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2018年11月30日 (金)

人生意気に感ず「福田元総理と話す。ハンセンの碑、マララのこと。ゲノム編集」

 

◇昨日(29日)は、上京し元総理の福田康夫さんといくつかの重要課題につき話し合った。草津の栗生楽泉園に人権の碑を建立すること、パキスタンのノーベル賞受賞者マララさん招へいの件などである。人権の碑はハンセン病で亡くなった多くの人々の慰霊を兼ねて人権を学ぶ場を作ろうとするもので、福田さんも発起人の一人になっておられる。私も碑文の案の作成に関わっており、現在着々と準備が進んでいる。

 

 マララさん招へいは、私が名誉学院長を務める日本アカデミーが前橋市及び広島市と力を合わせて進めている事業である。パキスタン駐日大使も特別に応援して下さり、国際的事業であることから福田康夫さんにいろいろ力を貸して頂いている。今日の打ち合わせを踏まえ私は年内に広島市長と会うことになるだろう。

 

◇ついに神の領域に手をかけたか。こんな感想を抱いたのは中国の「ゲノム編集」のニュースである。南方科技大の副教授が受精卵から双子の女児を誕生させたというのだ。世界中で批判が起きている。その一つは遺伝子の改変に関すること。何かミスがあったら遺伝により子子孫孫に伝わっていく。昔、時代に先がけて和田教授が心臓移植手術を行って問題を起こしたが、あれ以上の深刻な意味があると思う。

 

 私が神の領域に関わると思うのは、キリスト教(カトリック)では受精の瞬間が生命の誕生である。従って中国の学者が受精卵を改変したことは神に任すべき領域を侵した恐れがある。キリスト教の問題だけに限らない。生命に科学のメスを加えることには慎重で謙虚であるべきだ。

 

◇日本には受精卵を使う研究に指針がなかった。この度、厚労省と文科省の有識者会議は倫理指針を承認した。ゲノム編集技術を使うヒトの受精卵操作の研究に関するもの。それは、不妊治療などに目的を限定するものになる。いずれにしても生命科学の分野が大きく動き出した感がする。将来に関して大いなる期待と不安が交差する。

 

◇秋篠宮発言が波紋を広げている。皇位継承の祭祀に関し、「宗教色が強い。国費で賄うのが適当か」と発言した。一方でこの問題については違憲訴訟が行われようとしているがこれに影響を与えかねない。政教分離に関わる大問題で、来年の「行事」を控えての発言である。(読者に感謝)

 

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2018年11月29日 (木)

人生意気に感ず「入管法の改正と日本社会。安倍首相の南米訪問。懐かしい私のパラグアイ訪問」

 

◇入管法改正案が27日夜衆院で可決された。拙速の感があるが止むを得ないとも思える。衆院優越の原則から来月上旬には法律となる。人口減少社会が進む中、外国人労働者の受け入れ拡大は避けられない。この法改正は外国人との共生社会の幕開けの一歩である。

 

◇この国会の動きは安倍首相の南米訪問日程と関係があることだろう。首相は29日からパラグアイを含む南米3か国を訪問する。私が注目するのはパラグアイである。私は県会議長の時南米各地の群馬県人会を訪ねたが、パラグアイのことが安倍首相訪問と結び付いて甦る。南米で海のない国はパラグアイとボリビアである。パラグアイは南米のへそに位置し、地図では極めて小さいが日本よりやや大きいというから驚きである。この国とアルゼンチン、ブラジルに接するところに世界最大級のイグアスの滝がある。あの大地を揺るがす轟音が今でも耳の底に焼き付いている。私は首都アスンシオンで群馬県人会の人々と会った。県人会の関さんの一族の方、Hさんは出発前議長室を訪ね、パラグアイの母親のことを話してくれた。県人会の集いでこの母親に会った。懐かしげに娘のことを話していた。私は県人会の事務局の部屋で私の「望郷の叫び」を見て驚いた。前橋のHさんが送ったものであった。

 

 パラグアイは南米で最も親日的であると感じた。真面目で優秀という評価値が定着している。人々は地球の反対側で外交官の役割を果たしているかのようだ。

 

 大使館の古川義一領事(当時)が前橋高校出身で前橋市の私の知人と親しいことを知って驚いた。この人の母親が前橋市に住んでおられ私は帰朝後お会いした。アスンシオンでは桃色のきれいな花を咲かせた街路樹が印象的であった。ラパチョと言って国木なのだ。人々は故国の桜を思い出して懐かしむという。

 

 忘れられないのは途方もなく広い前原農場である。前原農場の中を車はどこまでも走る。私はアメリカ映画の「ジャイアンツ」を思い出していた。前原農場のタマゴはパラグアイ全土に出荷されるということであった。パラグアイを走ってもう一つ驚いたことはどこでもサトウキビが広く作られていることだった。車の燃料が目的なのだ。私がこの国を訪れたのは2005年のこと。あれから13年が過ぎ、この国も大きく変化しているだろう。安倍首相の訪問に大きな期待を寄せているに違いない。(読者に感謝)

 

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2018年11月28日 (水)

人生意気に感ず「世界が注目するゴーンとの攻防。死刑囚に無期懲役。謎の大量殺人」

 

◇地検特捜部とゴーン容疑者等の攻防が続いているようだ。ゴーン等が最高の弁護士を頼むことは間違いない。そのために使う金は余る程ある。多くの難しい事件は弁護士の腕次第ということは多いことだ。この事件は世界が注目している。下手な負け方をすれば日本の恥となる。留置所での取り調べは全過程が録音、録画されるシステムとなっている。

 

 報道によれば攻防の焦点について絞られてきたものと新たに浮上した疑惑があるようだ。

 

◇一つは退任後の報酬についても、それが確定していれば報告義務がある。ゴーンはまだ確定していなかったのでその義務はないと否認しているらしい。従って、今後のポイントは受け取り額が確定していたかどうかになるようだ。

 

 また、新たな疑惑とは、リーマンショックの時、ゴーンは巨額な個人投資をし巨額な損失を生じたが、17億といわれるその損失を日産に付け替えていた疑いだ。当時証券取引委員会は会社法違反(特別背任罪)の疑いを指摘していたことが分かっている。関係した銀行側は、この付け替えにつき取締役会の承認を取ることを求めたがゴーンはこれを拒否したという。取締役会の責任はどうなるのか。このような処理を監査する機関の責任はどうなるのか。日産という巨大企業が食いものにされた可能性がある。株式会社は多くの株主のものである。株主総会はなぜ見過ごしたのか。

 

◇ヨーロッパではゴーンが不当な扱いをうけているが如き報道がなされているらしい。日本は取り調べの過程でも人権が確保されている国である。それを担保するのが、人権を保障する日本国憲法である。日本の司法が健全であることを世界に示して欲しい。

 

◇前橋三俣事件の続きに裁判所と世の中が振り回されている。死刑確定囚が殺人事件を自白し、その通りに死体が発見された。検察は死刑の執行を伸ばす狙いだと見ている。無駄な裁判だという人は多い。前橋市民を震撼させた事件なので目が離せない。無期懲役が求刑されている。

 

◇またまた不可解な事件だ。宮崎県で6人の遺体が見つかり殺人事件のようだ。この家にはトラブルがあったらしいこと、町内を流れる川で自殺とみられる死体が見つかり、事件と関係があるらしいとも報じられた。大量殺人なのか。謎の事件はどのように発展するのか。(読者に感謝)

 

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2018年11月27日 (火)

人生意気に感ず「戸籍を賭けた闘いと訴訟救助。裁判所にも情が」

 

◇(26日月曜日の続き)映像では生存していた地元のリーダーが語っていた。私は訴訟の資料を読んでいたが百聞は一見にしかずであった。心を打ったことが2点あった。「戸籍を賭けた闘い」と「訴訟救助」である。

 

 長い物には巻かれろ、お上には逆らわない、こういう重い習慣が地域社会の掟のように支配しているところで裁判を起こすことは並大抵のことではない。相手は三井財閥であるから農民にとって昔の殿様以上の存在である。勝てっこないという空気が強かった。そして原告たちは負けたら地域にいられないと心底思い詰めていた。戸籍を賭ける闘いとはこのことを意味していたのであった。映像の中で、かつての実在の人物は「負ければここに居られないと思い真剣に頑張ったのです」と語った。

 

 二つ目は訴訟救助である。裁判には金がかかる。棺桶に足をかけているような老婆を救う最後の手段は金の掛かる裁判のみだという現実は地獄の沙汰も金次第という諺を思わせる。

