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2018年12月31日 (月)

小説「死の川を越えて」第152話

 

万場老人は身内に若い血が漲る思いで、こずえを指して準備にかかった。

 

「よいか、わしの方針じゃ。難しい問題を幼児にも分かる程に易しく話す。わしの学問の本当の力が試されると覚悟した。そこでは、子どもたちに教える時のよう紙を用意せよ」

 

「大勢だから大きい紙にして、十枚程準備してくれ、使う言葉は予め決めておくが、書くのは、皆さんの見ている前が効果的だ。よいか、お前の役割は重要じゃぞ。舞台に立つ覚悟でやるがよい。時には小さな笑顔を見せよ。お前の笑顔じゃがな。母のお品さんを思い出す。母が傍に立っていると思って頑張るのじゃ」

 

「まあ、ご隠居様、大変なことになりました。お芝居のようではございませんか。それをお芝居でなくやれということですね。母のことが出ました。考えますに、強く生きることは、母の人生とも、お藤おばさまとも関わる問題ですから、私、頑張りますわ」

 

「よくぞ申した。その通りなのじゃ。ハンセン病の集落でこのような教育の動きができるのは、世界広しと言えど他にあるまい。お品とお藤があの世で見ているに違いない。力を合わすことに致そう」

 

 その日がやってきた。山田屋の会場には、「湯川生生塾」の看板が運ばれて立てられた。演芸会のような雰囲気は避けたいと心配したが、全く無用の心配だった。噛み砕くように発する老人の一語一語は人々の心に自然に入り込んでいくように見えた。老人の壮重な風貌が言葉に重みを添えていた。こずえは、合図を受けて、「人間の平等」、「ハンセン病の光」、「学問の意味」等の文字を書く。その筆先を人々は見詰めた。こずえが書き上げて書を掲げ、笑顔を作ると拍手が起きた。一時間ほどがあっという間に過ぎた。万場老人が、このような勉強会を時々やりたいが、いかがかと問うと賛成とか、お願いします、という声が起きた。竹内館の主人はいつでもお使い下さいと言った。湯川生生塾は、予想外の成果をあげて滑り出したのであった。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年12月30日 (日)

小説「死の川を越えて」第151話

 

 しばらくしたある日のこと、正助がやって来て興奮ぎみに言った。

 

「先生、親たちの評判がいいです。子どもがいろいろ話しているのですね。こずえ先生の評判も上々です。皆、美人先生が好きなようですよ」

 

「まあ、そんな。恥ずかしいわ。私なぞ、何も出来ないのに」

 

「は、は、は。それは愉快。わしも嬉しい」

 

「そこで、先生。お母さんたちが、俺に言ってきたのです。今、湯の沢集落が揺れているらしい。勉強しないとついていけないから湯川生生塾で、やさしく教えて欲しい。子ども達のように。こう言うんですよ」

 

「ほほう。それはいいことだ。親にとっても勉強は生きる力。親は現実の厳しさに日々直面しているのだからな。よし、そういう人たちに、承知したと申してくれ。よい動きだと思う。わくわくするが、慎重にしっかり取り組むぞ」

 

 正助は、権太や正男たちにも頼んで準備を進めた。お母さんたちは、塾という学校に参加出来ることが嬉しくて周りに話を広げ、仲間を誘った。正助は、動きが大きくなっていることを感じた。

 

 予定の日が近づいたある日、正助が万場老人のところへ走り込んで来た。

 

「先生、大変です。希望者が多くてとてもここでは狭すぎます。どうやって断りましょうか」

 

「ふうむ。嬉しい悲鳴というやつじゃ。断るのは良くあるまい。今回は、山田屋の世話になろうではないか。お前から話してみてくれぬか」

 

「先生やってみます」

 

 正助は勇んで飛び出して行った。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年12月29日 (土)

小説「死の川を越えて」第150話

 

 

 

 子どもたちの頷く顔を確かめるようにして老人は続ける。

 

「湯川の音が聞こえるな。この流れは命あるものの生きることを許さない。死の川と呼ぶ人もいる。鉄も溶かす。人間なぞ、肉も骨もすぐに溶かしてしまうぞ。昔はな、生きられないハンセン病の患者をこの川に投げ込んだという話もある。恐い怒りの流れなのじゃ。流れの音が聞こえるであろう。この音はな、世間に負けないで強く生きろと私たちに呼びかける川の声じゃ。この湯川と共に生きる。人生を強く逞しく生き生きと生きる。そう誓うためにつけたのが湯川生生塾という名なのじゃ」

 

 こずえは、この時、細い棒を取り出し、笑顔を作って漢字を指し、次にひらがなを指した。棒の先を子どもたちの視線が追った。

 

「これが、この塾の勉強の目的であるぞ。よいかな。もう一度耳を澄ませてみよ。湯川の音が心に響くであろう。湯川がお前たちに呼びかけているぞ。しっかりやれと。今日はこれで終わりじゃ。皆さん、御苦労様であった」

 

 子どもたちが去り、後に残ったこずえと正助に万場老人は言った。

 

「ご苦労であった。どうじゃな開校式は。感想を述べてみよ」

 

「先生、すごいですよ。子どもたちが真剣に聞いていましたよ。勉強の目的が分かったみたいです」

 

「皆さんの顔が輝いていたみたい。ご隠居様の指図で書いた二枚が役立ったみたいで、私もどきどきでした」

 

 こずえの表情がいかにも嬉しそうである。

 

「そうか、そうか。良い出発になったのだな。勉強の目的が分かってもらえれば凄い成果じゃ」

 

 万場老人の声も弾んでいた。

 

 このようにして、湯川生生塾は週に一度程で、歩み出して行った。万場老人が語り、その中の言葉を選んでこずえが書き出し、子どもたちが習字するという型が次第に定着して行くのであった。

 

 

 

日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年12月28日 (金)

人生意気に感ず「戦争がなかった平成だが。東電幹部の強制起訴は。捕鯨始まる」

 

◇平成が終わりに近づくにあたり、戦争がなかった30年間を振り返れば、戦争にも匹敵する大災害があった。阪神大震災、東日本大震災である。特に、東日本大震災に伴う福島第一原発事故は原爆投下のような惨状をもたらし未だ終息が見られない。東日本大震災は本格化しつつある大災害の序曲であることは間違いないと思われる。とすれば、平成の時代はこの元号に込められたような平穏な時代ではなかったことになる。日本列島をすっぽり捉えた不気味な黒い影の兆候はいたるところに現われている。問題はこのような歴史的危機を受け止めるべき国民の心である。享楽に酔った状態が続いている。国民の意識は刹那的で社会や国を守ろうとする気概は極めて薄い。

 

 このような状況を打開すべき役割を担う筈の政治は存在感がない。地方議会は形骸化し議員になり手が不足している有様だ。あの太平洋戦争が風化し忘却の彼方に去ろうとしている。日本はもう一度、ガラガラポンに遭わないと駄目なのか。

 

◇こんな時だけに、原発事故の刑事裁判の行方は重大である。あれだけの事故が不起訴処分になり、再度の不起訴処分を経て強制起訴となった。巨鯨が必死で逃げようとしている。司法の民主化は形だけに終わるのか。

 

 三人の被告は事故前に10mを超える津波が原発を襲うという情報を得ていたから、それに対処すべき義務があった。対策が終わるまで運転を停止する義務があった。検察官役の指定弁護士はこう指摘した。これに対する被告の姿勢からはその重大な立場にふさわしい責任感が伝わってこない。自然に対する畏敬の念、人命を守らねばならないという謙虚さがあれば違った対応がとられたに違いない。国会事故調査委員会が指摘したように、日本の原発は無防備のまま3・11を迎えたことを改めて痛感する。

 

 新しい元号と共に新しい時代が始まろうとしている。巨大災害の足音が聞こえる。それに備える上で、最も重要なことは3・11から教訓を引出し活かすことだ。

 

◇来年7月に商業捕鯨が再開される。およそ30年ぶり。日本の捕鯨の歴史はノルウェーと共に古い。鯨肉は日本の食文化に深く根ざしてきた。古い伝統をもつ和歌山県太地町などは湧いている。日本の近海に限って行われるが、反捕鯨団体シーシェパードなどの反発は激化するだろう。(読者に感謝)

 

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2018年12月27日 (木)

人生意気に感ず「私の平成も終わる。ふるさと未来塾。へいわ845.ローマ法王。東電の刑事責任」

 

◇平成が終わる。今月は平成最後の月。いくつかの勉強会を締めくくった。ミライズ、「へいわ845」、ふるさと塾等。ミライズは実は止めようと思ったことがあったがこのところ充実してきて来年に繋げられる姿になってきた。へいわ845は日本アカデミーの朝礼の中で続けられている週1回の私の講義で、26日、第73回となった。毎回15分から20分位の短時間ながら中味は濃い。私をサポートするスタッフが2人いて、インターネットで配信されている。来年は更に進化の予感がする。

 

 ふるさと塾はおよそ20年間も続く。振り返って、力を抜いたことはないと自負している。優秀な事務員のサポートで続いているが、楽しみながらやっていることが継続の理由である。今年最後の塾は「インカの滅亡とフジモリ」であった。白人の侵略者に対する怨みがテロの底流にある。移民の子フジモリは決意して大統領選に立候補した。彼を支えたものはインカの末裔たちであった。22日は50人近い参加者で盛り上がった。最近、幅広い様々な立場の人が参加しているが、これは私が自民党の県会議員を辞めたことと関係があるに違いない。

