いことを知ったんです。そして、湯の沢は、自治会があって選挙で役員を選び患者は助け合って生きている、税金も払っていると言ったら驚いていました」

 

 人々の間に驚きの空気が広がった。正助は人々の表情を見て気付いた。それは、この集落にとって非常に重要なことを部落の人に知らせないできたことだ。隠すつもりは少しもなかったが、何か新しい突出したことは理解してもらいずらいという村の伝統的な空気を知っていたからである。また、自分の手柄話をすると受け取られるのも嫌だった、自治会の役員でもないのに生意気だという人もいるだろう。そんな思いもあった。今日は良い機会で自然に話すことが出来たし、素直に受け止めてもらえたらしい。そう思うと正助は嬉しかった。

 

 会議は正助の発言を容れて動いた。改めて住民集会が呼びかけられた。集会は、日頃住民の集会所としても使われていた真宗大谷派説教所で行われた。ここで、県当局及び内務省に嘆願書を提出することが決議された。

 

 実行委員には区長の高田仙蔵等が先ず選ばれたが、会場から声が上がった。

 

「県や内務省に行くのなら、若いけど正助君を実行委員に入れるべきです。強く推薦します」

 

 異論はなかった。正助は、ここまで来れば遠慮せず、集落のために役立つことをしようと決意を固めた。嘆願書起草委員を選ぶことになった時、明星屋の主人が手を上げて言った。

 

「うちの客に偉い法律の先生がいます。水野高明さんを推薦します」

 

 こうして起草委員には水野という学者が選ばれた。湯之沢には、このような異色の人物が珍しくなかったのである。正助の頭には万場軍兵衛のことが浮かんだが、先生は表に立つことを望まないだろう。また、明星屋の主人がわざわざ推薦した以上は、それに従うべきだと考え異を唱えなかった。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年2月16日 (土)

小説「死の川を越えて」第166話

 

 

 

二、住民大会開く

 

 

 

 軽井沢、嬬恋村間に鉄道が開通したことはハンセン病の患者にとって天の恵の筈であったが、軽井沢で頻繁に乗車拒否される。このことに対する湯の沢住民の不満は日を追うごとに大きくなった。実は、鄭東順等が乗車拒否された頃、住民の怒りは忍耐の限界を超える程に高まっていた。区長の呼びかけで対策会議が度々開かれた。ある日の会議に正助が出席していた。

 

 区長が発言した。

 

「乗車拒否が酷すぎる。会社には何回も止めて欲しいとお願いしているが聞いてもくれない。どうしたらよいでしょうか」

 

 いろいろ意見が出たが聞いていた正助が発言した。

 

「先日も、韓国からの大切なお客様が乗車を拒否されました。会社にお願いするという穏やかな方法では駄目ですよ。力で動かす他ないでしょう」

 

 誰かが即座に声をあげた。

 

「そんないい手があれば教えてもらいてえ」

 

正助はこれに応えて言った。

 

「会社は俺たちを営業の邪魔者と見ている。俺たちは弱い立場です。しかし、まとまれば会社に圧力をかけられます」

 

「昔の百姓一揆をやるのか」

 

 これに正助は大きな声で応えた。

 

「昔の百姓一揆は指導者は首を切られたり、はりつけになった。今はそんな時代ではない。武器を使わないで、住民運動をうまくやるんです。俺は朝鮮で日本に抵抗する大衆運動の凄さを見た。湯の沢は自治をやっている。組織があるんだから生かさねば損だ」

 

 正助の発言はもっともだったので、賛成者が現われ、会議の空気はそういう方向で動いた。

 

 正助は更に言った。

 

「ただ騒ぐだけでは効果は小さい。嘆願書のようなものを作って県や国に正式に働きかけるべきだと思います」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年2月15日 (金)

人生意気に感ず「池江選手を救う波が。家庭のしつけにも及ぶ都条例は」

 

◇池江選手を救おうという大きな動きが起きている。白血病を自ら公表するや「何か出来ることはないか」という電話やメールが殺到しているという。人倫も道徳も地に落ちていると見られる現代社会の救いの姿の一端である。

 

 桜田五輪担当大臣は「がっかり」発言を撤回し「配慮を欠いた。お詫びしたい」と述べたという。2回目の東京五輪である。前回から半世紀以上が過ぎた。この間の社会の変化は凄い。世界も大きく動いた。五輪・パラリンピックの先頭に立つ大臣の役割は測り知れない程大きい。桜田大臣の日頃の言動を見ていると目前の大波を乗り切れるのか心もとない。

 

 今回の五輪・パラリンピックの重大さはテロや巨大災害の恐れが高まっていることである。安倍首相は万一の事態を想定して担当大臣を選んだのであろうか。新しい元号の下での国家的、かつ世界的イベントである。この大臣では最悪の状況を乗り切れないことを想定した備えが必要ではないか。

 