 

 ここで地獄に仏ともいうべき制度が「訴訟上の救助」で、裁判所が訴訟費用を立て替える制度である。映像で原告の一人はこれが大きな山場だったと語る。要件が二つあった。勝つ見込みと訴訟費用を払えないという経済的事情である。勝つ見込みについては裁判の直前に厚生省がカドミウム説に立って原告に有利な見解を発表したことが心強い援軍となった。しかし経済的条件については厳しかったらしい。原告たちの地域は安定した農村で豊かな田と立派な家があったからだ。「通常ならダメだった」と映像は語る。そこで「三井の資力と農家を比較して欲しい」と訴えたのだ。片方は天下の財閥である。両者の財力を比べることが訴訟救助の制度を活かす道であった。裁判所はこの願いを容れて、原告全員に訴訟救助を認めた。映像に登場した元原告の人物の表情から裁判所に感謝する胸の内が伝わってくる。かくして戸籍を賭けた闘いは原告の勝利で終わった。

 

◇映像はその後を語っていた。それは毎年調査団が三井金属への立ち入り調査を行っていることである。これとは別に、偶然の縁でOという人物が私を案内してくれた「客土」の光景を重く受け止めた。汚染土壌を入れ替えた田は青々と広がっていた。その側を甦った川は神通川の名に恥じない美しい姿を見せていた。私は公害克服の原点を見た。あの患者が天国から見ているだろう。(読者に感謝)

 

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2018年11月26日 (月)

人生意気に感ず「温かい人情に出会う、イタイイタイ病の現場を案内してもらう」

 

◇23日早朝、暗い中で日課の走りを終え、北陸新幹線で富山市に向かった。目的は富山県に残るイタイイタイ病の歴史的遺跡である。良い資料館があると聞いていた。神通川及び奇病が集中的に発生した婦中という地域も見たかった。富山駅から先ずバスで婦中町の行政サービスセンターへ行った。思い立つと目的に体当たりするのが私の流儀である。祝日で休みであるが用務員室で年配の女性から地域の昔を聴くことができた。交通の便が悪い所なので困っていると、この人は電話で「お父さん、こういう人がおられるが」と話している。間もなく現われたのは御主人で、何と案内してくれるというのだ。旅の面白さは出会いである。市の職員をしていたというこの人は、立派なガイドを果たしてくれた。立山連峰に抱かれたこの地域に日本の人情が残っていることに私は感激した。立山を背景にして流れる神通川を越え、カドミウムで汚染された土を「客土」して整然として広がる田を眺めた。それを過ぎたあたりに萩野病院があるはずであった。奇病の犯人はカドミウムであることを初めて発表し、孤立に耐えて生涯をかけた地元の医師萩野昇氏の拠点である。「ここでした」と指す先は雑草がしげる空き地である。他に移転したとのこと。空き地の情況が私の想像力をかき立てた。その他2、3の場所を見て県立イタイイタイ病資料館に着いた。

 

 評判通りの資料館であった。いくつもの映像設備が並び、再現された悲惨な患者の叫びと、闘った人々が語る生の姿が見られた。私は渡良瀬川の鉱毒被害及び、それと闘った田中正造を連想しながらメモをとった。心に刺さる場面がいくつもあった。「棺に入れて遺体を動かしたら骨がポキリと折れました」、「焼いた後の骨は紙を焼いたあとのようで本当に骨が少なかったのです」と映像は語った。骨身にこたえるとか骨を削る苦痛という表現があるが神経の中枢が走る骨が侵されていく痛さは骨をノコギリで切断するような痛さなのだろう。老婆の映像は語った。「呼吸をする時、針千本か二千本で刺すように痛いがです」、「痛くて痛くてかなわんで、這ってでも行けりゃ川へでも入って死ぬんやけどそれもでけん」人々は裁判に立ち上がった。映像が語る訴訟に至る経緯は迫力があった。古い因習が支配する農村のことだ。病に対するいわれのない迷信や風説に耐えられず立ち上がったのだ。  明日に続く。(読者に感謝)

 

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2018年11月25日 (日)

小説「死の川を越えて」第140話

 

 

 

 万場軍兵衛は、そう言って目を閉じ考え込んでいる。ややあって、老人は目を開き、正助を見詰めて言った。

 

「よくやったぞ。この湯の沢のことを考えながら、白砂川まで歩いたとはな。わしは何も言わなかったが、お前がやったことは必要なことであった。牛川知事も木檜代議士も、この広い一帯を実際には見ていない。一番大切なことは、理論と現実を結びつけることじゃ。二人の先生の提案は、国に対して問題を突きつけると同時に、我々湯の沢の住人に提案を出したことを意味するのじゃ。お前の行動は、湯の沢住民として、この提案に向き合ったことじゃ。当然やらねばならぬ第一歩であった」

 

「先生、俺、そんな偉いことやったつもりはありません。恥ずかしいですよ」

 

「うむ、立派なことなのだ。じゃが、このことは未だ他人に話さぬがよい。わしも、お前の行動に点数は付けぬ。湯の沢の運命にかかわる事ゆえ、慎重に、そしてじっくりと取り組むことに致そう」

 

 万場老人は一人になると正助が言ったことをじっと考えていたが、意を決したように文机に向かって呟いた。

 

「西村課長に返事を書かねばならぬ」

 

 手紙の文面は次のようなものであった。

 

「帝国議会の重要な資料と共にお手紙を頂き、誠に感謝に耐えません。湯の沢は日本の僻地であり、我々は社会の最底辺で生きている者であります。このような我らに政府の高官が心を掛けて下さることに深く感動致しております。帝国議会の資料は、我らの運命に関わるものと受け止め、よく読ませて頂きました。政府答弁に気になる箇所が見受けられます。それは、湯の沢集落の問題に関し、土地の選定を研究しているという点であります。もし湯の沢集落移転ということになれば、反対運動が起きることが予想されます。もとより未だ具体化せず、その中味も未定のことなので、この問題は今のところこの老骨の胸に止めてあります。ここで、重要な一つの事実を御報告申し上げたいと存じます。課長は、過日、湯の沢に来られた折り、下村正助なる若者が発言したことを覚えておられると存じます。シベリア出兵に参加し、患者同士で結婚し子どもを育てている人物です。私はこの男に、牛川知事の請願書を説明しました。湯の沢を温泉の引ける所へ移転させるという案です。また、木檜代議士の建議、つまり湯の沢を移さずに改良する案も説明しました」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年11月24日 (土)

小説「死の川を越えて」第139話

 

ある夜、正助は何かを求め湯川の音を聞きながら麓の村に向けて歩いた。白砂川の荷付け場までは闇に包まれて足もとも見えない。正助は、ふとあの真暗なシベリアの海底洞窟を思った。頭を上げると星が光っているのを見てほっとする。夜空の星は希望の光に見えた。広大な原野は正助に何かを語りかけようとしている。それは何か。木檜泰山代議士は、湯の沢集落を移さないで、そこに国の補助を投ぜよと主張し、牛川知事は、温泉が使える地に集落を移して理想の療養所をつくるべしと請願している。正助は、二つの案を比較しながら歩いた。長い距離を歩いて白砂川に至りしばらく川に沿って歩き再び白砂川を後にした。湯の沢に向かう坂を一歩一歩踏み締めて歩いた。湯の沢集落に近づいた時、夜はうっすらと明け始めていた。振り返ると、広い森がどこまでも広がり、東の地平線の白い光が森の黒い影を浮き上がらせている。やがて朝日の中にその全貌が明らかになった時、正助の胸にはっと閃くものがあった。

 

  ある日、正助が万場老人を訪ねると、先ず老人が口を開いた。

 

「宿題の答えは何か見つかったかな」

 

「先生、そう言われても困ります。俺にとって余りに大きな、そして難しい問題です。ただ、あることを感じることは出来ました」

 

「申してみよ」

 

「先生、俺は、改めてこの湯の沢を歩きました。そして、夜、麓の村まで歩きました。白砂川の荷つけ場まで歩き、戻ってきたら夜が明けました。そして、この湯の沢の近くに大変広い畑や森が広がっていることを知りました。もし、国がこの土地を俺たちにくれて、草津の温泉を引くことも実現出来たら、新しいハンセン病の集落を創ることが出来ると思いました。夢ですかね。先生からもらった、二つの材料、牛川知事と木檜代議士の考えをくっつけたようなものですが」

 

「うーむ」

 

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年11月23日 (金)

小説「死の川を越えて」第138話

 

 

 