 

◇78歳の私は高齢の森に走り込んだことを感じる。そして人生の財産は体力と気力であり、それを支えるものは健康であることを日々噛み締めている。6月に前立腺の手術をしたが、11月3日のマラソンでは10キロ完走を果たし、天に感謝した。記録は昨年とほぼ同じだった。

 

 財産とは何かを時々考えるが、このような時に聞こえてきたローマ法王の言葉は示唆的である。フランシスコ法王はイブのミサで次のように語った。「人間はどん欲になってしまった。多くの人が物を過重に所有することに人生の意義を見出している」。私たちの社会は、物が豊かになったが心は逆に貧しくなったと言われる。このような事態に対する警告である。豊かな社会の過重消費が環境を破壊すると同時に人間の心をも破壊している。

 

◇福島第一原発事故をめぐり東電元幹部に禁錮5年の求刑がなされた。罪名は業務上過失致死傷罪である。求刑の理由は「津波の襲来は予見できた。対策をすれば事故は防げた」というもの。私は事故調査委員会(国会及び民間)の報告書を読んだが、それらはいずれも安全神話にあぐらをかいた人災だと指摘した。8年近く経過するが事故は未だ終息しない。司法の司法が健全な判断を下すことを信じたい。強制起訴に至った背景には重要な意味が込められていると思う。(読者に感謝)

 

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2018年12月26日 (水)

人生意気に感ず「平成天皇最後の会見。結婚式。インドネシアの津波」

 

◇平成天皇最後の記者会見を感慨深く拝見した。ご結婚からの60年間は、私の人生の主要部分と重なる。天皇は「天皇としての旅を終えようとしている」と表現された。また「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに心から安堵」、「阪神大震災や東日本大震災などの多くの犠牲者に言葉に尽くせぬ悲しみを覚える」と述べられた。そして、皇后さまをねぎらう言葉は涙声かと思わせる程感情がこもっていた。

 

 私はこの情景を見ながら60年前の結婚式の光景を振り返っていた。昭和34年4月10日であった。私は前高の定時制に通いながらお菓子の製造と配達の仕事に従事していた。沿道を埋め尽くし熱狂する国民の中を馬車が進む。

 

 前橋市内の八幡宮の境内に伴内さんという駄菓子屋があり、そこでお団子を卸しながら世紀の行列を私は食入るように見つめていた。あの場面を振り返って誰よりも胸を熱くしているのは天皇皇后のお二人に違いない。

 

◇憲法上天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である。この役割は国民の中にあって、国民と共にあってこそ果たされる。美智子様は民間の出ということもあって、ごく自然にこの役割を十分に尽くされたと思う。

 

 社会が激変し、伝統の価値観が崩れていく危機を感じる現代である。皇室という伝統の存在を象徴として定めることの意義は極めて大きい。

 

 平成はその文言の通り戦争がない時代として終わりを遂げようとしている。新天皇の時代が新元号と共に間もなく始まる。大変な時代になることを国民は覚悟しなくてはならない。

 

 予想される大災害、一層進む少子高齢化、外国人との共生など、国民的課題が山積している。これらを担うのは国民であるが、国民の心が乱れていることは最大の課題である。日本国民が正に試される時が来たと思う。74年前、敗戦の瓦礫の中から立ち上がった姿を教訓とすべき時が来た。

 

◇インドネシアの不思議な津波による死者が増大している。昨日の時点で死者734人0、行方不明者154人とか。地震でなく火山の影響らしい。遠く離れた地域のことであるが、日本の大災害への警鐘に思えてしまう。大自然は人智では測り難い存在であることの一例である。南海トラフ型が近いことで、その対策が焦眉の急となっている。想像だけでも恐ろしい世紀の惨事となるだろう。(読者に感謝)

 

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2018年12月25日 (火)

人生意気に感ず「ながら運転に懲役刑が。なり手不足・議会の形骸化」

 

◇大変な時代がやってきた。様々な大波の中で一際目を見張るのは自動車である。自動車の普及は社会を一変させ、自動車の進化の先は予測できない程だ。日常生活が振り回されている。警察庁は道交法改正試案を公表した。

 

 改正の中心はながら運転に関する罰則強化である。誰もがスマホや携帯をもつ時代となり、これらは日常生活に不可欠の存在。歩きながらや運転しながらの使用も日常化し罪の意識はほとんどない。ながら運転が多くの事故の原因となっている現実に対応するためには罰則によって罪の意識を生じさせねばならないだろう。改正案には、ながら運転に懲役刑が設けられる。市民にとってこの法律を知ることが身を守るための喫緊の課題となった。

 

 改正案は「保持」と「交通の危険」に分けて強化の罰則を設ける。「保持」は運転中の使用であり、「交通の危険」とは使用によって交通の危険を生じさせた場合を指す。現行法では、ながら運転だけでは罰金刑のみだが、改正の方向は懲役刑が加わる。

 

 あおり運転が大きな社会問題となっており、引き起こされた事件に最近厳罰が科された。自動車事故の大波を法律が必死で防ごうとしている。法律は心で受け止めねばならない。

 

◇地方議会の形骸化が言われて久しい。「地方は民主主義の学校」といわれる。これは地方が民主主義を支える基盤であり、民主主義が育つ土壌であることを意味している。中央集権化の傾向が加速する中で、「地方の時代」という主張がなされた。私が県会議員の時、地方分権法ができた。地方議会はこれらの流れを受け止める役割を担う。議会の形骸化は議会が力を失って形だけになろうとしていることを指す。正に民主主義の危機なのである。

 

 議会を支えるのが議員であり、更に議員の質である。議員の劣化が指摘されている。「なり手不足」が議員の質の低下の大きな要因でとなっている。「狭き門」から入るのでなく、誰でも入れる広き門になり、更に門に入ろうとする人がいなくなるとは実に悲しいことだ。

 

 地方の議会も地方社会を反映する。最大の病根ともいえるものは、日本人の心から公徳心が失われつつあることだと思う。自分中心、そして自分の欲望本意の空気がみなぎっている。幼稚園がうるさい、児童相談所を迷惑施設と見るなどもそういった社会現象の現われだろう。新時代は途方もない危機と共にやってくるだろう。(読者に感謝)

 

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2018年12月24日 (月)

小説「死の川を越えて」第149話

 

 正太郎以外の子どもにとり、こずえも万場老人も初対面の人であった。きれいな女の人と恐いような老人の取り合わせが子どもたちにとっては不思議であった。老人の容貌自体は、湯の沢集落では珍しいことではない。しかし、うず高い書物を背にした姿は不思議な力を放つように子どもたちを威圧していた。親に言われてやって来たがこれから何が始まるのか。子どもたちの心には好奇心と不安が半ばしてあった。

 

「皆さんこんにちは。わしが万場軍兵衛と申す者です。今日は、湯川生生塾の出発の日です。先ず、この塾は何をするところなのか話したい。わしの顔を見て恐れるような意気地なしは、この集落にはいない筈じゃ。は、は、は」

 

 老人の笑い声が、張り詰めたその場の緊張を幾分解(ほぐ)したようだ。

 

「わしにもお前たちのような小さい時があった。一生懸命勉強したが、勉強の目的は、実はよく分からなかった。試験を通るためあるいは偉くなる手段と考えていた。ある時、この病気になって草津湯の沢に来た。振り返るとな、世の中は驚く程変わった。この集落が、病気ゆえに世間からいじめられていること、ここの人々は、辛い思いで生きねばならぬことを、お前たちは分かっているであろう。だから、ここの人は賢く、そして強くならねば生きられない。勉強はそのためなのじゃ。今日は、初めの日なので難しいことを話すようだが、心配せんでいい。段々に分かる」

 

 万場老人は、ここで言葉を切って、子どもたちの顔を一人一人眺めた。そして、こずえの方に顔を向けると、こずえは心得て待ち受けたように茶を差し出した。老人はそれをうまそうにすすって話を続けるのだった。

 

「さて、湯川生生塾じゃ」

 

 老人はそう言って、こずえに目配せをする。こずえは二枚の紙を並べ筆を取り出した。子どもたちの好奇の視線がこずえの白い手と筆先に集まる。こずえは、一枚にはひらがなで、もう一枚には漢字で塾の名を書いた。美しい字は子どもたちの心をとらえたようだ。こずえはよく見える位置に二枚を貼った。

 

「次からは、この字をお前たちが書くのじゃぞ」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年12月23日 (日)

小説「死の川を越えて」第148話

 

「俺たちはどんなお手伝いをすればいいのですか」

 

「おお、連絡、準備などいろいろある。塾を支える大変重要なことじゃ。またな、子どもだけではなく、時には大人にも話すつもりじゃから、正助には韓国やシベリアの経験を話してもらうこともあろう。心の準備をしておくがよい」

 

 万場老人は、ここで言葉を切って、こずえに向き直った。愉快そうな笑顔が浮かんでいる。

 

「こずえの役割は大切であるぞ。読みと書きじゃ。材料は、論語などから選ぶ。ただ、読みと書きだけでなく、それを通して歴史とか心の問題を話すつもりじゃ。どうじゃ、楽しいとは思わんかな。こずえ先生。は、は、は」

 

「ご隠居様、からかうのはお止めになって下さいませ。私はそんな重い役が果たせるのか心配でなりません」

 

「おお、そうじゃ。これも教材に使おう」

 

