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2019年1月28日 (月)

人生意気に感ず「市職員が起こした事件が問うもの。幼児を叱れない親。外国人との共生社会に」

 

◇前橋市職員が起こした女性殺害事件が地域社会と市役所内に衝撃を巻き起こしている。伝わってくる情報は真面目な若者らしいこと。殺害女性は昨年まで高経大にいて英語を真剣に学んでいたというし、加害者の鳥山祐容疑者も勤務態度はよかったという。今の若い人たちの恋愛事情は分からぬことが多い。情報では被害者の娘さんが暴力を振るわれていたらしい。恋愛の段階で、普通の真面目な男性が女性に暴力を振るうというのが理解出来ない。別れ話になり「彼女がいなければ生きていけない」という気持ちで思い詰めて犯行に及んだらしい。県内有数の進学校に学び、大学に進んだらしいが、教育とは何なのかも改めて考えてしまう。学校は受験の技術を身につけさせるところなのか。教育の本来の目的は生きる力だと思う。恋愛をしてトラブルに突き当たることは通常に有り得ることだ。このような場合の問題解決能力こそ生きる力ではなかろうか。最近、普通の若者が突然豹変してとんでもない事件を起こす例が多い。これらの事件の底には何か共通のものがあるのではなかろうか。鳥山という若者には悩みを相談する友人もいなかったのか。教育とは何か、教育を支えるものにどんな問題が潜むのか。私たちは真剣に考えるべきところに来ていると思う。

 

◇先日NHKのニュースで幼児お断りのレストランが現われていることを報じていた。両親が叱らないために幼児に礼儀が身についておらず迷惑をかけることが理由らしい。昔の親は叱る時は厳しく叱ったものだ。学校でも体罰に触れることを恐れる余り先生たちは厳しく適切に叱ることが苦手らしい。それでは教育者の使命は果たせない。甘やかして育て、きちんとした礼節を身に付けさせなければ、その付けは子どもの上に、また社会の上にまわってくる。「鉄は熱いうちに打て」は言い古された諺で、今日では私語になった感すらある。なまくらな子をつくらぬように親も教師も刀鍛冶の覚悟が求められているのだ。

 

◇外国人が多く押し寄せる時代になった。外国人と共生することは避けられない。そこで何が求められるか。一つの大切なことは日本の伝統文化を堅持することである。これは日本人の心の問題でもある。地に足がつかない、浮草が漂うような社会になっている。日本の文化の中心にすえるべきは日本国憲法である。憲法を日本人の心の柱にすべきである。(読者に感謝)

 

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