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2018年12月21日 (金)

人生意気に感ず「草津で人権の会議。人権の碑を新たな名所に。秘湯に」

 

◇20日、草津・栗生楽泉園で人権の碑建設の会議。春のような日差しの仲、吾妻渓谷の対岸には白い雪があった。八ツ場ダム建設の現場を過ぎる。世紀の事業は着々と進んでいるらしい。

 

 午後1時、2回目の会議は車イスの藤田三四郎さんの入室を待って始められた。藤田さんは園の元患者自治会の会長である。会議は議長の快刀乱麻を断つ見事な司会ぶりで進められた。主な議題は碑の文面、碑の石に関すること等であった。文面が議論され大方が決まった。重監房、人権蹂躙の歴史、らい予防法違憲賠償訴訟、人権回復などの文言が検討された。前回の会議を踏まえ、予め出された2・3の文が対象で、その中には私が書いたものも含まれていた。進行中、時々藤田さんの意見を求める。92歳の歴史の生き証人の記憶力は驚くべきものであった。

 

 石碑の大きさは横180センチ、縦90センチから120センチ、インド産の黒御影石、このようになりそうだ。

 

 平成30年が平成の時代と共に終わりに近づいた。この時点でハンセン病患者に関する石碑が建てられることには特別の意味があるに違いない。私は小説「死の川を越えて」の仲で草津から展開していく人間ドラマを書いた。その終局が違憲国賠訴訟の場面であった。人権の碑建設はこの訴訟の流れと関連する。このような碑が全国のハンセン病の施設に建つことになるだろう。

 

 私は、碑文は平易にと主張した。そしてなるべく具体的事実を盛り込むべきだと思った。先日(18日)、広島の原爆資料館で多くの小中学生が熱心に資料を学ぶ姿を見た。今、ハンセンの碑の前で小中学生がメモをとる姿を想像する。人権の碑は、納骨堂の前に胎児の碑と並んで建てられる。近くには復元された重監房の施設もある。人権の碑と共にこの辺りの光景が一変するに違いない。人の世を怨んだに違いない納骨堂に眠る霊、そして胎児の霊たちは訪れる子どもたちの姿を見て世の変化を知るだろう。

 

◇帰途、ある秘湯に浸った。目を閉じると様々の事が頭を巡る。その中に足尾のKさんから昨日届いた田中正造の資料がある。捜していた貴重なものがあった。それは正造の文明観に関する。閉じた目に変化する八ツ場渓谷が浮かぶ。この秘湯も秘湯でなくなる日が来るのか。ハンセンの碑が陽を浴びる姿を思った。(読者に感謝)

 

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