 万場老人は思いついたように書物の山を捜していたが、一冊の古い冊子を引き出した。

 

「修身説約と申して、群馬の初代県令の楫取が作らせたもの。全国的に広く学校で使われたが、今、忘れられている。今の知事、牛川虎太郎さんは楫取と並ぶ名知事と言われ、教育にも力を入れておる。子どもにも親にも、この中の幾つかを話してやりたいと思うぞ」

 

「いよいよ、湯川生生塾が始まるのですね」

 

 正助が目を輝かせて言った。

 

 数日が過ぎたある日、正助たちが作った粗末な机に数人の子どもが姿勢を正して座っていた。その中に正太郎の緊張した顔があった。子どもたちの後ろに、二三人の母親たちと正助夫婦の姿が見られた。

 

「皆さん、今日は」

 

 こずえが口を開いた。大変な緊張を笑顔で隠そうとしていることが窺(うかが)えた。

 

「今日は、湯川生生塾の始まりです。私はお手伝いのこずえと申します。こずえおねえさんでも、こずえおばさんでも結構よ。よろしくね。ほ、ほ、ほ。それでは万場塾長のお話を聞いて下さいね」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年12月22日 (土)

小説「死の川を越えて」第147話

 

万場老人はある時、リー女史と会った。

 

「子どもの教育は本当に大切じゃ。リー先生には頭が下がりますぞ」

 

「いえ、心は焦りますが何も出来ません。小さな歩みを大切にしておりますわ」

 

「わしは患者の一人として、また学問をしてきた者として、湯の沢の人たちの教育について何か役割を果たさねばと思ってきました。差別された人にとって、教育は生きる力ですぞ。しかし、何をすべきか、何が出来るのか分からんのです。先生は先輩です。宜しく頼みますぞ」

 

「まあ、万場先生こそ学問の人。力を合わせることは沢山あると思いますわ」

 

 リー女史はにっこり笑って、老人に女史としては人に見せたことのないような熱い眼差しを向けた。

 

「リー先生に御承知願いたいことがござる。わしは、少しでも、日本の歴史、東洋の文化に根差したことを教えたいと思っとります。その点で、同じ子どもが、先生のところと、わしのところ、両方に出入りすることもあると思うのじゃが」

 

「それは良いことです。子どもに任せることですが、私の所も十分なことは出来ないのですから、補い合えればよりグッドですわ。特に正太郎君には、大きな望みがあります。前にも申しましたが、大変賢い子ですわ。この集落の未来のためにも、正太郎君のようなお子さんを大きく育てたいと思ってますの。万場先生が、日本の学問を与え、日本人の心を育ててやって下さい。私は時々西洋のことを教えますから」

 

「は、はー。それは素晴らしいことですな。正太郎のことをそのように思って頂けて、わしは本当に感激ですぞ」

 

 そう言って、万場老人は目頭を拭っている。孫が誉められた以上に嬉しいのであった。

 

 それから間もなくして、万場老人は、こずえ、正助、そして、さやを前にして言った。

 

「大したことは出来ぬが、第一歩を踏み出したい。そこで、お前たちにわしの考えを聞いて欲しい。学問は生きる力。特に我々患者にとっては、学問は目であり耳なのだ。なぜか分かるか。学問がなければ、物事が正しく見えない。物事が自分の心に響かない。心そこにあらざれば見れども見えず、という諺がある。リー先生とも話した。役割の分担じゃ。わしは日本の学問と日本人の心を少しでも教えたい。正太郎君は両方で学ぶことが良い。リーさんの所では西洋のことにも接することが出来るだろうからな」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年12月21日 (金)

人生意気に感ず「草津で人権の会議。人権の碑を新たな名所に。秘湯に」

 

◇20日、草津・栗生楽泉園で人権の碑建設の会議。春のような日差しの仲、吾妻渓谷の対岸には白い雪があった。八ツ場ダム建設の現場を過ぎる。世紀の事業は着々と進んでいるらしい。

 

 午後1時、2回目の会議は車イスの藤田三四郎さんの入室を待って始められた。藤田さんは園の元患者自治会の会長である。会議は議長の快刀乱麻を断つ見事な司会ぶりで進められた。主な議題は碑の文面、碑の石に関すること等であった。文面が議論され大方が決まった。重監房、人権蹂躙の歴史、らい予防法違憲賠償訴訟、人権回復などの文言が検討された。前回の会議を踏まえ、予め出された2・3の文が対象で、その中には私が書いたものも含まれていた。進行中、時々藤田さんの意見を求める。92歳の歴史の生き証人の記憶力は驚くべきものであった。

 

 石碑の大きさは横180センチ、縦90センチから120センチ、インド産の黒御影石、このようになりそうだ。

 

 平成30年が平成の時代と共に終わりに近づいた。この時点でハンセン病患者に関する石碑が建てられることには特別の意味があるに違いない。私は小説「死の川を越えて」の仲で草津から展開していく人間ドラマを書いた。その終局が違憲国賠訴訟の場面であった。人権の碑建設はこの訴訟の流れと関連する。このような碑が全国のハンセン病の施設に建つことになるだろう。

 

 私は、碑文は平易にと主張した。そしてなるべく具体的事実を盛り込むべきだと思った。先日(18日)、広島の原爆資料館で多くの小中学生が熱心に資料を学ぶ姿を見た。今、ハンセンの碑の前で小中学生がメモをとる姿を想像する。人権の碑は、納骨堂の前に胎児の碑と並んで建てられる。近くには復元された重監房の施設もある。人権の碑と共にこの辺りの光景が一変するに違いない。人の世を怨んだに違いない納骨堂に眠る霊、そして胎児の霊たちは訪れる子どもたちの姿を見て世の変化を知るだろう。

 

◇帰途、ある秘湯に浸った。目を閉じると様々の事が頭を巡る。その中に足尾のKさんから昨日届いた田中正造の資料がある。捜していた貴重なものがあった。それは正造の文明観に関する。閉じた目に変化する八ツ場渓谷が浮かぶ。この秘湯も秘湯でなくなる日が来るのか。ハンセンの碑が陽を浴びる姿を思った。(読者に感謝)

 

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2018年12月20日 (木)

人生意気に感ず「空の恐怖とパイロットの飲酒。訪日客3千万人時代。貴州省訪問団」

 

◇国交省はパイロットの飲酒検査義務を定めた。乗務前のアルコール検知器を使った飲酒検査義務がなかったことが信じられない。10月末イギリスで、日本航空の副操縦士が現地の基準の10倍超の検出を指摘され実刑判決を受けたことに対応する国交省の動きである。当然の対策であるが、これまで放置した責任は大きい。あの史上最悪の御巣鷹の事故を忘れたのか、のど元過ぎれば熱さ忘れるという諺があるが、空の恐怖に対して余りに無神経、そして人の命を軽視するものと世界から見られても仕方ない。空の旅が日常化し一般人も危険意識が薄らいでいるのか、怒りの声が小さいのに驚く。日本は礼儀作法の国ということになっているが、その根本は生命の安全を確保することである。

 

◇2018年の訪日客が3,000万人を超えた。観光立国日本の実現は素晴らしいことだ。外国人は日本の魅力に引かれてやってくる。魅力とは日本の自然であり、日本の文化の比重が大きいが、身の安全ということは更に重要な要素である。日本の安全は神話とさえ言われた時代がある。これは地下鉄サリン事件以来地に落ちた感があるが、ここで踏みとどめて良い治安を守らねばならない。空の安全がパイロットの飲酒で崩れようとしている。これは日本人全体の志気がゆるんでいることの象徴である。新年を迎えるにあたり、サムライの国は人間の安全を命をかけて守る国だということを認識したいものだ。

 

◇19日、中国貴州省訪問団が来県。県の関係課及び日中友好協会が対応した。副省長蘆政(ろようせい)以下総勢23名の訪問団の目的は群馬の温泉について学ぶことである。知事表敬、県庁内での意見交換に私は群馬県日中友好協会会長として参加した。意見交換の後、会場を移しロイヤルホテルで日中友好協会主催の昼食会が行われた。それぞれの場で私は中国語を交えて挨拶した。

 

 今回の企画には福田元総理が関わり、私は先日福田さんにお会いした時直接に対応を指示されていた。貴州省は内陸部の省である。人々と話すうちに中国の懐の深さを改めて痛感した。人口3千5百万人、面積は日本の28倍である。アメリカが脅威を抱きトランプが躍起になってアメリカ第一を叫ぶ意味が分かる気がした。

 

 昼食会では日本の長く深い歴史がそれぞれに語られた。強かな隣人と新たな絆を築く時が来た。(読者に感謝)

 

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2018年12月19日 (水)

人生意気に感ず「広島市長と会う。マララの招待。富士の偉容。原爆資料館」

 

◇17日夜、東京駅近くのホテルに一泊し、翌朝6時30分の新幹線のぞみで広島に向かった。この朝も暗い中東京駅周辺を走った。その疲れが出たのかもうろうとしていると富士山という言葉が耳に飛び込んできた。ハッとして横を見ると、右手に荘厳な富士が朝日を受けて迫っている。列車はその前を通過中であった。こんな凄い借景はない。正に天が造った芸術作品である。私は心を打たれしばし呆然として見守った。そして日本人の心と日本の歴史文化を象徴するこの富士の姿をマララさんに是非とも見て欲しいと思った。

 

