« 小説「死の川を越えて」第133話 | トップページ | 人生意気に感ず「死刑確定者が告白した犯罪。マラソンの意義を思う」 »

2018年11月 5日 (月)

人生意気に感ず「78歳、10キロを征す。人生の勝利の記念碑」

 

◇11月3日、快晴。第28回ぐんまマラソンには17,000余人が参加した。私は4日前に78歳を迎えていた。6月28日に前立腺の手術をし回復したが、目標の減量は達成できず、今回はマラソン歴で初めて体重70キロで挑戦した。10時が近づきスタートライン近くで待機する間、身体をくの字に曲げた老人と話した。驚いたことはこの人は私と同年齢である。数年前10キロマラソン中、心筋梗塞で倒れ気付くと病院のベッドの上にいたという。

 

 スタートが切られると人の動きは大河の如く、私は波にもまれる小枝のようである。毎日走り続けたのはこの日のためでもある。気付くと先程の老人が人の波をかき分けるように私の前を走っている。ホイホイサッサと呼吸を整えながら17号を北上する。頭には第一、第二の関門がある。それぞれ、10時55分、11時7分が期限である。何としてもこれをクリアしなければならない。速度をあげると苦しい。私はイスラム過激組織の拷問に耐えた安田純平さんのことを想像した。また。紀元前のマラトンの戦いを思った。空前のペルシャの大軍を破ったギリシア軍の使者が42.195キロを走り抜き勝利を伝えて絶命した故事である。時間は迫っていた。私の脇をポニーテールの娘が風のように通りぬけて行った。白い肌がちらっと眩しく映る。あの筋肉と筋力が私にはないのだ。よし挑戦だと言い聞かせ足に力を込める。第二関門通過は制限時間の10秒前位であった。「やったー」という思いが湧く。国体道路を更に南下すると手を振る娘の姿があった。「パパ頑張って」。「うん」と頷き、戦いは終わっていないのだと言い聞かせて足に力を入れる。競技場が目の前にあった。後を振り返ると競技を管理する車が私を追うようにゆっくりと迫っている。私が最後のランナーらしい。競技場に走り込み一人の女性を追い抜いてゴールを踏んだ。

 

 そして、ゴール数メートルの所に、先程の老人が横たわっているのが目に入った。係の人に支えられているが表情は元気である。私は近づいて「やりましたね」と声をかけた。この老人とこの後、いつまで共に走れるかと思った。このマラソンには様々な人が様々な人生を背負って参加していることを改めて思った。万感の思いで完走証を受け取った。公式タイム、1時間32分47秒(前年タイム1時間32分8秒)、ネットタイム1時間29分56秒。私にとって人生の勝利の記念碑であった。(読者に感謝)

 

|

« 小説「死の川を越えて」第133話 | トップページ | 人生意気に感ず「死刑確定者が告白した犯罪。マラソンの意義を思う」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人生意気に感ず「78歳、10キロを征す。人生の勝利の記念碑」:

« 小説「死の川を越えて」第133話 | トップページ | 人生意気に感ず「死刑確定者が告白した犯罪。マラソンの意義を思う」 »