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2018年10月28日 (日)

小説「死の川を越えて」第131話

 

 

 

一、 木檜泰山の発言

 

 

 

 第50回帝国議会におけるハンセン病に関する委員会は、大正14年2月26日開議となった。議題は、療養理想村補助に関する建議案。提出者は木檜泰山である。

 

「それでは先ず、提案者のご説明を願います」

 

 促されて木檜泰山は登壇した。木檜は、湯の沢に国の補助が欲しいと訴える。そのため湯の沢の現状を説くのである。

 

「昔から草津の湯はハンセン病患者に宣しいというので療養に四方八方から参ります。年々増えて、今日では500人もおります。これらの人々は、最初は相当の療養費を持って参りますが、2・3年後には郷里からの送金も絶え、何としても致し方がないのでハンセン病患者でありながら筋肉労働をして自分の病を治療しようとする者もおります。貧のどん底に陥る者もおり、それはまことに見るに忍びない状態であります。ところで、これに対しどこからか補助があるかというとどこからもないのであります」

 

 木檜は、このような窮状者を多く抱える湯の沢集落が素晴らしい自治の団体であることを訴える。だから国が援助の手を差し伸べよという論法なのだ。帝国議会で草津のこと、そして湯の沢集落のことが格調たかく語られることは驚くべきことであった。

 

「湯の沢の状態を見ますと、是は法律的には村ではないが、事実上一種の村を成して居ります。区長、副区長がおり、評議員が八名もおって、これら役員を選ぶについては、男女の別なく住民は投票権をもっております。その投票の資格はというと、ここに来て住む人というだけでよいのであります。また、更に、湯の沢の注目すべき長所があります。それは戸籍上の調査をしないということであります。ハンセン病患者になるとそれは、一家親族の体面に関わる、特に結婚の妨げになる。だから、草津へ行く者は大抵偽名で行くのです。集落はそれを許しておくのです。中には、帝大を出たような知識階級の人も居りますが、皆偽名のままで許しているのです」

 

この時、議員の間に静かなどよめきが起きた。それを確かめるようにして木檜の訴えは続く。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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