◇都が公表した子どもへの虐待防止条例案が大きな注目を集めている。一つの特徴はこの条例が家庭内の「しつけ」にまで踏み込んでいる点である。家庭内の「しつけ」は基本的に各家庭に任せるべき問題であるが、都の条例案がここまで到ったのは家庭が子どもを守れなくなっていることを物語る。子どもは厳しくしつけ、強く生きる力を家庭で育くまねばならない。このことは新しくできる条例と矛盾しない。しかし、今後家庭の「しつけ」は増々難しくなるだろう。昨今、怒れない親のことが問題となっている。世間一般は「厳しいしつけ」が禁じられると受け止めるかも知れない。大変な時代が近づいている。困難に勇気と忍耐をもって立ち向かい、それを乗り越える子どもを育てねばならない。

 

◇都の条例制定を促す社会の出来事は、昨年の結愛ちゃんと今年の心愛さん、この2人の死亡事件である。5歳の結愛ちゃんは「おねがい ゆるして」と書き残していた。10歳の心愛さんは救いを求めるメッセージを社会に発信していた。このようなことを引き起こす虐待が増加している。「社会力」が失われているのだ。子どもの不幸は一片の条例で解決できるものではない。この一見豊かでまた表面的に平和な社会はどこへ向かうのか。都の条例案を国民が真剣に受け止めるべきであろう。子どもの「しつけ」」こそ、今日私たちが直面する最大の課題である。(読者に感謝)

 

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2019年2月14日 (木)

人生意気に感ず「池江選手のガンが問うもの。韓国の天皇発言」

 

◇競泳の池江璃花子が白血病。このニュースが日本中に、いや世界に衝撃を与えている。オリンピックを目前にした日本を代表する世界的選手だからである。18歳、はじけるような桃の花のような娘である。私は彼女の水着姿を見て、万葉集の歌を思い出した。大伴家持の「春の園 くれない匂う桃の花 下照る道にいで立つ乙女」である。

 

 栄光の道を歩んでいただけに、彼女が受けた打撃の大きさは察するに余りある。天国と地獄とはこのことだろう。病状の真実は分からない。一つの道に全てをかけてここまで登りつめてきたこの少女は、変化した目前の敵を乗り越えるために今まで以上に努力を尽くすに違いない。ツイッターで決意を語っている。「一日でも早く、また更に強くなった池江 璃花子の姿を見せられるように頑張っていきたいと思います。これからも暖かく見守って頂けると嬉しいです」

 

 しかし一方で彼女の心は激しく乱れ、揺れているに違いない。当然である。同じツイッターで「いまだに信じられず混乱している状態です」と告白している。この女性が選手として一秒を争って戦う姿に全ファンが声援を送ったように、今度は身内の敵に対して更に文字通りの命をかけて戦う姿に心からの声援を送るべきだ。

 

 今、ガンの時代である。私は何十年か前に妻をガンで亡くしている。その他、多くのガンと闘う人を見て来た。ガンの重みに耐えられずに押し潰される人もいる。薬も進歩しているが、ガンと闘う力は自分の精神力である。池江璃花子にはそのガッツがある。無数の声援は彼女の中の免疫力を高めることが出来る。

 

 このあたりの本質的なことをオリンピック担当大臣は理解していなかった為に批判を浴びている。既にオリンピックは始まっているのだ。池江璃花子をどう支えるかは日本人の国民性が問われる問題である。人間かメダルか。人間の尊重か競技の勝敗か。そして何百万人という全国のガン患者を励ます問題なのだ。

 

◇政治家のレベルが落ちているのは世界的傾向らしい。韓国の国会議員が天皇の謝罪を要求している。不見識極まりない。条約で解決済みの点を別にしても、天皇は日本国の象徴であり政治的な発言はなし得ない。一国の国会議長が現在トラブルになっていることに関して重要な発言をする場合には慎重な調査が求められるのは当然である。(読者に感謝)

 

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2019年2月13日 (水)

人生意気に感ず「福田元総理を訪ねて。初茶会は建国記念日に」

 

◇12日、上京し赤坂の事務所に元総理福田康夫さんを訪ねた。要件は二つ。一つは草津楽泉園内に建立が進められている、ハンセン病で亡くなった人々を慰霊し同時に差別と偏見をなくすことを目指す「人権の碑」に関する報告である。多くのメディアが報じてくれた効果は大きく、そして問題がハンセン病ということもあって、予想以上の反響を呼んでいる。寄付も順調に集まって、この分だと目標額に到達する可能性が出てきた。碑文もほぼ大筋が決まり、年内の完成は予定通り実現しそうである。私たち実行委員が喜んでいるのは、金額もさることながらハンセン病と関係がないと思われる多くの方々から碑建立を励ますメッセージが寄せられていることである。福田さんには寄付金の集まり状況を説明し、同時に全国から寄せられたメッセージをお見せした。それらに目を通した時の福田さんの表情は「うーむ」といった感じで思いを深めておられた。

 

 福田さんはハンセン病訴訟で大きな役割を果たされた。かつて官房長官だった時、時の総理小泉さんと共に「控訴せず」という大変な決断を下された。ハンセン病の人たちの霊が安らかに眠ることに福田さんは改めて深い感慨にひたっているに違いない。全国から寄せられるメッセージに対しても自分の決断に応えてくれているという思いがあるに違いない。「私も寄付をします」と言っておられた。

 