「はい、それがこの湯の沢のためであり、ハンセン病の光のためなら、俺、命懸けで頑張ります」

 

 正助はきっぱりと言った。正助の頭には、シベリアのハンセン病の部落のこと、あの恐ろしい海底洞窟のこと、後で知った、あの洞窟に呑まれたというこずえの父と明霞の母お藤のことが甦っていた。

 

「よくぞ申した。そこで早速じゃが、お前に仕事を与えるぞ。ここに二つの資料がある。先日、内務省の西村課長から送られてきたもの。一つは牛川虎一郎知事の請願、もう一つは地元代議士木檜泰山先生の提案と政府答弁じゃ。それぞれについて、わしが説明しよう。わしの考えは差し挟まぬ。お前の頭で考えた意見を訊きたいのだ」

 

「分かりました。大変なことになりました」

 

 正助の表情には並々ならぬ緊張感が現われていた。

 

 日を改めて、老人と正助の勉強会が行われ、こずえは茶をいれながら片隅でそっと耳を傾けていた。万場老人は一語一語、語りかけ、正助はそれを全身で受け止めた。日が沈む頃2人は、次回の勉強会の日を定め、正助は老人に別れを告げた。

 

「次は、お前が先生で、わしは拝聴する立場であるぞ。は、は、は」

 

 正助の背に老人の声が響いた。正助は責任の重大さを感じて真剣に考えた。万場老人から渡された資料は読めない字が多いが、部分部分から老人の説明が伝わってくる。正助は何をすべきか迷っていた。死の川は轟々と音を立て、正助に何かを語りかけている。それは何か、正助には測りかねた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 

 

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2018年11月22日 (木)

人生意気に感ず「楽泉園の会議。人権の碑は胎児の碑と共に」

 

◇昨日(21日)、栗生楽泉園の会議に出た。私たちはハンセン病で苦しんだ人々の慰霊を込めて人権を訴える碑を建てようとしている。今月6日に続く第二回目の会議である。私は通常、白砂渓谷沿いのルートをとる。六合(くに)の村々が好きなのだ。前回もこの道を走ったがおよそ2週間の間に山々の景色がすっかり変化したことに驚く。全山燃ゆるが如き紅葉は影を潜めていた。

 

 私は人権の碑の案文を頭に描きながら走った。荷着け場で道は別れる。白砂川に別れを告げ左折した道をくねくねと登る。この急斜面の険しい道を、炭を背負ったハンセン病の人たちは、かつて這うようにして辿った。その姿を碑文に込めたい。そう思うと、ハンセン病の人たちの姿が目の前に浮かぶような気がする。

 

 車は間もなく楽泉園に着いた。正門を入るとすぐに重監房跡地の入口を示す標識が目に入る。

 

◇会議室に入り藤田三四郎さんと握手して驚いたことは、その握力である。90歳を超えた元患者の力は私の手が痛い程強い。それは生命力の火が衰えていないことを示す。藤田さんの記憶力は素晴らしい。この人はこの日の会議で重監房のことを厳しく語った。碑文では重監房の文字が光るに違いない。

 

 会議は今年中にもう一度集まって案文を完成させることを決めた。前回の会議で九州の弁護士徳田靖之氏はここで建てる碑は全国の国立療養所に将来建てられる同様の碑の先駆けになるだろうと語っておられた。徳田氏はハンセン病国賠訴訟の弁護団長であった。

 

 会議の後、私は納骨堂を訪ねた。堂の前に置かれた石には「命カエシテ」の文字が刻まれている。堕胎された胎児の叫びである。注意してみると「命」の縦の線が下に向かって長い。生きたいと願った胎児の思いが込められているのだという。人権は堕胎を強いられた母だけでなくこの世に生を受けられなかった小さな命にも繋がっていることを痛感した。私達が目指す碑は、納骨堂の前面に位置して、この胎児の碑の近くに建てられるのではなかろうか。直ぐ近くには重監房資料館がある。新しく建てられる碑を含め、この一画が人権を学ぶ場として脚光を浴びることを私は願う。この日の会議で私の小説「死の川を越えて」の売上の一部を石碑建立費のために寄付されることが紹介された。私は胸がふくらむ思いで白砂渓谷を下った。(読者に感謝)

 

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2018年11月21日 (水)

人生意気に感ず「ゴーン会長逮捕の壮大なドラマ。事実は小説より奇なり」

 

◇各紙が一斉に一面大見出しで報じた。ゴーン会長の逮捕である。10億に及ぶ年俸を得ていながら、有価証券報告書に過少記載した疑いがもたれている。我々庶民から見れば天文学的な高額報酬である。天から転げ落ちた様を見て、私のまわりから「ざまあみろ」という声が聞こえた。いくつかの問題点を感じる。一つは、もちろん有価証券報告書の虚偽記載である。投資家はこの報告書を投資の判断材料とするものであるから、投資家を欺くことになる虚偽記載は重大な犯罪である。また、理解できない程の高額報酬は正当なものなのかということである。株式会社は誰のものか。株式会社の原理からしてそれは株主のものである。株主総会で高額すぎないかという質問があったと言われるが当然であろう。日産の会社内のチェックする機能は働かなかったのか。株価が暴落したがこれも当然である。株式会社が健全に機能することは健全な資本主義の大前提である。

 

 ゴーン氏は日産の危機を辣腕でV字回復されたことで一躍有名になった。しかし今回の失態はバレルことが明らかなことをやらかした軽率なことに見える。慢心があったとしか思えない。一時的なV字回復で危機を脱して、もっと大きな本質的な危機を招いてしまった。いろいろと報じられるところによれば、他にも違法行為が出てきそうである。株主総会が形式化しているのではないか。監査法人はどのように使命を果たしているのか。巨大な氷山はその一角を現したところかも知れない。

 

 今回の事件が明るみに出たきっかけは内部告発だと言われる。内部告発制度の意義が分かったような気がする。また、これまで日本ではなじまないと思われた司法取引制度が力を発揮したとも言われる。この事件は私達の前に勉強のよい材料を提供しているといえる。この際事件の推移を注意深く見守っていきたい。

 

◇事実は小説より奇なりと言う。日産の内部告発に基づく長期の調査、司法取引、何も知らずに19日に帰国したゴーン氏、待ち構えた当局。ゴーン氏は驚愕したに違いない。事態はフランス政府も巻き込んで発展している。

 

 日本の企業の中には秘かに快哉を叫ぶ所も多いに違いないがそれは慎むのが礼儀。ライバルのホンダの従業員が「やったぜ」と公式ツイッターに書き込み批判を浴びた。(読者に感謝)

 

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2018年11月19日 (月)

人生意気に感ず「出入国管理法改正案の行方。ふるさと塾でユダヤ人を」

 

◇17日(土)は充実した一日であった。二つの勉強会、「ミライズ」と「ふるさと未来塾」の日。ミライズはロイヤルホテルで毎月1回行う小規模ながらハイレベルな勉強会である。この日のテーマは出入国管理法改正に関して外国人労働者の受け入れ問題を議論した。改正案は労働者を1号、2号として特別に受け入れる制度を創設しようとしている。現在の日本は単純労働者の受け入れは認めていない。現在認められているのは技術実習生であるが制度の実態は多くの問題を抱えている。建前は日本の技術を学んで祖国の発展に役立てさせるという理想を掲げるが実態は安い労働力として使おうという意図を持つ受け入れ企業が存在し、金を稼ごうとする外国人も存在し、組織的な悪質ブローカーの暗躍もある。今国会で審議されようとしている法案が成立したらこの単純労働者の問題はどうなるのかも議論した。

 

 この日のミライズに一つの変化が見られた。女性会員が実現したのだ。かねて女性のメンバーも欲しいと皆が望んでいた。薬剤師の女性はこの日、体験的に出席したが、たちまち溶け込んで活発な議論を展開していた。紅一点はミライズを活性化させるエネルギーになるのか。この女性Yさんは、この日の「ふるさと未来塾」にも初参加した。

 

◇ふるさと未来塾のテーマは宗教で、謎の民族ユダヤ人を語った。30数名の人々が熱心に聴き入ってくれた。話しは2千年の昔のことであるが現代の国際問題にからめて話した。ユダヤ人の活躍は2千年以上昔の旧約聖書の時代から現代の諸問題に及んでいるからである。

 

 現代の国際問題の一つとしてイスラエルを中心とした中東紛争がある。ユダヤ人は2千年の昔、その神から約束されたカナンの地(イスラエル)に強引に国を建てた。そこに神の約束を持ち出されたのだから混乱が起きるのは当然だ。建国は1948年、ヒトラー・ナチスの崩壊からおよそ3年後のことであった。

