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2018年12月 2日 (日)

小説「死の川を越えて」第142話

 手紙をわきの文箱に納めた時、こずえがそっと声をかけた。 

「ご隠居様、何か嬉しいことが書いてあったみたい。うふふ」

 

「おお、先日の内務省の役人じゃ。律儀な人物で、わしを先輩と呼んでいる。文面から誠実さが伝わってくる。国を怨んで生きてきたわしにとって、国の役人にこういう人物がいることは意外であり、救いなのじゃ。自分の心の狭さを後悔しておる。わざわざ手紙をくれて、この集落のことを心に掛けておる。国という大きな組織の中で動かねばならぬから、我々の敵になるかも知れぬ男。しかし、ここに現われている誠意と善意を信じたいと思うのだ」

 

 万場老人は、そう言ってこずえがいれた茶をすすった。そして、自分に言い聞かすように呟いた。

 

「喜んでばかりいられぬ。気を引き締めて頑張らねばならない」

 

 それから数日が過ぎた時、県議会の森山抱月から手紙が届いた。県にも国にも、湯の沢集落に関して大きな動きが生まれている。ついては秘かに会って意見を交わしたい。前回お会いした人々に加えて、リー女史も加わって頂くことを希望します、というものだった。

 

「早速、波が来たわい」

 

 老人は、そう受け止め、正助を呼んで準備させた。会場は山田屋であった。

 

 森山は一同を見ながら言った。

 

「帝国議会でこの湯の沢が取り上げられました。大きな変化が起こると思います。皆さんと関わって来た者として、皆さんと共に考えねばならないと思ってやって来ました」

 

 これを聞いて、万場老人が早速口を開いた。

 

「実は、あの西村課長から資料を頂いております。県も国もこの湯の沢集落をどうしようと考えているのか不安じゃ。森山さんの考えを聞かせて欲しいと存ずる」

 

「はい。時代の流れ、湯の沢の実態、ハンセン病の真実、これらを冷静に捉えること。その上で、皆さんの役割と作戦を考えなくてはならんでしょう。私は、皆さんを理解するが、立場上必ずしも全面的に足並みを揃えられません。辛いことです」

 

「わしとてあなたの立場なら同じこと。分かりますぞ。十分承知なので、その上で力を貸して欲しい」

 

「そのつもりでやって来ました」

 

 森山抱月はそう言って、一同の顔をじっと見た。正助は県議会で眼光鋭く威風堂々と行動していた森山の姿を思い出していた。目の前の森山にはその様子は微塵もない。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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