 この日の広島市長訪問の目的はマララさんのことである。来年8月にマララさんを招く運動を進めている。カーン・パキスタン駐日大使、福田康夫元総理、山本前橋市長等が熱心に協力してくれている。カーン大使は広島市と前橋市の連携を勧めてくれた。8月6日の広島平和記念式典への参加と合わせれば実現の可能性が高まるというのだ。そこで、過日前橋市長から広島市長に正式の書類が送られた。そこにはマララさんの招待を望む声と意義が込められている。私の訪問はそれを踏まえてのものだ。これまでに事務局との打ち合わせは済ませていた。富士山の偉容は「がんばれ」というメッセージとなって私の心に力を与えてくれた。

 

 11時、私は市長室に通された。間もなく松井一實市長が現われた。私は、なぜマララさんかを語った。抑えて話そうと言い聞かせていたが、つい熱が入ってしまったらしい。それは、手土産にと上毛新聞連載の小説「死の川を越えて」を渡し、それを材料に群馬を説明したことにも原因があったと思う。ハンセン病患者の苦しみは、原爆被災者のそれと共通性がある。松井市長も差別と人権を語られた。市長は、マララさんに招待状を出し、出来るだけのことをやりましょうと約束してくれた。固く握り合う手に心を感じ、私は「やったー」と心で叫んだ。松井市長は来年はローマ法王も来日されると語った。今月の「ふるさと未来塾」ではカトリックの大罪を語る。イスラムの世界からマララさんが広島に来ることは、宗教と平和を考える上でも意義あることと思った。

 

◇広島市役所を出て、原爆資料館を観た。資料館は小学生がいっぱいで生々しい資料は1945年8月の地獄を再現していた。来年マララさんの来日が実現したら彼女はイスラムの目でこの地獄をどう捉えるだろうか。(読者に感謝)

 

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2018年12月18日 (火)

人生意気に感ず「書道表彰式で。知事選の行方。新元号の下で」

 

◇15日、第69回群馬県書道展の表彰式と祝賀会がホワイトイン高崎で行われた。県書道会にとって平成最後の大規模な行事であった。受賞者の圧倒的多数は女性である。若い女性も多いことに私はほっとした。伝統文化に参加する人が少なくなることに危機感を抱いていたからである。

 

 祝賀会では橋爪県会議員が祝辞を述べた。私は県日中友好協会会長及び書道協会顧問と紹介され挨拶した。振り返って、今年は日中の重要な書道展があった。書は日中を結ぶ重要な文化的絆である。私はそのことにも触れながら今回の書道展の重要性を語った。それは平成が終わることにも関係する。平成の元号には天と地の平和が込められている。しかし、天(自然界)の平和を乱す出来事として東日本大震災が生じ、地の平和を崩す憂うべき事態として人の心の乱れが進んだ。

 

 私は訴えた。「東日本大震災は次の巨大災害の序曲です。最も重要な備えは私達の心にあります。そこで伝統文化書の役割は極めて重要です。機械が作り出した文字と違って皆さんの作品一つ一つからは心が伝わってきます」。書は心を表わすことを深く味わった一年であった。

 

◇山本一太さんが知事選出馬を決めた。少し前に意見を求められたことがある。13日には本人に会って決意を聞いた。天を衝く勢いを感じた。この人のライヴを観たことがあるが針金のような細い身体から生ずるエネルギーの凄さに驚いた。軽いと評する人もいるが国士を思わせる雰囲気も漂う異色な政治家である。14日の記者会見では、「自分しか群馬を変えられる人間はいない」と語り、「立候補しないことは100%ない」と決意を示した。現知事の任期満了は来年7月27日である。知事選は新元号の下で行われる。かつてない知事選となることは間違いない。誰が立候補者になるにしても新元号の下で群馬をどうするかを訴えるだろう。そして、高齢少子化、人口減少、大災害等の対策を語るだろう。有権者は、新天皇を胸に描きながらそれぞれの思いを込めて投票するに違いない。

 

◇15日のミライズ(勉強会)では山本市長が講師で前橋の未来を語った。元気一杯だった。今月の「ふるさと未来塾」はコロンブスの流れでインカ帝国の滅亡を語る。異質の文明の衝突とその一方の消滅は悲しい。乞う、御参加。(読者に感謝)

 

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2018年12月17日 (月)

人生意気に感ず「私の中で発酵する田中正造。正造の現代的意味。あおり事件」

 

◇田中正造が私の中で発酵しつつある。14日、その度合いを一歩進める出来事があった。田中正造及び鉱毒事件と縁の人たちと桐生の料亭で食事をした。食事の席でO氏から12月14日が特別の日であることを聞かされ不思議な気持ちに駆られた。明治24年12月14日、田中正造の養女ツルは山田友次郎と結婚した。ツルはO氏の祖母であり、友次郎(O氏の祖父)は正造の下で鉱毒事件に奔走した人であった。阿佐美沼を眼下に眺めながら、若い男女の物語に思いを馳せると正造を支える群像が私の中で正造を甦らせその認識を新たにしていくのだった。

 

◇田中正造が時代の試練に耐えて現代に甦る理由は何か。私はその徹底した土着性と彼が掲げる高い理念だと思う。あの風貌で泥にまみれながらなり振り構わず一貫して突っ走る姿は理屈以上に土と共に生きる人々にとって説得力があったに違いない。一方、社会主義者の幸徳秋水が正造に頼まれて明治天皇への直訴状を書き、荒畑寒村が「谷中村滅亡史」を書いたのは正造の高い理念に動かされたからである。

 

 この日私は正造の土着性が単なる土着を超えて当時の若者の心を捉えたことを友次郎、ツルの物語と重ねていた。友次郎とツルは相思相愛の仲であったが、ツルの両親は結婚に反対であった。ツルが育った柏崎家は資産家でツルに教育をつけた。当時、結婚には両家の家柄が重要な問題だったのだ。この情況の解決のためにツルは田中正造の養女となり、田中家から山田友次郎に嫁入りしたという。

 

◇東名あおり事件で懲役18年の判決が下った。高速交通の時代に於いてあおり運転は大きな社会問題となっている。高速道路の利用は一般の人々の日常生活の一部になっている。高速道路の利用自体が大きな危険性が伴う。それがすっかり慣れてしまって、危険を感じる意識も麻痺してしまったようだ。しかし日常生は増々慌ただしく、人々はゆとりを失っている。あおり運転はこのような情況を背景にしている。

 

◇横浜地裁は石橋和歩被告に危険運転致死傷罪を適用し懲役18年の刑を言い渡した。求刑は23年だった。停車させた後の大型トラックに追突され夫婦が死亡した。高速道路の恐怖を改めて痛感する。裁判官はあおり運転と夫婦の死亡との間に因果関係があると認定し同罪の成立を判示した。この判決の影響は大きい。高齢者の高速道路利用にも大いに関わる判決である。(読者に感謝)

 

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2018年12月16日 (日)

小説「死の川を越えて」第146話

 

「まあ、素晴らしいことですわ。この湯川も先生なのね。私もお手伝い出来るのかしら」

 

「おお、出来るとも、お前は助手じゃ。お前は字が上手。読み書きを教えねばならぬからな。教えることは自分にとっても勉強なのだ。頼むぞ」

 

 こずえには、万場老人の熱いものが伝わってくるのが感じられた。

 

 万場老人は、湯川生生塾の看板を改めてじっと見詰めた。目を移すと湯川が音を立て激しく流れている。岩に砕ける白波が見えた。老人は湯川の光景を見ながら、自分の学問の人生に思いを馳せていたのだ。東京帝大を出て一族からも世間からも嘱望された人生の筈だった。昔の仲間とは一切の連絡を絶ったが、彼らは皆、輝かしい栄達の道を歩んだ筈だ。自分は地獄に落ちた。この醜い姿は何事かと世を怨んで、この湯川に身を投げようと思ったこともあった。それを踏み止めさせたのは何かと自問した時、答えは学問だと気付いた。

 

 追い詰められた時、自分に示唆を与えたもの、そして自分の心に勇気を与えたものは折に触れて読んだ文学であり、歴史であり、大学の講義であり、その他学問生活の中で積み重ねたものであった。自分にとって救いになった学問なら他の患者にも力になるに違いない。

 

 自分の学問を同病の人のために役立てねばならない。万場老人はそう決意したのである。

 

 リー女史の寺小屋に通える子どもは限られていた。湯の沢集落に住人の数が増えるにつれ、子どもの数も増えていた。世の流れはとうに寺子屋の時代ではなくなっていた。明治五年に学制が布かれて以来、全ての子どもは公教育にという国の方針もあって、ほとんどの寺子屋や塾は姿を消した。しかし、湯の沢集落は別であった。ここの子どもは、社会一般から差別され受け入れてもらえないのだから、湯の沢集落が自治ということを誇るなら、自治の重要な内容として、教育に取り組むべきことは当然であった。西村課長が自治と聞いて集落の教育に関心を示したのも当然であった。

 

万場老人は、このことに思い至ったとき、リー女史の教育活動に敬意を払いつつ、自分も役割を果たさねばという思いを強めていた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年12月15日 (土)

小説「死の川を越えて」第145話

 

 

 

「子どもは希望の芽じゃ。実は西村課長もこの点に強い関心があるらしく、自治の部落の教育はどうなっているのかと心配しておる。世の中の進歩は目覚ましい。子どもの教育は、急務なのじゃ。リー先生だけに任せておいては申し訳ないことなので、わしもあることを考えておる」