 

◇ユダヤ人は長い歴史の中で徹底的に差別された。その遠因はイエスを売って十字架にかけたことにある。イエスはユダヤ人であるがユダヤ人は選民思想を固く信じ妥協しない。それは争いの基となった。イエスは弱者の救済を掲げ、隣人を愛せよと訴えた。これは普遍的な平和を意味したから世界宗教に発展した。  火曜日に続く (読者に感謝)

 

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2018年11月18日 (日)

小説「死の川を越えて」第137話

 

「恐ろしいものじゃ」

 

 老人はそう言って筆で書かれた文面に視線を落とした。

 

「わしも初めて見た。女郎屋の証文じゃ。お品とお藤を借金を返すまで働かせる。仕事の中味は存意に任せるとある。お前の父が命がけで奪い返したものじゃ。お品もお藤もいない今となって、これはお前が大切にするべきもの。もっと早く発見出来ればよかった。お品はお前を産んだ後、結核になって、療養していたが不幸な結果となった。わしと森山さんが見舞った時、お前のことを頼むと言って泣いていた。皆、美人薄命だと言って同情した。お前は母の分まで生きねばならぬ」

 

 こずえは、老人の一語一語に耳を傾けながら写真から目を離すことなくじっと見詰めていた。

 

「さあ、現実に戻らねばならぬ。この湯の沢を守るのじゃ。そのために、新しい出発をする時が来た」

 

 万場老人は自分に言い聞かせるように言った。

 

 万場老人は、新たな行動の一歩を示すように正助と会った。

 

「我々の世界が大きく動き出す。帝国議会で湯の沢集落が取り上げられたからだ。我々は、流れを唯見ているだけではならない。何が出来るか考えねばならぬ。お前には特に頼みがある」

 

「先生、無学な俺に何が出来るのですか」

 

 正助は本当に心配であった。

 

「生きた学問が重要なのじゃ。お前には、この湯の沢での体験がある。さやさんを妻にして正太郎を育てた。朝鮮とシベリアに出て、世界の情勢とハンセン病の事実も見た。県議会にも出かけた。よいか。これらを単なる体験に終わらせることなく現実を考える材料にすること、それが生きた学問であるぞ。これからは、お前の学問を本腰を入れて助けるつもりじゃ。これは、先日話したわしの使命でもある。しっかり受け止めよ」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年11月17日 (土)

小説「死の川を越えて」第136話

 

 

 

「まあ、恐いお話しですわ」

 

「うむ。話しはこれからじゃ。よいか、よく聞くがよい。この死の川、ハンセン病の集落が帝国議会で正面から取り上げられたのじゃ。わしは自分の人生を振り返って、感無量。取り上げられたとはいえ良いことばかりではないが、頑張らねばならぬ」

 

「まあ、私には、どんなお手伝いが出来るのでしょう」

 

 こずえが不思議そうな目で老人の顔を見詰めた。

 

「お前はずっとこの醜い老いぼれを支えてくれている。わしがこうして何か出来るのはお前のお陰じゃ。感謝しとる。これから、この老いの身でやらねばならぬことが増えそうじゃ。済まぬが頼むぞ」

 

 こずえは、老人の意外な言葉に嬉しそうに頷いた。

 

「おお、そうじゃ。お前に渡すものが」

 

 そう言って、万場老人は、書物の山の間から小さな包みを取り出した。

 

「実は、古い物を整理していたら、出て来た。お藤の遺品じゃ。この中に意外なものがあった」

 

 そう言って万場老人が取り出したものを見てこずえは思わず声をあげた。

 

「これはお母さんが描いた子犬の絵」

 

 母の絵だと一目で分かった。絵が好きな母は、よくこずえの前で絵を描いた。

 

目の前の絵は母が可愛がった太郎という名の子犬に違いない。絵を描く母の姿が懐かしく甦るのであった。母から妹のお藤に渡ったものであった。

 

「お藤さんが朝鮮に渡るとき、残していったもので形見となった。実はな、お藤はこの絵と共に大変なものを置いていった」

 

 そう言いながら、万場老人は細い紐で結ばれた紙の包みを出した。こずえは、何事かとじっと老人の指の先を見守る。幾重にも包まれた紙の中から、一枚の古い書き付けが現われた。

 

※土日祝日は中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 

 

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2018年11月16日 (金)

人生意気に感ず「北方領土返還に新たな兆し。9条の会で満州の悲劇を話す」

 

◇北海道の先端に立つと「呼び返せ北方領土」と文字が躍る。国民感情としては「取り戻せ」と迫りたいところだ。安倍首相の下で、北方領土の一部が日本に取り戻せる可能性が出て来た。1956年(昭和31)の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速させることで両首脳は合意した。56年宣言は平和条約締結後に4島のうち歯舞、色丹の2島を引き渡すと明記した。国民の間には2島だけでも返して欲しいと願う人は多いはずだ。しかし、それとても容易ではない。「返還」の意味するところが一致していない。島は返すが主権は別だ、主権までは返さないとも言っているからだ。ロシアが平和条約締結を急ぐには重大な国内問題があるらしい。シベリアの現状は人口が減って、このままでは開発発展を望めないので日本の協力が是非とも必要だといわれる。両国の指導者の強いリーダーシップの下で絶好の機会を生かしてほしいと思う。

 

◇ロシアとの間には強制抑留、強制労働の問題が残っている。約60万人の日本人が不法に拉致され、6万人以上が飢えと寒さで死んだ。

 

 私は平成16年、元抑留者の人たちと共にシベリアの強制抑留跡地を訪ねて取材し、「望郷の叫び」を書いた。その中で、鳩山一郎首相が不自由な身体でソ連にわたり日ソ国交回復に関する共同宣言を成したことを書いた。鳩山一郎は命がけで長期抑留者の帰国を実現させたいと決意していた。共同宣言は1956年(昭和31)10月29日になされ、このことによって最後の帰国集団はこの年12月26日に舞鶴港に入港した。北方領土返還はこのようなシベリア強制抑留の問題とも関連することを忘れてはならない。抑留経験者の多くはあの世の人となった。この人たちは平和条約が結ばれた時俺たちの地獄の苦しみはどうしてくれるのかと思うに違いない。

 

◇15日、9条の会で満州移民の講演をした。移民の地獄のような悲劇は社会的背景を踏まえなければ真実は見えないと訴え、関東軍の暴走とかいらい国家満州の実態を話した。世界恐慌の中で日本は解決策を満州に求めた。満州国は移民の大きな受け皿であったが、満州国の建国が国際的孤立を招き、日本は戦争への道へ突き進んでいった。私が「炎の山河」の中で描いた前橋の女性は五族協和の理想を信じて敗戦の年に満州に渡り言語に絶する体験をしたこともこの脈絡の中で話した。(読者に感謝)

 

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2018年11月15日 (木)

人生意気に感ず「外国人労働者の受け入れ。ips細胞とせき髄治療」

 

◇少子高齢化が急速に進む中で、日本の社会が大きく変わりつつある。その具体的な姿は外国人労働者の増加である。政府は法律を改正して外国人労働者の受け入れ拡大に向けて動き出した。今後5年間で最大34万人の受け入れを見込むという。日本は島国で長い歴史を通して外国人との共生がほとんどなかった。これは諸外国と比べて著しい特徴である。それが許されなくなった。

 

 私が子ども時代を過ごした戦後間もない日本では、特に地方に於いて外国人をみかけることは稀であった。ところが今日、前橋市を例にとっても、外国人は街にあふれていると言っても過言ではない。私は日々、多くの外国人の若者と接しているだけに特にこの感が強い。

 

 今日の私達の大きな課題は、日本の文明をしっかり守りながら彼らと共生する道をひらくことである。外国の若者は逞しい。それに比べて日本の若者にはガッツが足りないと感じる。このままでは日本が危ない。日本の教育が問われ、日本の地方社会が試される時が来た。

 

◇出入国管理法の改正案が示され国会で審議される。人手不足に対処するための在留資格には「特定技能1号」と「同2号」がある。一定の技能が必要なのが1号で、熟練技能が求められるのが2号である。1号と2号の違いは、1号は在留期限が通算5年で家族帯同を認めないのに対し、2号は期限の更新ができ配偶者と子どもの帯同も認められる点である。

 

