« 小説「死の川を越えて」第121話 | トップページ | 人生意気に感ず「台風24号の衝撃。インドネシア大地震が意味するもの」 »

2018年9月30日 (日)

小説「死の川を越えて」第122話

 

 二三日後、正助は万場老人に呼ばれた。

 

「実はな、わしは人生の幕引きを考えて、色々話そうとしたのじゃ」

 

 万場軍兵衛は正助の顔を見るなり切り出した。

 

「えー。そうだったのですか。先生、幕引きなんて淋しいですよ。俺たちの指導者じゃないですか」

 

「うむ。しかし、さやさん、とめさん、正太郎君、みんながこの大変な時代に真剣に生きていることを見せつけられて、わしは考えを変えたぞ。湯の沢の歴史を知りたい。人間として生きたい。そう言って、わしを訪ねたのは正助、お前だった。そして、わしは初めてハンセン病の光を口にした。これらのことを振り返ってな、少し位年を取ったといって旗を巻くのは恥ずかしいと気付いたのじゃ。この光を活かして命の火を燃やさねばならぬことに気付いたのじゃ。人に話すことではない。しかし、私の人生の何度目かの出発にあたり、お前に話さねばならぬと思って、今日は来てもらったのだ」

 

 重大な雰囲気に正助は身を固くし姿勢を正して座り直した。そして、何が語られるのかと老人の口元を見詰めた。

 

「人間は精神の生き物。精神は年と共に豊かにすることが出来る。わしは、こういう身になって、いわば隠れて住むようになった。年をとったから引退というのは肉体活動を続けた人が言えることで、わしなどは口にする資格はない。それに気付いたのじゃ。は、は、は」

 

 正助は、先日の老人の思い詰めた表情を思い出し、納得した気持ちになって言った。

 

「先生の後ろの書物の山、凄いですね。さやが京都大学を訪ねた時、小河原先生の研究室が同じように本でいっぱいで、ここと様子が似ていてほっとしたと言っています」

 

「ほう、そうであったか。今日は、私の身の上を少し話さねばならぬ。風に飛ばされる浮草では信じられぬじゃろうからな。は、は、は」

 

 老人はそう言って、決意を固めるかのように言葉を止めた。そして口を開いた。

 

「実はな、万場軍兵衛というのは本名ではない。この湯の沢でも多くの者が本名を名乗っていない。身元が知れて縁者に迷惑がかかるのを恐れる故じゃ。この湯の沢の偉いところは、偽名を承知で受け入れ、仲間にすることじゃ。お前には真実の絆をつくるために今日は思い切って話すつもりだ」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

|

« 小説「死の川を越えて」第121話 | トップページ | 人生意気に感ず「台風24号の衝撃。インドネシア大地震が意味するもの」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小説「死の川を越えて」第122話:

« 小説「死の川を越えて」第121話 | トップページ | 人生意気に感ず「台風24号の衝撃。インドネシア大地震が意味するもの」 »