◇11日、私は大きな茶会に出た。年に一度の初茶会である。各界の人々と美しい庭園をながめながら話を交し、席を移しての主人の話に、歴史ある茶会の世界に引き込まれ、しばし浮世のことを忘れた。戦国の人々も、茶を親しむことでしばし血生臭い現実から遠ざかり命の洗濯を大事にしたのであろう。この日の濃茶の味は一段と胸の奥に落ちていくようであった。一見平和な現代は、大変な乱世なのだと茶をすすりながら思った。日本の歴史を振り返るには良い機会と思っていたら、ある国会議員がこの場にふさわしい建国に関する挨拶をした。11日は建国記念日である。かつては神話に起源をもつ紀元節だった。昭和15年神武天皇即位から2600年とされる。私の誕生は昭和15年でこの年生まれには「紀」の字がつく名の人が多い。新憲法の時代になり国家の起源が神話に基づくのは良くないということで紀元節は廃止となり、国を愛する心を養う趣旨で建国記念日となった。現在、民主憲法の下で国を愛する重要性が増している。(読者に感謝)

 

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2019年2月12日 (火)

人生意気に感ず「心愛さん事件が現代に問うもの。原発事故を後世に」

 

◇千葉県の小4の心愛さんの虐待事件について驚くべき事実が次々に明らかになっている。日本社会の病根ともいうべき状況、その中での子育ての難しさ、生命の尊重、さらには夫婦の在り方に至るまでがこの事件には集約されているようだ。あるお婆さんは「昔は子どもをとったのに」と言った。これは心愛さんの母親が「自分は(夫の)支配下にあった」という供述をしたことに対するものだ。娘が水をかけられても守ってやれなかったのだろうか。「女は弱し、されど母は強し」と言われるがこのような女性の本分は今日、どうなってしまったのか。

 

◇私は先週の「平和の講義」第78回で「人種差別と平和」で「アンクルトムの小屋」の一場面を語った。子どもが売られることを知った女奴隷・イライザは逃亡を決意した。追っ手が迫る。目の前のオハイオ川は轟々と流れ氷は音を立ててぶつかりあっている。イライザは我が子を抱いて氷に飛び乗った。氷から氷へと走る姿を見て奴隷商人は「悪魔が乗り移っている」と呆然と見守るばかりだった。私は講義で「母は強し」を使い、この物語が白人の良心に訴え、「戦争を巻き起こした小説」と言われたゆえんを語った。奴隷解放宣言が出された南北戦争の直前であった。

 

 平和を守るための女性の声は強い。それは命をかけて命を守るという女性の本性に支えられる声だからこそ尊く強いのだ。現代の女性たちに人間尊重の日本国憲法の神髄を是非学んで欲しい。それによって、母なる女性、母性をもつ女性一般がより高いレベルの強さを養うことが出来ると思う。

 

◇日本の戦後の出来事の中で最大のものは、原爆投下と福島第一原発事故だろう。これを後世に伝え教訓として活かすことは私たちの最大の義務である。原爆については資料館や記念施設が作られているが福島原発事故についてはそれがない。7年経っても終息しないが生々しい記憶は急速に薄れつつある。

 

福島県は9日、事故を後世に伝える拠点施設の起工式を双葉町で行った。2020年夏のオープンを目指す。町長は「世界中の大勢が訪れ災害の実態や教訓を学んでほしい」と訴えた。私はオリンピック・パラリンピックの開催に間に合えばと思う。原爆と原発は同根の問題である。原発の記念施設が出来て初めて真の平和を願う日本の心が世界に伝わる。(読者に感謝)

 

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2019年2月11日 (月)

小説「死の川を越えて」第165話

 

「気の毒な人たちです。私も昔、近くの鉱山で働いた。お元気で、身体を大切にということしかできませんでした」

 

 鄭東順は、人々が去った方向を見ながら言った。

 

 荷車は坂道を西から東に向けて下り続け、村々を北から南に流れる白砂川に行き着いた。渓谷に沿ってしばらく走った時、全大中は手を上げて言った。

 

「止めて下さい。このあたり、あの松の木です」

 

 切り立つ断崖から松の木が宙に浮くように伸びている。

 

「あの松のところから私は落ちました」

 

 鄭東順は懐かしそうに身を乗り出すように眼下を眺めた。

 

「鉱山から重いものを運んで足を滑らせたのです。松の根を掴んだら太い蛇で、蛇が嫌いな私は慌てて手を放しました。後は何も覚えていません。霧の中を彷徨(さまよ)っていました。美しい女の人が現われて手を差し伸べてくれるのです。私は必死でその手を握り歩き続けました。女の人は頑張るのよ、この手を離しては駄目、と励ますのです。意識を回復し目を醒ました時、私はお藤の手をしっかりと握っていました。私をのぞき込んでにっこり笑ったお藤の顔を今でもはっきり覚えています」

 

 明霞とこずえがじっと聞いていた。

 

「お父さん、初めて聞くお母さんとの出会いの話。素晴らしいわ。ここへ来て本当によかったわ」

 

「私の父とあなたのお母さんが朝鮮の海の洞窟に呑まれて死んだなんて、信じられないわね」

 

 明霞とこずえは不思議な運命を身近に感じて驚くばかりだった。

 