 

 万場老人の言葉を人々は不思議そうな表情で受け止めていた。

 

「今日は、実りある集いが実現できました。皆さんに感謝しますぞ。今日のことは県政の上で生かしたいと思います。また、地元の木檜代議士に知ってもらうことは、今後のことを考えると非常に大事です。私からも話しますが、直接皆さんに会ってもらうことが何よりでしょう。万場さん、その時はまた宜しく頼みますぞ」

 

 万場軍兵衛は、当然とばかりに深く頷いて見せた。

 

 

 

 第七章 湯川生生塾

 

 

 

一、 塾始まる

 

 

 

 森川県議が去ってしばらくしたある日、こずえは、万場老人の家の前に立っていた。

 

「何かしら」

 

 そっと呟く。入口に墨痕鮮やかに「湯川生生塾」と書かれた板が掛けられているではないか。

 

「こずえか、何をしておる。入るがよい」

 

 弾んで聞こえる老人の声がした。

 

「はい、ご隠居様」

 

「はは、驚いたらしいな」

 

「何を始めますの」

 

「わしの寺子屋じゃ。西村課長が集落の教育を気にかけていた。森川議員も正太郎はどうしているかと言った。リー女史は寺子屋をやっていると申していた。実はな、この集落で教育は、人間として生きるために最も重要なことなのじゃ。わしの頭には以前から構想があったが踏み切れなかった」

 

 万場軍兵衛は目を閉じ少し考えて続けた。

 

「こんなあばら屋で、という意識があった。また、松下村塾を頭に描いたこともあった。しかしな、建物がどんなであるか、また、塾の規模の大小などは無関係と気付いたのじゃ。一人でも二人でも、人間の成長に役立てば素晴らしいことと思わねばならぬ。それに何より重要なことは、患者が人間として生きる上で、学問が必要だということじゃ。この集落でわしが教えることには、格別な意味があることになぜ気付かなかったか。大いに反省しとる」

 

「湯川生生塾でございますか」

 

「そうじゃ、死の川湯川と共に生きる。人生を逞しく生き生きと生きるという目標を掲げたのじゃ」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年12月14日 (金)

人生意気に感ず「原爆写真展を観る。アメリカの大罪。サダ子学園。井上死刑囚の手記」

 

◇県庁の県民ホールで原爆写真展を観た。その悲惨さ、むごさは73年の時を超えて生々しい。我々日本人は想像力によって地獄というものを描いてきた。原爆が作り出したものはそれを遥かに超えている。閻魔様、血の池地獄、鬼たちに怯える亡者の姿などはむしろ牧歌的に思える。原爆は最先端の科学が生み出したもの。それは一般の人々の想像の遥か先にある。従ってその恐ろしい結果も人々の想像の及ばない所にあるのは当然である。私は改めて思った。一般市民を大虐殺した様は、ナチスのアウシュビッツどころではない。毒ガスも遠く及ばない。アメリカは、人道上の大罪を犯したのだ。なだれを打って川に飛び込み人々は両手を前に伸ばし、そこから肉が垂れ下がっている。あまりのむごさに私は思わず顔をそむけた。

 

◇この写真展の一角に「貞子」のことがあった。被曝して、生きたいと願いつつその願いを鶴に込めて、千羽鶴を折りつつ亡くなった原爆少女は世界に反響を及ぼした。棺に納められた少女の写真を私は初めてみた。

 

◇私は県会議員の時、スペインの「サダ子学園」を視察した。地の果てにサダ子の名の教育機関幼稚園があることに奇異な感じを受け、それが原爆少女の名であることを知って衝撃を受けた。この学園は原爆の洗礼を受けた広島を学び、13歳で鶴を折りつつ亡くなった小さな命を忘れないことを建学の精神としていた。広島の原爆の衝撃波が少女の千羽鶴と共にここまで届いていたことを確認した瞬間であった。

 

◇昨日、「オウム死刑囚魂の遍歴」を買った。この日に発売されたもの。死刑囚井上嘉浩が拘禁中に書いた手記は400字詰め原稿用紙で5千枚を超えた。ごく普通の少年、難関の進学校に入った少年がなぜ狂気の宗教に入り、大罪を犯し死刑判決に至ったのか。オウムの事件は現代社会にあいた真っ黒な闇の穴である。この黒い闇の中を少しでものぞきたいと思った。そこには宗教とは何か、人間とは何か、現代の若者の心の中にあるものは何かなどが蠢いている。黒い穴の底にこれらを解く鍵があるに違いない。マスコミが狂ったように騒いだ割には多くの国民はオウムの実態を知らない。13人の死刑は執行された。2018年7月6日、処刑された井上は48歳であった。その前日に書いた絶筆の写真が載っている。生前、ニューヨークで行った「空中浮揚」のことが目につく。正月休みに読むつもりだ。(読者に感謝)

 

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2018年12月13日 (木)

人生意気に感ず「真宗の寺で楫取を話す。群馬の原点。死の川は至る所に」

 

◇昨日12日、浄土真宗の寺で楫取素彦の講演。久しぶりのことで、「甦る楫取素彦」という切り口で話した。現在、時代の一大転換点に立って、原点を見詰めるべき時、群馬の原点は初代県令楫取だと私は語った。

 

 従来の楫取の講演と違う特色は、かつて行った私の講演についての楫取に関する小・中学生の感想文を紹介した点である。一つは萩市・椿東小の、もう一つは伊勢崎市四ツ葉中学の、それぞれ生徒の受け止め方である。講演後全生徒に感想を書いてもらったが、読み返すとぐっとくるものがあり、子どもたちの胸のうちを知る上で重要だと感じ紹介することにした。

 

 椿東小は楫取生誕の地であるに拘わらず、楫取をよく知らない子が多く、松陰のことは「松陰先生」と表現し深く尊敬している。彼らは、楫取が遠く離れた群馬の県令として大きな役割を果たしたことに驚き、特に身分にとらわれないで「人間」を重視したことに心を打たれたことを作文に表現していた。

 

 四ツ葉中学の生徒からは成長した精神で楫取を受け止めていることが分かる。女子生徒のIさんは私の話で特に感動したことが二つあるという。一つは松陰が言った「人間にとって一番大切なことは誠を尽くすこと」、二つ目は「人間は身分にとらわれてはいけない。これは吉田松陰の考えと似ている。勇気ある人の考えは同じなのだと思いました」

 

 共通する点は、身分にとらわれない松陰や楫取の姿勢に少年たちが感動していること。階級社会に於いて、身分にとらわれない人間重視が社会改革の大きな力を生みだしたと私は力説した。そして、人間尊重という点で、楫取が「廃娼」に力を入れたことを話し、廃娼に一つの焦点をあてた、そして私の企画原作の映画がアメリカヒューストンの映画祭で賞を得たことに及んだ。

 

◇私の今年の重大ニュースの一つに新聞連載の完結があげられる。上毛新聞に約1年続けた「死の川を越えて」である。ハンセン病の人たちの人権闘争が底流となっている。昨日の講演でもこの本に触れた。

 

「死の川を越えて」は公害と結びついて私の胸の中で今、新たな流れをつくりつつある。公害の原点は渡良瀬川の足尾鉱毒事件である。今、田中正造にのめり込んでいるが、渡良瀬を死の川に変えた巨大な不正に対する正造の怒りは時代を超えて生々しい。正造は「真の文明は川を荒らさず、人間を殺さないものだ」と訴えた。(読者に感謝)

 

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2018年12月12日 (水)

人生意気に感ず「性暴力とノーベル平和賞。胃カメラを呑む。医との付き合い」

 

◇ノーベル平和賞のムラドさんのことは全世界に衝撃を与えた。自ら性暴力を受けた事実を実名でテレビで語る。事実は小説より奇なりというが信じがたいことだ。受賞決定後の記者会見で「声を上げられない人々の声になる」と語った。イスラム過激派の性暴力はこれが人間か、人類は動物から進化を遂げていないのではないか、宗教を掲げているが、宗教とは何か、等々のことを突きつける。

 

 ISは若い女性を奴隷として拉致、一人の女性を何人もの男が繰り返し暴行し「転売」するという。一個の物として扱っている。ムラドさんは次のように語った。「私は自尊心を失っていない。私たちは闘わなければならない」。自尊心こそ人間の本質である。地獄の情況で人間の本質を失わなかったことに私は感動した。価値あるノーベル平和賞である。

 

◇昨日(11日)、胃カメラをのんだ。口頭、食堂、胃、全てきれいで、医師は「胃壁につやがあります」と語った。私は目の前に映し出される自分の体内を見詰めた。78年間、私の活動を支えてきた胃は、言わば私の命を燃やすカマドである。画像を見ながら子どもの頃を思い出した。やんちゃな私は面白がって小さなフナやドジョウを生きたまま呑んだ。フナは直ぐ動かなくなるがドジョウはわずかの時間くねるのを感じた。あのあたりで、と私は胃の中を眺めながら70年も前の悪戯の現場に立ち返った思いであった。カメラを操作する医師の気配から温かいものが伝わる。私はこの医師が中学生の頃家庭教師をしていた。週一回、夜の時間、この医院の院長室で英語や数学を教えたことが懐かしい。時々診察の時、昔の勉強のことを話すことがある。良いかかりつけ医を持つことは健康長寿の秘訣である。思いを巡らしていると耳元で声がした。「異常はありませんよ」。生きられる幸せを実感した瞬間であった。

