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2019年1月27日 (日)

小説「死の川を越えて」第160話

 

 ある日、韓国から万場軍兵衛の下に一通の手紙が届いた。万場老人は、はっとして息を呑む思いで一読すると、すぐに正助とこずえに声をかけた。

 

「ハンセン病の頭の鄭東順さんと娘の明霞さんが草津に来られるぞ」

 

「えっ、本当ですか。懐かしい。俺、夢のようです」

 

 正助は明らかに興奮していた。

 

「お藤おばさまの御主人に会えるなんて、また明霞さんに会えるなんて。私も夢のよう」

 

 こずえも頬を紅潮させている。

 

「こう書いてある。父は元気なうちに是非草津をもう一度見たいと言っています。父の病気は治っています。顔の外見もよく見ないと分からないので拘束されることはないと存じます。母お藤の遺品を整理していたら珍しい貴重なものが見つかりました。それをこずえ様に渡すことも目的です、と」

 

「何でしょう。父に関することかしら」

 

「いずれにしても、鄭東順さんに会えるとはわくわくじゃ」

 

「俺は大変助けられた御礼を言わなければ」

 

 正助が嬉しそうに言った。

 

 それから一月程が経った。鄭父娘は日本に上陸して、無事軽井沢まで来たが、ここの駅で嬬恋行きの電車に乗車することを拒否されてしまった。

 

 実は、この駅にハンセン病患者に目を光らす妙な男がいた。又八という、元馬方のこの男は、湯の沢地区の宿屋に客引きに雇われていた。見つけると駅に密告し乗車を拒否させ、自分の馬を使わせる。弱味に付け込んで法外な料金を要求するのだ。ほとんどの患者は又八の特異な眼力から逃れることが出来なかった。

 

 又八は訳有りげな2人に早速目を向けた。金のあるげな朝鮮人と見て駅に告げた。父娘は乗車を拒否された。しめしめと思いながら頃合いを見て又八は声をかけた。

 

「へ、へ。檀那さん、お困りのようで。お見受けしたところ、湯の沢に行かれるようで、あっしは湯の沢の宿屋のものでごぜえます。馬が二頭ありますのでお使い下せえ」

 

 

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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