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2018年10月15日 (月)

人生意気に感ず「天皇代替わりと10連休。政治塾で田中正造を語る」

◇来年のゴールデンウィークは天皇代替わりと重なり、沸き立つ春となりそうだ。新しい象徴天皇を祝う平和な季節にしたい。既に天皇制はすっかり定着し、日本の文化を支える基盤の一つになっている。天皇の存在は万葉の古代から国民と共にある。万葉集は日本人の心の古里でもあるが、その巻1の巻頭には天皇が野に出て菜を摘む娘に声をかける歌が載る。春であろう。いかにものどかな情景である。「菜つます児 家聞かな(聞きたい)、名告のらさね(名乗っておくれ)」第21代雄略天皇の歌と言われる。

 

 10連休は、来年5月1日を「祝日」とすることで実現する。政府はそのための特別法を今月召集の臨時国会に提出する意向を示した。

 

 なぜ10連休となるのか。それは祝日法の故である。祝日法は「前日及び翌日が祝日である日は休日とする」と定める。つまり祝日に挟まれた間の日は休日となる。5月1日を特別法で祝日とすることにより4月29日(昭和の日)との間の日、4月30日が休日となり、5月3日(憲法記念日)との間の日5月2日が間の日となる。

 

 祝日法はその第一条に次のように定める。「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるためにここに国民こぞって祝い、感謝し、または記念する日を定め、これを国民の祝日と名付ける」

 

 祝日法は、日本国憲法施行(昭和22年)の翌年に施行された。この一条からは正に国民主権の平和憲法と方向を同じくし新憲法の息吹が伝わってくるようだ。

 

◇13日(土)、自民党の政治塾で講演した。テーマは田中正造である。政治をめざし、あるいは深い関心を持つ若者に本物の政治家とは何かを示したい気持ちがあった。命が輝きあふれる渡良瀬川が銅山の鉱毒のために「死の川」と化した。今回出版される私の小説は「死の川を越えて」であるが田中正造の姿は「死の川に抗して」であった。正造の怒りは明治天皇直訴に凝縮された。帝国議員を辞し、妻に離縁状も出した。一切の退路を断った行動に世の人々は大きな衝撃を受けた。文を書いた人はその後大逆事件で死刑になった幸徳秋水であった。心を燃えたたせた若者の中に石川啄木や内村鑑三もいた。政治塾の塾生も、田中正造の姿に心を打たれている風であった。彼らの中には来年の地方選に出る人もいるのだ。(読者に感謝)

 

 

 

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