 

 2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで死ぬ時代に生きている。そう思うとカメラに映った生き生きした赤い胃壁が不思議に思える。平成最後の年に健康で生きる力を実感できた。今年の私の10大ニュースの第一は前立腺の手術をし、その後で群馬マラソンの10キロコースを完走したことである。人生百年時代を迎えた。マラソンの百年コースを走っている。

 

 今日は高崎の寺で「甦る楫取素彦」と題した講演を行う。群馬の原点を語るつもり。(読者に感謝)

 

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2018年12月11日 (火)

人生意気に感ず「平成が終わる。新しい年の期待と不安。忙中閑、秘湯に入る」

 

◇師走である。平成が終わる。天地とも平和が達成されるという願いを込めた元号であった。平成の終わりと共に天地の平和もその先行きが怪しくなってきたと思えてならない。

 

 平成に入って間もなく(6年後)、阪神大震災が起き、そのまた6年後に東日本大震災が起きた。日本列島は地震の巣と言われるが、天の摂理が働いて地震の巣がにわかに目を覚ました感がある。東日本大震災は災害の時代の序曲に違いない。天は警鐘を発するように内外各地に地震を起こしているが私達は慣れっこになってしまった。殊に群馬県は安全神話にあぐらをかいている情況である。

 

 しかし、「災害は忘れた頃にやってくる」。しかもそれは必ずやってくる。来年は新元号の年であるが、新しい時代は荒れた世になるのではないか。首都直下型、南海トラフ型は出番を待っているに違いない。

 

 心配なのは地震や津波だけではない。地球温暖化による異常気象は恒常化してゲリラ豪雨や土砂崩れは更に酷くなることは必然である。天界だけでなく人間界にも大きな変化が起きている。親殺し、子殺し、金のため、不倫の末の人殺しと毎日のニュースには誰も驚かず、日本列島は白骨列島に化している。

 

 昔から政治の乱れと天変地異は不思議と符合する。トランプ、プーチン、習近平、金正恩等これらの人々が、皆自国第一を主張しあっている。最近、父ブッシュが亡くなったが世界を理念で指導する人が存在しない。危険なナショナリズムの波はヒトラーの再来を懸念させる。除夜の鐘が近い。ゴーンという響きは煩悩を静める音だが、多くの人は聞く耳を持たない。

 

◇忙中閑ありという。私はしばしば高山村へ行く。豊かな自然と温かい人情が残っている。この情況と溶け合うように秘湯が存在する。秘湯も有名になると秘湯でなくなるのは残念であるがいくつかあるうちの一つ、大塚の湯はまだ秘湯の姿を保っている。先日ゆっくり、私としては長い時間楽しんだ。30度ちょっとの「ぬる湯」として知られる。稜線を重ねた山々、その麓の農家には赤い柿が豊に実をつけている。目の前の光景は忙しさに追われる私の心をいやしてくれる。人間には心の充電が必要だと思った。過疎が進み、いやしの里が消滅の危機にある。日本人は時には走るのを止め、雑踏から抜け出してぬる湯につかる必要がある。(読者に感謝)

 

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2018年12月10日 (月)

人生意気に感ず「入管法改正の意味。書道展の開幕式」

 

◇入管法改正案が8日未明に成立した。私にとっては身近な法案なので関心を持っていた。野党は反対の姿勢であったが、迫力がなかったようだ。それは多くの国民がこの改正を求めていたことと関係があるに違いない。しかし、審議の過程は拙速の感があった。「政府に白紙委任」という批判があるのは、法律の具体的内容が定められず、今後の法務省令に委任されている箇所が多くあるからだ。この点、大森衆院議長は「省令に委任された事項が多い」と苦言を呈していた。

 

◇現在の外国人受け入れで守られている点は、単純労働を認めないことである。この点について、今後の改正では単純労働を認める結果になる恐れがある。それは省令で新たな在留資格である技能水準を定めるが、その水準を低くすれば「技能水準」を設ける意味が少なくなり事実上単純労働を認めることになるというものだ。

 

◇改正案は特定技能1号と特定技能2号に分けられる。1号はある程度(法律では一定と定める)の技能が求められ、2号は熟練した技能が求められる。1号の技能のレベルを下げれば、単純労働を認めることに通じるというのだ。私が関心を抱く技能実習生は改正法によりこの1号に大半が流れ込むと見られている。2号は実質的に永住権を認められ妻子の同伴を認められる。

 

 少子化の潮流の中で、労働力不足は不可避で法改正はこれに対応するもの。日本の歴史上かつてない外国人との共生の時代がやってくる。憲法14条は人種等による差別を禁じているが、この条文がにわかに重要性を増す。

 

 改正法案では、特定技能の外国人との契約に関して、外国人であることを理由とした差別をしてはならないと定める。低賃金の労働力と考えていた中小企業の事業主は新たな経営方針の実施を迫られる。地方の住民や文化も大きな影響を受け、社会が変化

 

していくに違いない。

 

◇7日、第69回群馬県書道展覧会の開幕式が近代美術館で行われた。私は書道協会顧問として参加した。この展覧会は群馬県の最高の権威ある書道展である。書は日本の大切な伝統文化である。伝統文化は多くあるが精神の働きを現すものとして大きな特色がある。国際化が急激に進み、日本人の精神文化が押し流される危機を感じる時、書道を堅持する意義は極めて大きい。一本の線が引けるまでに十年はかかるとこの会の大家西林先生は述べられた。(読者に感謝)

 

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2018年12月 9日 (日)

小説「死の川を越えて」第144話

 

「ここで断っておくが、正助の行動に対してわしの意見は何も言っておらん。先程、森山さんが、湯の沢の実態を捉えることが重要だと言われたことと関わることなのでわしの口から紹介したのじゃ」

 

 森山抱月は、万場老人の話にじっと聞き入っていたが、膝を叩いて口を開いた。

 

「良い話を聞きましたぞ。正助君が自分の意志で夜、広い自然を歩いて感じたことは、この湯の沢集落にとって、貴重な財産になりますぞ。今、このことが出たので改めて申し上げたいことがあります。湯の沢の話が具体的に動き出してきたのです。実は、牛川知事は湯の沢集落移転の請願を行ったのですが、事前に私たち議会の幹部に相談したのです」

 

 意外な言葉に一同は身を乗り出すように興味を示した。

 

「知事は湯の沢の素晴らしい点を踏まえた請願にすると申された。過日、正助君が県議会に行った時、知事は正助君から湯の沢のことを聞いた。そして、知事は、湯の沢を群馬の誇りとすべきだと発言された。私はそばでそれを聞いて感動したのです。知事の請願にはそれが生かされています。それは、草津温泉を使える地域に理想的集落を建設して欲しいという表現です。この理想的という表現は実に重い。具体的場所は示さなかったのですがね。正助君が歩いて感じたことは、知事の理想を具体化する意味がありそうですな」

 

 人々の顔には、ほおーという驚きの表情が現われていた。

 

「実は木檜代議士に対する政府の答弁書にも、牛川知事の請願を重視していることが現われています。正助君が、湯川に沿って広く歩いて感じたことは、このような点から大変重要な意味をもっています。私も遠からず、正助君が歩いたところを是非見たい。その時は案内を頼みます」

 

 森山は正助を見て言った。正助は深く頷いてみせた。

 

「ところで」

 

 森山抱月は、ここで話題を変えるように笑顔をつくり、あたりを見回して言った。

 

「県議会で元気に名前を答えられた坊ちゃん。ええと、正太郎君と言ったかな、どうしているかな。は、は、は」

 

「元気で飛び回っております」 

 

 正助が答えた。

 

 その時、黙っていたマーガレット・リー女史が微笑を浮かべて言った。

 

「実は、私のところでささやかなスクール、寺子屋を始めまして、正太ちゃんが来ております。大変賢い子で楽しみです」

 

 それを聞いてさやの嬉しそうな笑顔がこぼれた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年12月 8日 (土)

小説「死の川を越えて」第143話

 

正助には別人のように見えた。森山は静かに語り出した。深刻な問題を易しく穏やかに説こうとしている風であった。

 

「世間では、ハンセン病を恐ろしい伝染病と考えているようです。背景にはハンセン病の長い歴史があり、偏見、無知、迷信もあると思います。しかし、これが社会の現実なのです。そして、ハンセン病の患者が全国に非常に多いのも事実です」

 

 森山は言葉を切り、皆の顔をじっと見て続けた。

 

「日本は、日清、日露の戦争に勝って世界の一等国の仲間入りをしました。ハンセン病の患者がうろうろしているのは文明国の恥という考えが政府にはあります。また患者をきちんと把握して治療を施さねばならないことは勿論です。そういう目的で作られた法律が癩予防法なのです」

 

 森山が文明国の恥と言った時、人々の表情に瞬間緊張が走ったように見えた。国の体面を優先させるのかという思いが人々を襲った。万場老人は自分たちを恥と捉える国の姿勢に強い怒りを覚えたのだ。それを敏感に受け止めながら森山は続けた。

 

「県議会も基本的には国と同じ考えです。ただ、正助さん一家が議会で説明したこともあって、この湯の沢集落に対する関心は大いに高まっているのです。こういう流れの中で、この度、帝国議会に対し、我が牛川知事の請願があり、また、吾妻出身代議士木檜泰山さんの問題提起があったのです」

 

 ここで、森山は話すのを止めて万場老人に視線を投げた。それを受けて老人は口を開いた。

 

