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2018年12月 8日 (土)

小説「死の川を越えて」第143話

 

正助には別人のように見えた。森山は静かに語り出した。深刻な問題を易しく穏やかに説こうとしている風であった。

 

「世間では、ハンセン病を恐ろしい伝染病と考えているようです。背景にはハンセン病の長い歴史があり、偏見、無知、迷信もあると思います。しかし、これが社会の現実なのです。そして、ハンセン病の患者が全国に非常に多いのも事実です」

 

 森山は言葉を切り、皆の顔をじっと見て続けた。

 

「日本は、日清、日露の戦争に勝って世界の一等国の仲間入りをしました。ハンセン病の患者がうろうろしているのは文明国の恥という考えが政府にはあります。また患者をきちんと把握して治療を施さねばならないことは勿論です。そういう目的で作られた法律が癩予防法なのです」

 

 森山が文明国の恥と言った時、人々の表情に瞬間緊張が走ったように見えた。国の体面を優先させるのかという思いが人々を襲った。万場老人は自分たちを恥と捉える国の姿勢に強い怒りを覚えたのだ。それを敏感に受け止めながら森山は続けた。

 

「県議会も基本的には国と同じ考えです。ただ、正助さん一家が議会で説明したこともあって、この湯の沢集落に対する関心は大いに高まっているのです。こういう流れの中で、この度、帝国議会に対し、我が牛川知事の請願があり、また、吾妻出身代議士木檜泰山さんの問題提起があったのです」

 

 ここで、森山は話すのを止めて万場老人に視線を投げた。それを受けて老人は口を開いた。

 

「皆さん、知事と代議士のことは私から説明しよう」

 

 老人はそう言って、知事の請願と木檜代議士の建議案、そして、政府の答弁を易しく簡潔に話した。人々は頷きながら聞いた。そして、老人は最後に、特にと断って、正助の動きに触れた。

 

「実は、思うところあって、正助には先にこれを一部分だが説明し宿題を与えた。正助の行動は未だ話さぬつもりでいたが、森山さんの話があったので発表することに致そう」

 

 万場老人がこう切り出すと、皆の表情が動いた。

 

「正助は、湯川に沿って、麓の白砂川の荷付け場まで、夜歩いたそうじゃ。湯の沢の人は皆知っとるが、夜は足下も見えぬ闇じゃ。空には星が光っていた。聞こえるのは湯川の流れだけ。大自然のはらわたに入ったような気持ちであったことじゃろう。白砂川から戻って湯の沢近くまで来たら夜が明けた。朝日の中に見渡す限りの大自然が姿を現した。それを見て正助は、もしこの広い一画を手に入れることが出来、草津の温泉を引くことが出来れば、本村に気兼ねなく暮らせると思ったというのじゃ。正助に代わって話したが、どうじゃ、正助、間違いはあるまい」

 

 正助は黙って大きく頷いた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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