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2018年10月14日 (日)

小説「死の川を越えて」第127話

 

「患者の取締りには警察が中心となる仕組みなので、どの県でもそれが可能となるように知事の命令が定められた」

 

 万場老人はそう言って、更に別の書類を引き出した。

 

「当時の群馬県知事は神山順平。警察に次のように命じておる。つまり、ハンセンの患者名簿をつくり、患者の届け出があった時には、直ちにその名簿に載せ、その謄本を知事に提出すべしというのじゃ。

 

 あの法律が出来てから10年以上経って、この法律の威力と恐怖が増々高まってきた。弱ったことじゃ」

 

 万場老人は手に持った書類をわきに打ち付けるようにしながら言った。

 

 

 

六章 帝国議会の場で

 

 

 

一、 帝国議会の動き

 

 

 

 反骨の闘将あるいは吾川将軍と言われた木檜泰山は、大正9年衆議院議員に当選し、帝国議会に乗り込むことになった。かつて、群馬県議会で政友会という政党色をむき出しにした知事大山惣太と激しく対決した熱血漢である。

 

 木檜は自分の地元問題である湯の沢集落を国会の場で正面から取り上げることに強い使命感を抱いていた。時代は国内外とも激しく動き、風雲急を告げていた。国は戦争に備えて国内を引き締めるためにも、ハンセン病患者を特定の場所に閉じ込めようと考えていた。その根拠となるのは、癩予防法であった。一方、湯の沢集落は、伝統的に歴史を築いてきた自治の理想を時代の流れに抗して守ろうとしていた。

 

 こういう流れの中で、木檜泰山は、第50回帝国議会に「療養理想村補助に関する建議案」を提出する。木檜は、この議案を審議する委員会の委員長に選任され、提案者として説明することになっていた。この委員会で、質問に答える政府答弁者は、内務省の山田衛生局長だった。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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