「皆さん、知事と代議士のことは私から説明しよう」

 

 老人はそう言って、知事の請願と木檜代議士の建議案、そして、政府の答弁を易しく簡潔に話した。人々は頷きながら聞いた。そして、老人は最後に、特にと断って、正助の動きに触れた。

 

「実は、思うところあって、正助には先にこれを一部分だが説明し宿題を与えた。正助の行動は未だ話さぬつもりでいたが、森山さんの話があったので発表することに致そう」

 

 万場老人がこう切り出すと、皆の表情が動いた。

 

「正助は、湯川に沿って、麓の白砂川の荷付け場まで、夜歩いたそうじゃ。湯の沢の人は皆知っとるが、夜は足下も見えぬ闇じゃ。空には星が光っていた。聞こえるのは湯川の流れだけ。大自然のはらわたに入ったような気持ちであったことじゃろう。白砂川から戻って湯の沢近くまで来たら夜が明けた。朝日の中に見渡す限りの大自然が姿を現した。それを見て正助は、もしこの広い一画を手に入れることが出来、草津の温泉を引くことが出来れば、本村に気兼ねなく暮らせると思ったというのじゃ。正助に代わって話したが、どうじゃ、正助、間違いはあるまい」

 

 正助は黙って大きく頷いた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年12月 7日 (金)

人生意気に感ず「自民党全県議が『死の川を越えて』を買うことに。マララを招く」

 

◇昨日(6日)、かつての同僚県議Sさんから連絡。私の小説「死の川を越えて」を自民党の全県議が買うことになったという報告である。前日、自民党控室を訪ね本の内容について私は説明した。本会議中で、昼食時であった。草津のハンセン病の人たちの人間ドラマであること、物語の流れは本流となって訴訟の場に流れ込む。当時の首相は小泉純一郎氏、監房長官は福田康夫氏であり、小説ではこの2人をモデルにした人物が登場することなどを語った。そして売上の一部は、草津のハンセン病施設で進められている人権の碑建設に充てることも付け加えた。この日、私は群馬銀行たつまち支店に開設した寄付受け入れ口座に15万円を入れた。この金額の中には、早速趣旨に賛成してくれたK企業会長Sさんから寄せられた2万円が含まれる。取材で何回も草津を訪ねたが、その時肌で感じたハンセンの人たちの苦しみに比べたら私の寄付など針の先の痛みにも及ばない。人権の碑の呼びかけには福田元首相も名を連ねて下さった。私の頭にはアメリカの国葬に参列する福田さんの姿が描かれていた。

 

◇「死の川を越えて」を書いた動機をよく聞かれる。この小説の底流には「人権」がある。それは、この小説の少し前、産経新聞(群馬版)に連載した小説・楫取素彦「至誠の人」と共通している。無名の私の重いテーマを取り上げた両紙の決断に私は感謝した。私を動かした動機には、保守系の政治家の人権感覚が薄いことに対する苛立ちがあった。自民党の県議たち全員が購入してくれたことに、私は熱いものを感じて感謝したのである。

 

◇今、パキスタンの勇気ある女性マララさんを来年前橋に招くことに力を入れている。そのことで、来る18日午前11時、松井広島市長に会う。テロの凶弾に屈しない勇気ある女性の姿は、幕末の志士たちに通じるものがある。マララさんの招待が実現すれば、私達が忘れかけているサムライのマグマを甦らせるきっかけになるだろう。私の思いには原爆は広島、長崎だけのものではないということがある。マララさんに福島の原発の惨劇を知ってもらうことには格別の意義があると信じる。

 

◇入管法改正法案が今日成立の見通しである。建前と実態の違いから人権無視のトラブルがあった。改正案はこの点を大きく変える。外国人を日本人と同様に扱うことは、外国人共生の時代の扉を開くことになる。(読者に感謝)

 

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2018年12月 6日 (木)

人生意気に感ず「山本一太さんの出馬。康夫さんの特使。古巣自民党控室を訪ねる」

 

◇私のまわりで政治が激しく動き出した。一つは山本一太氏の知事選出馬である。予想通り決意して公表した。少し前、電話で私の意見を求めてきた。政治家の決断はその人の生涯をかけた一大事である。政治の立場によってことなるが、政治は公器であるから、その決断は社会のことに関わる。その如何はその人の人格と結びついて評価される。知事となればその社会的影響は測り知れない程大きい。

 

 山本さんの一連のライブ企画は、知事選を意識した布石に違いないと見ていた。その迫力は、あの細い身体からよくもと思わせる程凄かった。参院選の動向とも結びついている。地方の時代とも言われて久しいが、いよいよ地方が主役、そして地方住民の真価が問われる時代となった。知事の存在はこのような時代の流れに直結しているのである。

 

◇福田康夫さんは、非常に近い距離で、また深いつながりでお付き合い頂いている方である。つい先日も上京して色々お話した。福田さんは中国との関係で大きな存在感を発揮しておられる。そのリベラルな政治姿勢に対して風当たりが強いこともあるが、静かな決意は動じない。私が会長を務める群馬県日中友好協会の最高顧問である。

 

 ブッシュ元大統領の国葬に首相特使として参列されることになった。私は、この大役を適任であり、かつ意義深いことと受け止める。元総理として果たしてきた存在感の続きとして輝きを現しているように見える。

 

 米中は激しく対立しているが、両国の真意は戦略的に安定した関係を築くことにある。福田さんが中国との間に特別な絆をもつことと、この度の特使は無関係ではないと思う。

 

◇昨日(5日)、古巣の県議会自民党控室を訪ねた。議員数は32人であるが、顔ぶれはずい分と様変わりした。ちょうど昼時であった。私はかつて自分がここに席を占めていた時を思い出して感慨深いものがあった。県議団長の紹介で、私は小説「死の川を越えて」の説明をした。県議団長は政務調査費で書物を買うだろうが、その関係で話を聞いて欲しいと切り出してくれた。打合せがあって、私はこの機会を得たのである。草津から始まるハンセン病のドラマで、クライマックスは訴訟の場であり、当時の小泉首相、福田康夫官房長官をモデルとした登場人物のことを話した。(読者に感謝)

 

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2018年12月 5日 (水)

人生意気に感ず「有名ランナーの窃盗罪。あおり運転の裁判。中国語教室の終了式」

 

◇窃盗罪で有罪判決を受けた人が記者会見するのは珍しい。マラソンの元世界選手権代表の原裕美子被告。太田市のスーパーで菓子を万引きした。盗んだ菓子の額は382円。同種の窃盗で有罪判決を受け執行猶予中だった。

 

 いくつかの点で社会的影響の大きい事件だった。一つ目はマラソンの元世界選手権代表という有名人の犯罪であること。二つ目は万引きという身近な犯罪である点。三つ目は摂食障害という状況下で衝動的に菓子に手を出してしまうという異常な事件であった。この点は責任能力の有無も問題になった。

 

 被告は「万引きをやめられない。地獄のようだった」と語る。摂食障害は厳しい体重管理から起る。マラソンの人気は高く、一般市民が各種のマラソンに参加している。オリンピックが近づくがマラソンはその歴史からしてもオリンピックの花である。世界選手権では風のように走る選手の姿を見る。削ぎ取ったように無駄な肉がない。その背景には苦しい地獄のような空腹との闘いがあることを今回の事件と判決は教えている。衝動的に窃盗を繰り返してしまう「クレプトマニア(窃盗症)」なのだという。万引きは犯罪である。スーパーなどで中学生なども気軽に行い、罪の意識も薄れ日常的に行われているともいう。厳しく罰しないないとより重大な犯罪につながる恐れがある。色々な意味で社会に警鐘を鳴らす今回の事件であった。

 

◇あおり運転に関する死亡事故も裁判が行われている。車社会を人々は忙しく生きる。そのような情況であおりは起きる。極めて社会的影響の大きい事件で、厳しく取り締まらないと社会秩序が崩壊する。警察の取締りの姿勢にそのことを感じる。昨年6月に起きた東名高速の危険運転致死傷事件に一際注目が集まる理由である。高速道路上の追い越し車線であおられた夫婦は無理に停車させられ別のトラックに追突された。停車後の死亡が危険運転罪に当たるかが問われている。犯罪の要件は運転中の行為となっているからだ。検察は一連の行為とみて因果関係を認めようとし、弁護側は別だとして無罪を主張。判決の行方に注目したい。

 

◇一年が終わる。昨日、日中友好協会の事業である中国語教室で終了式が行われた。私は人々に修了証を渡した。黄さんの指導が成果をあげている。来年は中国を訪れ、受講生は中国語を使ってみたいと言っている。楽しみである。(読者に感謝)

 

 

 

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2018年12月 4日 (火)

人生意気に感ず「空の酒酔い運転。懲りない日航。吉沢ひとみの執行猶予。大嘗祭」

 

◇酒に酔って飛行機を運転することが有り得るのか。想像するだけで身も凍る思いである。日航の副操縦士がイギリスで実刑判決を受けた。乗務員の呼気から基準を大幅に超えるアルコールが検出された。裁判官は「酩酊状態にあり、乗務した場合の危険は壊滅的なものとなったおそれ」と指摘した。

 

 空の事故は正に壊滅的である。日航ジャンボ機の空前の惨事を直ちに思った。1985年520人の命が御巣鷹に消えた。日航はあの事故を忘れたのか。遺族の怨みの絶叫の嵐の中で土下座した光景は地獄だった。

