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2018年12月13日 (木)

人生意気に感ず「真宗の寺で楫取を話す。群馬の原点。死の川は至る所に」

 

◇昨日12日、浄土真宗の寺で楫取素彦の講演。久しぶりのことで、「甦る楫取素彦」という切り口で話した。現在、時代の一大転換点に立って、原点を見詰めるべき時、群馬の原点は初代県令楫取だと私は語った。

 

 従来の楫取の講演と違う特色は、かつて行った私の講演についての楫取に関する小・中学生の感想文を紹介した点である。一つは萩市・椿東小の、もう一つは伊勢崎市四ツ葉中学の、それぞれ生徒の受け止め方である。講演後全生徒に感想を書いてもらったが、読み返すとぐっとくるものがあり、子どもたちの胸のうちを知る上で重要だと感じ紹介することにした。

 

 椿東小は楫取生誕の地であるに拘わらず、楫取をよく知らない子が多く、松陰のことは「松陰先生」と表現し深く尊敬している。彼らは、楫取が遠く離れた群馬の県令として大きな役割を果たしたことに驚き、特に身分にとらわれないで「人間」を重視したことに心を打たれたことを作文に表現していた。

 

 四ツ葉中学の生徒からは成長した精神で楫取を受け止めていることが分かる。女子生徒のIさんは私の話で特に感動したことが二つあるという。一つは松陰が言った「人間にとって一番大切なことは誠を尽くすこと」、二つ目は「人間は身分にとらわれてはいけない。これは吉田松陰の考えと似ている。勇気ある人の考えは同じなのだと思いました」

 

 共通する点は、身分にとらわれない松陰や楫取の姿勢に少年たちが感動していること。階級社会に於いて、身分にとらわれない人間重視が社会改革の大きな力を生みだしたと私は力説した。そして、人間尊重という点で、楫取が「廃娼」に力を入れたことを話し、廃娼に一つの焦点をあてた、そして私の企画原作の映画がアメリカヒューストンの映画祭で賞を得たことに及んだ。

 

◇私の今年の重大ニュースの一つに新聞連載の完結があげられる。上毛新聞に約1年続けた「死の川を越えて」である。ハンセン病の人たちの人権闘争が底流となっている。昨日の講演でもこの本に触れた。

 

「死の川を越えて」は公害と結びついて私の胸の中で今、新たな流れをつくりつつある。公害の原点は渡良瀬川の足尾鉱毒事件である。今、田中正造にのめり込んでいるが、渡良瀬を死の川に変えた巨大な不正に対する正造の怒りは時代を超えて生々しい。正造は「真の文明は川を荒らさず、人間を殺さないものだ」と訴えた。(読者に感謝)

 

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