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2018年9月25日 (火)

人生意気に感ず「ふるさと塾で貞観地震と原発事故を。原発事故は公害だ」

 

◇22日の「ふるさと塾」はおよそ40名が参加して盛会だった。テーマは近づく巨大地震。2011年の東日本大地震は未だ終わっていないことから始めて先日の北海道大地震に触れ、特に弘仁と貞観の地震を取り上げた。

 

 弘仁大地震は赤城山麓歴史地震として、「群馬は大丈夫」に対する警鐘として捉えるべきもの。818年のことで前橋の西部、北部にも多くの地割れの遺跡が発掘されている。類聚国史には「上野(こうずけ)の国に大きな地震があり死者は数えきれない」と記されている。

 

◇貞観大地震は福島原発事故が「人災」であることを論ずる上で特に重要である。東北大学の箕浦教授は地質学の視点から巨大津波の発生を分析し論証し、福島第一原発事故発生の前に学会で発表した。しかし学会は、新たな津波対策が必要だとする教授の警告に耳を傾けなかった。

 

 地質学の方法とは津波が運んで堆積した地層の分析である。日本の学会が無視するので教授はアメリカの学会に論文を発表した。

 

 箕浦教授の警告を含め、東電及び国は打つべき対策を怠った。そして、予言が示す如くに巨大津波が押し寄せ、未曽有の壊滅的大災害を迎えた。国会事故調査委員会は福島第一原発事故を「人災」と結論づけた。

 

◇今回の「ふるさと塾」では、この「人災」論を踏まえて、福島原発事故は「公害」であるという私の考えを訴えた。環境基本法などは原子力災害を公害とは捉えない。それは、原発事故を人災と捉えるか否かと深く関わることである。公害の定義は、「人為的な原因から公共一般が被る害」である。つまり単なる自然災害なら公共一般の害がいくら大きくても公害ではない。だから、福島第一原発事故を「人災」と捉える時、この事故は「公害」だといえることになる。私は、原発事故の社会的な意味と責任者の責任を追及するために「公害」と捉え、福島第一原発事故は史上最大の公害と位置づけるべきだと考える。塾でもこう訴えた。

 

◇私は今、田中正造に首を突っ込んでいる。正造は鉱毒公害を追及した人で公害告発の元祖ともいうべき存在だった。福島に現在正造がいたら彼はどう動くか。足尾銅山と同様な福島原発事故の構図を前に思う。足尾銅山の鉱毒流出は人災、福島原発事故も人災。原発事故に関しては「田中正造」がいないままに時は過ぎる。(読者に感謝)

 

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