 

 パイロットの管理体制の甘さが浮き上がっている。慣れほど恐いものはない。空の旅を職業としている人々は雲の上で恐怖を感じないのだろう。一般の人の恐怖心を基準にすべきだ。その上でこそ、多くの人命を担う責任と使命が果たせるのではないか。

 

 私の亡き母は昔初めて飛行機を体験する時、子ども達に遺書を書き飛行機が離陸する時には南無阿弥陀仏を唱えた。私達は笑ったが、この感覚は原点である。飛行機に乗ることがすっかり日常茶飯事となり、誰もが空の恐怖を感じなくなった。今回のイギリスにおけるパイロットの実刑は冷厳な警鐘である。

 

◇アイドルグループの元メンバーの吉沢ひとみが懲役2年執行猶予5年の判決を受けた。

 

 酒気帯び運転とひき逃げである。うつむいて判決を聞く美しい姿に思わず同情してしまうが、この事件は芸能界の乱れた情況と無関係ではあるまい。執行猶予がついたことには批判もある。私達は酒気帯び運転の責任の重大性について改めて思いを致すべきだ。

 

 酒気帯び運転は日常の適法行為から近い所にあるから、罪の意識をもちにくいといえる。そこでつい誘惑に負けて運転してしまうという面がある。しかし、今や酒気帯び運転は犯罪であることを自覚すべきなのだ。吉沢ひとみが法廷に立つ姿はこのことを物語っている。

 

◇皇室関係が波立っている。その中で一際注目されるのが秋篠宮様である。年があければ新しい元号が近づく。新天皇が生まれ大嘗祭という重要儀式が行われる。それには大変な金がかかる。それを公的活動費で賄うのか私的活動費から出すべきかで発言をなされた。宗教なら政教分離原則が問われることになる。また皇族の政治的発言の適否の問題も生じる。(読者に感謝)

 

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2018年12月 3日 (月)

人生意気に感ず「米中会談と日本の役割。ブッシュ94歳の死。日ロの動き」

 

◇日本が一定の役割を果たすことが出来たのかと思う。米中の対立が更に激化することを防ぐことである。安倍首相は「建設的役割」という表現を用いて両首脳に歩みよりを訴えたと言われる。安倍首相は習氏との会談でも、米中の対立は誰の利益にもならないと呼びかけた。このような役割が果たせたのは、米中の会談の前に日米及び日中の首脳会談が行われたからだ。アメリカも中国も、これ以上の対立の激化を望まない実情があるに違いない。

 

 現在の貿易摩擦で中国は実際困っているらしいから、習氏は日本に仲介の役割を期待することが大きいのではないか。

 

◇ブッシュ元大統領が94歳でこの世を去った。2018年の11月30日という日は歴史に刻まれる日になるだろう。この人の功績は何よりも冷戦を終結させたことである89年、ソ連のゴルバチョフ書記長と会談して東西冷戦終結を宣言した。ゴルバチョフ氏は、「歴史的偉業への貢献に敬意を表する。彼は真のパートナーだった」と哀悼の意を表した。オバマ前大統領は「彼が残した功績を誰も超えることは出来ない」と絶賛した。

 

 18歳で海軍に志願、最年少のパイロットとして第二次世界大戦に参加。日本軍に撃墜されたが九死に一生を得た。大統領に当選する前、上院選には2度落ちている。ドラマチックな人生であった。トランプが掲げるより大きな意味で、即ち真の意味に於いてアメリカナンバーワンを成し遂げた大統領だった。偉大なアメリカを象徴する人物であった。

 

◇国際関係がダイナミックに動いていることを痛感する。米中がはなやかであるが、日ロは特に重要である。北方領土を解決して平和条約を結ぶことにロシアは今までになく真剣なようだ。最近のロシアの世論調査では、2島を日本に引き渡すことに賛成の意見が過去最高になったと伝えられる。平和条約を締結して日本の経済協力を得ることを切実に求めていると言われる。日本にとって北方領土の解決は悲願である。戦後73年が経過する。

 

 河野、ラブロフ両外相の下で具体的に交渉が進められていく見通しだ。物事には人の和と時の運ということがある。プーチンと安倍の両首脳の間で、国際的気運が盛り上がっている今、是非とも成し遂げて欲しい。今を逃したら永久に解決不可能となるかも知れない。シベリア強制抑留の多くの犠牲者もそれを願っている。(読者に感謝)

 

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2018年12月 2日 (日)

小説「死の川を越えて」第142話

 手紙をわきの文箱に納めた時、こずえがそっと声をかけた。 

「ご隠居様、何か嬉しいことが書いてあったみたい。うふふ」

 

「おお、先日の内務省の役人じゃ。律儀な人物で、わしを先輩と呼んでいる。文面から誠実さが伝わってくる。国を怨んで生きてきたわしにとって、国の役人にこういう人物がいることは意外であり、救いなのじゃ。自分の心の狭さを後悔しておる。わざわざ手紙をくれて、この集落のことを心に掛けておる。国という大きな組織の中で動かねばならぬから、我々の敵になるかも知れぬ男。しかし、ここに現われている誠意と善意を信じたいと思うのだ」

 

 万場老人は、そう言ってこずえがいれた茶をすすった。そして、自分に言い聞かすように呟いた。

 

「喜んでばかりいられぬ。気を引き締めて頑張らねばならない」

 

 それから数日が過ぎた時、県議会の森山抱月から手紙が届いた。県にも国にも、湯の沢集落に関して大きな動きが生まれている。ついては秘かに会って意見を交わしたい。前回お会いした人々に加えて、リー女史も加わって頂くことを希望します、というものだった。

 

「早速、波が来たわい」

 

 老人は、そう受け止め、正助を呼んで準備させた。会場は山田屋であった。

 

 森山は一同を見ながら言った。

 

「帝国議会でこの湯の沢が取り上げられました。大きな変化が起こると思います。皆さんと関わって来た者として、皆さんと共に考えねばならないと思ってやって来ました」

 

 これを聞いて、万場老人が早速口を開いた。

 

「実は、あの西村課長から資料を頂いております。県も国もこの湯の沢集落をどうしようと考えているのか不安じゃ。森山さんの考えを聞かせて欲しいと存ずる」

 

「はい。時代の流れ、湯の沢の実態、ハンセン病の真実、これらを冷静に捉えること。その上で、皆さんの役割と作戦を考えなくてはならんでしょう。私は、皆さんを理解するが、立場上必ずしも全面的に足並みを揃えられません。辛いことです」

 

「わしとてあなたの立場なら同じこと。分かりますぞ。十分承知なので、その上で力を貸して欲しい」

 

「そのつもりでやって来ました」

 

 森山抱月はそう言って、一同の顔をじっと見た。正助は県議会で眼光鋭く威風堂々と行動していた森山の姿を思い出していた。目の前の森山にはその様子は微塵もない。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年12月 1日 (土)

小説「死の川を越えて」第141話

 

「私の考えなどは言わず、ただ宿題を与えましたところ、この男、素晴らしい体験をしたのです。

 

 夜、湯の沢を出て、湯川の下流の麓の村まで歩き、帰りは坂道を登り、草津まで戻ったら夜が白々と明けたと申します。夜が明けた時、朝日の中に広がる広大な田畑と森を見て胸を打たれたと言いました。湯の沢集落の近くにこんな世界があることに気付かなかったと言うのです。そして、ここに草津の温泉が引けて、理想の村が出来ればと、ふと思ったと言います。

 

 私は、これが湯の沢の将来に関係があるか無いかを未だ申しておりません。私にも分からぬことです。西村様にはお伝えしておいた方が良いかと思いここに触れた次第でございます。西村様とは、これからもいろいろ関わらせて頂く予感が致します。宜しくお願い申し上げます。山田局長様に宜しくお伝え下さい。

 

尚、木檜代議士、牛川知事、県議会とどう接触するかは今後研究する所存です。その際、中央との繋がりは当面表に出さぬことが賢明かと愚考致しますが、御示唆を頂ければ幸いでございます」

 

一週間が過ぎた時、西村課長から返信が届いた。意外に早い反応に万場老人は驚いた。こずえが差し出す茶をすすりながら老人は封を切った。

 

「早速の御返事を嬉しく受け止めています。鋭い洞察力で帝国議会の動きを受け止められておられることに敬服致します。日本国には現在大きな動きが進んでいます。小生など一小役人で、唯はらはらと傍観するばかりで無念さを感じますが、お国の為に精一杯と、気持ちだけは張り切っております。こんな気負ったことを認(したた)めるのも、万場様を大先輩と考えるからできることかも知れません。どうかお許し下さい。

 

 正助様のことは強く印象に残っております。正助様が一晩かけてあの地域を歩いたとは驚きました。広大な田畑と森が広がっているのですね。そして、近くに草津温泉とは示唆的だと思います。胸に止めて置きたいと思います。これからも万場先輩の御教示にあずかることが何かとあると存じますが、何とぞ宜しくお願い申し上げます。

 

 ところで、正助様といえば、先日のお話しの中で、お子さんを育てられておられること、家族で県議会へ行かれ、そのお子さんが議会で発言されたと聞き驚いた次第です。子どもは将来を担う存在です。また、子どもは、一番に社会から差別される弱い立場なので、自治の集落が子どもの教育にどう取り組んでおられるのか、気にかかっております。どうか、正助様、お子様、お母様にも宜しくお伝え下さい」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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