 一行は、白砂川を下って、いくつかの集落を回って湯の沢に戻った。鄭と明霞親子は、数日の滞在期間を有意義に過ごし、名残り惜しそうな様子で韓国に向けて帰って行った。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年2月10日 (日)

小説「死の川を越えて」第164話

 

 

 

 こずえは包みから顔を出した封書の文字を見て思わず叫んだのだ。

 

「それは母の字」

 

 次に出た言葉だった。

 

「そうです。あなたのお父様が韓国におられる時、日本のお品おばさんから手紙がよく来たそうです。お父様が危険なお仕事でロシアに渡るとき、母に預けたものです。これはあなたのものです。どうかお受け取り下さい。母も天国で義務が果たせたと安心するでしょう。お品おばさんもきっと喜ぶに違いありません」

 

 こずえは、封書の束を強く抱きしめて涙を流した。感動の物語に聞き入っていた人々の間から拍手が湧いた。

 

 話に一区切りがついた時、鄭東順が改めて言った。

 

「皆さんにお願いがございます。昔私が落ちた白砂川の断崖、命を救われたふもとの里の医師の屋敷、そのあたりを案内してもらえないでしょうか。亡き妻を偲びたいと思います」

 

「喜んでご案内いたそう」

 

万場老人は深く頷いて言った。その後で、老人は正助に何か小声で指示をした様子である。正助が頭を立てに振る様子が見えた。

 

 翌日、一行は荷車に乗って、ふもとの里へ向かう坂を下った。うっそうとした森を流れる湯川の音が近づいたかと思うと遠ざかる。一つの曲り角に近づいたとき、数人の人影が見えた。正助が飛び下りて走っていく。何やら言葉を交わして戻って来て言った。

 

「朝鮮の人たちです。鄭さんと繋がりのある人たちで近くで働いています。昨日のうちに連絡しました。皆会いたがっています」

 

「ほほー。それは何と有り難いこと。温かい御配慮に厚く感謝します。明霞、お前も一緒に」

 

 そういって、鄭東順と明霞は人々に近づいた。正助が荷車から見ていると、人々は、主人に対するように低く頭を下げ礼を尽くしているようだ。鄭と明霞は同じように腰を折って手を差し伸べている。しばらく話して人々は去って行った。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年2月 9日 (土)

小説「死の川を越えて」第163話

 

 皆が座につくと、こずえは鄭の前に手をついて言った。

 

「改めて大川一太の娘こずえでございます」

 

「おお。先程一目でそれとわかりました。お藤とも明霞とも本当によく似ています。お藤もあなたのお母さんのお品さんも悲しい運命でした。それを無駄にしてはならぬと今、噛み締めております」

 

 話に花が咲いている時、明霞は荷物の中から何やら取り出した。

 

「こずえさん。母、お藤の遺品から出て参りました。あなたのお父様が母に預けたものもございます」

 

 こずえは、明霞の手紙に遺品のことが書かれており、それは何だろうと、ずっと気にかけていた。今、それが明らかになろうとしている。こずえは、期待と不安が交差する思いで明霞の手元を見詰めた。明霞は言った。

 

「これは写真帳です。前橋の大きなお屋敷、製糸工場の様子、お品さんと並んだ母藤の姿。母から何度も何度も聞かされました。母は余程懐かしかったのです。ここで、私はこの写真を分けたい。こずえさん、あなたが未だ見ていないもの、あなたにあげます。二人が持つことによって、過去を一緒にし絆を深めること、出来ます」

 

 こずえは、賢姫が差し出す写真帳をめくった。双子の姉妹が白い倉の前で並んで立つ姿。松の木や池がある屋敷の佇(たたず)まい、家族の団欒(だんらん)、工場で働く女工さんたち。こずえの母お品はこういう写真を残さなかった。お藤は韓国に嫁ぐので、貴重な写真を思いでにと、みな持って行ったに違いない。こずえはこう思いながら言った。

 

「どれもこれも初めて見る写真ですわ。あまり語りたがらなかった母の子ども時代が初めて分かりました。分けて頂けるならこんなに嬉しいことはないわ。母たちの過去は、賢姫さん、私たちの過去ですわ。さあどうぞ、あなたが必要とするものをお取り下さい」

 

 こずえは嬉し涙をぬぐっている。

 

「そんなに喜んで頂いて、私、とっても感激です。それからこれね」

 

 そう言って、明霞は布の包みを解き始めた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年2月 8日 (金)

人生意気に感ず「首相、虐待根絶に総力を挙げると。トランプの国会演説」

 

◇6日の参院予算委で安倍首相は「児童虐待の根絶に総力を挙げる」と答えた。千葉県野田市で10歳の心愛さんが死亡した事件がいかに重大かを物語る。首相は同時に「誠に痛ましく、あってはならないことだ。関係省庁が連携してやれることは全てやる。何より子どもの命を守ることを最優先する」と決意を語った。

 

