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2018年9月26日 (水)

人生意気に感ず「次々と世を去る人々。弔辞を読む。古書店で恩師林健太郎先生を」

 

◇2週間ちょっとの間に3人の大切な友人が世を去り、私はそれぞれに弔辞を読んだ。人の命のはかなさをつくづく思う。24日のSさんは数え年で71歳。行動派の人であった。入院して2週間足らずで逝ってしまった。病院嫌いの人で、奥さんがうるさく言っても検査を受けなかった。ぎりぎり差し迫ったことを実感したのだろう。自分から言い出して検査を受けた時は手遅れであった。2人に1人がガンに罹り3人に1人がこの病で死ぬ時代である。その恐ろしさを身近に感じた。一方で医学の進歩は目覚ましい。ガンの時代を乗り切る術は日頃の生活習慣の工夫、そして近代医学と上手に付き合うことである。

 

 この人は村中が重宝がった建築業で、いつも現場で奥さんと一緒だった。酷暑のこの夏も奥さんと屋根に立ちペンキを塗る姿が見られた。ケータイは奥さんだけが持ち、全ての要件は奥さん経由であった。弔辞ではこの点にも触れ「一心同体でしたね」と語りかけた。

 

◇身近な人が次々と世を去る。一方で人生は増々長くなり、百歳まで生きることが珍しくなくなりつつある。このような情況の故か人々の死生観に変化が生じていることを感じる。人生が長くなった分、生への執着が薄くなっているのではないかという気がする。

 

 物があふれ、物欲が渦を巻き、刹那主義が支配的となっている。心が貧しくなったことは生きる力、生きることへの執着心のなさを意味すると思える。

 

◇昨日、煥乎堂の古書部で数冊の本を見つけた。その中で、これは良いものを見つけたと思ったのは「私の書斎Ⅲ」である。13名の人物が取り上げられているが、その最初の人が林健太郎先生である。杉並区荻窪、善福寺のお宅へは何度もお邪魔した。何枚かの写真は庭の木々、書斎等で懐かしいものだ。不思議な御縁で先生の死の直前までお世話になった人生の恩人である。用いられている写真からは静かな、そして品格と強い意志が伝わる。県議選に徒手空拳の状態で出馬した時、手弁当で県民会館(現ベイシア文化ホール)に駆け付け、「歴史を活かした政治家になれ」と励ましてくれた。私は先生の西洋史のゼミ生だった。不肖の弟子は最近先生の著作を読み返し始めたところであった。壮大な世界史の視野に立って先生は天国から今日の世界の状況を憂えているだろう。(読者に感謝)

 

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