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2018年10月13日 (土)

小説「死の川を越えて」第126話

 

万場軍兵衛は決意を固める表情で切り出した。

 

「ハンセン病の問題が新たな局面を迎えようとしている。ここで大切なことは問題の根っこをつかむことじゃ。わしは、お前にわしの過去を語ったことで踏ん切りがついた。難しい問題を易しく説いて情報を提供する。そして、この根っ子を明らかにする。これがわしの第一の使命と考えるに至った。そこで行動に移さねばならぬ。第一歩を踏み出さねばと思うに至ったのじゃ。正助よ、いつもの人たちを集めてくれ、欲張らずに一歩一歩前進する決意じゃ」

 

「先生、分かりました」

 

 正助は、万場軍兵衛の秘密を最初に知った者として大きな誇りを持っていた。集まった人々の中には、またリー女史もいた。

 

「今日は、難しい法律の話。われわれの運命を縛っておる法律の話じゃ。覚悟して聞いて欲しい。我々ハンセン病の患者は、さまよえるゴミ、嫌われる社会の汚物。このゴミを、そして、ゴミや汚物を集めて管理しようとするのが、これから話す法律の目的じゃ」

 

 万場老人はそう言いながら傍らの書類の山から一枚の紙片を引き出した。

 

「これじゃ。明治40年につくられた、癩予防に関する件という法律で、法律第11号とある。我々患者が最も恐れる消毒もこの法律に定められておる。この消毒で故郷を追われた者は、この湯の沢にも少なくない筈」

 

 この時、さやは、唇を噛んで下を向いた。福島の実家の悲劇が頭に甦っていたのだ。さやがハンセン病と知られ、大掛かりに調査されたことにより、姉は離縁され井戸に飛び込んで死んだ。ああ、あの忌まわしい出来事の本を定めた法律のことか、と思うとさやは頭を上げることが出来ない。

 

「この法律の根幹、つまり、根と幹を説明しますぞ。法律は本来、国民のものだ。この場合、最も関わりが深い国民とは我々患者であるぞ。その患者が誰もこの法律を知らぬとは何ごとか。悪い法律なら、それと闘わねばならぬが、知らなければ闘いようがあるまい。もっと早く話すべきであった。わしの怠慢であった」

 

 万場老人の声には、いつもと違う力がこもっていると感じられた。正助は、これが東京帝国大学で学んだ力なのかと、先日、老人が大学の寮歌を歌った姿を思い出していた。

 

「この法律はな、医者が癩患者を診断した時は患者と家人に消毒を指示し、かつ三日以内に届け出よと定めておる。国の法律だから、これで全国が一斉に動き出す」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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