◇トランプ大統領の一般教書演説を読んだ。アメリカが直面する様々な国内外のことに触れているが、メキシコ国境の壁、北朝鮮、中国問題に私は注目した。私たちは、メキシコ国境に「万里の長城を築く」というセンセーショナルな企画に度肝を抜かれる思いだった。そして移民の国なのに移民を不法に排除しようとしていると非難してきた。今、下院は民主党に握られて国境の壁政策も窮地に立たされているが大統領は建設の強い意志を示した。トランプは言う。「危険な国境管理を怠り、もうこれ以上米国人の生命が奪われることがあってはならない」、「それはスマートで向うが見通せる鋼鉄の障壁であり、ただのコンクリートの壁ではない」メキシコ国境の複雑な戦争状態ともいうべき動きが伝わってくる。

 

◇北朝鮮問題では「平和のために歴史的な努力を続けている。私が米国の大統領に選ばれていなかったら、今まさに北朝鮮と大規模戦争になっていただろう」、このように自信を示し「今月27日、28日に金委員長とベトナムで会う」と表明した。ホスト国を引き受けるベトナムは中国と対立関係にあるから、ベトナムでの開催を中国をけん制する意味で喜んでいる。

 

◇中国問題では「私は習近平国家主席をとても尊敬している」と発言。これは、現在交渉が前向きに進んでいる事態に対するメッセージだろう。その上で次のように語った。「我々は今、中国との新しい貿易協定に取り組んでいる。その協定には不公平な取引慣行を終わらせ、慢性的な貿易赤字を減らし、米国の雇用を守るために実質的で構造的な変化が含まれなければならない」

 

◇私はトランプの再選が実現するかとても興味をもっている。それは教書の最後で彼が訴えた「米国第一」を米国民がどう受け止めるかにかかるだろう。トランプは叫んだ。「今こそ米国の想像力を再び燃え上がらせる時、最も高い頂を目指す時。心の中に米国第一を掲げねばならない」。真の米国第一が問われている。(読者に感謝)

 

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2019年2月 7日 (木)

人生意気に感ず「心愛さんの死。おそまつな行政機関。県都は無投票か」

 

◇小4の心愛さん死亡が大変な事態になっている。学校や児童相談所の不手際が問題を複雑化させた。父母の刑事責任追及に発展しつつある。心愛さんは学校のアンケートに「お父さんからぼう力を受けています」と訴えた。このアンケートのコピーを学校が父親に渡したために父親の虐待隠蔽工作が始まったらしい。心愛さんはその後「お父さんにたたかれたというのはうそです」と書いた。父親児童相談所に提示したこの書面が父親が書かせたものであることが分かった。児相はこれを軽信して心愛さんを自宅に戻した後に死亡が発生した。母親は状況を知りながら黙認したために共犯の責任を問われる事態になっている。心愛さんの胃はほぼ空っぽだった。食事を与えられなかった疑いがある。問題の核心は心愛さんを死に至らしめたことだが、この結果は児相など関係機関が命を守るという強い使命感をもっていれば避けられた筈だ。児相の所長は「命を守れず申し訳ない」と謝罪した。

 

 かつてはいじめによる死が多発したが今は虐待死が次々と起きている。同種の事件は背景となっている社会の状況と関係していると考えるべきだから、群馬県の教育界はこの事件を他山の石として緊張感を持つべきである。

 

◇兵庫県では小3の女児の顔を平手打ちしたとして母親が逮捕された。この女の子は自宅から「お母さんによくたたかれる」と110番したという。複雑な家庭の事情があるのだろうが、こういう時代になってしまったという感を受ける。

 

◇地方社会が抱える問題は多岐にわたり深刻である。少子高齢化、災害対策、そして教育等。これらに対して政治の役割、従って地方議会の使命は重大である。それにもかかわらず政治の信頼は地に落ち、地方議会の形骸化が叫ばれている状況である。地方議会を活性化させるために不可欠な選挙がおかしな事態となっている。激戦の歴史をもつ県都前橋が無投票になりそうなのはその一例である。地方は民主主義の要であり、地方の選挙はそれを支えるものだ。候補者が政策について発言し、それについて有権者が判断する。私は7期の県議生活を経験したがその間の選挙はいずれも激戦だった。政治家は選挙によって鍛えられる。無投票によって政治と政治家が一層劣化する恐れがある。大沢知事が不出馬と伝えられる。群馬に新風が起ることを期待したい。(読者に感謝)

 

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2019年2月 6日 (水)

人生意気に感ず「レイプは魂の殺人、人権蹂りんの極み。ヤレル女子大生ランキング」

 

◇最近の俳優新井浩文容疑者の強制性行事件は、今日の日本の末期的状況を象徴している。刑法改正前の「強姦罪」の名称がよりピンとくる。被害の対象は女性に限らぬことから「強制性行」となった。「レイプは魂の殺人」と言われる。人の心を切り裂く犯罪である。人間の権利の中で最も大切なものは魂(心)であるから、レイプは人権侵害の極限に位置づけられる犯罪だ。刑法の改正前は親告罪とされ、表に出ない部分が多い犯罪だった。高等教育が普及しているのに人権に対する理解が進んでいないのが現状である。教育とは何かを訴えたい。

 

◇ISの奴隷から逃れて自らのレイプ被害を世界のメディアに明らかにしたイラクのムラドさんの勇気はノーベル平和賞の価値を世界に示した。パキスタンの女性で同じくノーベル平和賞のマララさんの勇気と共に、私たちは人権の教材として重く受け止めねばならない。

