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2018年12月22日 (土)

小説「死の川を越えて」第147話

 

万場老人はある時、リー女史と会った。

 

「子どもの教育は本当に大切じゃ。リー先生には頭が下がりますぞ」

 

「いえ、心は焦りますが何も出来ません。小さな歩みを大切にしておりますわ」

 

「わしは患者の一人として、また学問をしてきた者として、湯の沢の人たちの教育について何か役割を果たさねばと思ってきました。差別された人にとって、教育は生きる力ですぞ。しかし、何をすべきか、何が出来るのか分からんのです。先生は先輩です。宜しく頼みますぞ」

 

「まあ、万場先生こそ学問の人。力を合わせることは沢山あると思いますわ」

 

 リー女史はにっこり笑って、老人に女史としては人に見せたことのないような熱い眼差しを向けた。

 

「リー先生に御承知願いたいことがござる。わしは、少しでも、日本の歴史、東洋の文化に根差したことを教えたいと思っとります。その点で、同じ子どもが、先生のところと、わしのところ、両方に出入りすることもあると思うのじゃが」

 

「それは良いことです。子どもに任せることですが、私の所も十分なことは出来ないのですから、補い合えればよりグッドですわ。特に正太郎君には、大きな望みがあります。前にも申しましたが、大変賢い子ですわ。この集落の未来のためにも、正太郎君のようなお子さんを大きく育てたいと思ってますの。万場先生が、日本の学問を与え、日本人の心を育ててやって下さい。私は時々西洋のことを教えますから」

 

「は、はー。それは素晴らしいことですな。正太郎のことをそのように思って頂けて、わしは本当に感激ですぞ」

 

 そう言って、万場老人は目頭を拭っている。孫が誉められた以上に嬉しいのであった。

 

 それから間もなくして、万場老人は、こずえ、正助、そして、さやを前にして言った。

 

「大したことは出来ぬが、第一歩を踏み出したい。そこで、お前たちにわしの考えを聞いて欲しい。学問は生きる力。特に我々患者にとっては、学問は目であり耳なのだ。なぜか分かるか。学問がなければ、物事が正しく見えない。物事が自分の心に響かない。心そこにあらざれば見れども見えず、という諺がある。リー先生とも話した。役割の分担じゃ。わしは日本の学問と日本人の心を少しでも教えたい。正太郎君は両方で学ぶことが良い。リーさんの所では西洋のことにも接することが出来るだろうからな」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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