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2018年12月31日 (月)

小説「死の川を越えて」第152話

 

万場老人は身内に若い血が漲る思いで、こずえを指して準備にかかった。

 

「よいか、わしの方針じゃ。難しい問題を幼児にも分かる程に易しく話す。わしの学問の本当の力が試されると覚悟した。そこでは、子どもたちに教える時のよう紙を用意せよ」

 

「大勢だから大きい紙にして、十枚程準備してくれ、使う言葉は予め決めておくが、書くのは、皆さんの見ている前が効果的だ。よいか、お前の役割は重要じゃぞ。舞台に立つ覚悟でやるがよい。時には小さな笑顔を見せよ。お前の笑顔じゃがな。母のお品さんを思い出す。母が傍に立っていると思って頑張るのじゃ」

 

「まあ、ご隠居様、大変なことになりました。お芝居のようではございませんか。それをお芝居でなくやれということですね。母のことが出ました。考えますに、強く生きることは、母の人生とも、お藤おばさまとも関わる問題ですから、私、頑張りますわ」

 

「よくぞ申した。その通りなのじゃ。ハンセン病の集落でこのような教育の動きができるのは、世界広しと言えど他にあるまい。お品とお藤があの世で見ているに違いない。力を合わすことに致そう」

 

 その日がやってきた。山田屋の会場には、「湯川生生塾」の看板が運ばれて立てられた。演芸会のような雰囲気は避けたいと心配したが、全く無用の心配だった。噛み砕くように発する老人の一語一語は人々の心に自然に入り込んでいくように見えた。老人の壮重な風貌が言葉に重みを添えていた。こずえは、合図を受けて、「人間の平等」、「ハンセン病の光」、「学問の意味」等の文字を書く。その筆先を人々は見詰めた。こずえが書き上げて書を掲げ、笑顔を作ると拍手が起きた。一時間ほどがあっという間に過ぎた。万場老人が、このような勉強会を時々やりたいが、いかがかと問うと賛成とか、お願いします、という声が起きた。竹内館の主人はいつでもお使い下さいと言った。湯川生生塾は、予想外の成果をあげて滑り出したのであった。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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