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2018年11月18日 (日)

小説「死の川を越えて」第137話

 

「恐ろしいものじゃ」

 

 老人はそう言って筆で書かれた文面に視線を落とした。

 

「わしも初めて見た。女郎屋の証文じゃ。お品とお藤を借金を返すまで働かせる。仕事の中味は存意に任せるとある。お前の父が命がけで奪い返したものじゃ。お品もお藤もいない今となって、これはお前が大切にするべきもの。もっと早く発見出来ればよかった。お品はお前を産んだ後、結核になって、療養していたが不幸な結果となった。わしと森山さんが見舞った時、お前のことを頼むと言って泣いていた。皆、美人薄命だと言って同情した。お前は母の分まで生きねばならぬ」

 

 こずえは、老人の一語一語に耳を傾けながら写真から目を離すことなくじっと見詰めていた。

 

「さあ、現実に戻らねばならぬ。この湯の沢を守るのじゃ。そのために、新しい出発をする時が来た」

 

 万場老人は自分に言い聞かせるように言った。

 

 万場老人は、新たな行動の一歩を示すように正助と会った。

 

「我々の世界が大きく動き出す。帝国議会で湯の沢集落が取り上げられたからだ。我々は、流れを唯見ているだけではならない。何が出来るか考えねばならぬ。お前には特に頼みがある」

 

「先生、無学な俺に何が出来るのですか」

 

 正助は本当に心配であった。

 

「生きた学問が重要なのじゃ。お前には、この湯の沢での体験がある。さやさんを妻にして正太郎を育てた。朝鮮とシベリアに出て、世界の情勢とハンセン病の事実も見た。県議会にも出かけた。よいか。これらを単なる体験に終わらせることなく現実を考える材料にすること、それが生きた学問であるぞ。これからは、お前の学問を本腰を入れて助けるつもりじゃ。これは、先日話したわしの使命でもある。しっかり受け止めよ」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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