 外国人動労者の不足している分野は多いが老人介護の分野は深刻である。先のない高齢者がゴミのように扱われる所もある。高齢者の人権を守らねばならない。そのためには外国人の労働環境を守って外国人の人権にも配慮することが重要だ。同時に日本の社会の外国人に対する意識を改革することが大切で、それはまず教育の場で改革を実行しなくてはならない。国際理解教育が叫ばれているが、それは語学だけの問題ではないことを強調したい。

 

ips細胞をパーキンソン病患者の脳に移植する手術が報じられたが、今度は脊髄治療を目指す例が慶大で行われている。人生100年時代を開く鍵のひとつは難病克服であり、そこに脚光が当たり出した。この動きを進めるためには民間企業の協力が不可欠であるが、大日本住友製薬が医薬品の大量生産の技術を開発と報じられている。素晴らしい。(読者に感謝)

 

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2018年11月14日 (水)

人生意気に感ず「日本の宇宙技術は素晴らしい。第一次世界大戦。三俣死刑事件」

 

◇日本の宇宙技術の素晴らしさを改めて知った。国際宇宙ステーションでの実験で作成した資料を収納したカプセルを洋上で回収した。日本が独自に回収したのは初めてである。これは将来宇宙船から飛行士を安全に帰還させる技術につながる。日本の宇宙開発が大きな山を越えたことを意味する。かつて群馬の中小企業が何億キロも離れた小惑星から微粒子を持ち帰って世界を驚かせたが、宇宙への夢が果てしなく広がる今、子どもたちの夢をかき立てる快挙である。学校教育は、子どもたちの好奇心を育てる機会を逃すべきではない。

 

◇11日は、第一次世界大戦終結100年に当たる。パリの凱旋門で記念式典が行われた。1914年(大正3)に始まった第一次世界大戦は1918年(大正7)11月11日ドイツの敗北で幕を閉じた。日英同盟を結ぶ日本は、ドイツに宣戦布告し、世界大戦に参加し戦勝国の仲間入りをした。主戦場はヨーロッパであったから、日本は漁夫の利を得たのである。敗戦国ドイツは巨額の賠償金を負わされた。それはドイツの支払い能力の限界を超えたもので、追い詰められた国民の間にナショナリズムの気運が盛り上がり、ナチスヒトラーの台頭につながることになる。

 

 百年は長いようで短い。この間に日本は第二次世界大戦に巻き込まれた。人類初の原爆の洗礼を受け、ポツダム宣言を受け入れ日本国憲法と共に日本は生まれ変わった。あれから70年余、世界は再びきな臭くなってきた。今こそ、歴史の教訓に学ばねばならない。

 

◇拳銃乱射事件で、また前橋が話題になっている。事件は2003年(平成15年)前橋市三俣町のスナックで起きた。同席していた一般市民が巻き添えを食ったことで、暴力団の恐さを身近に感じた人々は異常な衝撃を受けた。私はスナックの前を通って議会に通っていたので衝撃はひとしおであった。

 

 今回は死刑確定囚を別の殺人事件で裁くという異例なケース。しかも裁判員裁判で。暴力団は金のために人を殺すことを何とも思わぬことを窺わせる事件だ。暴力団に殺されて埋められたケースは日本列島に無数にあるのだろうか。

 

◇私は県議の時、この三俣事件を契機に公営住宅から暴力団を締め出すための条例改正に取り組んだ。議員提案としては全国初の例となった。当時、私の家の周りを警察が万一に備えて警戒に当たってくれた。(読者に感謝)

 

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2018年11月13日 (火)

人生意気に感ず「パーキンソン病とips、神の領域とは。中国料理教室」

 

◇月曜日の続きである。私は県会議員の時、パーキンソン病友の会と関係をもち、この難病で苦しむ人々の実情を知った。この人たちは2012年に京大の山中教授がips細胞の研究でノーベル賞を得た時、歓喜しその実用化が一刻も早く来ることを願った。京大病院の9日の発表に彼らは生きる望みを見出し、一層歓喜したに違いない。

 

 発表によれば京大病院は50歳のパーキンソン患者の脳にips細胞を移植した。世界初の試みで経過は良好だという。2023年頃の保健適用承認を目指す。近い将来パーキンソン病以外の多くの難病の治療にも広がるだろう。科学の基礎研究が健康、生命という人類の幸せの上で素晴らしい成果を挙げた例である。

 

◇パーキンソン病は運動の指令を伝えるドーパミンという物質を出す神経細胞が減り、その結果手が震えたり歩くのが困難になる病気である。脳に移植されたips細胞から神経細胞を作り、これを脳に移植するとドーパミンが分泌され増えるのだ。

 

◇細胞から生命体をつくることは神の領域に関わることだと言われる。私はカトリックに関わる者だが、カトリックでは生命の誕生は神の力によることになっている。生命の誕生とは何か。カトリックは受精の瞬間をもって生命の誕生とする。だから受精卵に手を加えることは神の領域を侵すことになる。ここでES細胞とips細胞の違いが重大な意味をもつ。それは、ES細胞はヒトの受精卵を使用するのに対し、ips細胞は皮膚や血液などの細胞から作ることができるからである。つまり、受精卵を使わない点「生命誕生」を侵さないわけである。

 

◇11日、恒例の中国料理教室に出た。群馬県中国残留帰国者協会、及び拓友協会が共催で、県国保援護課が後援する行事である。私は協会の顧問として挨拶した。「今年は日中友好平和条約締結40周年です。中国との関係は今日増々重要になりました。多くの方々の満州での御苦労は日中の大切な絆です。餃子を味わいながらそれを噛み締めたいと思います」

 

 水餃子は実にうまい。タレも独特である。拓友協会の幹部は元少年義勇軍で皆90歳を超えようとしている。餃子を味わいながら話しに花が咲いた。この人達はソ連の強制抑留も経験している。過酷な過去を語る表情は明るい。大変な時代が遠ざかりつつある。(読者に感謝)

 

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2018年11月12日 (月)

人生意気に感ず「95歳のキャッシンジャ―。一帯一路とアメリカの戦略。パーキンソン病」

 

◇あのキャッシンジャ―元米国務長官が95歳になったとは。ニクソン大統領の時、中国に飛んで米中が握手するつゆ払いの役割を果たした。毛沢東に会って、歴史的人物に会ったと感想を語ったのを記憶している。ユダヤ人でもあるキャッシンジャ―は優れた国際戦略の専門家だった。この人が米中が火花を散らす時、北京を訪ね習主席に会ったことに注目する。キャッシンジャ―は、「米中関係の発展には戦略的に思考と長期的な展望が必要だ」と語った。その通りであって、この点は米中とも異存はないだろう。「戦略的思考」と「長期的な展望」は密接不可分の関係にある。長期的展望の中心は今後米中の長い対立関係が不可避だということである。トランプの対中の攻撃的な政策は、中国がアメリカの優位に立つことを許さないという信念に基づいている。中国の下位に立つようでは、トランプが当初強調した「アメリカ第一」も貫徹できないのだ。中国の現在の昇り竜のような勢いは、アメリカの知的財産(ハイテクノロジー)を奪って続けられているという考えが、アメリカの党派を超えた確信となってきたようだ。中国を抑えなければアメリカの経済は続かない。それがトランプの自信につながっているようだ。

 

◇中国は更なる飛躍の柱として「一帯一路」という壮大な世界戦略を打ち出したが、アメリカは中国のこの政策に対抗するため「インド太平洋戦略」を描き、その一環としてインド太平洋諸国に6.8兆円を支援する方針である。これらの国が道路、橋、トンネル、港湾などの社会資本を整備するのに低利率で資金を貸し出すという。当初の「アメリカ第一」は内向きかと思われたが壮大な政策転換の感がある。これはアメリカの世界戦略の中で日本の役割が格段に増すことを意味するに違いない。

 

 私は群馬県日中友好協会会長として、この動きに大きな関心を抱く。日中の関係に大きく影響することは不可避だからである。日本政府はこの極めて重要な、そして絶好のチャンスを活かすことができるのか。正に歴史的試練を迎えている。

 

◇パーキンソン病に脚光が当たり始めた。私は県議会にいた頃、パーキンソン病で苦しむ人々に接し、彼らがips細胞の実用化をいかに望んでいるかを知った。京大病院はips細胞から神経細胞をつくり患者の脳に移植した。世界初である。この続きは明日のブログで。(読者に感謝)

 

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2018年11月11日 (日)

小説「死の川を越えて」第135話

 

 万場軍兵衛とは盟友の間柄の森山抱月でさえ、彼の説く「ハンセン病の光」の意味を理解しつつも、湯の沢部落を現在の地で存続発展させることは困難と考え悩んでいたのである。

 