 

◇最近の週刊誌などの無軌道ともいえる情況は目に余る。表現の自由の悪用である。規制しようとする刑法の規定などは影を潜めてしまった。最近コンビニ大手が成人雑誌を店頭に出さない方針を発表した。近づくオリンピックを意識する点もあるのだろう。表現の自由に関する規制は公的機関が行うことは難しい。民間が自主的に行うことが非常に重要で、これこそ民主主義のあるべき社会の例である。コンビニは市民の生活に密着する極めて公的な存在である。公的な存在は社会的責任を果たす義務を負う。コンビニとは「便利」という意味だが、便利とは役に立つものでなければならない。コンビニの意味をかみ締める時である。

 

◇男性誌「週刊SPA!」の「ヤレル女子大学生ランキング」の記事の抗議が集まっている。ひどいものだ。今日の女子大生は分からない。最近風俗に沈められる女子大生262人のことが同志社大生の逮捕と共に大きく報じられた。「ヤレル」の週刊誌はこういう情況を助長し、またこれに便乗するものだろう。抗議をした女子大生は「あまりに女性蔑視」と憤慨し、それが大きく報じられている。今、大学はどこでも静かになってしまった。社会の不正義に立ち上がる若者の姿は見られない。日本は亡びに向かうのか。しかし若者には本来のエネルギーが潜在している。それを目覚めさせることが日本を救うのだ。(読者に感謝)

 

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2019年2月 5日 (火)

人生意気に感ず「なぜ救えなかった少女の命。叱ることの難しさ。女子大生を風俗に沈める組織」

 

◇少女の命はなぜ救えなかったのか。千葉県の小4の栗原心愛ちゃんのあどけない顔が報じられ、大きな反響を起こしている。よく養父が問題を起こす例が報じられるが、今回は実父である。最近、叱らない親のことが問題とされているが、心愛ちゃんの場合叱り過ぎたのか、それとも叱る方法を間違えたのか、子どものしつめは難しいものだ。

 

 背景には深刻な日本の教育環境がある。ここでいう教育環境とは学校だけではない。教育は社会の役割であり社会全体で行うことが基本という観点からいえば社会環境が即教育環境である。地域社会が崩壊の危機を抱えている。かつての日本は地域に温かい人間の絆があった。頑固なおじさんや世話好きなおばさんがいて子どもを叱ったり世話をした。また祖父母がいて孫のしつけに口を出すほほえましい光景が普通のことだった。それが現在の社会では核家族化が進み、地域の連帯も崩れ、あるいは変質してしまった。今回の心愛ちゃんの死もこのような社会状況の下で起きたに違いない。自相などの行政は頻発する虐待や同種の事件の渦の中で緊張感を鈍らせているのではないか。社会の容易ならざる現実をしっかり見詰め、小さい命を守る使命の重大さを自覚すべきである。

 

◇欲望が渦巻く享楽の社会でのとんでもない事件が報じられている。女子大生等を風俗に沈める同志社大生等の所業である。京都、祇園の会員制バーに女子大生を誘い高価な酒をツケで呑ませ、それを払わせるために風俗に紹介した。同志社大生等は有害業務の紹介ということで職業安定法違反で逮捕された。バーはグルの一味を構成し、紹介した大学生はあっせん料を得ていた。被害者の女性は262人いるという。無防備で隙だらけの若い女性たちの実態と共に呆れるばかりだ。女子大生が殺される事件、各地で発見される死体などはこのような社会状態と無関係ではないだろう。少し前に現役の東大生のグループの強制ワイセツの事件が報じられた。そこでは全裸の若い女性が存在し逃げられるのに逃げなかったことも記されていた。社会の実態は私たちが想像するより遥かに酷くなっているのだろう。もはや貞操という言葉も死後になっているのかも知れない。日本が崩壊しつつある危機を感じる。大手のコンビニが成人向けの雑誌を置くことを止めるという。ワイセツ物陳列罪なども、あってなきが如き現状となっている。(読者に感謝)

 

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2019年2月 4日 (月)

人生意気に感ず「俳優新井浩文の犯罪。前橋市職員の犯罪。これらは何を意味するのか」

 

◇俳優新井浩文容疑者が強制性行容疑で逮捕された。かつての強姦罪である。新井容疑者は自宅マンションで出張マッサージ店の女性に対して犯行に及んだという。同店は「セラピスト」と呼ばれる女性従業員がマッサージのサービスを提供している。セラピストとは本来障害者の社会復帰を助けるための療法士のこと。このような名称の使用に法的な問題がないのかということも気になるところである。同店は、客に性的サービスがないことへの同意書に署名を求めているという。推測されることは、この密室の商売にはきわどいことが通常化している恐れだ。この事件については被害女性は事件後被害届を出し仕事を辞めたという。

 

