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2018年12月15日 (土)

小説「死の川を越えて」第145話

 

 

 

「子どもは希望の芽じゃ。実は西村課長もこの点に強い関心があるらしく、自治の部落の教育はどうなっているのかと心配しておる。世の中の進歩は目覚ましい。子どもの教育は、急務なのじゃ。リー先生だけに任せておいては申し訳ないことなので、わしもあることを考えておる」

 

 万場老人の言葉を人々は不思議そうな表情で受け止めていた。

 

「今日は、実りある集いが実現できました。皆さんに感謝しますぞ。今日のことは県政の上で生かしたいと思います。また、地元の木檜代議士に知ってもらうことは、今後のことを考えると非常に大事です。私からも話しますが、直接皆さんに会ってもらうことが何よりでしょう。万場さん、その時はまた宜しく頼みますぞ」

 

 万場軍兵衛は、当然とばかりに深く頷いて見せた。

 

 

 

 第七章 湯川生生塾

 

 

 

一、 塾始まる

 

 

 

 森川県議が去ってしばらくしたある日、こずえは、万場老人の家の前に立っていた。

 

「何かしら」

 

 そっと呟く。入口に墨痕鮮やかに「湯川生生塾」と書かれた板が掛けられているではないか。

 

「こずえか、何をしておる。入るがよい」

 

 弾んで聞こえる老人の声がした。

 

「はい、ご隠居様」

 

「はは、驚いたらしいな」

 

「何を始めますの」

 

「わしの寺子屋じゃ。西村課長が集落の教育を気にかけていた。森川議員も正太郎はどうしているかと言った。リー女史は寺子屋をやっていると申していた。実はな、この集落で教育は、人間として生きるために最も重要なことなのじゃ。わしの頭には以前から構想があったが踏み切れなかった」

 

 万場軍兵衛は目を閉じ少し考えて続けた。

 

「こんなあばら屋で、という意識があった。また、松下村塾を頭に描いたこともあった。しかしな、建物がどんなであるか、また、塾の規模の大小などは無関係と気付いたのじゃ。一人でも二人でも、人間の成長に役立てば素晴らしいことと思わねばならぬ。それに何より重要なことは、患者が人間として生きる上で、学問が必要だということじゃ。この集落でわしが教えることには、格別な意味があることになぜ気付かなかったか。大いに反省しとる」

 

「湯川生生塾でございますか」

 

「そうじゃ、死の川湯川と共に生きる。人生を逞しく生き生きと生きるという目標を掲げたのじゃ」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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