かくして、木檜代議士の提案は委員会の議決にも拘わらず実現しなかった。しかし、地元の代議士が格調高く、その胸の内を熱く訴えたことは特筆すべきことであった。この木檜代議士の提案の翌年、大正15年1月群馬県知事牛川虎一郎から請願が出された。その要旨は、「速やかに国費をもって、草津温泉を使用し得る一定の地域にハンセン病患者を収容する理想的集落を建設してもらいたい」というものであった。

 

 内務省の課長西村数馬から万場老人の下に郵便物が届けられた。請願書等の写しと共に課長の手紙が添えられていた。

 

「皆様お元気ですか。過日は貴重な経験をさせて頂き感謝致しております。あの時、万場先生が、私を通して本省とのつながりを大切にしたいと申されたこと、有り難く重く受け止めております。国の行政の一端を担う者として、地方の現実がいかに大切かを噛み締めております。皆様が、国のハンセン病政策を考える上での資料をお送り致します。牛川知事の請願書、木檜代議士の建議案(質問書)、及びこれに対する政府の答弁です。木檜代議士から地元の皆様に報告があることでしょうが、取り急ぎ検討資料として役立てばと願ってお送り致します。山田局長が万場先輩に宜しくと申しております。皆様にも宜しくお伝え下さい」

 

 こういう文面であった。万場老人は内務省の課長の手紙を胸を躍らせて読んだ。それから資料に鋭い視線を向けた。

 

 万場老人は、送られた資料を順に読み、目を閉じて考えている。

 

 その時、戸が開いて、こずえが姿を現した。

 

「ご隠居様、難しいお顔をされて、国会の方で何かございましたか」

 

「うむ。おおありじゃ。お前に何からどう話したらよいかのう」

 

「まあ、そんな大変なことでございますか」

 

「湯川が音を立てておる。この川は死の川と言われたが、わしらから見れば、怒りの川でもあった。わしの人生も怒りの人生であり、怨みの人生であった。そう思うと、わしの人生はこの湯川と似ている。そう思って、今、湯川の音に耳を傾けていたところじゃ」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年11月10日 (土)

小説「死の川を越えて」第134話

 

 山田局長の発言が終わると、他の委員が重要な質問をした。

 

「湯の沢のように自治的にハンセン病患者が集まって自然の治療を行っている集落が日本にはいくつありますか」

 

 これに対して山田局長は答えた。

 

「草津のように集団的に住み込んでいる所は他に承知しておりません」

 

 質問した委員は、日本で草津だけと聞き、ほほーっと驚いた表情で頷いた。

 

 そして、局長は、木檜代議士の方をチラと見ながら続けた。

 

「実は、今回の委員会に備えて、湯の沢集落の実態を少し見せて頂きました。部下の報告によりますと、木檜代議士がお話しされたように湯の沢集落の住民は助け合って、自治をつくって生きておられる。他に例のないハンセン病の世界を見て我が省の者は感動し、学ぶべきものが多いと報告してきました」

 

 この時、木檜泰山の我が意を得たりとばかりに大きく頷く姿が見られた。

 

 かくして委員会は終わりに近づいて、木檜泰山が締めくくりの発言をした。

 

「湯の沢集落に対して大正14年度より政府が相当の補助をなして患者を慰安することに御異議ございませんか」

 

「異議なし」

 

 と言う声。

 

「ではそういうことに決定致します」

 

 委員長、木檜泰山の声が大きく響いた。

 

 木檜は、これで我が事成れりと喜んだが、実は彼の予想通りには行かなかった。湯の沢集落の意義、自由理想村の素晴らしさを認めつつも湯の沢集落だけ特別扱いするには無理があった。

 

 湯の沢集落は、草津の温泉が使える上に自由がある。だから、ある程度資力のある患者にとって天国なのだ。従って湯の沢集落の人口は増えて、草津の温泉街とは紙一重という状態に近づいていた。一方、時代は急速に変化し、温泉街には新しい層の一般浴客も増え、そう人々はハンセン病との接触を嫌うから、ふくらむ湯の沢集落の存在を温泉街発展の妨げと考えることも当然といえた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年11月 9日 (金)

人生意気に感ず「中間選挙に見る闇と光。今月のふるさと塾は宗教」

 

◇アメリカの中間選挙を遠くから見て思うことは民主主義の危なさである。大衆迎合主義に陥りやすい。それは衆愚政治に近づく。このことを如実に示したのがトランプ大統領の出現である。大衆にとって最大の関心は経済である。トランプのアメリカ第一主義の強行政策はアメリカ経済の大きな回復をもたらした。大衆がトランプに熱狂する光景はかつてのナチス・ヒトラーの出現を思わせる。

 

 しかし、アメリカがナチスと大きく違う点は賢い大衆の存在である。今回の選挙で民主党が下院を征したことはこのことを物語る。最高権力の独裁的傾向を正しい方向にコントロールする力こそ、アメリカの民主主義にとっての救いなのだ。

 

◇トランプ大統領に対する反発の受け皿として民主党は多くの女性や社会的少数派ともいうべき候補を立て、それは成功したといえる。CNNなどの調査によれば、投票した女性有権者の59%が民主党に投票した。また、この調査では「アメリカが間違った方向に向かっている」と応えた人は54%で「正しい方向に向かっている」と応えた人は42%だった。

 

 初当選を果たした2人の女性の輝く笑顔が印象的である。1人は「社会主義者」を自称し、ニューヨーク州から出た29%のオカシオコルテス氏、もう1人は初のイスラム教徒下院議員となるオマル氏である。2人の当選の背景にはアメリカが間違った方向に向かうことに対する若者たちの危機感が感じられる。2人の女性議員のこれからの活躍に注目したい。

 

◇今月の「ふるさと未来塾」は「宗教」がテーマである。宗教は人間の心の奥深いところと結びついた問題。物理学が宇宙の秘密を解き明かす時代になっても、宗教の力は変わらない。宗教は文明の発展と共に存在し、古くて新しい問題なのだ。イスラムの過激派の人々の中には今でも欧米との対立を十字軍との戦いと呼ぶ人々がいる。そこには科学的知識が遅れた人々と片付けられない問題が潜んでいる。

 

 アメリカの中間選挙でイスラム教徒の女性が下院議員に当選したことは驚くべきことだ。イエスはユダヤ人であるが、ユダヤ教の形式主義・戒律主義を批判してキリスト教を誕生させた。キリスト教の本質は本来「寛容」の精神である。トランプ大統領のアメリカ第一主義は寛容を否定するものだ。17日(土)、午後6時半。どなたでも歓迎である。(読者に感謝)

 

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2018年11月 8日 (木)

人生意気に感ず「中間選挙の結果は何を物語るのか。巨大入試不正の突きつけるもの」

 

◇嵐のような選挙が終わった。アメリカの中間選挙は異常ともいえたトランプ政権への審判であり、大統領選のような感があった。トランプは年齢にも拘わらず精力的に動き回った。その姿には執念のようなものを感じた。結果、上院は共和党、下院は民主党の勝利だった。トランプは上院の勝利を捉えて「大勝利だ」と叫んだ。

 

 今回の選挙の特色として、多くの若者が反トランプを訴えて民主党に投票したこと、女性が過去最多の議席数を得たことがあげられる。アメリカの活力を感じさせる選挙であった。下院での民主党の勝利は暴走するアメリカにブレーキが健在であることを示した。

 

 多くの若者が投票したというが、その多くはアメリカの誇り、アメリカの真の偉大さの回復を望んだのではなかろうか。かつてのアメリカは開拓すべきフロンティアがあった。国民の心はそこに向かったのでまとまることができた。成熟しきった国は衰退に向かうから国民は目標を失いがちだ。そんなところにトランプが現われて無茶苦茶をやりだした。そこでアメリカの理想は危機に瀕することになった。良識ある国民はアメリカの危機を感じたに違いない。そんなアメリカにとってトランプは反面教師である。多くの若者が投票所に向かったのにはアメリカの真の偉大さを取り戻したいという良識が働いたこともあろう。

 

 アメリカの姿に日本の若者は学ぶべきだが、その気配はなさそうだ。国の危機が迫っても動く気力がないのだろう。

 

◇東京医大は、不正入試問題で101人を追加合格の判定対象とすると発表した。本来なら合格ラインを上回った受験生たちだ。対象は昨年と今年の受験生だというから、被害を受けた受験生はもっと多かった可能性がある。酷い話だ。入試に青春をかけた若者の人生を狂わせたとしたらその責任はどうとるのか。このような不正は他大学にもあったことが分かっている。入学試験一般に対する権威と信頼を傷つけるものである。更に不正入試問題は文科省幹部の息子を医学部に不正入学させたと言われる贈収賄罪と絡んで発覚した。このことは、金の力で医学部に入学した者の存在を窺わせる。