 タレントとか俳優については薬物違反の逮捕がこれまで多く見られた。彼らは若者たちのあこがれの的であり、社会的影響は大きい。テレビに出ている人がやるのだからそんなに悪いことではないという受け止めが一般化している恐れがある。司法も甘いのではないか。逮捕されても、社会的制裁を受けたことを理由に執行猶予となることが多い。テレビは社会の公器である。今日の漂うような世相を作り出している元凶にはテレビの存在を否定することが出来ない。テレビに登場する人物の犯罪に対し、司法は厳しく対応すべきである。

 

◇元前橋市職員の女性殺害事件は、デートDVと言われる問題が身近に迫ってきたこと及び特別な問題でなく普通に起きている問題なのだということを感じさせる。DV,つまりドメスティックバイオレンスが法律で対応される迄になった深刻な社会的背景を改めて思うのだ。専門家は交際相手を「自分の物」と考えるところに深刻な問題があることを指摘する。被害者の女性は暴力を振るわれても中々被害届を出そうとせず、交際を続けていたことが報じられている。男女の深い関係になっても相手を人間として尊重することが本質的に重要なのだ。高等教育を受けながらこのような事件を起こすところに、現代の教育が本来の教育の役割を果たしていないことが窺われる。鳥山容疑者が「別れては生きていけない」と言っていると報じられた。現代の若者は人間の心を失い、動物に堕ちていることを感じさせる。教育界は教育の危機を真剣に考え、教育を根本から見詰め直すべきである。物が限りなく豊かになり、それに反して人間の心は限りなく貧しくなっている。これこそ日本の危機に違いない。(読者に感謝)

 

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人生意気に感ず「俳優新井浩文の犯罪。前橋市職員の犯罪。これらは何を意味するのか」

 

◇俳優新井浩文容疑者が強制性行容疑で逮捕された。かつての強姦罪である。新井容疑者は自宅マンションで出張マッサージ店の女性に対して犯行に及んだという。同店は「セラピスト」と呼ばれる女性従業員がマッサージのサービスを提供している。セラピストとは本来障害者の社会復帰を助けるための療法士のこと。このような名称の使用に法的な問題がないのかということも気になるところである。同店は、客に性的サービスがないことへの同意書に署名を求めているという。推測されることは、この密室の商売にはきわどいことが通常化している恐れだ。この事件については被害女性は事件後被害届を出し仕事を辞めたという。

 

 タレントとか俳優については薬物違反の逮捕がこれまで多く見られた。彼らは若者たちのあこがれの的であり、社会的影響は大きい。テレビに出ている人がやるのだからそんなに悪いことではないという受け止めが一般化している恐れがある。司法も甘いのではないか。逮捕されても、社会的制裁を受けたことを理由に執行猶予となることが多い。テレビは社会の公器である。今日の漂うような世相を作り出している元凶にはテレビの存在を否定することが出来ない。テレビに登場する人物の犯罪に対し、司法は厳しく対応すべきである。

 

◇元前橋市職員の女性殺害事件は、デートDVと言われる問題が身近に迫ってきたこと及び特別な問題でなく普通に起きている問題なのだということを感じさせる。DV,つまりドメスティックバイオレンスが法律で対応される迄になった深刻な社会的背景を改めて思うのだ。専門家は交際相手を「自分の物」と考えるところに深刻な問題があることを指摘する。被害者の女性は暴力を振るわれても中々被害届を出そうとせず、交際を続けていたことが報じられている。男女の深い関係になっても相手を人間として尊重することが本質的に重要なのだ。高等教育を受けながらこのような事件を起こすところに、現代の教育が本来の教育の役割を果たしていないことが窺われる。鳥山容疑者が「別れては生きていけない」と言っていると報じられた。現代の若者は人間の心を失い、動物に堕ちていることを感じさせる。教育界は教育の危機を真剣に考え、教育を根本から見詰め直すべきである。物が限りなく豊かになり、それに反して人間の心は限りなく貧しくなっている。これこそ日本の危機に違いない。(読者に感謝)

 

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2019年2月 3日 (日)

小説「死の川を越えて」第162話

 

 鄭が軽井沢で乗車拒否に会い、こういう男に誘われて馬で来たと説明すると正助が苦々しげに言った。

 

「又八というダニのような男です。駅の乗車拒否を悪用しているのです。それにしても乗車拒否は酷すぎます。電車という公共の事業が公然と差別をしているのです。黙っていたら差別を認めたことになる。いずれ大きな反対運動が起きると思います」

 

「韓国で大衆運動を見ている正助君の意見ですね。同感です。私も日本へ来て、先程、初めて乗車拒否を経験しました。差別ですよ。権利は戦わなければ実現できぬ。弱い立場は、団結せねば何も出来ぬ」

 

 鄭はそう言って、鋭い視線を正助に投げた。これを聞いて万場老人が言った。

 

「その通りじゃ。日本でも富山の米騒動は大きな威力を示した大衆運動であった。新聞が越中女一揆と書いたので全国に広まった。正助が関わったシベリア出兵が始まる年で、その五年後に関東大震災が起きた」

 

「そうでありました。あの大震災では朝鮮人が大きな被害に遭って、皆さんに助けられました。心からお礼を申します」

 

「なんの、なんの。正助が朝鮮であなたに助けられたことに、先に礼を言わねばならぬ」

 

 馬車の中でお互いの話は尽きなかった。

 

