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2018年11月11日 (日)

小説「死の川を越えて」第135話

 

 万場軍兵衛とは盟友の間柄の森山抱月でさえ、彼の説く「ハンセン病の光」の意味を理解しつつも、湯の沢部落を現在の地で存続発展させることは困難と考え悩んでいたのである。

 

かくして、木檜代議士の提案は委員会の議決にも拘わらず実現しなかった。しかし、地元の代議士が格調高く、その胸の内を熱く訴えたことは特筆すべきことであった。この木檜代議士の提案の翌年、大正15年1月群馬県知事牛川虎一郎から請願が出された。その要旨は、「速やかに国費をもって、草津温泉を使用し得る一定の地域にハンセン病患者を収容する理想的集落を建設してもらいたい」というものであった。

 

 内務省の課長西村数馬から万場老人の下に郵便物が届けられた。請願書等の写しと共に課長の手紙が添えられていた。

 

「皆様お元気ですか。過日は貴重な経験をさせて頂き感謝致しております。あの時、万場先生が、私を通して本省とのつながりを大切にしたいと申されたこと、有り難く重く受け止めております。国の行政の一端を担う者として、地方の現実がいかに大切かを噛み締めております。皆様が、国のハンセン病政策を考える上での資料をお送り致します。牛川知事の請願書、木檜代議士の建議案(質問書)、及びこれに対する政府の答弁です。木檜代議士から地元の皆様に報告があることでしょうが、取り急ぎ検討資料として役立てばと願ってお送り致します。山田局長が万場先輩に宜しくと申しております。皆様にも宜しくお伝え下さい」

 

 こういう文面であった。万場老人は内務省の課長の手紙を胸を躍らせて読んだ。それから資料に鋭い視線を向けた。

 

 万場老人は、送られた資料を順に読み、目を閉じて考えている。

 

 その時、戸が開いて、こずえが姿を現した。

 

「ご隠居様、難しいお顔をされて、国会の方で何かございましたか」

 

「うむ。おおありじゃ。お前に何からどう話したらよいかのう」

 

「まあ、そんな大変なことでございますか」

 

「湯川が音を立てておる。この川は死の川と言われたが、わしらから見れば、怒りの川でもあった。わしの人生も怒りの人生であり、怨みの人生であった。そう思うと、わしの人生はこの湯川と似ている。そう思って、今、湯川の音に耳を傾けていたところじゃ」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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