 

 これは医学に対する信頼をも傷つける事実である。日本全体に偽物があふれ、人を騙すことが日常化し正義や信義が地に落ちている。根本から社会の変革が迫られているのである。(読者に感謝)

 

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2018年11月 7日 (水)

人生意気に感ず「南海トラフの前兆か。スバルの不正は。中間選投票始まる」

 

◇各地で頻発している地震には慣れっこになっている感がするが、つい最近の和歌山県周辺の地震には不気味さを感じる。紀伊水道を震源とする地震が続いているが、このあたりは南海トラフ地震が想定される地域なので、その先駆けかと懸念されるからだ。

 

 南海トラフの巨大地震が迫っていることはかねてから言われている。関東から九州にかけての太平洋沿岸には10mを超える津波が想定され、最大の津波としては30m超のものもあり得るという。空前の大惨事は確実に近づいているに違いない。地下にあって巨大怪物が目を覚ましたのか。紀伊水道の連続した地震は怪物が近づく足音かもしれない。

 

◇スバルの不正はどこまで続くのか。約10万台の追加リコールが発表された。スバルの国内唯一の自動車製造拠点、群馬製作所に於ける検査不正問題である。物づくり立県群馬の伝統と誇りはどうしたのか。同社幹部は「急成長のひずみ」を挙げているが、社会に奉仕するという物づくりの原点を忘れた結果ではないか。物づくりには本来、人間的、精神的なものがある筈だ。組織が巨大化し膨大な利益を上げる中で、いつしかこの原点を踏まえる意識が薄らいだのではなかろうか。金城鉄壁も蟻の一穴からという諺がある。スバルに限らず物づくりに関わる日本の企業全般に弛みが感じられる。日本全体が騙し合いのような雰囲気で覆われているが、物づくり産業よお前もか、ということを懸念する。

 

◇いよいよ米中間選挙の投票が開始された。その結果は全世界に影響する。息を呑む瞬間である。分裂したアメリカはどの道を選ぶのか。従来にない選挙のムードが高まっているらしい。経済の高調と、対中国の姿勢でアメリカ第一を叫ぶトランプ流のナショナリズムが燃えている。アメリカの民主主義、アメリカ国民の良識が試されている。アメリカの民主主義は世界の民主主義でもある。この選挙の結果に習近平もプーチンも金正恩も、イスラムの過激派も強い関心をもっている。日本ももちろんである。

 

◇草津の楽泉園内で人権に関する重要な会議があった。大分県から徳田靖之弁護士が参加。この人はハンセン病国賠訴訟の弁護団長であった。私は「死の川を越えて」上下巻を贈呈した。福田康夫元総理の代理も出席。「人権の碑」を造る件である。やがて詳しく発表する時がくる。(読者に感謝)

 

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2018年11月 6日 (火)

人生意気に感ず「死刑確定者が告白した犯罪。マラソンの意義を思う」

 

◇異例の裁判員裁判が始まる。死刑確定囚が他の殺人事件を告白し、その裁判である。獄中で自ら他の殺人事件を告白する例は珍しくないといわれる。幽霊におびえるといった人間性の存在もあり得るかもしれないが、死刑確定者の場合、延命の手段に過ぎないころも考えられる。あらたな審理の期間、確実に生きられるからだ。冷血非道の元暴力団員も死刑は恐いことを物語るのか。

 

 他の殺人を告白した死刑囚は平成15年に前橋市三俣町のスナックで殺人事件を起こし、その後死刑が確定した。当時、私は県議会にいたが、近くのスナックだけに市民の衝撃を肌で感じた。矢野死刑囚は、「3日間おりに入れた」、「私個人の判断で首を絞めた」と告白した。その情景は鬼気迫るものだ。人を殺すことなどなんとも思わぬ暴力団の恐ろしさを物語る。日本列島にはこのようにして闇に葬られた遺体が至る所に埋められているのだろうか。

 

 法は、確定死刑囚の他の刑は「執行しない」と定める。「執行」はなくとも裁判によって犯罪を明らかにし、その責任の大きさを明らかにする意義は大きい。それは遺族のためでもあるが、それ以上に社会的に許されない犯罪とその責任の大きさを示す必要があるからである。

 

◇マラソン参加の続きである。10キロ完走後、一夜が明けて脚のふくらはぎが少し痛い。10キロの行程を踏みしめた足は大地との対話を一語一語心に伝えた。その核心は生きる喜びである。そのために足の感触は健康が全てであることを伝えている。15,246人が参加した。かつて上毛は1万人の参加者確保に苦労したという。このイベントの意義は極めて大きい。全ての人が様々の思いで参加しているに違いないが共通の思いは健康の増進だと思う。来年も参加しようという思いで参加し、翌日からその実現のために健康習慣づくりを始める。医療福祉の費用削減効果一つとっても大きなものだろう。他県の参加者も多いらしい。群馬の自然はそれを歓迎している。群馬の魅力を天下に示す良い機会である。前橋市が舞台なのだから、前橋市はもっと前向きな動きを示すべきではないか。参加者から感想文をつのりコンクールとするのもその一例ではないか。

 

◇私は翌日から新たな一歩を踏み出した。医師から5キロ減量を忠告されていて果たせなかった。来年は79歳を迎えるが、健康長寿の先頭に立つつもりで記録を少し伸ばしたい。(読者に感謝)

 

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2018年11月 5日 (月)

人生意気に感ず「78歳、10キロを征す。人生の勝利の記念碑」

 

◇11月3日、快晴。第28回ぐんまマラソンには17,000余人が参加した。私は4日前に78歳を迎えていた。6月28日に前立腺の手術をし回復したが、目標の減量は達成できず、今回はマラソン歴で初めて体重70キロで挑戦した。10時が近づきスタートライン近くで待機する間、身体をくの字に曲げた老人と話した。驚いたことはこの人は私と同年齢である。数年前10キロマラソン中、心筋梗塞で倒れ気付くと病院のベッドの上にいたという。

 

 スタートが切られると人の動きは大河の如く、私は波にもまれる小枝のようである。毎日走り続けたのはこの日のためでもある。気付くと先程の老人が人の波をかき分けるように私の前を走っている。ホイホイサッサと呼吸を整えながら17号を北上する。頭には第一、第二の関門がある。それぞれ、10時55分、11時7分が期限である。何としてもこれをクリアしなければならない。速度をあげると苦しい。私はイスラム過激組織の拷問に耐えた安田純平さんのことを想像した。また。紀元前のマラトンの戦いを思った。空前のペルシャの大軍を破ったギリシア軍の使者が42.195キロを走り抜き勝利を伝えて絶命した故事である。時間は迫っていた。私の脇をポニーテールの娘が風のように通りぬけて行った。白い肌がちらっと眩しく映る。あの筋肉と筋力が私にはないのだ。よし挑戦だと言い聞かせ足に力を込める。第二関門通過は制限時間の10秒前位であった。「やったー」という思いが湧く。国体道路を更に南下すると手を振る娘の姿があった。「パパ頑張って」。「うん」と頷き、戦いは終わっていないのだと言い聞かせて足に力を入れる。競技場が目の前にあった。後を振り返ると競技を管理する車が私を追うようにゆっくりと迫っている。私が最後のランナーらしい。競技場に走り込み一人の女性を追い抜いてゴールを踏んだ。

 

 そして、ゴール数メートルの所に、先程の老人が横たわっているのが目に入った。係の人に支えられているが表情は元気である。私は近づいて「やりましたね」と声をかけた。この老人とこの後、いつまで共に走れるかと思った。このマラソンには様々な人が様々な人生を背負って参加していることを改めて思った。万感の思いで完走証を受け取った。公式タイム、1時間32分47秒(前年タイム1時間32分8秒)、ネットタイム1時間29分56秒。私にとって人生の勝利の記念碑であった。(読者に感謝)

 

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2018年11月 4日 (日)

小説「死の川を越えて」第133話

 

 ここで山田衛生局長は、国のハンセン病政策の基本を話すことになる。木檜の提案に答えるためにそれを明らかにする必要があるのだ。

 

その為に、前夜、山田局長は西村数馬課長から報告を受けた。

 

「御苦労でした。ほお。万場軍兵衛さんに会ったのか」

 

