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2018年10月19日 (金)

人生意気に感ず「死の川で取材を受ける。あらすじをここに。カシヨギ氏暗殺の怪」

 

◇昨日18日、上毛新聞の取材を受けた。連載小説「死の川を越えて」が完結し、出版も成り間もなく書店にも並ぶことを知らせるための取材である。記者との話には熱が入り2時間以上が過ぎていた。思い入れのある登場人物はと問われ、私は万場軍兵衛、正助、さや、正太郎、小河原泉などを語った。

 

「死の川」とは草津湯川を源とする湯川のこと。強酸性ゆえに生命の存在を許さない川であった。この川の辺にハンセン病の人たちが助け合って生きる集落があった。小説の舞台はここから始まる。集落の少年正助は、ある日万場軍兵衛に訪ねた。「俺は人間として生きたい。どうすればよいですか」。これに応えて「この集落にはハンセン病の光が出ている」と軍兵衛は不思議なことを語った。

 

 正助とさやは愛し合う仲で、さやの腹には小さな命が宿っていた。さやは産むべきか否か大いに悩んだ。京都帝大の医師小河原泉は誠実な人で、その語る話にさやは心を打たれ産む決心を固める。正助はこの時出征していた。物語の背景は戦争の時代であった。ハンセン病の患者は戦争遂行の妨げであり国辱と見られた。ハンセン病の患者を収容する過酷な隔離政策がとられた。その象徴が悪魔の牢獄と言われた「重監房」であった。

 

 時は遷り、日本は戦争に破れ、日本国憲法が誕生した。万場軍兵衛は「憲法を活かして国を相手に裁判をせよ」と言い遺して世を去った。ハンセン病の人々は訴訟の場で力を合わせた。訴訟の焦点は国の隔離政策の誤りを立証することであった。法廷では小河原泉の弟子が原告側証人となり師の思想を語った。

 

 とかく近寄りがたくとらえられる訴訟劇を熱く分かり易くと心掛けたことを記者に話した。勝訴が確定し、ハンセン病の人たちが小河原医師の墓を詣でた時、人々は衝撃を受けた。何と小河原はハンセン病の患者と共に無縁墓地に眠っていたのだ。死んだ後もハンセン病の人々と共にという小河原の姿に人々は涙した。次いで人々は万場軍兵衛の墓に報告する。正助は額ずいて語りかけた。「先生が昔語ったハンセン病の光を実現することができました」

 

◇サウジの反体制記者カシヨギ氏の暗殺劇が世界を震撼させている。拷問、生きたまま切断、暗殺団等、アラビアンナイトの時代が未だ続いているのかと思わせる。人権とか報道の自由などと無縁なおとぎの世界なのか。(読者に感謝)

 

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