« 小説「死の川を越えて」第123話 | トップページ | 小説「死の川を越えて」第125話 »

2018年10月 7日 (日)

小説「死の川を越えて」第124話

 

 

 

「どきどきしますね。ベルツ博士は確か草津にも来ていますね」

 

「うむ、そうじゃ。わしは恩師の紹介でベルツ博士に会うことが出来た。驚いたことにな、ベルツはわしがレプラに罹ったという話しを聞くと直ぐに草津の湯を語り出したのじゃ。博士が言うには、草津の湯は強い酸性で結核によく効く、結核菌と癩菌はよく似ている」

 

「だから草津の湯はハンセン病にも効く筈だと。草津といえば、わしの祖先の地。ハンセン病に効く話は聞いていたが、高名な医学者に言われて、強く動かされたのじゃ」

 

「ははあ、それで先生は湯の沢に来たのですか」

 

「ここに辿り着くまでには、ずい分悩み、時間がかかったが、まあ、結論はそうじゃ。ところでな、ベルツはわしに大変重要なことを教えてくれた。お前には、今日それを伝えたい」

 

 万場老人は、ここで話すのを止め、茶をすすった。正助は、老人が何を語るのか固唾を呑む思いで待った。

 

「ベルツ博士は語った。ハンセン病は非常に歴史が古い。ハンセン病とどう向き合うかは人間性の問題だ。ハンセン病にはどこの国でも迷信と偏見がつきまとっている。無知が迷信と偏見を生む。また、社会の仕組みが無知と迷信を作り出す。こういうのだ。そして、博士は草津へ来て、共同浴場でハンセン病患者と一般の人が一緒に入っている様に腰を抜かす程驚いたと申す。そして、わしにこう申したのだ。日本の最高学府で学んだ君がレプラに罹ったことは、君にとっては誠に気の毒であるが、社会のためには重要な意味がある。自分のため、社会のために、レプラと向き合って闘ってみてはどうか、と。はい、そうですかと簡単に答えられる問題ではない。でもな、ベルツ博士の言葉はなぜか私の心を強く揺すった。草津には何かがあるに違いないと思い、この湯の沢に来たのじゃ。立身栄達とは無縁となったが、湯川の音を聞きながら、好きな書を読み、物を書くことに秘かな喜びも感じられるようになった。それに、お前たちが集まるようになってからは、人と交わりハンセン病という社会問題にも関わるようになった。今、わしは自分の人生を噛み締めておるぞ。東大、そして、ベルツ以来のことを話して、今、残りの人生が増々重要に思えてきた。正助頼むぞ」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

|

« 小説「死の川を越えて」第123話 | トップページ | 小説「死の川を越えて」第125話 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小説「死の川を越えて」第124話:

« 小説「死の川を越えて」第123話 | トップページ | 小説「死の川を越えて」第125話 »