「はい。万場さんは現場で苦闘された私たちの先輩という感じを受けました。草津湯の沢では、患者が助け合って生きるという珍しいハンセン病の歴史を築いているようです」

 

 こう言って西村は、正助という若者のことや森山県議の話にも触れて、湯の沢の実態を説明したのだった。

 

 山田は、答弁席に立って語り出した。

 

「木檜先生のお話には核心に迫るものがございます。先生のご提案に答えるため政府が考えているハンセン病政策の方向をご説明致します。政府はハンセン病予防に関する特別委員会を設け大正9年に日本のハンセン病予防の根本の方策を決めました。

 

主なものは3点です。第1・第2は療養の方法がなく貧しい患者対策です。そして、第1とは、一般の貧困者対象の大療養所を各地に増設することです。

 

そして、第2とは無戸籍者とか他の患者に迷惑をかける不良性の患者を特に集める療養所の建設です。第一と第二を一緒に収容することは治安のためにも適切でないからです。そして、第3がただ今問題となっておりますことで、資力のある患者のために適当な地域を選定して自由療養区というものをつくることです。湯の沢は、分類としてはこれに入ると認識しております。

 

 この点につきましては、その必要を認めながらも、主に財政上の理由から手が伸びておりません。実現する場合、どの場所が適当で、どういうことをしたらよいか等を検討し、なるべく早く着手することを切望しておる次第であります」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年11月 3日 (土)

小説「死の川を越えて」第132話

 

「ところが、国立の療養所は、警察官の身分証明などがないと受け入れてくれない。入った人は世間に知られることを恐れ針の筵です。だから病気が少しでもよくなると逃亡する者がたくさん出る。

 

 また、草津という所は世界的な温泉地でありまして外国人もやってきます。だから湯の沢が今の状態で増え続ければ、草津の発展にも妨げになります。そこで、湯の沢集落に対し、相当の設備を施し、理想の療養の村となし、これを隔離することが必要なのであります」

 

 木檜泰山は、ここで言葉を切った。何かを決意したように口元を引き締めて続けた。ここで湯の沢集落の特殊性を強調するのである。

 

「私は、政府のハンセン病政策には欠陥があると思うのであります。即ち、初めから貧のどん底にあり、治療の方法もなく放浪する患者に対しては、国はいくつも施設を設け、これを収容して相当の金を使っている。しかし、湯の沢集落はこれらと状況が違うのです。人々は初めから貧のどん底ではない。ある程度、金を持って集まるが、そのうち送金も絶え、貧に落ちるというのが実情である。また、治療についても、方法がないわけではない。ハンセン病によく効く温泉という治療方法があるのです。

 

 だからといって、湯の沢集落に補助を与えないのはおかしいのです」

 

 木檜は役人席をきっと睨んだ。

 

「この湯の沢集落が現在行き詰っております。しかし国が補助すれば理想の療養村として甦ることが出来る。自治の療養村として光を放つ存在は文明国の誇りとなります。それなのに放任しているのは大なる欠陥であります。公衆衛生並に人道問題としても、長い間閑却しておったのは、帝国政府として欠陥であります。この点を考慮して幾分なりの金を出して憐れむべき状態を救ってもらいたい。草津の集落を理想村として助けることは、長い間捨てておいたハンセン病患者に対する政府の政策を改めるための著手となります。この湯の沢集落には、知識階級の者も大分居ますから、幾分かの補助を与えれば、彼らは土地のため、国家のために貢献することが出来ると思うのであります。故に大正14年度から補助費を支出できるよう努めて頂きたい。これが私の提案者としての意見であります」

 

 文明の誇りという発言に大きく頷く議員の姿が見られた。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2018年11月 2日 (金)

人生意気に感ず「明日は78歳のマラソン。原発といじめ。嬬恋の事後強盗」

 

◇良い天気が続く。明日(3日)も天気は良さそう。文化の日は統計的に良い日なのだ。私は78歳の舞台に踏み込んだ直後のこの日、10キロマラソンである。自分ではそれ程老いは感じないのだが、記録の数字は正直だ。長いこと10キロ完走を続けているが、完走証の記録は確実に下がっている。数年前は56分台であったが、昨年は1時間半もかかった。今年はタイムを気にしないで走ろう。今、コース上の情況をイメージしている。頭に去来するのは世界の都市である。ソウル、中国の多くの都市、テキサスでと外国訪問では必ず走った。明日の走りは、月曜日のこのブログで書くつもり。

 

◇私は副島第一原発事故は未だ終息しないと講演で語り、また文章で書いている。東電元幹部を被告とする訴訟の継続もそれを窺わせるが衝撃波が多くの人の心に影響を与えていることも終息しないことを示すもの。被災地から他県へ移住した子どもが受けるいじめもそれを物語る。国は震災に関連したいじめが各地で発生していることに関し、特に注意を払うよう求めてきた。いじめとして事件に現われない事例も多くあるに違いない。

 

 新聞に、福島出身の女子生徒(小学生)が他県でいじめを受け「死んだ方が楽」と発言したことが出ている。いじめは、子どもの世界にあって永遠の課題である。

 

 自分の子ども時代を振り返ればいたずらに明け暮れた。倫理や道徳や法律などを意識しないのが子どもの世界で、いわば弱肉強食の世界ともいえる。それでも、おじいちゃん、おばあちゃん、地域のおじさん、おばさん、お父さん、お母さんなどが極く基本的な道徳を子どもの心に自然に植えつけた。いじめは絶えずあったが、歯止めがあった。それが現代社会では全てが機能を失っている。その上、子どもに逞しさ、強さがなくなっている。それが「いじめ」となって噴出するのだ。混乱の状態で歯止めの砦はやはりまず学校である。東日本大震災の悲惨さを学校は熱く信念をもって子どもの心に訴えるべきである。各地で子どもの自殺が絶えない。自殺の衝撃度は慣れになってしまったのか。

 

◇警官の不祥事は多いが嬬恋の事後強盗は特に気になる。本県で発生したということもある。好青年という見方である。逃げ回る生活は大変である。家族は地獄に違いない。何が人間を突然変化させるのか。自首する勇気を期待する。(読者に感謝)

 

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2018年11月 1日 (木)

人生意気に感ず「徴用工問題、解決済みを攻撃する韓国の司法」

 

◇韓国最高裁は新日鉄住金に賠償金支払いを命じた。日本が韓国を植民地支配していた時、朝鮮半島から強制動員された韓国人の損害賠償請求権を韓国最高裁が認めたのである。日韓の国家間では、日韓協定により解決済みのことであった。この日韓協定は、請求権問題につき「完全かつ最終的な解決」と認めていた。韓国最高裁は、個人の請求権は別であって、この協定外だと判示した。

 

 この日韓協定は日韓両国の国交正常化を目指したものであり、今回の最高裁の判断はこの「正常化」の基礎を否定することであり、国際法にも反することだ。日本は韓国を併合し、その間韓国人を強制労働させ、不当な人権侵害を行ったことは歴史的事実である。日韓協定が「完全かつ最終的な解決」と認める意味は、このような個人の強制労働問題も含めた解決であることは明らかであるが、韓国の世論には反対が強かった。この世論に応え、個人の損害に対しては韓国政府が日本から得た資金を当てるなどして責任を取るのが筋である。これは韓国国内の問題である。

 

 新日鉄住金以外の多くの日本企業も同様な問題を抱えている。今回の判決がこれら日本企業に大きな影響を及ぼすことは必至である。

 

 この判決に思うことは、朝鮮半島を日本が支配した問題は未だ韓国の国民感情のレベルに於いて解決に至っていないということだ。元徴用工の悲惨な被害は紛れもない事実であるが、それを踏まえた日韓協定だった筈である。日韓両国が慎重に協議を重ねて合意に至った協定を韓国の司法はしっかり踏まえるべきである。韓国最高裁の中にも反対意思があった。法理論として当然であろう。

 

 河野太郎外相は判決に対し、「日韓間の法的基盤が根本から損なわれたことを日本として重く見ている」と言って強く抗議した。韓国のある識者は「徴用工問題は解決済みという韓国政府の従来の立場と今回の判決の差を埋める方策を取るのではないか」と予測している。拉致問題で重要な局面を迎える今、日韓の連携はここでも重要な筈なのに心配である、

 

◇判決の衝撃波が走っている。政府は動揺の訴えを起こされている企業に賠償支払いや和解に応じないように求める方針だという。そのようなことになれば日本の一枚岩の姿勢が揺らぐイメージを与える恐れが生じるからだ。法秩序の問題は国境を越えて広がっている。(読者に感謝)

 

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