 遠来の客の宿は、正助が働く山田屋と定めてあった。一行は先ず、万場老人の家に落ち着いた。

 

「湯川生生塾ですか」

 

 鄭はしげしげと看板を見て言った。それから湯川を覗き込み、いかにも感慨深げである。

 

「この流れがふもとの白砂川に合流しているのですね。明霞よ、よく見よ。私は、この先の白砂川の高い崖から落ちて、お前の母お藤に助けられた。前にも話したが、この川を見て実感が湧くであろう。この流れは、鉄も溶かす死の川なのだ。人間の一生はこの流れのように厳しいものだ。お藤の一生も実に激しかった。お藤の助けがなければ、私もお前もここにいない。人の縁は実に不思議です。いや、皆さん、つい昔を思い出しておしゃべりをしました」

 

 人々は、川の渕で不思議な話に身動きもせず聞き入っていた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年2月 2日 (土)

小説「死の川を越えて」第161話

 

 電車に乗れないとなれば、この男の言う通りにする他はなかった。

 

「嬬恋駅に迎えが来ることになっています。そこまでお願いします」

 

 遥かな山の路を思えば胡散臭い男の申し出を断ることは出来なかった。

 

「こっちは女だから、馬の方も気を付けて下さい」

 

「へっへい。それはもう。綺麗なお嬢様で。馬の方も臭いで十分承知でごぜえやす」

 

 又八は品の悪い笑いを浮かべて言った。途中の茶屋でも言われる通りの金を払い、嬬恋駅に着くと、二頭の馬賃を払った。

 

「ここに、宿の名が書いてありやす。特別奉仕でやす。是非ここに宜しく頼みます。へっへ」

 

 又八はそう言って去って行った。

 

 嬬恋駅では、人々の歓声が上がった。

 

「やあ」

 

「おう」

 

 同時に出た驚きの声であった。

 

「万場さん」

 

「鄭東順さん」

 

 二人は固く抱き合っている。

 

「明霞さん」

 

「こずえさん」

 

 二人の女性も抱き合っている。

 

「こずえでございます」

 

 こずえは鄭の前に進み出て言った。万感の思いが胸に迫っていた。

 

「おお、お品さんの」

 

 鄭は思わずそう言ってこずえの手を握った。傍らに居た正助が進み出て鄭の前に立った。

 

「韓国では大変助けられました。こうしてここに居られるのも皆さんのお陰です」

 

「おお、正助君、会いたかったぞ」

 

 それぞれの胸に限りなく熱い思いが込み上げていた。驚いたことに嬬恋駅には万場老人が用意した馬が引く荷車が待っていた。ふもとの里の枯れ木屋敷に話して用意させたもので、粗末な筵が敷かれており、人々は腰を落とした。狭い空間が人々の親密さを一層濃くしていた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2019年2月 1日 (金)

人生意気に感ず「呆れた官僚のゆるみ。東京五輪・パラリンピックと役人の役割」

 

◇国会が始まって激しい論戦はまず不適切統計に向けられた。厚労省の失態ぶりには呆れるばかりである。統計は政策立案及びその適否を判断する基礎資料である。民主政策を支える基盤をつくるものだ。政治に対する信頼が地に落ちている時にこの事件がおきた。野党が「国家としての基礎が揺らいでいる」と批判しているが当然である。

 

 統計が不適切に作られたことが最大の問題であるが、発覚したあとの対応はそれに劣らず重要な筈である。根本厚労相は調査を担う特別監査委員会について有識者だけで構成し中立性を明確にすると述べていたが聞き取り調査の多くは「幹部を含む身内の職員だけ」で行われた。これでは客観性や公正さに疑義が生じるのは当然である。保管義務の違反も指摘されている。義務づけられていた一部基礎データが破棄・紛失していたという。官僚の志気がゆるんでいるのだと思う。かつての官僚は高い志があった。あらゆるものが惰性に流されている。「官僚よおまえもか」と言いたい。自民党一強のおごりが強く影響しているのではないか。日本の民主主義を辛くも支える要素は優秀で堅実な官僚の存在だと思っていた。

 

◇「大変な時代」の第一にあげられるのは目前の五輪・パラリンピックに関する巨大災害対策である。五輪・パラリンピックは東京で行われるが首都直下がこれに重なったら目も当てられない。南海トラフ巨大地震とて同様である。

 

 国交省はこれらに備える対策計画を改定した。石井国交相は、命と暮らしを守るために総力を挙げて対策を強化するよう職員に指示した。海外から大変な観客が来るのは確実だから万一の時は未曽有のパニックになる可能性がある。対策の司令塔の中心は官僚である。正にその真価が問われる。公共のために命をかけるサムライの精神が求められるのだ。

 

 日本語が分からぬ人のために避難場所等を絵文字で示す工夫、災害情報の多言語化などが急務。また、避難する人々は会場周辺に集中するだろうからその対策には特別の対策が必要だ。物資の備蓄を増やし、海や川を使って物資や人を運べる準備も不可欠であり、また群馬県の役割は重要だ。東京に迫る事態を他人事と思ってはならない。安全神話から目を醒ます時代だ。(読者に感謝)

 

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