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2019年1月13日 (日)

小説「死の川を越えて」第156話

 

「そして、今度は、私との話になりました。御承知のように、木檜さんと私はかつて県議会で一緒であったが、正太郎君が県議会に来て、元気に自分の名を答えたのは大正十一年であった。この時、木檜さんは、国会議員になっていて、県議会には既におられなかった。そこで、私があの時のことを説明すると大変興味を示しておられた」

 

「ところで、どうやってお会いすることになりますかの」

 

「木檜さんはここがよいと申しておる」

 

 森川抱次はいとも簡単に言ってのけた。

 

「まさか。このような所に天下の国会議員が。山田屋あたりがいいでしょう」

 

 万場老人は、有り得ないだろうという顔で言った。

 

「いや、国会議員であるだけに、今回は山田屋は人目につき良くないのです。ここがいいというのは木檜さんの思い入れです。集落の実態を肌で感じ取りたいという決意なのです。あの人は私とは政治の同志ですが、反権力、そして、反骨の闘志、人間の平等とか自由とかについて、信念をもっておる。万場さん、会えばきっとあなたと通じるものがあると信じますぞ」

 

 万場老人は、森山の目を正視して深く頷いた。

 

 約束の日が近づいた時、森山から手紙が届いた。それには、希望を受け入れてくれたことに代議士は感謝し、県議会に出席した下村正助一家、特に、正太郎君にも会いたがっている。それはハンセンの集落で元気に生きる子どもの姿には重要な意味があると考えているからだとあった。

 

 その日がやってきた。秋の日の午後であった。湯川に沿った細い道を二人の男が一定の前後の間隔をとって歩いている。後の男には、身なりは質素だが、鋭い眼光と共にどこかあたりを払う威風が感じられた。この男が反骨の熱血漢と言われた木檜泰山であった。前を行く従者らしき男が立ち止り、後ろを振り返り、一方を指してここですと言った。木檜はゆっくり近づき、湯川生生塾の文字をじっと見て深く頷いた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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